銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-
第55話 殷(あか)に燃える残滓
男は次いで腰の刃物を別途手に取った後、完全に己の手中に納まったソレを何処から味わうか吟味すように見降ろし、醜悪な影をその紅い銀眼に下ろす。
紅く燃える銀の瞳に映るその影。眼前の命を物としか捉えない。己が好奇心のままに道理に背いた非道に胸を躍らせるその陰惨な眼差しが、紅く燃える意識の片隅で身に覚えのない景色と重なる。
「そ……じゃ、……は……心……戻……、……エ……ギーの……ton……射し……よう……」
視界の縁から覗き込むその眼差しは、手にする物とは正反対にどこまでも凪いでいた。
「……ギア。定位……線……射。成分……、pro……ly、照……ル、wea……t」
けれど、それはいつも、"ワタシタチ"にそれをはじめると、無邪気で狂った笑みで酷いことをする。痛くて、痛くて、痛くて、イタクテ、イタク、itai、itai、itai、itai、itai――。
「おーー!! ……いい……。もっと……を収集……、……で解……しない……ねえ!! ……シッ……!!」
そしていつも、冷たくて苦しくて暗い闇の底で、ワタシタチは、そう、ワタシタチだったそれは、押し潰されてゆく。
どう、して……、どう……、して……、ドウシ、テ……、ドウ――。
…………タイ、……イタ、イ……、イ、タ――。
…………ああ、アア……、アアアア――。
やがてその紅く燃える意識の奥底で疼き、嗚咽し、無念に渦巻くどす黒いモノが、沸々と、そして濁流となって溢れ出す。
……………………クイ、…………ニク、……イ――。
………………シ。……コ……ロシ、……コロ、シ――。
……コ、…………ロ、ス……、……コロ、ス……、コ、ロス……、コロス――。
コロ、ス……、コ、……コロ……、コ……、コ……、……コ――。
……………………コロセ――。
「……γι、γιγι……、Γαααααααααααα……!!!?」
その黒き残滓が少年の内から噴き溢れ、身体を燃やす炎が呻り、赤黒い朱殷の業火となって燃え滾る。
少年は"個"ではなく、何か底知れぬ"全"がその内に蠢き絶叫するかのような、胸の内を押し潰すほどの凄まじい雄叫びを上げ全身を奮い立たせた。
その殷い咆哮に呼応するかのように、周囲で燻っていた碧い炎も異様にその炎を大きくさせ荒ぶり吼える。
辺りの炎が轟々と呻る中、少年は殷く猛り狂うままにその肉に喰い込む刃をものともせず、まるで布を割くように網を容易く引き裂き、地に打ち付けられた左手を杭もろとも引き抜いた。
捉えた獲物の束縛が破られるその間際、男は予想だにしない突然の異変に反応が遅れ退こうとする。だが、それはほんのわずか遅すぎた。
「こっ、このガキ……!? 狂って、壊れてやがっ……、グギャアアアアアアアアッ!!!?」
勢い良く抜き去った杭はそのまま勢いを増し、鋭い先端を翻して男の頭部右側面、まだ感覚器として活かされていた右耳を穿ったのだ。
「耳がっ!? おれっ、おれの、耳がああああああっ!!!!? いたいっ! イタッ……! ……クソッ! クソオオオオオオッ!!!!」
頭蓋を砕かんばかりの強烈な一撃に男はソレの上から飛び起き、血汐を噴き上げ喚き踊る。
外耳道奥の鼓膜はおろか、内耳器官もろとも穿たれ、耳介を失った左耳と保たれていた平衡感覚を失った。その足取りはまるで波打つ砂山の上でも歩いているかのように重心を捉えず、脚を何度ももつれさせ今にも倒れそうだ。
「クソッ!! クソッ!! クソオオオオッ!!!! 聞えない、何も、分からないっ!? どこだっ!! どこに行ったああああああっ!!!?」
男は半身を赤く染め、損壊した耳を押さえながら音も光もない無の中、空いた左手で刃を振り回し姿無き怨敵を必死に追い求める。
その間、殷く燃え滾るモノは残す手足から杭を抜き去りよろめき立ち上がる。頭に留められた少女との思い出がひらりと解け落ち、血濡れた髪が重く垂れ下がりその顔を覆い隠す。影に消えた奥で銀の色を失いただ一つの念に染まりきった瞳を煌々と燃やし、ソレは静かに獲物を見据えている。
「……γι、γι…………。Γυυυυαααααααα!!!!?」
そして猛烈な雄叫びを上げるや、身体に絡まった網を無理矢理に引き剥がし、その残骸を暴悪に男に投げ付けた。
「いたいっ! 痛いっ!!!! クソッ!! どこだっ!! どこ消えやがったっ!! グガッ……!? なっ、何だっ!? これはっ!? いっ、ギャアアアアアッ!!!?」
己が放った狂気が幾つもの刃となって男の身体を寸断してゆく。
光がなく何も見えない男には、まるで何人ものソレに一斉に斬り裂かれるような錯覚に囚われたことだろう。
そのあまりにもの恐怖にたちまち男は錯乱する。
「ウギャアアアッ……!? いっ、いやっ……、やめっ……っ!? グギャアアアアッ!!!?」
これまでとは打って変わり、男は無惨に喚き散らし見る見るうちに衰弱してゆく。
一方で、殷きモノはゆっくりと姿勢を低く屈め、その哀れな姿を射程に捉えた。そして、今度こそその命を歯牙で狩り取らんとし、砂塵を巻き上げ雄叫びと共に猛突進した。
「……Γυυαααααααα!!!!?」
最早、誰の、何人の物か分からない穢れた血で染まった牙が瀕死の男に襲い来る。
その混沌とした狂気が男の脇腹に狙いを定めた瞬間、幸運か不運か、闇雲に暴れる男の網がその目を掠め、軌道を逸らさせた。
「いや、いやだっ……!! いやっ……、やめ…………!? グガアアアアアアッ!!!?」
その死を決する一撃は視界が霞み逸それた先、男の右脚、その膝を捉えた。そして凶悪な顎で硬い皿骨をも噛み砕き、鈍い断裂音を立てて分厚い靭帯ごと躯体から喰い千切った。
重量を強引に削がれた男は、手に握った刃物もろとも宙に投げ出され、激しく地に打ち付けられる。
「……ガハッ!? あっ、あしっ!? 俺の脚があああああっ!!!? ……ころす、殺すっ!! お前の目も腕も、脚も全部、ぜんぶっ! ぜんぶううううっ!!!! ぜったいに、絶対、俺があっ……ゴガガガッ……!!!?」
地に倒れ片脚をなくしても尚、その男は少年への執念を、怨念を決して絶やさず、不均一な四肢をばたつかせ復讐をと喚く。
しかし災難なことに、脚を食い千切られた際に手から離れた刃が主の大口へと帰り、その喉奥へ深々と突き立った。
惜しくも、男は自身が磨いた凶器で己の切望を断たれてしまったのだ。その拉げた目から最期に一粒の無念を流し、彼は自らの血溜まりの上で静かに碧い炎に包まれていった。
あれほど人間を弄ぶことを息巻いていた男のあまりにも惨い果て様に誰しもが目を背け、天敵の死でありながら辺りには沈痛な空気が流れる。
「クッ……、クククッ……、こいつはたまげたぜ……」
しかし、その静寂の中、殷き勝者を褒め称えるように、静かに笑う男の姿があった。
紅く燃える銀の瞳に映るその影。眼前の命を物としか捉えない。己が好奇心のままに道理に背いた非道に胸を躍らせるその陰惨な眼差しが、紅く燃える意識の片隅で身に覚えのない景色と重なる。
「そ……じゃ、……は……心……戻……、……エ……ギーの……ton……射し……よう……」
視界の縁から覗き込むその眼差しは、手にする物とは正反対にどこまでも凪いでいた。
「……ギア。定位……線……射。成分……、pro……ly、照……ル、wea……t」
けれど、それはいつも、"ワタシタチ"にそれをはじめると、無邪気で狂った笑みで酷いことをする。痛くて、痛くて、痛くて、イタクテ、イタク、itai、itai、itai、itai、itai――。
「おーー!! ……いい……。もっと……を収集……、……で解……しない……ねえ!! ……シッ……!!」
そしていつも、冷たくて苦しくて暗い闇の底で、ワタシタチは、そう、ワタシタチだったそれは、押し潰されてゆく。
どう、して……、どう……、して……、ドウシ、テ……、ドウ――。
…………タイ、……イタ、イ……、イ、タ――。
…………ああ、アア……、アアアア――。
やがてその紅く燃える意識の奥底で疼き、嗚咽し、無念に渦巻くどす黒いモノが、沸々と、そして濁流となって溢れ出す。
……………………クイ、…………ニク、……イ――。
………………シ。……コ……ロシ、……コロ、シ――。
……コ、…………ロ、ス……、……コロ、ス……、コ、ロス……、コロス――。
コロ、ス……、コ、……コロ……、コ……、コ……、……コ――。
……………………コロセ――。
「……γι、γιγι……、Γαααααααααααα……!!!?」
その黒き残滓が少年の内から噴き溢れ、身体を燃やす炎が呻り、赤黒い朱殷の業火となって燃え滾る。
少年は"個"ではなく、何か底知れぬ"全"がその内に蠢き絶叫するかのような、胸の内を押し潰すほどの凄まじい雄叫びを上げ全身を奮い立たせた。
その殷い咆哮に呼応するかのように、周囲で燻っていた碧い炎も異様にその炎を大きくさせ荒ぶり吼える。
辺りの炎が轟々と呻る中、少年は殷く猛り狂うままにその肉に喰い込む刃をものともせず、まるで布を割くように網を容易く引き裂き、地に打ち付けられた左手を杭もろとも引き抜いた。
捉えた獲物の束縛が破られるその間際、男は予想だにしない突然の異変に反応が遅れ退こうとする。だが、それはほんのわずか遅すぎた。
「こっ、このガキ……!? 狂って、壊れてやがっ……、グギャアアアアアアアアッ!!!?」
勢い良く抜き去った杭はそのまま勢いを増し、鋭い先端を翻して男の頭部右側面、まだ感覚器として活かされていた右耳を穿ったのだ。
「耳がっ!? おれっ、おれの、耳がああああああっ!!!!? いたいっ! イタッ……! ……クソッ! クソオオオオオオッ!!!!」
頭蓋を砕かんばかりの強烈な一撃に男はソレの上から飛び起き、血汐を噴き上げ喚き踊る。
外耳道奥の鼓膜はおろか、内耳器官もろとも穿たれ、耳介を失った左耳と保たれていた平衡感覚を失った。その足取りはまるで波打つ砂山の上でも歩いているかのように重心を捉えず、脚を何度ももつれさせ今にも倒れそうだ。
「クソッ!! クソッ!! クソオオオオッ!!!! 聞えない、何も、分からないっ!? どこだっ!! どこに行ったああああああっ!!!?」
男は半身を赤く染め、損壊した耳を押さえながら音も光もない無の中、空いた左手で刃を振り回し姿無き怨敵を必死に追い求める。
その間、殷く燃え滾るモノは残す手足から杭を抜き去りよろめき立ち上がる。頭に留められた少女との思い出がひらりと解け落ち、血濡れた髪が重く垂れ下がりその顔を覆い隠す。影に消えた奥で銀の色を失いただ一つの念に染まりきった瞳を煌々と燃やし、ソレは静かに獲物を見据えている。
「……γι、γι…………。Γυυυυαααααααα!!!!?」
そして猛烈な雄叫びを上げるや、身体に絡まった網を無理矢理に引き剥がし、その残骸を暴悪に男に投げ付けた。
「いたいっ! 痛いっ!!!! クソッ!! どこだっ!! どこ消えやがったっ!! グガッ……!? なっ、何だっ!? これはっ!? いっ、ギャアアアアアッ!!!?」
己が放った狂気が幾つもの刃となって男の身体を寸断してゆく。
光がなく何も見えない男には、まるで何人ものソレに一斉に斬り裂かれるような錯覚に囚われたことだろう。
そのあまりにもの恐怖にたちまち男は錯乱する。
「ウギャアアアッ……!? いっ、いやっ……、やめっ……っ!? グギャアアアアッ!!!?」
これまでとは打って変わり、男は無惨に喚き散らし見る見るうちに衰弱してゆく。
一方で、殷きモノはゆっくりと姿勢を低く屈め、その哀れな姿を射程に捉えた。そして、今度こそその命を歯牙で狩り取らんとし、砂塵を巻き上げ雄叫びと共に猛突進した。
「……Γυυαααααααα!!!!?」
最早、誰の、何人の物か分からない穢れた血で染まった牙が瀕死の男に襲い来る。
その混沌とした狂気が男の脇腹に狙いを定めた瞬間、幸運か不運か、闇雲に暴れる男の網がその目を掠め、軌道を逸らさせた。
「いや、いやだっ……!! いやっ……、やめ…………!? グガアアアアアアッ!!!?」
その死を決する一撃は視界が霞み逸それた先、男の右脚、その膝を捉えた。そして凶悪な顎で硬い皿骨をも噛み砕き、鈍い断裂音を立てて分厚い靭帯ごと躯体から喰い千切った。
重量を強引に削がれた男は、手に握った刃物もろとも宙に投げ出され、激しく地に打ち付けられる。
「……ガハッ!? あっ、あしっ!? 俺の脚があああああっ!!!? ……ころす、殺すっ!! お前の目も腕も、脚も全部、ぜんぶっ! ぜんぶううううっ!!!! ぜったいに、絶対、俺があっ……ゴガガガッ……!!!?」
地に倒れ片脚をなくしても尚、その男は少年への執念を、怨念を決して絶やさず、不均一な四肢をばたつかせ復讐をと喚く。
しかし災難なことに、脚を食い千切られた際に手から離れた刃が主の大口へと帰り、その喉奥へ深々と突き立った。
惜しくも、男は自身が磨いた凶器で己の切望を断たれてしまったのだ。その拉げた目から最期に一粒の無念を流し、彼は自らの血溜まりの上で静かに碧い炎に包まれていった。
あれほど人間を弄ぶことを息巻いていた男のあまりにも惨い果て様に誰しもが目を背け、天敵の死でありながら辺りには沈痛な空気が流れる。
「クッ……、クククッ……、こいつはたまげたぜ……」
しかし、その静寂の中、殷き勝者を褒め称えるように、静かに笑う男の姿があった。
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