銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第59話 悲愴に咲く碧

 それから二日が経ち、ティーチ村の一行はようやっと目的地であるゲミニーの大岩を目指し再出発することができた。
 しかし、なんとか出発はできたものの、当然ならが準備は万全なものではなかった。
 日に日に増してゆく灼熱の陽気に当てられ、喉が張り付き唾を飲み込むことさえ苦痛極まりない。そんな残りわずかな食糧さえろくに摂ることができない状態が続いていた。
 それはいよいよ、碧い炎がくすぶり出す者が散見されはじめたがための強行策でもあった。


 崩れた瓦礫から使えそうな物を引き抜き、日除けに使えそうな資材と最低限の食糧や水袋を傷んだ布で包み、それをとにかく歩ける者が担ぎ運ぶ。
 スクートスに代わり人間が荷物を運ぶということは、目的地への到着まで予定された日数以上かかることを意味していた。ましてや衰弱しきった彼らでは、何日かかるか見当のつけようがない。それを言及するのはこの際、野暮というものだろう。




「チサキミコ様……、また、お願い……できますか……?」
「……今日は、……何人です?」
「あの……、3人になります……。こんなときにまでチサキミコ様に頼ってしまって、本当に何てお詫びしたらいいか……」
「構わないですよ……。今、こうして生かされているんだ。なら、それがあたしの役目ですから……」




 食える物も食えず、夜の凍える荒野をひたすら歩く。老若男女問わず、代わる代わる荷物を運び、どうにか早く目的地へ辿り着こうと村人たち全員が必死にあがく闘いの日々。
 しかし、その決死の覚悟は、既に限界を超えている彼らの死期をただ悪戯に早めることと同義でしかなかった。




「お姉ちゃん……、身体、平気……? 顔色、少し悪いよ……?」
「…………ん? …………あ、……ああ…………。今日は血の量が少し多かったから……。まあ、一日寝れば心配ないでしょ……。それより、村のみんなの方が心配だね……」




 無理に出発したその日から死期を告げる碧い炎が誰の目から見ても明らかに増えはじめ、姉のチサキミコとしての勤めの機会もそれに伴い必然的に多くなっていった。
 祭事に使う祭具などは用意がないため朝焼けの薄明るい中、粗末にその首の栓から直接椀に鮮血を注ぎ入れ、碧い炎に苦しむ者たちの首穴へと分け与えてゆく。勤めを終えるにつれ彼女の足取りは瞬く間に衰えてゆき、今では息切れ気味に青ざめた顔で村人たちを気遣う姿はどうしようもないほどに心苦しい。




「…………ヘヘッ。……まあ、そうなるよね…………」
「ん? お姉ちゃん、今、何か言った?」
「いいや? 何でもないよ……。そんじゃ、あたし疲れたから……、先に休ませてもらうよ。お休み…………」
「う、うん。お休み。ゆっくり休んでね」










 そうして、どれだけの日が過ぎただろう。何度、日の出を迎えようと目的地の大岩はまるで姿を見せなかった。数え間違いでなければ、出発してから少なくとも四日は経っている。いくら人の脚で荷物を運んでいるからといって、地平の彼方に二つに割けた岩影すら見えてこないというのは、今の彼らの精神には酷すぎる冗談だ。


 食糧も残りごくわずかとなり、飲み水にいたっては最後の一袋を残すのみとなってしまっていた。
 そしていよいよ、村人の中には水分不足による腹痛や軽い痙攣けいれんを起こす者が現れはじめ、その日の夜、ついに犠牲者がでてしまう。




「……いや、……いやっ!? …………そんな、だめ……。だめよ…………。いい子だから、ほら、お水よ……? 喉、乾いてるでしょ……? お願いよ……、口を開けて…………!」
「リレーニさん……、もう眠らせてあげて……」
「そんなっ……!! この子はまだ、これからなんです……!!!! まだ何も……、何も…………。チサキミコ様っ!! お願いですっ!! どうか今一度だけ、この子にお恵みを…………!!」
「……ごめんなさい。それはもうしてあげられないんです……。一度に分けられる血にも限界があるから……」
「……そんな、…………そんな、……あ、あああ、………………いや、…………いやああああああああ!!!!」




 影籠りの準備をはじめた頃からその腕に抱かれていた彼女の、彼女に残されたたった一人の肉親。
 時折、テララたちや村の皆に持てはやされ場を和ませてくれていた愛らしい寝顔も、今となっては震える母親の腕の中で泥で塗り固められてしまったかのように堅く冷たくなってしまっていた。


 チサキミコは頑なに別れを拒むリレーニからそのあまりにも小さすぎる身体を少々強引に預かり、既に事切れた他の者たちの下へ運びそっと寝かせた。
 次いで彼女が三人の並び寝る者たちへ母大樹へ捧げる礼拝を済ませ奉上することばを唱えると、それらは静かに悲哀な碧に包まれてゆく。雲一つない暗い灰色の夜空に、声にならぬ無念を碧く咲かせる。
 今にもその炎の中へ飛び込んでしまいそうなリレーニを引き止めつつ、その沈痛な光景を一同は肩を並べて口惜しく静かに見送ったのだった。










 それからの旅路は苦痛に悶えるうめきに加え、悲嘆しむせび泣く憂うつな空気に締め付けられ続けた。
 そこには賑やかだった頃のような少年の歌声などあるはずもなく、一行は更に二日間、何もない荒んだ大地を彷徨い歩いた。


 そしてその次の日の深夜。珍しく天候が崩れ黒々とした暗雲が立ち込める不穏な気配の中、一行はようやっと目的地である巨岩が二つに割けたゲミニーの大岩の下へと辿り着くことができた。
 これで長かった旅の疲れも癒せる。命綱の水もなんとか確保できるだろう。これでやっと生き延びることができる。助かったのだ。皆がそう安堵したに違いない。
 しかし、その期待とは裏腹に、予期せぬ最後の困難が彼らを待ち構えていたことなど、誰も気づきようがなかった。

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