銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第48話 朝霧賑わす彼の素行

「……あ、あんた、やっと起きたんだね。おはよっ」




 二人が朝食を満喫しているところへ、スクートスの影から姉が何やらものぐさそうな面持ちで顔を出した。
 それに気が付くや、テララは慌てて頬張った飯を喉の奥へと仕舞い込み、先程聞いた話の確認をしてみる。




「あっ! お姉ちゃん。おはよう。ねえ、クス爺と何話してたの?」
「ん? あ、あーー……。あれだよ。最近、太っちゃってさ? こう、腹の周りとか重たいって言うの? 何か良い痩せ方ないかなーーって、相談してたんだよ」




 クス爺と話していたことが何故知られたのか。意表を突かれたと言わんばかりの表情で、姉はその場で一瞬身を固めてしまった。何を言い淀んでいるのかと不思議そうに見詰める妹の視線から逃げ隠れたそうに顔を逸らし、適当な事情を取り繕ってみせる。こちらは相変わらず嘘をつくことが苦手のままだ。それも彼女の良さと言えばそうか。
 がしかし、その様はもう見飽きたと言わんばかりに、テララの目線は平穏でいてどこか冷やかだ。姉の誤魔化しを逃しはしないと言いたげに朝から容赦ない尋問が尚続く。




「えっ? お姉ちゃん、今まで食べては寝てばかりで、そんなことこれまで気にしてなかったのに? それは流石に嘘なんでしょ? それで? 何話してたの?」
「ぐぬぬぬ……、その通りすぎて、何も言い返せない……。でっ、でも、その言い方はちょっとひどくない? 村のみんな居るんだし、少しは気を遣ってくれていいと思うんですけどっ!?」
「えーー? 何も聞こえなーーい」
「ぐぐぐ…………、はあ、もう分かったよう……」




 必死に弁明し何とか話題を逸らそうと試みるも、これっぽっちも動じず気味の悪いほどにソーマとの食事を進めるテララに、姉は成す術ないみたいだ。
 今朝のテララはいつもに増して手厳しい。その目からは依然として身過す気がこれっぽっちも感じられない。
 これは嘘を重ねるだけ自分の首を絞めると言うものだ。それだけは何故か解る。やがて呆気なく観念し、姉は歯ぎしりしつつも抵抗の意思を捨てソーマを挟んで隣に腰を下ろした。




「……んまあ、あれだよ……。今朝、ほんの少し気だるくて風邪でもひいたのかもって話してたの!」
「風邪ひいたの? ふーーん?」
「な、何よ? 嘘じゃないってば!」
「そう? あーー、でも言われてみると。昨日の夜だって冷え込んでたのに、お姉ちゃんお腹出して寝てるんだもん。いくら掛け布かけ直してあげても、直ぐどけちゃうんだよ? わざとしてるのかなって思っちゃうくらい」
「げっ!? そ、それはあ……」




 今度の申告には納得いったのだろう。疑いを向ける深緑の瞳に動揺していない姉の姿を認めると、顎下に人差し指を添え小首を傾げつつ昨晩の姉の醜態を思い起こしてみる。その口調は賛同するものではあったがどこか小言気味で、今朝のテララはどうやらいつもより切れるようだ。
 朝から怯え面の姉が気の毒でならない。




「そりゃ風邪ひいちゃうよねえ。体調気を付けるより先に、寝相を直した方がいいかもね? んーー! このお肉やっぱり、おいしい!」
「あいあい、努力します……! へんだ! 起きたら起きたで煩いんだから……。と言うか、今日はちょっと手厳しいんじゃない?」
「ん? そうかなあ? いつもと変わらないと思うけど……、ふ、わあーー……。んーー、やっぱりまだ眠たいかも……」
「アハハハハハッ! 相変わらず、テララちゃんたちは仲が良いねえ。見てて飽きやしないよ」
「ナカ、イイ? ナカイ、イッ! カ、イイッ! ニシシシシッ!」
「いや、ソーマ。そこはあたしを庇ってよーー。あっ! こらっ! 逃げるなーー!」




 寝起きの所為か、はたまた寝不足の所為か。可愛い子には良く寝かせろと言ったところだろうか。
 思わぬテララの一面に一人を除いて和む今朝の食卓は、澄みきった朝霧の静けさと温かく香ばしい香りでよく進む。幾分侘しい一皿でも、この姉妹と銀白の少年が居れば、退屈することはないだろう。


 するとそこへ、宿の準備を終えた男性陣が汗を拭いながら賑わう皆の下へと戻ってきた。




「何やら、今朝は賑やかですな? 何か面白い話でもあったんですかい? お? テララちゃん、起きたんだね。おはようさん!」
「おはようございます。団長さん」
「面白いことなんてあるかっ! いいからあんたも聞きなよ! ……って、あーー、んーー……。あんたに庇ってもらうってのも何だかしゃくだね……」
「ガハハハッ! そう邪険にせんで下せえ。もしかして、まだ握り飯握らせ過ぎたの怒ってるんで?」
「それもあるけど、何か嫌なもんは嫌なんだあ!」
「まだ、根に持ってたんですかい……。それはないですぜ……」




 チサキミコと守部の団長。こちらの二人も朝から相変わらずといった調子だ。と言うより、もう少しチサキミコが大人になってくれれば、円く収まるのかもしれない。
 とは言え、女性問わず恨みは無暗やたらと貰うものではない。その辺りは日頃から女房から口煩く仕込まれているはずだろうに、面目なさそうに村一の巨漢も自身の腹を撫でている。




「フフフッ。お姉ちゃんの話は大したことないので、気にされなくていいですよ? それより、団長さん。宿の準備して下さって、ありがとうございます」
「お、おう! それなら今終わったところだ。まあ、宿っつても、布広げただけなもんだから、朝飯前だったがな! でなもんで、俺たちも朝飯もらおうかね?」
「あ、それなら私貰ってくるので、先に座ってて下さい」
「おっ! ほんとかい? テララちゃん、優しいねーー! そんじゃ、お言葉に甘えてっと。ふいーー! 腹減った腹減った―ー!」
「ちょっ!? ちょっと! それで何であたしの隣に座るのさっ! 暑苦しいったら……! ちょっ! もっと空けなさいって!」
「まあまあまあ、そう言わんで。それで、何話してたんで?」




 自慢の大腹にちくちくと刺さるチサキミコの視線を感じながらも、団長はその隣に腰かけ努めて寛容に事情を訊ねた。
 その後、デオ夫妻も夫のいびきが問題で度々大喧嘩になるという小話を挟みつつ、ティーチ村の朝食はチサキミコ様の寝相を直すにはという、何とも締まらない。当人もたじたじな話題で賑わったのだった。


 その日、南西の空の彼方、少しばかり雲が色濃く染まり重なっていたのは、彼女たちの陽気に誘われてなのかもしれない。

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