銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第42話 愛は重し

 宴跡の広場横では、村人たちが影籠りに向けた最後の準備に取りかかっていた。
 まとめられた家屋の資材や食糧などの荷物の下へ、四方から一際大きな影が幾つも集まってきている。深い夜闇の中、その巨大な影は地面を重く踏みしめ、大地が呻るように低く長く、そして太く穏やかな鳴き声を上げつつ、村人たちに縄で引かれゆっくりと集まってきている。その影下ろす人ならざる物こそ、この影籠りには必要不可欠な、長旅を成功させるための要的存在なのだ。




「これで全部か? にーー、しーー、6頭か。うむ」
「他にまだ生きてるやつ居ねえか探してみたんですが、瓦礫に埋もれて燃えちまったか、逃げ出したかで、集められたのはこれで全部です。こんなんで足りますかね?」
「おう、染工の。まあ、捕まえるっても、ほいそれと簡単に見つかるものでもねえからな。少々無理でも積めるだけ積むしかねえわな。こりゃあ」




 集まるにつれて焚火にその影を揺らぎ剥がされると、そこにはどれも見事な大きさのスクートスがその姿をあらわにした。背の甲羅がこんもりと丸い物や、やや平らな物。堅く分厚い外皮の色は赤朽葉あかくちば黄枯茶きがらちゃ白茶しらちゃなど多種多様で、鼻先も尖った物や丸く垂れた物など個性に富んでおり、立ち並ぶその様は何とも見応えがある。
 集められたスクートスは数にして六頭。その中にはテララたちのピウの姿も窺える。




「よーーうしっ! その辺りでいいだろう! 止めてくれ。そんじゃ、でかいやつには家の資材を、小柄なやつには食糧と衣服を積んでくれ!」




 デオ団長の支持を元に、スクートスへ資材や物資の積み込みがはじまった。その荷物の大きさは大小様々ではあったが、基本的に積み方は同じだ。
 まず、その広大な甲羅に綱を対角線上に渡し、その両端に大きめの荷物を縛り付けてゆく。そうして甲羅を囲うように四組から五組、計八から十の荷物をぶら下げる形で縛り付けるのだ。
 と言っても今回は天災後のため、まともな綱や縄には数に限りがある。足りない分は、適当な布をきつくねじった物を幾つも束ね代用することになりそうだ。
 そして、積荷は移動中に傾きずり落ちないようにそれぞれを甲羅に縄で固定した後、その更に一段上に一回り小振りな物を同じ要領で甲羅に縛り付け、余裕があればそれを繰り返し更に上に積んでゆくのだ。
 今回と同様に人数が少なければ、二頭で旅中の食糧や器具、衣服を積むことができる。余った物は余力のある者が交代で背負い運ぶことになるだろう。


 家屋の資材は一頭につき一軒分を背負わせるのだが、積み終えるとその高さはハリスの山にある小山を想わせるほどに高く積み重ねられ、その姿は実に迫力満点だ。
 大事な運び屋たちが押し潰されてしまわぬか思わず心配になるが、当の彼らは気ままに眠り、もしくは何食わぬ顔で首を伸ばし土塊の中の石をついばんでいる。何とも頼もしい旅の御供たちだろうか。
 ちなみにテララたちの身内は、誰彼構わず近づく者に鼻先を擦り寄せ、愛くるしく喉を鳴らしてじゃれ付いている。こちらも至って平常のようだ。




「おうしっ! 資材を固定するぞっ! クス爺! そこの縄持ってきてくれーー! ……ん? おーーい? クス爺、早くしてくれーーっ!」




 デオ団長が縛り付けた資材が崩れ落ちぬよう力み支えながらクス爺に急用を催促している。こちらは腹も満たされ力仕事というだけあって絶好調のようだ。
 だが、村のしがない老医はそれとは対象的に何やら様子がおかしい。




「いっ、いやあ。そっちへ行きたいのは山々なんじゃが。こっ、こやつが放してくれんのじゃ! ええい、もう勘弁してくれんかのう?」
「あん? ……ああ、チサキミコ様んとこのか。さては、村の女共だけじゃ満足できねえで、色目でも使ったんじゃねえか? ガッハッハッハッ!」
「んなっ!? たわけたこと言うでないわっ! 守部の小僧がっ! いつわしが色目なんぞつこうたと言うんじゃっ! 老いぼれをからかうのは、嫁に頭が上がるようになってからにせいっ!」
「おっと、いけねえいけねえ」




 悪戯に冗談を言われた途端、温厚な村医者も黄ばんだ眼をひん剥き今にもガタ付いた歯で噛み付かんばかりに声を荒げる。手元に施術道具があれば飛んできそうな勢いだ。温厚と言えど、どうも青臭い若造にコケにされるのは我慢できないらしい。
 つい気乗りしすぎて口が過ぎたと今回ばかりは気が付いたようで、デオ団長は思わずたじろぎ顔を引っ込めた。その妻曰く、本当に図体に似合わず気が小さく学のない肉団子だ。
 すると、未だピウの猛烈な愛情から逃れられないでいるクス爺の下へ、一つの影が入れ代るように、はつらつとした調子でやってきた。




「あらやだ。クス爺ったら、あたいのことももしかして好いてくれてたのかい? 困っちゃうねえ。これでも一応アレの妻なんだけどね。アハハハッ」
「ぐふっ!? 夫婦揃って、やめんかい! ええいっ! 手が空いとるならこの縄、とっとと持ってってやれいっ!」
「あいよ。戻ったら、その子に手綱付けるから、もう少しそのまま辛抱してておくんな。フフッ」
「ぐぬぬっ……。よろしく頼む……」




 男連中が重い資材を荷積めする傍らでは、女たちが縄を用いてスクートスの丸い鼻先からうなじにかけて頭絡とうらくをかけ、手綱を結び付けている。旅の準備などお構いなしに振る舞うスクートスを、まるで子供をあやすように手懐けながら手際よく取り付けてゆく。粗く堅い項と縄の擦れる音と共にたちまちに手綱が備え付けられてゆく様は、見ていて気持ちがよいほど見事なものだ。
 手綱を結び付けた後は、次いで鞍の準備だ。
 スクートスの長い首の付け根には、大きく反り出した首甲がある。この首甲部分は横に広く奥行きもそれなりにあるため、子供なら三、四人は一度に腰かけることができてしまう。そこに、適当な布を織り重ね宛がい鞍とする。旅の折りは、この鞍に座り手綱を持ち進路を取るのだ。










 そうして荷積みも順調に進み最後の物資を積む頃、未だ碌に立ち上がれない怪我人たちを運ぶための担架が空いた甲羅の上に拵えはじめられた。荷積みもいよいよ大詰めだ。
 そこへ、ようやく荷物をまとめ終えた姉妹が床下から各々の荷物を抱え下りてきた。




「ふう。やっと終わったね。よい、しょっと」




 テララが荷物がたんまりと詰まった一際大きな麻袋を一つ、二つ、三つと床下へせっせと運ぶ後ろで、その姉はというと、それらの袋より一回りも二回り以上も小さい袋をやっと一つ引きり、息絶え絶えに疲労を嘆いている。




「もう、あんたがアレもコレもって、何だかんだ詰め込めさせるから、もうくたくただよ。はあーー、疲れた。疲れたあーー!」
「えーー、だって。お姉ちゃんが荷物少なすぎるんだよう。折角大き目の袋渡したのに、最初、お勤めの衣装くらいしか抱えてないんだもん。びっくりしちゃった」
「持ってく大事なもんったら、衣装くらいだろなって思うってばあ」
「いやいやだからね? そこは換えの下着とか着回せる服とか、せめて今残ってる物だけでも持って行こうよ?」




 何度この問答を繰り返したか分からない。
 そんな調子で、姉の驚くほどのずぼら過ぎな主張に流石の妹でも呆れ果ててしまったのだろう。眉も肩も気も落し、それでもテララは人並みの価値観を健気に説いてみせている。
 がしかし、そんな世の理屈など露知らず。その気苦労も虚しく、姉は引き摺り下ろした荷物の上にだらしなくへたり込み、択一された自論を揺るぎない自信を込めて言い張るばかりだ。




「やだよ、嵩張かさばるし。重いし。着換えなんて、んなの適当に余った布でも被っとけばいいのいいの。どうせ向こうに着けば直ぐ暑くなるんだし?」
「ええええっ!? だめだよっ! そんなの絶対だめっ!! お姉ちゃん、女の子なんだよ? これでもまだ手持ち足りないくらいなんだから!」
「えええ……、うそでしょ……?」
「それに将来、恋人ができたりしたらお姉ちゃんだってお母さんになるかもしれないんだよ? だから、今の内からもっとちゃんとしておかなくちゃ!」
「こっ!? ここっこ! こここっ、恋人だなんてっ!!!? ないないないないっ!! お、可笑しなこと言わないでよっ! もう……、変なこと言うからほんとに疲れちゃったでしょ……。ああ、もうだめ……、寝る……」




 予想だにしない村長兼、姉の全裸に布一枚発言に、驚愕の余り妹の深緑の瞳も飛び出さんばかりに丸くなる。いや、最早飛び出ている。
 そんな真面目で愛ある反応に不意をつかれ、姉はあからさまに取り乱し、大きく両の手を振ってテララの主張を掻き消した。その顔はそれこそ可笑しなほどに真っ赤で、村の長ではなく一人の女子おなごとして初々しさが窺える。
 そう言った後、赤くなった顔をどうにかして隠したかったのだろう。姉は床下に伸びる斜路の途中で溶けるように横たわり、身体の重みに任せてそのまま荷物と一緒に斜路をずり落ちてきた。




「えっ! わっ!? ちょ、ちょっとお姉ちゃん!? あ、危ないから、起き――」
「もう、むりーーーー……、フゲフッ!?」
「キャッ!!!?」




 案の定、そのずぼらで初心で悩ましい村長むらおさは荷物を抱えたテララにぶつかってしまった。そして不運にも、袋から溢れ落ちた何かが痛々しく鈍い音を立てて姉の後頭部に直撃した。




「いっつあーーーーっ!!!? もう、何っ!? 今、何落したのっ!?」




 突然の鈍痛に飛び起き辺りを見渡すと、涙ぐむ青緑の瞳の片隅に見覚えのある物が転がっていた。




「……って、あんた。これも持ってくの?」
「え? あ、うん。もちろん! 何処へ行っても、いつもお母さんには大好きだったお花、飾ってあげたいもん。……だめだった?」
「いやまあ、だめってことないけどさ……。ほんと、あんた真面目って言うか……何て言うか……。もう、大事なもんなら人の頭に落ちないように、奥んとこに仕舞っときなよ。いたた……、ほうれっ!」




 姉妹で手助けし合い、朽木をくり抜いて作った花を活けるための木筒。その外周には母が好きだった黄色い花弁の花模様があしらわれ、普段から肌身離さず身につけている首飾りと合わせて、とても思入れのある物だ。
 姉はぶっきら棒にそれを拾い上げると、少々乱暴にテララの抱える袋の奥底へそれを押し込んでやった。
 しかしまあ、赤く腫れた頭は痛そうで、まるでだらしない姉への母親からの愛ある鞭であったかのようだ。




「そういや、それまだ着けてるんだね?」
「ん? ああ、この首飾り? うん! お母さんに折角作ってもらったんだもん。フフッ、すごく可愛いいよね。今でも一番のお気に入りなの。これ、たしかお姉ちゃんもお揃いで作ってもらってたよね? お姉ちゃんは、もう着けてないの?」
「あたしは……、そういうのは恥ずかしくて人前で着けたりしないの! 大事なのは仕舞っときたい方なの!」
「そうなんだ? フフッ、そっか」




 母からの一撃を受けた後、姉はぐずりながらも渋々荷物を運び降ろし、テララと手を貸し合いながら荷積めの行われているデオ団長の下へと向かった。

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