銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第53話 碧い悲愴に泣く死の奉上

 手下の脅しを意に介さず、自我を燃やし尽したソーマが盾にされたテララ目掛けて一直線に猛進した。


 何度日が昇ろうと、肩を並べてにこやかに声を上げて笑い合ういたいけな二人の姿があった。豪勢な飯だとか、煌びやかな衣装だとか、特別な贅沢など望まない。貧しくてもただその穏やかな光景が続いてくれさえすればいい。たったそれだけでいい。
 なのに、そのささやかな願いが今まさにこの瞬間、滲む青緑色の目前で、その人によって惨酷に引き裂かれようとしていた。
 そんなことあってたまるか。
 胸中で強く現実を否定するも、痛め付けられた四肢はその意に応えてはくれない。溜め込んだ息を首の鉤縄がはち切れんばかりに一気に吐き出し、テララの姉は、終極を否定した。


 そして――。




「…………グギャアアアアアアッ!!!?」
「…………キャアアアッ!?」
「……テララーーーーッ!!!!!?」




 一切の淀みのない真っ赤な殺意で鋭く突き出された右腕が、少女もろとも男の胸を貫いた。


 その凄まじい一撃に男の意識は途絶し、握り締めた武器や少女の身体をその場に落し、勢いそのまま後方に吹き飛ばされた。




「…………そ、そんな……。……テッ、テララ……? テララッ……!? テララッ!!!?」
「……………………う、…………くっ。……い、たい…………。痛い……。痛、いよ…………、お姉ちゃん…………」
「…………っ!? あんた、生きてっ…………!? よ、よかったあ…………」




 その惨劇は、その場に居合わせた誰一人として事の真相を知ることは能わなかっただろう。なぜなら、その襲撃はあまりにも一瞬で、凡人には少年が二人を貫いてしまったかのようにしか見えなかったからだ。
 しかし、どうやら鉤縄が解け、赤く滲むあばらを抱え弱々しく悶える少女の様を認めれば、少しは推し量りようがある。
 紅蓮の死期漂わせる少年の鋭い一撃は、テララの右上腕の内側、右肋をわずかにえぐり、そのまま男の胸骨を貫いたのだ。


 混乱をつんざく突然の叫喚の後、砂塵を巻き上げて一旦の静寂が流れる。
 安堵する村人らの姿が散見され、手下の企みは潰え一事が終息したかと思われた。
 しかし、その惨劇はまだ終わってはいなかった。




「……ゴハッ!? ……いっ、……やめっ…………!?」
「……γι、…………γιγι…………!!」




 幾人もの返り血を吸い込み、朱殷しゅあんに染まった土煙がけると、皆その凄惨せいさんな光景に息を呑んだ。




「……γι、…………γιιιι…………!!」
「……イギャアアアアッ!!!? ゴボッ!? ガハッ……!?」




 そこには、仰向けに倒れ込んだ男に少年が覆い被さる形で、その紅く燃える右腕を男の胸中に突き立てたまま、おぞましい末路に向け今まさに惨烈な命の搾取が強行されようとしていた。


 紅く燃えるソレは返り血を被り微笑むかのように、歯牙を剥き出しにしたままその手に凶悪な力を込めてゆく。
 そして、何かの筋が分断され耳に纏わり付く鈍い音が周囲に溢れる度に、押し倒された男の体内で血流が急激に乱れ、逆流し、行き場を見失った血汐が呼吸を妨げ脈打つように吐血をなって激しく飛散する。
 紅くか細い腕に力が込められていくほどに、男の吐血は酷さを増し、その急激な血圧の低下によって男の全身は激しく痙攣し、蠢き跳ねる。




「お……、おい……。あのガキ、何やって……?」
「……γιγι、……γι、γιγιγι…………!!」
「……いっ、グボガッ……!? ……やっ!? ……やめ……、ゴハッ……!?」




 そして、その幾ばくかの気まぐれな余興に飽いたのか、紅き災厄はそれを男の躯体から暴悪に引き剥がし、天にかざし、そして一思いに握り潰した。




「……γι、……γιιιι……、Γαααααααα!!!!」
「いっ…………、グギャアアアアアアッ…………!!!!




 引き抜かれた臓腑、心の臓が少年の頭上で圧潰するや、それは大量の血の雨を降らした。
 命の楔を失ったことで少年の下に転げる人であったそれは、たちまちに碧い炎に包まれ朽ちてゆく。
 惨劇を目の当りにした者全員を、敵味方関係なく一様に強大な絶望の波が一途に襲った。




「ひっ、ひいいいいいいっ!? じょ、冗談じゃねえっ!! 俺はまだ、死にたくねええええ!!」
「こっ、殺されるっ……!? い、いやだああああああっ!!」
「あ、兄貴には悪いが、降ろさせてもらうぜっ!? 死んでたまるかっ!!」




 そして、それまで優越に浸っていたニゲルの手下たちが、一斉に取り乱し、武器を投げ捨て、惨めにもその場からの逃走をと騒ぎだす。


「あ、兄貴……。ケケッ、アイツら止めないのか?」
「フンッ。逃げたけりゃ好きにすればいいさ。まあ、それも逃げられたらの話だがな……?」




 皆、駆けてきたヴァスギスをも忘れ、ある者は見苦しくスクートスをよじ登ろうと足掻き、ある者はその間につっかえながらも通り抜けようと必死にもがく。
 手下が全員、自身を裏切ろうとしているというのに、その頭目は動揺する気配がない。まるで、ただあるがままの現実を、人の力量で計れない顛末を見据えているかのような落ち着いた振る舞いを見せている。


 そして、その勘に応えるかの如く、またしてもソレはその猛威をもってか弱き物に己が宿命を知らしめるため紅く閃く。




「ウギャアアアアアアアッ!!!?」
「ヒイイイッ!? こ、今度はなん……、グギャアアアアアアッ!!!?」




 降り頻る生命いのちの嘆きを銀白の身体に浴びながら、ソレの目は次々と標的に狙いを定め、宙を駆けるが如く紅く燃える炎を揺らがせ踊った。
 紅い目に映り込む者に手当たり次第燃え移り、その急所を一切の躊躇、寸分の狂いもなく引き裂き、抉り、喰い千切り、屠ってゆく。


 そして、数にして十人強居た手下たちが余すことなく、湯を沸かすよりも容易く碧い炎に弔われてしまった。
 中には余りにもの恐怖に駆られて逃げ出そうとした村人が一人、巻き添えを喰らって灰になろうとしていた。




「あああ……、こりゃあ、何て冗談だい…………。これじゃまるで…………」
「……γι、……γι、Γαααααααααα!!!!」




 燃え盛る碧い悲嘆ほのおの直中、少年は一人紅い憎悪に染まり狂獣の如く咆哮する。
 その様はまるで、村で執り行う生命いのちの割譲"チサキノギ"とは真逆の、"死の奉上"であるかのような、ある種の神聖さを感じずにはいられない光景だった。




「ヒャハハハハハハッ!! すげえええっ! すげえええっ!!」




 それまで、どこか自分たちは護られている。そう感じていた。
 だが、目の前で仲間を割かれ吹き溢れた大量の鮮血をもって、それを容易く打ち砕かれたティーチ村の一行とは打って変わり、この惨状に歓喜する者が居た。

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