銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第47話 雲間で頬張る朝餉(あさげ)

「…………ん。……ん、……んん……?」




 何もなく真っ暗で、ただぼんやりと意識が漂う暗闇の中、一筋の光が射し込んだ。




「……ま、眩しい……」




 次第に意識の輪郭が明瞭となって、テララはゆっくりとその瞼を開いた。昨日の疲れがまだ癒えていないのか、なかなか焦点の定まらない視線をたどたどしく巡らせてみる。
 辺りは雲が薄っすらとかすんでいるように見通しが悪く、淡く青緑がかった光が滲んでいる。どうやら夜が明けたようだ。




「……ふ、ふわあーーーー……。朝……? ん……? ここは……? みんなは……?」




 歩みを止めて静かに寝息を立てるピウの上で大きく背伸びをする。首や袖口から吹き込む隙間風がまるで朝の産声が身体中を駆け回るようで、まだ夢見心地の身に良く沁みてまったく嫌になる。
 そのまま横で休んでいるはずの家族の下へ視線をずらすも、どうやら鞍の上には自分一人しか居ないことに気が付いた。気の所為かもしれないが、何だか少し心細い。
 まだ瞼を被りたがる目を擦りつつ、その目を凝らして雲霞む朝の中、家族の姿を探した。




「おや? ちょうどお目覚めですか?」




 見詰めた先とは反対から不意に女性の声がした。そこには赤子をあやしながら優しくテララの様子を窺っているリレーニの姿があった。
 まだ日が昇ったばかりだろうに、一児の母親には全く頭が上がらないものだとつくづく思う。




「あ、リレーニさん。おはようございます」
「おはようございます。良く休めましたか?」
「はい。気持ち良く眠れました。……あの、もしかしてもう双子岩に着いたり……、しないですよね?」
「フフフッ。そうだと良いのですけれど。双子岩までは、まだしばらくかかるみたいですよ?」




 寝起きのテララを気遣ってゆったりとした口調で現状を伝えてくれるリレーニは、テララも目指したいと思う母親像の一つか。
 リレーニは腕に抱く赤子の小さな額の汗を拭いつつ、言葉を続けてくれた。




「今朝はもう少し進むつもりだったみたいですが、思いの外、日差しが強くなりそうで、仕方なく今日はここで休むことになったんです」
「そう、だったんですね……」




 確かに。言われるまま空を見上げた先では、日の光は霞んでいるもののその日差しは昼過ぎかのように肌を逆撫でるほどに熱を帯び、容易く瞼をすり抜けてくる。
 反射的に生唾で喉を潤しても、その疎ましさは減るはずもない。お陰で眠気も少々強引に覚めてしまいそうだ。




「あ、あの。そう言えば、みんな。その、ソーマとお姉ちゃん、知りませんか? 起きたら何処にも居なくて」
「お2人でしたら、ほら。向こうで先に朝食を食べていますよ?」




 意識した途端、煩わしく視界で騒ぐ日差しを手で遮りながら、指差された方を見やる。まだ頼りない意識でその先に集中してみるが、なかなかどうして的を絞れない。
 そうして朝霧の雲の隙間を縫って更に奥、少しばかり離れた所に、村の皆が集まり食事をしている様子がなんとか見て取れた。




「テララちゃん、随分気持ち良さそうに寝ていましたから、しばらくそっとしておこうって皆さんと話したんです。でも、朝食の用意もできましたし、そろそろ起きてもらわないとねとのことで、声をかけに来たんですよ?」
「そんな! 起こして下さってよかったのに。気を遣って下さって、ありがとうございます。お陰でもう元気に……、ふ、わあーー……」
「フフフッ。昨日はよっぽど疲れたみたいですね。団長さんたちが先に皆さんの宿の準備をして下さってますから、食事の後また直ぐ休んで下さいね?」




 食事をする皆から少し離れた場所で、デオ団長を含め数人の男性陣が荷物を紐解き簡易的な宿の準備をしている様子が窺えた。
 宿と言っても日除けと風除け用に掛け布をスクートスの甲羅を頂点に杭と縄とで張り巡らせ、地面に敷き布を敷いただけのお世辞にも宿とは言表し難い物だ。と言っても何日も移動を繰り返す道中では見慣れた休息処置ではあるのだが、やはり寝起きに背腰が痛むので柔らかな寝床が恋しくはなる。
 そのため、実はテララは苦手な宿だ。勿論、その姉も言うまでもない。




「テララちゃんの朝食は、ムーナさんが用意して下さいますから頼んでみて下さいね」
「分かりました。って、あーーもう。ソーマったら、またご飯溢しちゃってる……」
「まあ、フフフッ。お姉ちゃん、頑張ってね?」




 弟の世話に思いやられる娘を励ますような優しい応援を背中に感じつつ、テララは日差しと眠気を除けてピウの下から斜め後方、皆が朝食を摂る下へと向かった。


 スクートスの旅団は円陣に整然と組まれ、影籠りに向けた移動中、食事はその内側で行われる。一頭が頭から尾の先まで大人三人分程度の大きさであるから、内周の端から反対側まで差し渡しスクートス二頭半分くらいの広さだ。その内側では甲羅に積まれた荷物も手伝って日差しを避けることもでき、ちょうど良い風除けにもなる。こじんまりとはしているが、何もない荒野では申し分ない居住空間である。




「皆さん。おはようございます」
「やあ、テララちゃん。おはようさん! お口から涎が垂れちまうほど気持ちよさそうに寝てたけど、ゆっくり休めたかい?」
「えっ!? 涎っ!? やだっ! あの、はい。お陰様で……」
「ハハハハッ。冗談だよ。じょーーだん。ほれ、そんなとこつっ立ってないでこっちおいで。朝飯よそってあげるから」




 遅れてやってきたテララをいつもの快活な声と村の皆が出迎えてくれた。
 それは良いのだが、顔見知りになるにつれて愛情と言う名のからかいを受けるのには、テララも少々勘弁してほしそうだ。




「まあ、休めたんなら良かったよ。ソーマの隣空いてるから、食べちゃってくれるかい? 今日はあたしが当番なんだ。……よっと、これがテララちゃんの分ね。これくらいで足りるかい?」
「わああっ、そんなにたくさん!? も、もう十分です。あ、ありがとうございます。あの、後片付けはちゃんと手伝いますね?」




 悪戯に豊満な笑窪を覗かせる彼女の調子に乗せられて、年不相応に健気すぎるテララも、それ相応の子供と同じようなあどけなさが不思議と出てしまう。
 それでも小さな小皿に大盛りに盛られた朝食を何とか減らしてもらい、テララはいつもの調子を取り戻し礼の言葉を添えた。




「もう、当番なんだから気を遣わなくていいんだよ? て言っても聞いちゃくんないんだろうけど? ありがとね」
「フフッ、たくさん寝させてもらえましたし。性分ですから。そう言えば、お姉ちゃん、ここには居ないんですか? リレーニさんがこっちに居るって……」




 盛られた朝食を受け取りつつ、先程から気にかかっていた姉の行方を訊ねてみる。リレーニはここにソーマと一緒だと話していたのだが、来てみれば姉の姿だけ何処にも見当たらないのだ。




「ああ、チサキミコ様なら、さっきクス爺と話あるって席外してたね。別段、具合が悪そうでもなかったし、そろそろ戻ってくるんじゃないかい?」
「クス爺と……。そうなんですね。分かりました。それじゃ、ご飯頂きますね」
「あいよ。たんとお食べ!」




 村医者のクス爺と話しているということが一瞬気懸りに思えたが、具合が悪いようでないのなら心配はなさそうか。その内戻ってくるだろう。そう特に懸念することなく、テララはかぐわしい朝食に笑みを浮かべ、ソーマの隣へ腰かけた。




「ソーマ。おはよう。昨日はたくさん眠れた?」
「テララッ! オ、ハ、ヨウ! ネタッ! イパイ!」
「あーーもう。ほら口のとこご飯付いてるから。じっとしてて? 取ってあげるね?」
「ンニーー……、アガ、アガリト。ニシシッ!」




 席に着くと、一息つく前に口の周りを蒸したホルデムで一杯に汚したソーマの顔を拭ってやり、それからテララもようやっとその日の食事にありついた。
 今回の旅中の主食は、ホルデムを穂から解し蒸した物と、干し肉を小間切れにし、それらを適当な香辛料で味付けされた質素な物だ。旅の準備期間が十分に設けられていれば、本来もう少し彩りのある一皿になるのだが、今回は天災後だ。急な出立となったのだから、文句は言えない。と言っても、軽く焙られた干し肉がドゥースルなどの香りと相まって、食欲を誘う香ばしさの漂う一品だ。これはこれで思わず涎が込み上げてくる。




「ご飯、美味しい?」
「ゴハン、イッパイ! オイシッ! テララッ! テ、テララモッ!」
「フフッ、そっかそっか。それじゃ私も早く食べよっと、いただきまーーす。んーー!? おいしいっ! 後でこの味付け教えてもらおうかな! お姉ちゃんも好きそうな味だし」




 テララが食事を堪能している様に感化されてか、ソーマもそれに続いて口一杯に飯を頬張る。二人揃って実に良い食べっぷりで、良い表情だ。

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