銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第52話 終極の紅

「…………Ουαααααααααα!!!!!?」
「ヒッ!? ヒイイイッ!! な、何だ今の雄叫びはっ!?」
「フフッ。やっときやがった……!!」
「…………ソー…………マ…………?」




 突如として、天地を揺るがす凄まじい絶叫とも取れる雄叫びが轟き、その場の空気を一気に変貌させた。
 頭を内から蹴り破らんばかりの奇声に皆必死に耳を塞ぎ、焦点が定まらぬ視線でその元凶を確かめる。
 幾つもの視線が注がれたその一点には、天を仰ぎ雄叫びを上げ屹立し赤く燃え上がる人影があった。
 それは銀の瞳を真っ赤に染め、首や胴、四肢に未だ残る縫合痕、そして歯牙を剥き出し大きく開かれた口から赤い光のようなものを噴き上げている。




「なっ! なんだ、アイツッ!? 赤く燃えて……!? あんなの、見たことねえぞっ……!?」




 その姿はおよそこの世の物ではない、底知れぬ脅威をはらみ、見る者全てにただ一つの心象を刻み込む。絶対的な死。絶命。知り得る死没の表現を並べたところで、ソレが内包する計り知れない力量を定言するには到底及ばない。
 ソレがもたらすものは、身体的なそれではない。精魂までもが現世はおろか、後世にもその垢滓あかかすすら残させない。相対あいたした存在の一切を許さぬ終極。
 轟々と紅く燃盛る光の炎に包まれ立ち尽くす銀白の少年の様は、その場に居合わせた者全てに生涯免れようのない朱殷しゅあんの恐怖を本能に焼き付けてゆく。




「フンッ。何だかよく分からんが、相変わらず耳障りな喚き声だ。おい、お前ら。娘は後回しだ。あのガキの相手をしてやれ。全員でだ!」
「ぜ、全員でっ!? ハハハッ……。兄貴、そりゃいくら何でも大人げねえんじゃ……?」
「冗談だと思うか? ……手心はいらねえ。全力で仕留めにいけ。……でないと、狩られるぞっ!!」
「全力で、……ヘヘッ! こりゃ面白くなってきやがった……。おい、野郎ども兄貴にいいとこ見せるぞおおおっ!!!!」
「うおおおおおおーーーーっ!!!!」




 この機を待ち侘びていたかのようにニゲルの頭目が標的を指示するや、手下たちが奮い立ち、各々凶器を高らかに振りかざして紅い少年を取り囲んだ。
 そして誰もが次なる展開が予想できぬ緊迫した状況の中、数人の手下が意気吹いて襲いかかった。




「ヒャハハハハッ!! 悪く思うなよっ!! このガキイイイイッ!!!!」
「くらいやがれえええええっ!!!? …………なっ!? コ、コイツ……!?」




 飢えた殺意を剥き出しにし、幾本もの刃が紅く燃える少年の身体に鈍い音を立てて突き刺さる。
 しかし、どういう訳だ。常人ならその身体に刻まれた激痛に叫喚し、のた打ち回り生を請うはずだ。
 それにもかかわらず、その少年はのけ反るように空を見上げたまま微動だにしない。
 意表を突かれた先駆けの者たちが一瞬退くも、面白半分に追撃を見舞わんと新たに二人が再び襲いかかった。




「なっ!? どうなってんだ、コイツッ! 斬りつけても喚きもしねえ……」
「ケッ! 気味わりい! このくそガキッ!! 死に晒せやああああっ!!!!」
「俺にやらせろっ! うりゃあああああっ!! …………んな、ばかっ!? グギャアアアアッ!!!?」




 だが、勇んで襲いかかった二本の刃は、少年の首はおろか、その身体さえ捉えることはなかった。
 男たちが襲い来る間際、その少年は力なく上体を起こしたかと思いきやその紅い目をひらめかせ、迫る刃を宙で身体をひねすんでのところでかわし、息もつかぬ速さでその者たちの間をかすめた。
 その瞬間、その二人の脇腹は深く抉れ、赤黒い臓腑を撒き散らし自らの血溜まりに崩れ落ちたのだ。
 その一瞬の惨劇に、ティーチ村の面々は敵わず恐慌し悲鳴を上げる。




「……キッ、キャアアアアアッ!?」
「みっ、見るんじゃないよっ……!!」




 脆く人の形を失ったそれらは、急激な血液の損失によりわずかばかりの痙攣けいれんの後、自らの血溜まりの中で碧い炎に包まれ灰へと朽ちてゆく。




「お、おい……。今、何が起きやがったんだっ……?」
「ガキが……、一瞬屈んだとこまでは見えてたんだが……」
「おいっ! 何ぼさっとしてやがるっ! まだガキは息してっぞっ! さっさと始末してみせろっ!!」




 紅く燃え上がる銀白の脅威に顔色一つ変えず、むしろ手下がほふられる様に見惚れるように、ニゲルの頭目は追撃を命じた。
 その命に仲間の過半数が動揺を隠せず追撃を躊躇する中、幾分屈強な手下四人が次いで前に出た。




「ちんけな村の住人を狩るのに、実は退屈してたところでよお!」
「このガキとなら、思いっきり暴れても愉しませてくれそうだっ!!」
「フンッ! たかがガキが1人。あまり大人を舐めんじゃねえぞおおおおっ!!!!」
「直ぐ粉微塵にしてやるからよお……! おりゃああああああっ……!!!?」




 名乗りを上げた次なる命知らず、いや"命要らず"は、多少筋が良いようだ。隊列を組み、各々が互いの隙を補うように刃を構えた後、寸分のずれもなく一つの獣のように一斉に少年に斬り込んでいった。恐らく殺戮さつりくの為だけに研ぎ澄まされたその猛攻は、どれだけ武術に長けたつわものであろうが、瞬きすら許さぬ連撃にたちまちその首の根を地に着け、朽木の仲間入りをすることになるのかもしれない。
 しかし、今回は異例中の例外だ。彼らの鍛錬の未熟さがどうという問題ではない。それはあくまで"対人"を想定した事例でしかないからだ。
 詰まる所、今、眼前で対峙しているソレは、人間の脆さでは端から敵わぬ"人ならざる天災"でしかないのだ。




「ハハッ! 歯応えねえっ! ……なっ!? どこにっ!? グッ!? グギャアアアアアアッ!!!?」




 間合いに入るや、四本の刃が一振りの斬撃の如く、四方から白くか細い少年の身体に襲いかかった。
 だがそれも宙空を煽いだにすぎない。手下たちが地に刺さる自身の刃先を認めるも、既に決着は付いた後だった。


 左脇を攻めた一人は両脚を股間部よりじ切られ、その反対を攻めた者は左脇腹から右肩にかけて大きく胴体前面を分断するが如く引き裂かれた。
 次いで、内寄り左胸部を狙った一人は、その太い首を綿を紡ぐかのように容易く引き千切られ、残す最後の一人は両目を抉り取られた後で押し倒され、惨いことにまだ息がある中、分厚い頸部の筋ごと動脈に深々と喰い付かれ、今まさに噛断ごうだんされようとしている。




「……やっ、やめ…………。グゴバッ……!!!?」




 そして、命乞いのちごいもソレには届かず、太い筋繊維が乱雑に噛み千切れる惨忍な音を立て、鮮血の雨を散らし碧い炎に抱かれていった。




「…………γι、……………………γι。…………γιγι。…………γι、…………γι…………」
「ウワアアアアッ!!!? じょっ、冗談じゃねえっ!! こんなの聞いてねえっ!!」
「うっ、うろたえるなっ!! おいっ! 他の連中を盾にしろっ!!」




 族の中でも腕利きの四人が呆気なく葬られたのだ。その光景を目の当りにし、残りの手下たちは惰弱し滑稽なほどにどよめく。
 だが、曲がりなりにも一端の悪党だ。気転を利かせた一人が、残る者に次の策を告げる。
 そして惨状の直中、ティーチ村の一行は瞬く間に激変してゆく戦場に取り残され、ただ場を盛り立てる戯具として、その首を刃先に晒されてゆく。




「クハハハッ! これでどうだあっ!! いくら、ガキが強かろうが、村の連中、全員の首が懸かってりゃあ下手に手出しもできねえだろっ!?」
「ヒヒヒッ! 俺らは喰うのは好きだが、喰われるのはごめんなんでねっ!! おい、娘っ!! 悪く思うなよっ!!」
「…………うくっ……! …………ソー……、マ…………」




 手下の一人が、生気を失い残息奄々ざんそくえんえんとしたテララを鉤縄越しに左手に吊るし上げ、その細首に卑劣な刃を突き立てて見せた。その一人の劣悪な策により、形勢が逆転するかのように思えた。
 しかし、敵と味方、有害と無害、他者と親族。事の取捨を分別する理性など、最早その紅に燃え盛る銀眼に残されてはいなかった。
 少女から貰った萌黄色の髪飾り。それを幾つもの憎悪と嘆きであかく染そめて、ソレは襲い来る。




「……γι、γιιιι…………!? Γαααααααα!!!!」
「……おいっ!! 止まれっ!! 止まらないと娘の首をっ……!? くっ、来るなああああああっ!!!?」
「……や、やめっ!? ……ソーーマッ!! だめええええええっ!!!?」

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