銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第50話 黒の嵐

 先程の休息を告げた際とはまるで違う。死期迫る緊迫した怒号が村の皆を戦慄させる。
 天地がひっくり返ったかのように、突然の窮地との遭遇に誰しもが状況を理解できない。
 ただ底知れない恐怖に怯える中、デオ団長が息つく間もなく一切の異論を禁ずる殺伐とした形相で皆に命令する。




「手綱を引けえええええっ!! 早くっ!! 速度を落として、円陣を組むんだああああっ!!!!」




 地響きかと取り違えるほどの凄まじい号令に、皆、夢境から覚めたかのように一斉にスクートスの手綱を腕が引き千切れんばかりに力一杯に引き寄せた。
 突然の舵に驚きスクートスは悲鳴を上げ、その背中の積荷も大きくどよめく。瞬く間に、ティーチ村の旅団は一気に混乱に呑まれてゆく。




「ソーマッ!? 危ないっ!!!?」
「……なっ!? 2人してっ……!! ったく、振り落とされないでよっ!!!?」




 テララは必死にソーマにしがみ付き、テララに代わって姉が咄嗟に手綱を引き寄せた。その手が荒い綱で擦り切れ血が滲もうが泣きごとを言う余裕などもう何処にもない。




「男共ーーっ!!!! 気張りどきだあっ!! 降りて手を貸せええええっ!!」




 スクートスが自力で円陣になるのでは、あまりにも余裕が無さすぎる。円陣になるのを待つことなく男共が放たれたように鞍から飛び降り、その手綱を死に物狂いで内に引き寄せる。




「年下りを酷使しおってからにっ!! ふぬおーーーーっ!!!?」
「ハハッ! 悪いねえ、クス爺。寿命縮んじまうかもしれねえが、ちょいと手、貸してくれやっ!」
「ふんっ! 寿命が縮むじゃと? 寝ぼけたことを言うのも大概にせいっ! 村の連中、全員の寿命を延ばすために気張るんじゃろうがっ!!」
「へっ! ちげえねえっ!! うおおおりゃああああああっ!!!!」




 土煙が朝霧のように立ち込め、ティーチ村一行を包み込み、その視界を朱殷しゅあん色に塗り潰してゆく。
 かじかんだ固い身体に鞭打つも思うように力が入らない。大口を空けて息を整えようにも巻き上げられた砂塵に阻まれ、むせるばかりで急激に体力を奪われてゆく。
 口の中に広がる砂塵の不快な味が血汐を想わせ、迫り来る死が脳裏に濃く焼き付いてくるようだ。




 「あと、少し、だっ!! ……ガハッ!? ち、力絞れええええっ!!」




 デオ団長が二頭分の手綱を両脇に抱え込み、ここぞと言わんばかりにその怪力を振るう。だが、息も碌に続かない土煙の中では踏ん張れる体力もすぐに底を突き、両腕の悲鳴が全身を揺すり笑わせてくる。




「円陣は……、7、8割方ってところか……。くっ……、間に合いそうにねえな、こりゃ……。ニゲルの奴ら、もう目の前まで迫ってきてやがるっ……! くそっ……!!」




 間も無く円陣は組み上がるところまで形づくれたというのに、黒の嵐は待ってはくれなさそうだ。
 デオ団長が塞ごうと手綱を引くスクートスの隙間から間も無くその猛威を振るわんとする悪族たちが奇声を上げて迫って来ているのが見える。数は横並びに見えるだけでも十は超えている。その後方にどでだけ仲間を引き連れているかなど想像するのもおぞましい。


 すると族の頭だろうか、暴徒の中央に陣取る男が一振りの刃を振りかざすのが肉眼でも鮮明に見て取れた。




「クケケケケケッ!! 臭う、臭う。あの泥臭いガキの臭い。ケケッ! この間の仮、たんまり、仕返し、倍返しっ! クヒャハハハハハハッ!!!!」
「ハハッ! お前、耳と目ん玉もってかれて余計切れるようになったな! 俺の分は残しとけよ?」
「クケケッ!! 兄貴の分? どうしようかな? 迷う……。少しだけなら残しとく。けどあの赤い、赤い眼だけは、抉って、引き千切って、腕も、脚も、全部、全部っ、ばらばらに切り刻んでやりたいっ……!?」
「キハハハハハッ!! それじゃあ、何も残らねえじゃねえか。まあ、いいさ。楽しみ方はいくらでもある。おいっ! 野郎どもおおおおっ!! 狩り上げだあっ!! 好きなだけ喰い散らかしてやれええええっ!!!!」
「うおおおおおーーーーっ!!!!」




 その血汚れた刃を振り下ろすと、黒い狂気は二手に分かれ旅団を囲いにかかる体勢に入った。




「円陣はもういいっ!! 適当な荷物を解いて、まだ空いてる隙間に放り込めっ!! あとっ、力のない奴は手貸して、怪我人を中に降ろすんだっ!! 早くしろおおおおっ!!!!」




 デオ団長は喉を枯らしながらもそう次の指示を皆に託すと、瞬時に綱の握り手を逆手に持ち替えた。そして間髪容れず身体の向きを反転させ何をするかと思いきや、その大きな背中をもって目の前のスクートスの隙間を渾身の力で塞いでみせた。




「守部のっ!? そんなっ! 無茶じゃっ!!!!」
「ハハッ……! 他に手が思い付かなくてよ。生憎近場にちょうどいい物もなさそうだしな」
「ならっ! わしが何か適当に繕って……!」
「そんな暇はねえっ! ……クス爺は、弱いもんに付いててやってくれ……」
「……施術の手間をかかせてくれるなよっ!?」
「へっ……。んなつもり毛頭ねえさっ……!」












 ――そして、それは一瞬だった。


 デオ団長が得意げに武骨な笑みでクス爺を見送った直後、暴徒と化したニゲルの連中がヴァスギスにまたがり、勢いそのままに旅団目がけて突進してきたのだ。




「キャアアアアアアッ!!!!!?」




 イナバシリを思わせる轟音が円陣の全方位から呻りを上げ、ティーチ村全員を嵐の直中へ、黒死の淵へとはやし立ててゆく。


 ヴァスギスは小柄で俊敏でいて、更にその頭部は大きく頑丈な角で覆われている。後頭部から鼻先まで覆われたその角は鋭利ではないものの、前頭部にかけて大きく突出している。
 そのため、強靭な脚力で速度を増した捨て身の突進は、人の身で受けようものならその躯体くたいは骨もろとも砕かれてしまう。臓腑など容易く張り裂け、たちまち彼らに玩弄がんろうされてしまうだろう。
 その猛烈な一撃を抵抗する術なく大きな甲羅一杯に幾度と受け続けるスクートスの身体は、鈍く痛ましい音を何度も、何度も響かせて大きく揺れ動き、積荷が不気味にひしめく。
 その揺らぐ大きな影は、まるで村人たちを凶悪な宴の食膳へと誘っているかのようだ。




「キャハハハハハハッ!!!! いい喚き声だっ!! 早くその泣き面をいた振りたくて、身体の疼きが治まらねえぜっ!!」
「ヒャハハハハッ!!!! 引きずり回して、八つ裂きにして、生きたままはらわたを抉り出してやるからよおおおおっ!!」
「そらっ! そらっ! そらっ!! そらあああっ!! 出て来ねえなら、積荷に潰されちまっても知らねえぞっ!!!?」




 一向にして猛攻が収まらぬ中、凶気に猛り狂う悪族たちは惨忍な笑みを浮かべながら刃物を振りかざし、スクートスへ突進がてらその荷物の縄を斬りつけはじめた。
 固く縛られた縄はいとも容易く解れだし、積荷が崩れ落ちてゆく度に円陣の内側で怯える村人たちの生への切望が蝕まれてゆく。




「おいっ!? 直ぐそこから離れっ……!!」
「……えっ? ……ウッ、ウワアアアアアアッ!!!?」




 何と惨いことだろうか。
 ニゲルの連中に崩された積荷がヴァスギスの突進の衝撃によって円陣の内側へ大きく揺らぎ、有ろうことか、ちょうどその内側で隠れ怯えていた数人の村人たちの直上に崩れ落ちたのだ。
 災難なことに、家屋の資材など人の身では耐えられぬほどの重量が彼らを無惨に押し潰してしまった。




「小賢しい、真似、しっ、やがってっ……!! くそっ……! 皆っ、荷物、から離っ、れるんだっ! 陣の真ん、中にっ、集ま、れっ……!」
「もっ、守部っ! あんたも早くこっちにっ!」
「チサキミコ様っ!? 離れちゃいけませんっ!! そうだよっ! んなとこで格好付けてないで、あんたもさっさとこっちきなっ!」
「だ、めだっ!! ここが一番、隙間がっ、大き、いっ!? 俺、がどいち、まえば……、奴、らを招き、入れちまうっ!! ここを退く、訳にはいっ……、ガハアアアアアアッ!!!?」




 デオ団長を早く陣の中心へ避難させようと、チサキミコとムーナが手を伸ばした次の瞬間のことだった。
 空いた隙間を塞ごうと奮闘していたその巨漢が突如として、苦痛の雄叫びと共に宙空に突き飛ばされ、枯れた地面を抉って地に伏してしまったのだ。

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