銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-
第32話 戯れ彩る廃れ道
水掘り場はティーチ村の近郊に幾つか点在している。
雨水を溜め飲水に充てることもできるのだが、この辺りでは元々雨は少なく、今の時期のように凍期から乾期への節目ではそれも望めない。
そのため乾期から凍期の移住の際、つまり影籠りから日当たりの良い平地へ戻る際に水分の確保が期待できそうな場所を予め幾つか見積もり、それらの地点と母大樹との間に村を築くのだ。
水掘り場といってもその地形は様々で、峡谷や窪地、巨壁や岩山の麓などがある。
それらの一角にある、日がな一日太陽に当たらず影が差した場所では、その枯れた地中に冷気が籠る。やがてその冷気が大気中へ霧散することなく地中で凝固し氷の粒となることがある。
日差しが増し暑くなる前にそういった土壌を掘り起こし、濾して氷片を集め溶かし飲水に充てるのだ。
そのため、テララたちがこれから行う作業を正確に呼称するならば氷掘りとなるのだが、そこは目的とする物資故の些細な差異だ。
ちなみに、凍期の間であれば氷塊にあり付くこともままあるのだが、今の時期ではそれも難しい。
銀白の少年には気の毒な話だが、ましてや水浴びをするに足りる水量を得ることなど、あのずぼらなテララの姉が村の皆を労い握り飯を握って出迎えるほどに叶わない夢語りなのだ。
一行は、鍬に木槌と大小様々な桶、それから水袋に目の粗さが異なる網と布をそれぞれ数枚を担ぎ、否、デオ団長一人に担がせ、村の南西に位置する窪地へと向かっていた。
「今日、たくさん水採れるといいですね!」
いつにもまして容赦なく照りつける日差しに、喉が枯れた音を立てて虚しくうねる。
その容赦なく体力を蝕む疎ましい熱気を振り払うかのように、テララは努めて軽快に言葉をかけた。
「今から行く窪地は、順番だとしばらく手をつけてない場所のはずだよ。まぁ、ウチのに掘らせれば桶の4、5杯くらいは簡単に採れるんじゃないかね?」
少女の健気な計らいと知り、負けじと膨よかな笑窪が戯れに応える。
「おいおい……、俺は見張りをしなくちゃならないんだが……?」
「何にみみっちいこと言ってるんだい! そんな図太い腕しといて、女、子供だけに土掘りさせるような男だったのかい? こんなときくらい頼ったっていいじゃないか!」
「そんな風に言ってくれるなよ。参ったなあ……」
身体に似合わない弱腰な声が、両手に抱えた桶やら鍬やらの山に埋もれながら宛のない理解を得ようと乾いた空に虚しく響く。
「見張りなら私も目、利かせてりゃ十分でしょ。窪地まであと少しなんだから、頼んだよっ! ほら、さっさと運んだ運んだ!」
「少しくらい持ってくれたって――いてててっ!? い、いきなり小突くなって! おっこしちまうだろ! 良いように使ってくれるなあ。ったくよう……」
村では男共相手にその分厚い胸板を張り上げ威勢良く吠える野太い声も、最愛の妻相手では反論も気後れするのか、実に大人しくまとまったものだ。
「アハハ……。団長さん、大変そうですね、やっぱり運ぶの手伝いましょうか?」
「お? テララちゃんは優しいねーー! でも、今のは冗談だよ。冗談。これくらいどうってことねえ。ありがとよ。……とととっ!? ぬおおおおっ!!!?」
嫁には頭を上げられない旦那の気苦労が憐でならない。抱えた道具の山と共に大きく揺れ歩く良い荷物持ちさんをテララは気の毒くに思わずにはいられなかった。
その小さな温情に応えようと、その荷物持ちさんは息巻いてみせた。しかし、込められた見栄は反って荷物の重心を崩し、自信満々に微笑んだ髭面を尻目にその山を乾いた地面へと見事にぶちまけてしまった。なんとも締まらない村人の守り手である。
「やだねえ、もーー! 何やってるんだい。だらしないったらないね」
「……め、面目ねえ……」
「あわわっ! 大変っ! すぐ拾いますね!」
「ンギギ……?」
不運にも、そこは隔てる物など何一つない干乾びた荒野。更には目的地の窪地へ近付き緩やかな傾斜を伴った坂道。
分厚い肉圧から解き放たれた荷物たちは、それこそ水にあり付き喜び燥ぐ子供の如く、平らな坂道を踊るように弾み広がってゆく。
その荷物たちのささやかな宴に誘われるように、一同が猛暑に軋む身体に鞭打ちながら転げた道具を拾い集めにかかる。
そんな最中、ある珍しい光景がその場の面々の視線を一途に奪った。
「……おお?」
「おやまあ……」
「ンギ? ……コレ、モツ?」
「あっ、ソーマも持ってくれるの? ありがと!」
その視線の先では、荷物の中でも重い数本の鍬を束ね顔色一つ変えずに片腕で軽々と持ち上げてみせるソーマの姿があった。
「こりゃーーたまげたっ! 今の女の子ってのは、こんなに力持ちなのか?」
「フフフッ。えっと、ソーマは線が細くて髪もきれいですけど、男の子なんですよ?」
「なっ、なんだとっ!?」
「ニシシシッ!」
開いた口が塞がらない髭面の巨漢を余所に、色白可憐な少年は鍬の束を抱え、どこか楽しげだ。
「ソーマ。私も持ってあげるね? 一緒に運ぼう?」
「イッショッ! イッショッ!」
「うん、イッショ。ソーマは偉いね。フフフッ」
荒野の直中、幼気な少年と少女が二人、仲むつまじく微笑む。
その光景は一時ではあるが見る者の苦悩や悲痛を忘れさせくれそうな。笑みを溢さずには居られないほど、月並みで他愛ないが実に愛おしい、そんな光景だった。
「……あの子も、ソーマくらい丈夫だと、今もああして笑えてたのかね……」
仕舞っていた心憂いしい記憶も、その光景に誘われて平常心の隙間を抜け笑顔と共に溢れてしまう。
「そう……言ってやるなって……」
「……別に悪く言ってるわけじゃないさ。もう分かっちゃいるけどね。ただ……今も生きてたら……、ちょうどソーマくらいになるのかなってね……。ほんの少し思っただけだよ……」
妻の不意の呟きに意表を突かれ、子供たちに聞えぬよう咄嗟に夫は小声でそっと妻に寄り添う。
後ろを振り返ると大の大人二人が何やら顔を突き合わせて話している様子が気に掛り、テララが無垢な笑みを浮かべ歩み寄ってきた。
「お2人だけで、何のお話してるんですか?」
「……んっ!? ああっ、いやね。あんたたち2人、良い顔して笑うなってね。あたいらの子も、そう言やよく笑ってたなって話しさ」
気の利く良い子だ。悟られないようにと、息子と別れて久しい母親は普段よりも幾分高らかに昔話を笑って語ってみせた。
「この間話してくれた? 息子さんのことですか?」
「そうそう! 赤ん坊の頃はやんちゃだったけど、少し大きくなってからは、そりゃーーもう、とにかくよく笑う明るい子でね」
「もう何年も前になるんだな。あいつの笑った顔は今でも覚えてる。怪我して自分が痛いだろうに笑ってこっちを気遣うんだ。優しい自慢の息子だよ」
「誰かが落ち込んでたら、いつの間にか隣に来てね? まだ揃わない歯を自慢げに、これでもかってくらいに覗かせて笑ってみせるもんだからね。フフフッ、こっちまで笑えてきちゃって」
「そしたらいつの間にか、歯なし笑顔のデールちゃんなんて呼ばれて村中の皆から慕われてたな。懐かしいな。ハッハッハッハッ」
身体の大きな二人だ。並び揃って昔話を愉快に懐かしめば、その声の大きさも相まって、たちまちに周囲の者も自然と気分が晴れ興が乗ってしまうというものだ。
「息子さん、デールちゃんって名前だったんですね」
「いつまでも元気にいられますようにってね。この人が小さい頭こねくりまわしてね。名前付けるのに10日もかかったんだよ? フフッ、信じられるかい?」
「わ、笑うなって! あ、頭使うのは苦手なんだ。お、お前だって決まったときは、大層喜んでただろうに!」
「フフフッ。そう、だったんですね」
大人たちの咄嗟の計らいで無事に勘付かれることもなく、程無く自然と会話も弾む。
二人の会話に釣られて微笑むテララの表情は、どこか親に甘えるような幼気さを感じさせる柔らかいものだった。
「だからね。テララちゃんたちがそうして明るくして居てくれてるだけで、あたいらは本当に救われるのさ」
「えっ!? す、救われるだなんて、そんな大げさな……。私の方こそ、お世話になりっ放しで……」
その愛おしい笑みを包み込むように、日頃から抱く感謝の念をその深緑の瞳を真直ぐに捉え、そっと贈った。
そうしてその言葉を聞き届けた後、珍しく気転を利かせた髭面の巨漢が悪戯に少々黄ばんだ歯を覗かせ話題を切り替える。
「そんな遠慮しなくていいんじゃないか? 聞いたぞ? 将来、村一番のお嫁さんになるんだってな?」
「ええええっ!? そっ、そそそそっ、それっ!! どうして知ってるんですかっ!!? ……はっ! お、お姉ちゃんが話したんですかっ!?」
「んーー? さて、誰だったか? 最近、物覚えが悪くてよう」
「ち、違うんですっ! いあ、違わなくないですけど……。ううん、違くてっ! わあああっ、忘れて下さいっ!!!?」
先程までの穏やかな団欒とは打って変わって、予想だにしない方向から標的にされ、テララは瞬く間に赤面し慌てふためく。
人から慕われるとは、その多種多様な感性を計らずも向けられ、時にこうして弄ばれるもの。哀れかな深緑の少女。奮励せよ村一番の嫁候補。
「アハハハハッ。隠さなくてもいいじゃないか。耳が真っ赤だよ? テララちゃんももうそんな年頃かい? よかったら話しておくれよ? どんな子がお望みなんだい? もう、お相手は決まってるのかい?」
「へっ? え? え、えっと……その……。そっ!? そうじゃなくてっ……!? もーーーっ!!」
「フフフッ、アハハハハッ!」
「ガッハッハッハッハ!!」
「……ギシシッ!」
「もーー! ソーマまで笑わないでーー!!」
何もない荒野の中をまるで一つ屋根の下、同じ所帯を営む者同士であるかのような。水掘りの一行は他愛ない話で枯れた往路に花を咲かせる。
陰惨な日常から離れた掛け替えのない一時が、空虚な空に心地良く木霊した。
雨水を溜め飲水に充てることもできるのだが、この辺りでは元々雨は少なく、今の時期のように凍期から乾期への節目ではそれも望めない。
そのため乾期から凍期の移住の際、つまり影籠りから日当たりの良い平地へ戻る際に水分の確保が期待できそうな場所を予め幾つか見積もり、それらの地点と母大樹との間に村を築くのだ。
水掘り場といってもその地形は様々で、峡谷や窪地、巨壁や岩山の麓などがある。
それらの一角にある、日がな一日太陽に当たらず影が差した場所では、その枯れた地中に冷気が籠る。やがてその冷気が大気中へ霧散することなく地中で凝固し氷の粒となることがある。
日差しが増し暑くなる前にそういった土壌を掘り起こし、濾して氷片を集め溶かし飲水に充てるのだ。
そのため、テララたちがこれから行う作業を正確に呼称するならば氷掘りとなるのだが、そこは目的とする物資故の些細な差異だ。
ちなみに、凍期の間であれば氷塊にあり付くこともままあるのだが、今の時期ではそれも難しい。
銀白の少年には気の毒な話だが、ましてや水浴びをするに足りる水量を得ることなど、あのずぼらなテララの姉が村の皆を労い握り飯を握って出迎えるほどに叶わない夢語りなのだ。
一行は、鍬に木槌と大小様々な桶、それから水袋に目の粗さが異なる網と布をそれぞれ数枚を担ぎ、否、デオ団長一人に担がせ、村の南西に位置する窪地へと向かっていた。
「今日、たくさん水採れるといいですね!」
いつにもまして容赦なく照りつける日差しに、喉が枯れた音を立てて虚しくうねる。
その容赦なく体力を蝕む疎ましい熱気を振り払うかのように、テララは努めて軽快に言葉をかけた。
「今から行く窪地は、順番だとしばらく手をつけてない場所のはずだよ。まぁ、ウチのに掘らせれば桶の4、5杯くらいは簡単に採れるんじゃないかね?」
少女の健気な計らいと知り、負けじと膨よかな笑窪が戯れに応える。
「おいおい……、俺は見張りをしなくちゃならないんだが……?」
「何にみみっちいこと言ってるんだい! そんな図太い腕しといて、女、子供だけに土掘りさせるような男だったのかい? こんなときくらい頼ったっていいじゃないか!」
「そんな風に言ってくれるなよ。参ったなあ……」
身体に似合わない弱腰な声が、両手に抱えた桶やら鍬やらの山に埋もれながら宛のない理解を得ようと乾いた空に虚しく響く。
「見張りなら私も目、利かせてりゃ十分でしょ。窪地まであと少しなんだから、頼んだよっ! ほら、さっさと運んだ運んだ!」
「少しくらい持ってくれたって――いてててっ!? い、いきなり小突くなって! おっこしちまうだろ! 良いように使ってくれるなあ。ったくよう……」
村では男共相手にその分厚い胸板を張り上げ威勢良く吠える野太い声も、最愛の妻相手では反論も気後れするのか、実に大人しくまとまったものだ。
「アハハ……。団長さん、大変そうですね、やっぱり運ぶの手伝いましょうか?」
「お? テララちゃんは優しいねーー! でも、今のは冗談だよ。冗談。これくらいどうってことねえ。ありがとよ。……とととっ!? ぬおおおおっ!!!?」
嫁には頭を上げられない旦那の気苦労が憐でならない。抱えた道具の山と共に大きく揺れ歩く良い荷物持ちさんをテララは気の毒くに思わずにはいられなかった。
その小さな温情に応えようと、その荷物持ちさんは息巻いてみせた。しかし、込められた見栄は反って荷物の重心を崩し、自信満々に微笑んだ髭面を尻目にその山を乾いた地面へと見事にぶちまけてしまった。なんとも締まらない村人の守り手である。
「やだねえ、もーー! 何やってるんだい。だらしないったらないね」
「……め、面目ねえ……」
「あわわっ! 大変っ! すぐ拾いますね!」
「ンギギ……?」
不運にも、そこは隔てる物など何一つない干乾びた荒野。更には目的地の窪地へ近付き緩やかな傾斜を伴った坂道。
分厚い肉圧から解き放たれた荷物たちは、それこそ水にあり付き喜び燥ぐ子供の如く、平らな坂道を踊るように弾み広がってゆく。
その荷物たちのささやかな宴に誘われるように、一同が猛暑に軋む身体に鞭打ちながら転げた道具を拾い集めにかかる。
そんな最中、ある珍しい光景がその場の面々の視線を一途に奪った。
「……おお?」
「おやまあ……」
「ンギ? ……コレ、モツ?」
「あっ、ソーマも持ってくれるの? ありがと!」
その視線の先では、荷物の中でも重い数本の鍬を束ね顔色一つ変えずに片腕で軽々と持ち上げてみせるソーマの姿があった。
「こりゃーーたまげたっ! 今の女の子ってのは、こんなに力持ちなのか?」
「フフフッ。えっと、ソーマは線が細くて髪もきれいですけど、男の子なんですよ?」
「なっ、なんだとっ!?」
「ニシシシッ!」
開いた口が塞がらない髭面の巨漢を余所に、色白可憐な少年は鍬の束を抱え、どこか楽しげだ。
「ソーマ。私も持ってあげるね? 一緒に運ぼう?」
「イッショッ! イッショッ!」
「うん、イッショ。ソーマは偉いね。フフフッ」
荒野の直中、幼気な少年と少女が二人、仲むつまじく微笑む。
その光景は一時ではあるが見る者の苦悩や悲痛を忘れさせくれそうな。笑みを溢さずには居られないほど、月並みで他愛ないが実に愛おしい、そんな光景だった。
「……あの子も、ソーマくらい丈夫だと、今もああして笑えてたのかね……」
仕舞っていた心憂いしい記憶も、その光景に誘われて平常心の隙間を抜け笑顔と共に溢れてしまう。
「そう……言ってやるなって……」
「……別に悪く言ってるわけじゃないさ。もう分かっちゃいるけどね。ただ……今も生きてたら……、ちょうどソーマくらいになるのかなってね……。ほんの少し思っただけだよ……」
妻の不意の呟きに意表を突かれ、子供たちに聞えぬよう咄嗟に夫は小声でそっと妻に寄り添う。
後ろを振り返ると大の大人二人が何やら顔を突き合わせて話している様子が気に掛り、テララが無垢な笑みを浮かべ歩み寄ってきた。
「お2人だけで、何のお話してるんですか?」
「……んっ!? ああっ、いやね。あんたたち2人、良い顔して笑うなってね。あたいらの子も、そう言やよく笑ってたなって話しさ」
気の利く良い子だ。悟られないようにと、息子と別れて久しい母親は普段よりも幾分高らかに昔話を笑って語ってみせた。
「この間話してくれた? 息子さんのことですか?」
「そうそう! 赤ん坊の頃はやんちゃだったけど、少し大きくなってからは、そりゃーーもう、とにかくよく笑う明るい子でね」
「もう何年も前になるんだな。あいつの笑った顔は今でも覚えてる。怪我して自分が痛いだろうに笑ってこっちを気遣うんだ。優しい自慢の息子だよ」
「誰かが落ち込んでたら、いつの間にか隣に来てね? まだ揃わない歯を自慢げに、これでもかってくらいに覗かせて笑ってみせるもんだからね。フフフッ、こっちまで笑えてきちゃって」
「そしたらいつの間にか、歯なし笑顔のデールちゃんなんて呼ばれて村中の皆から慕われてたな。懐かしいな。ハッハッハッハッ」
身体の大きな二人だ。並び揃って昔話を愉快に懐かしめば、その声の大きさも相まって、たちまちに周囲の者も自然と気分が晴れ興が乗ってしまうというものだ。
「息子さん、デールちゃんって名前だったんですね」
「いつまでも元気にいられますようにってね。この人が小さい頭こねくりまわしてね。名前付けるのに10日もかかったんだよ? フフッ、信じられるかい?」
「わ、笑うなって! あ、頭使うのは苦手なんだ。お、お前だって決まったときは、大層喜んでただろうに!」
「フフフッ。そう、だったんですね」
大人たちの咄嗟の計らいで無事に勘付かれることもなく、程無く自然と会話も弾む。
二人の会話に釣られて微笑むテララの表情は、どこか親に甘えるような幼気さを感じさせる柔らかいものだった。
「だからね。テララちゃんたちがそうして明るくして居てくれてるだけで、あたいらは本当に救われるのさ」
「えっ!? す、救われるだなんて、そんな大げさな……。私の方こそ、お世話になりっ放しで……」
その愛おしい笑みを包み込むように、日頃から抱く感謝の念をその深緑の瞳を真直ぐに捉え、そっと贈った。
そうしてその言葉を聞き届けた後、珍しく気転を利かせた髭面の巨漢が悪戯に少々黄ばんだ歯を覗かせ話題を切り替える。
「そんな遠慮しなくていいんじゃないか? 聞いたぞ? 将来、村一番のお嫁さんになるんだってな?」
「ええええっ!? そっ、そそそそっ、それっ!! どうして知ってるんですかっ!!? ……はっ! お、お姉ちゃんが話したんですかっ!?」
「んーー? さて、誰だったか? 最近、物覚えが悪くてよう」
「ち、違うんですっ! いあ、違わなくないですけど……。ううん、違くてっ! わあああっ、忘れて下さいっ!!!?」
先程までの穏やかな団欒とは打って変わって、予想だにしない方向から標的にされ、テララは瞬く間に赤面し慌てふためく。
人から慕われるとは、その多種多様な感性を計らずも向けられ、時にこうして弄ばれるもの。哀れかな深緑の少女。奮励せよ村一番の嫁候補。
「アハハハハッ。隠さなくてもいいじゃないか。耳が真っ赤だよ? テララちゃんももうそんな年頃かい? よかったら話しておくれよ? どんな子がお望みなんだい? もう、お相手は決まってるのかい?」
「へっ? え? え、えっと……その……。そっ!? そうじゃなくてっ……!? もーーーっ!!」
「フフフッ、アハハハハッ!」
「ガッハッハッハッハ!!」
「……ギシシッ!」
「もーー! ソーマまで笑わないでーー!!」
何もない荒野の中をまるで一つ屋根の下、同じ所帯を営む者同士であるかのような。水掘りの一行は他愛ない話で枯れた往路に花を咲かせる。
陰惨な日常から離れた掛け替えのない一時が、空虚な空に心地良く木霊した。
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