銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第44話 好奇心はほどほどに

「フフフッ、アハハハッ! びっくりした? もう、居なくなってるから探したんだよ?」
「テッ、テッ、テラ、ラ……?」




 何が何やら状況を全く理解できていないのだろう。その銀の瞳は丸く飛び出たまま、口が間抜けに垂れ下がっている。




「こんな所でピウと何してたの? おーーい? 聞こえてる? フフッ、ごめんね。ちょっと驚かせてみたくなっちゃって」
「ピ……、ピ、ウ……?」




 テララの呼びかけに丸まった銀の目線だけは何とか呼応し、優しく微笑みかける少女と、楽しそうに耳をはためかせているピウとの間を何度も彷徨っている。そしてやっと意識が追いついたのか、その手に握りしめられた幾つかの小石を見やり、それをテララに差し出した。それでも尚、口元は開いたままだ。よっぽど驚いたと見える。




「テララ……、コレ。ゴ、ゴハ、ンッ?」
「ん? ああ、うん。ピウのご飯だね。ピウに食べさせてあげてたの? そっか、ありがとう。ソーマは優しいね」




 不意に差し出された土汚れた小石に一瞬戸惑いはした。けれど、きっとそれを食べているピウを見かけて、辺りの物を拾い集めては与えてくれていたのだろう。そう思うと何だか嬉しくなる。
 しかし、実際はその想像とはどうやら違っているようだった。
 気分良くソーマの頭を撫でてやるも、首を左右に振られてしまったのだ。
 ソーマは頻りに小石を掴んだその手をテララに突き出し、どうも受け取るように催促しているらしい。




「ん? 私にくれるの? 私もご飯あげればいいの? ん? 違う?」




 受け取った小石を手にピウの前に屈みソーマの意図を確認するも、首を更に大きく左右に振られてしまった。
 もう夜も深けているせいだろうか、その意図がさっぱり解らない。小石片手にテララは少年の真意に困惑していると、ソーマは思わぬ行動に出た。




「ピウ、ゴ、ハン。コレ、ゴハン!」
「そうだね。ピウのご飯ってっ!? ひゃっ!? ソッ、まっ!!!?」




 予想だにしない驚きの行動にそれを制する声さえ付いてゆけず、今度はテララが奇声を上げて飛んで驚いた。




「ンガッ。ンゴッ、ゴッガガッ……」
「だめっ! だめっ! 待ってっ!! 石なんて食べちゃだめだよっ!!」
「……ンゴ?」




 なんと有ろうことか、ソーマは手にしたそれを一様に食して良い飯だと確認するや、それをおもむろに両手で口一杯に頬張ったのだ。
 いや、確かにそれはピウたちスクートスの飯ではあるが、人間が食べて良い飯ではなくて、飯は飯でも全てが食べられる物でないわけで。いやいや、そんな細かいことはこの際どうだっていい。それよりもまず、硬い石に歯を立て、重く削れるような音を鳴らし、眉間にしわを寄せて食事を楽しむソーマを何とかして止めなくてはならない。




「ほら、出して? いい子だから。そんなの食べたら、今度こそお腹壊しちゃうから。ね?」
「ンゴゴッ!」




 石を頬張って角ばった顔のソーマの正面に回り込み、その口元に手を添え石を吐き出すよう慌てて催促する。
 だが、その日のソーマはこれまでとは訳が違った。何せ、食の快楽というものを腹一杯に満喫したばかりだ。その上、未知の食材となれば尚更だ。珍しく少女の手を拒むように外方そっぽを向き、口の中の遺物を堪能したくて仕方ないらしい。
 テララが何度も顔の正面に回り込もうとも、頑なにそれを吐き出そうとしてはくれない。その妙な強情さは、無気力で他力本願な姉の世話よりも、これはこれで骨が折れてしまう。




「ソーーマッてばっ! お願いだ、か、らっ! だーーしーーてーーっ!!」
「ンガッ! ゴッゴゴッ! ングゴゴ――ッ!!」




 あまりにも言うことを聞いてくれないものだからテララも次第にむきになり、その口元に両手を伸ばし無理矢理こじ開けようと奮闘してみる。
 けれど、人の噛む力ほど強いものはなく、ましてや引っくり返ったスクートスを一人で起こしてしまう怪力の持ち主が相手だ。その口を少女の細腕でこじ開けるのは至極無理と言うものだろう。
 それでもテララは諦めず、互いに譲らずうなりながら小石をめぐる小競り合いが尚続く。




「お願いだから、言うこと聞いてよーーっ! 石、早く出してーーっ! 出あーーしーーなーーさーーいーーっ!!」
「ンゴゴーーッ! ングーーッ! ンガゴゴッ!!」
「……んあ? あんたら、2人して何してるの?」
「――ひゃんっ!? ……ああ、お姉ちゃん。も、もう、脅かさないでよ。ソーマがねっ?」
「――ンッガガッ、ガギッ!!!?」




 小さき食の探究者に覆い被さる形で石を奪おうとせめぎ合っていると、ピウの影から浮かび上がるように疲れきって白くなった姉が顔を覗かせた。今更、到着したのかと思わず物申したくなるが、それは今は言わないでおこう。
 暗い夜闇の中、視界に不気味に浮かび上がり突然声をかけられたものだから、テララは身の毛よだつ顔で一瞬怖気づいてしまった。やはり誰かに悪戯というものは、して良いことではないらしい。
 それはそれとして、その一瞬の出来事だった。
 急に攻めの手が止み力の均衡が崩れた所為で、ソーマは勢い良くテララの腕の中から弾き出された。それと当時に何やら鈍い音を鳴らしたかと思えば、あれだけ腕白だった抵抗をぱたりと止めてしまったのだ。




「ん? 何? 今の変な音?」
「ソーマ? ……もしかして石、食べちゃった?」
「石い? 何でまた?」
「ンギギギ……。テララ……、イ、イタ、イ」




 姉妹が見守る強張った背中が不思議と小刻みに震えだす。二人揃って首を傾げる中、弱々しくソーマがその方に向き直り口を開いて見せた。そして、何故か悲しそうに口元に添えた自分の手の平へ、ようやくそれを吐き出す。
 手の上のそれは涎まみれで、内の一つは見事に砕けてしまっている。




「って、その白いの。もしかして歯、抜けたの?」
「えっ!? うそっ!!!? あーーあ、もう。だから止めなさいって言ったのに」
「ンギギ……。テララ、イタヒ……」
「……ブフッ。アハハハハハッ!」




 腹を抱え笑う姉の指差す先には小振りの白い歯が一つ寂しく転がっていた。よく見るとソーマの上の前歯、その隣辺りがぽっかりと軽快に穴が開いている。途中で折れることなく根元から見事に抜け落ちてしまったようだ。
 テララの必死の忠告を拒んだ報いなのだから気の毒ではあるのだが、その面は力が抜けるほどに少々滑稽だ。




「どれだけ食い意地あるのさ? ソーマ。アハハハッ! 石なんて旨くないでしょ? ブフフフッ!」
「ソーマ、ちょっと見せて? ……んーー、血はあまり出てないみたい。抜けた歯も小さいし、きっと生え換わる頃だったんだよ」
「……イシ、ゴハン、チ、ガウ? タ、ベル、イタイ……」
「う、うん。石はね、人は食べられないんだよ? これに懲りたら、次からちゃんと言うこと聞いてね? 分かった?」
「あーーあ、痛そう。グフッ……。だめ、その顔でこっち見ないで……。フフッ。イヒヒヒヒッ!」
「もう、お姉ちゃんったら! あまり笑ったらソーマかわいそうで……フッ、フフッ」




 潤んだ銀の瞳を拭ってやり、痛々しく開く口元を優しく撫でてやる。石はピウの口元に置いてやり、抜けた歯は袂に仕舞った。きっとこんなつもりじゃなかっただろうし、ソーマだってまだ分からないこともあるのだ。落ち込ませないようにと普段らしく気遣ってやりたい。 そう思うのだが、後ろで大口開いて笑い転げる姉がそれを邪魔し、釣られてテララも思わず笑いが込み上げてしまう。




「お? 3人とも揃ったみたいだな?」
「――フフッ、ヒャッ!!!?」
「――アハッ、ハヒッ!!!? なっ!! も、守部のっ!?」




 哀れに痛む口を開けて佇むソーマを置いて、笑いの納まりどころを探しているところへ、姉の後ろからゆっくりと大きな影が近づき突然声を上げた。
 すると今度は姉妹揃って大きく飛び退き、納まりどころを求めていた笑いもはたと忘れ、その影に怯え凝視した。
 悪戯に限らず、人をからかうことするべからずである。

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