銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第40話 琥珀に踊る姉妹と銀の少年と

「最初、鍋をまとめるのをお願いしたときは、チサキミコ様倒れてしまわれて一時はどうなるかと思ったこともありました」
「えっ!? お姉ちゃん、鍋持って倒れたのっ?」
「たっ、倒れてなんてっ! ……コホンッ。いえ、倒れてなどいません。少し……、ほんの少々鍋が重かったので、その、腰を休めただけです」




 リレーニの近所付き合いの挨拶のような嘘偽りないごく平坦な話しぶりに、テララはふと疑問を感じずにはいられなかった。けれど、その真偽のほどを確かめるため見上げた視線は、何故か姉と交わることなくその頬をかすめてしまった。
 それもそのはずだ。今し方まで自慢げに話してみせたことと、真実との差異を知られてはまずい。激しくまずすぎる。姉は徐々に疑心が込められてゆくテララの視線をかわしつつ、急ぎ自身の主張を繕い直すことに必死なのだ。




「それでもチサキミコ様は手伝って下さると仰ったので、流石にお怪我があってはと思い、干し物の袋詰めをお願いしたのですが」
「本当に、お姉ちゃんがそんなことを……」
「う、嘘ではありませんとも……」




 淡々と今日の出来事を話してゆくリレーニの口調は、何故か愉しげで次第に軽やかになってゆく。その思い出話の行く先が気懸りすぎて、人知れずその額を冷汗で汗だくにしているチサキミコには全く気付いていない様子だ。




「チサキミコ様には細かく地味な作業は合わなかったようで、袋詰めされずに余ってしまった干し物を片付けるのには少し大変ではありました。それでも、お陰で予定より少しの遅れで荷造りを終えられたんですよ?」
「えっ!? リレーニさんっ! それはっ! 言わない約束ではっ!?」




 そして案の定、危惧していた通り今日一日世話になり頭の上がらない村人の口から、自身が悪気は粉微塵もなく誇張し隠蔽したかった失態をほのめかす言葉が、止めようのない湯水の如く零れ出てしまった。
 もはや顔面蒼白、一触即発である。先程まで意気揚々としていたその姿も、今では身震いが抑えられないようだ。
 淡々と語られる口調に乗せられてテララも落ち着きをみせつつある。これは、いよいよ宜しくない。
 チサキミコはその立場を忘れ、直ぐさま事の訂正を求めようと慌てて言い寄った。
 何よりもまず、妹に勘付かれないことの方が不肖の姉としては先決だ。村人に迷惑をかけた事実や、出来心でほんの少し嘘をたしなんだことが白日の下に晒され、天罰改め妹の大目玉をけてしまうことは、何が何でも避けなければならない。チサキミコとしての威厳などこの際、どうでもよい些事なのだ。
 この一瞬の間にそれだけのことを思案し咄嗟の行動に移せたことは称賛しても良いかもしれない。けれども、思考が先行しすぎていてまるで動作が伴っていない。その懇願する姿は無様なほど必死で、余計に妹の疑念を煽ってしまっている。嗚呼、哀れ新生しそこねた姉よ。




「あらあら、そうでしたね。申し訳ありません。フフッ、お2人姉妹と話せることなんて滅多にありませんから、少し楽しくなってしまって、つい」
「……んと、それって結局、お姉ちゃん。手伝ったのか、散らかしてリレーニさんに余計な手間かけたのか分からないよね……? ねえ、本当にちゃんと手伝えたの? 迷惑なことしなかった? 嘘、ついたりしてない?」
「げっ!? しっ、してないっ! してないっ!! こっ、これでもがんばって、やったんだってえーー!!」
「どうしてリレーニさんの後ろに隠れるの?」
「はっ!? べっ、べつに隠れたわけじゃ……! そう!? 今日、ずっとリレーニさん片手でこの子抱いて仕事してたから、肩でも叩いてあげようかなって! ねっ? そうですよね? トントントンッ!」
「え、ええ。まあ、ありがとうございます。フフフッ」
「んーー……、怪しい。お姉ちゃん、何か隠してるよね? 隠してるでしょ?」




 しかし、決死の弁解も虚しく、聞き逃すことなく事の真意を察したテララが、今度は心なしか冷やかな視線と落ち着いた口調で挙動不審な姉に言い寄る。
 正に万事休す、危機的状況のチサキミコ。もう、ここまでかと冷汗と共に大量の生唾を呑み込み首輪がうねる。何か他に言い逃れする手立てはないか。青緑の瞳が辺りを必死に見渡す先に、言い争う姉妹に構うことなく密かに握り飯を摘まみ食うソーマがその眼に留まった。




「あっ!? ソッ! あっ、で、でも、握り飯作るのは上手いって、褒めてもらえたよ? ですよね?」
「ん? 今、でもって?」
「ええ。最初はなかなか食べやすい大きさに握れないご様子でお困りでしたけど、少し大きいかもしれませんが、とても個性的な形でよくできてると思いますよ?」
「ほ、ほらねっ!! こ、これでどうだ!?」




 今度の助言はどうだ。覆しようのない物的証拠の伴う証言だと言わんばかりに、姉は握り飯を摘まみ食うソーマを指差し、リレーニの称賛の声を受けて再度自信満々に妹に反論してみせた。これで上手く言いくるめられる。無事逃げ延びられたと、どこか安堵した表情だ。




「んー、お姉ちゃん。それ褒められてないから。リレーニさん、今日はお姉ちゃんのこと良くして下さって本当にありがとうございます。でも、お姉ちゃんにあまり気を遣ってあげないで下さい。お姉ちゃん、すぐ調子に乗るので」
「えっ! ちょっ! あれ? これ、だめなのっ!? こんなにうまそうなのに、うそおっ!?」




 惜しくも新生には遠く及ばず、哀れ悲しきかな、チサキミコ。
 やはりこの姉妹においては、姉が妹に勝るには後一歩、いや幾歩、もしくは幾万歩及ばないようだ。


 自身の今日の行いは初の試みにしては見事な成果を収めたのではなく、むしろ逆だった。村人に人知れず尻拭いをさせてしまっていた気の毒な内容だったということ。荷造り後にリレーニからかけてもらった言葉も、実は気遣いであり思い違いしていただけだったということ。
 リレーニの言葉を改めてテララが姉に分かりやすく意訳し、その真意をいさめるように説いてゆく。
 今更ながら事の真相を知り、動揺して見っともなく戸惑うチサキミコ。言葉遣いには辛うじてその面影は伺えるが、妹の小言に怯える様はただの村娘と相違ない。村の長としての威厳は何処へやら。
 そんなチサキミコ様には申し訳ないと含み笑いつつも、リレーニは事の全貌をありのままその妹に語り聞かせ、その姉妹のやり取りを我が子を見守る母親のように優しい眼差しで見守っている。










 そこへ、大きな物音と共に、泥塊が崩れるように大男が地にその身を投げ倒した。




「うおおお……、やっと着いたーーーー……。もう、もう一歩も動けん……」
「あっ! 団長さん、お帰りなさい!」
「あい、ただいま。待たせたね」
「デオさん、すみません。最後持ってもらっちゃって」
「ああ、いいんだよう、これくらい。気にしないの」




 四肢を投げ出し地に仰向けとなり、大口を開いて息絶え絶えの巨漢の影から、その妻が水掘りの荷物を降ろし、気さくに手を振って見せた。テララたちから預かった鍬や木槌に加え、夫に押し付けた分の少しを肩から降ろし、肩やら腰を伸ばしている。
 誰かとは異なり健気で村一番の働き者と定評のあるテララは、やっと水掘りから帰った二人に透かさず駆け寄り、その容態をごく当たり前に気遣う。うむ、やはりできる子は違う。
 先程から調子が狂いっぱなしで抜け殻となって飯を頬張るのその誰かさんには、こういう所も見習ってもらいたいものだ。




「団長さん、ご苦労さまです。荷物、最後まで持って下さって、ありがとうございました。お腹、空いていませんか? 夕飯食べられます? 今日の夕飯、お姉ちゃんが作ったみたいなんです」
「な、なんだってっ!!!? チサキミコ様がっ!? 何かの冗談だろ……? もう草臥くたびれてんだ。悪いがテララちゃん、冗談はまた今度にしといてくれ……」




 地にへたり込み仰向けのまま開けた大口から轟々と荒々しく息を吸う肉付きの良い腹。それを小山のように大きく膨らませていた団長だったが、そのテララの思わぬ知らせにひどく驚き大声を上げて飛び起きた。デオ団長もテララの姉とは役目上、村の中でも付き合いが長い方だが、彼にとっても彼女が夕飯の支度をするなどと冗談でも思い付かない、思い付いても言おうとも思わないほどにあり得ない事態なのだろう。その驚いた表情は、まるで天地がひっくり返ったと言わんばかりの形相だ。
 その巨体が突然置き上がるものだからテララは思わずたじろぎ、ぎこちない笑みを浮かべつつそれに応えた。




「えっと、それが、一応本当みたいなんです……」
「なっ、なんだとっ……!? おいおい、明日は嵐にでもなるって言うんじゃねえだろうな……」




 思わず真偽を疑ったがテララが嘘を言うはずもない。むしろ自身も信じられないといった調子で本当だと告げられ、デオ団長は無意識に不吉な予感を溢さずにはいられなかった。
 ティーチ村の日頃の有様ときたら、よっぽどなのだろう。




「んなわけあるかっ! んなら、こいつはお預けだね。ソーマ、一緒に向こうで食おうね?」
「ああああ! いやいやいやっ! 待ったっ! ちょっと待って下せえ。悪かった。もう腹へって死にそうなんだ。何でもいいんで、食わせてくれ……」




 それまで大人しく黙って自慢の握り飯を勧める機会を狙っていた話題のその人、テララの姉だったが、その失言には流石にその気も失せたらしい。へそを曲げ握り飯片手にソーマと共に立ち去ろうとしていた。
 しかし、その手に持たれた異様に大きい武骨な握り飯に肉付きの良い腹が呻りを上げ、デオ団長は慌ててその差し入れを恵んでほしいと哀願する。
 相変わらず一言多い夫に顔を合わせ呆れるムーナとテララ。この村では重役になるほど何かしら欠点を抱えてしまうものなのだろうか。何とも締まらない偶然である。




「何でもって……。やっぱり団長さん、一言多いんだなあ。フフッ。お姉ちゃん、意地悪言わないで、美味しそうなの分けてあげて?」
「うーー。腑に落ちないけど、そらよ。あ、ありがたく食いな……!」
「おっ! これ、ほんとにチサキミコ様が握ったんですかい? それじゃ、有り難く。…………むおおおおっ! 意外にいけるなっ!! 中は何だ? うまい、うまいぞこれっ!? うおおっ!!」
「あ、当たり前だってえーーの! ふんっ!」
「フフッ。団長さん、大げさなあ」
「ウ、ウマイ。メシ、イケ、イケル。イケル。ニシシッ!」
「ソーマまで!? あっ、えっと……。まだ食べてたんだね……」




 その異様で不気味な見てくれには腹を空かせた大男でも流石に戸惑うらしい。けれども、気の進まないと言うわりに実は嬉しそうなチサキミコから受け取った手製の握り飯の味は予想を遥かに超えていたようだ。
 意外や意外、何たる奇跡、母大樹様の気まぐれか。
 デオ団長は勢い良くそれにかじり付くや、その想像を遥かに超えた美味さに感動し、口一杯に頬張りながら歓喜し呻りを上げる。
 それに釣られて、ソーマもちゃっかり幾つ目かの握り飯に手を付ける。どうやら味は信じても平気なのだろう。




「ハッハッハッハーー! そーーでしょ、そーーでしょーー! なにせ、このあたし、チサキミコ様特製の握り飯だからね! うまいに決まってるさ。お望みなら、まだ握ってみせよっか?」
「おおお! まだ食って良いなら、ぜひお代りを頂戴できますか?」
「オカリ。オ、オカワリ! ゴハン。クセー、トク、セー! ゴ、ハン! ニシシッ」
「もう、フフフッ。ソーマはその辺にしとかないと、お腹痛くなっても知らないよ?」




 その晩、ティーチ村では小さな宴が催された。
 テララも手伝い、チサキミコ自慢の特製握り飯を村の皆に振る舞った。
 これまでチサキノギ以外で滅多に御目にかることのできなかったチサキミコが、自ら村人の為に握り飯を拵えたことと、そのあまりにも不格好な握り飯に皆例外なく動揺して止まなかった。けれど、誰もかれも恐る恐る一口それを頬張れば口を揃えてその出来栄えを称賛し、中には影籠り前にはこの握り飯を縁起物として毎度賜わりたいと言い出す者も居たほど大盛況だった。
 ささやかではあるが、長旅前に村の皆で囲む夕食時の焚火は穏やかで暖かく、二人の姉妹とその間の少年の満ち足りた笑みは薄暗い夜の中、琥珀色に揺れ踊ったのだった。

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