銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第28話 母と姉妹の絆

 一人自室に取り残され、静寂を持て余す。
 住み慣れた部屋も先の被害で天井や床、壁中に穴が幾つも空き、乾いた日差しが差し込んでいる。




「……穴……、たくさん空いちゃったな……」




 天災がもたらしたその傷痕でさえ、今のすさんだ心持ちでは何故だろう、わずかに心地よく安らぎさえ感じる。
 虚ろな表情で穴の空いた天井をしばし眺めていると次第に脱力感を覚え、テララは静かに寝床に横になり瞳を閉じた。


 深く鼻孔から息を吸い就寝に備える。
 だが、瞼を閉じ黒の世界に籠ることはどうやら時期尚早らしい。小山でのあの凄惨な光景が痛烈な悲鳴を伴って想起され、瞬く間に鼓動は乱れ全身が激しく揺さぶられてしまう。




「…………う…………うう……、くっ………………はっ!?」




 その引き込まれそうな悪夢から逃れようとテララは強引にその深緑の瞳を見開き、誰かに助けを求めるように上体を跳ね起こした。


 そのとき、違和感を覚えた。




「……ん? …………あれ? ない……? ないっ!?」




 首下にぶら下がり軽く澄んだ音と共にいつも視界に映り込む大切なそれが見当たらないのだ。
 最愛の母が不器用ながらも何日もかけてドゥ―ルスの実の殻を花型に削り起こし、見兼ねたテララもついには一緒に手伝い作り上げた首飾り。大小の花飾りが麻紐で結ばれ、愛らしく温もりのある思い出。残された姉妹と亡き母を繋ぐ絆。
 その一時も肌身離さず身に着けていた首飾りが見当たらなかったのだ。


 途端に喪失感と焦りが込み上げ、テララは掛け布を捲り、枕下を覗き、辺りを隈なく探した。




「あれ……? ないっ!? あれっ? お母さんの、大事な……どこっ!? ……どこっ!? あれっ!? ……あれっ!!!?」




 いつも眠る前に首飾りを置いておく棚の上にも見当たらない。ただそこには、先日取り換えたばかりの花が花弁を散らし虚しく横たえているだけだった。
 手近な範囲に目的の物は見当たらず、テララは我慢ならず寝床から飛び起き更に辺りを探し回る。




「ない……。ない……。おかしいなあ……。もしかして……、小山でなくしちゃったのかな……? どうしよう……」




 部屋の入口から寝床まで。そして寝床の周りや、その下。担ぎ運ばれてきた間に落しそうな箇所を、うずく青痣に阻まれながらも身を屈め必死で探す。
 けれど、いくら視線を巡らせようともそれは見つからず、焦る気持ちを逆撫でるかのようにハリスの山での出来事が悪戯に脳裏でしつこくざわめき立つ。
 背後から地に押え付けられたときか。それとも首を絞め上げられたときか。急ぎ探しに戻った方がいいか。いや、もしまた出くわしたら今度こそ命が危ういだろう。
 不吉な予感を一度巡らせたばかりにたちまち歯止めが利かなくなり、胸のざわめきがより一層高鳴って冷静な判断を削ぎ落しにかかる。




「…………ようし」




 姉の忠告も、村を取り巻く危機的状況も焦燥感に掻き消され、余裕を失ったテララはそう小さく頷くと一歩戸口へと歩みを進めた。


 するとその間際、視界の隅に黄色い何かがひらりとかすめ落ちたのが見えた。その正体を確かめようとふと顔を向けてみる。
 視線の先には母に捧げた黄色い花がその小さな黄色い花弁を床に散らしているのが見て取れた。




「お母さんのお花……」




 それは、失った物を探さねばと焦りに駆られた今のテララにとって、何の有用性もない出来事だった。
 何事もなかったと再び進行方向に向き直ろうとしたとき、散った花弁の付近、その花の置かれた棚の裏手に見覚えのある紐状の何かが垣間見えた。




「……ん? …………あっ!?」




 その何かに焦点が絞られるよりも先に、吸い寄せられるかのようにすり寄り、それを棚の裏手から引っ張り出す。




「……あったっ!! 後ろに落ちてたんだ。はあーー、よかったーー!!」




 そっと手繰り寄せられた紐の先には花型の飾りが確かに二つ結び付けられていた。
 それまで胸の内を埋め尽くしていた不安や憂鬱をめいいっぱい吐き出し、テララは思わずその場にへたり込んだ。大事にならなくてよかった。
 一連の暗鬱あんうつな不安も記憶も随分と影を潜め、ようやく普段の少女らしい落ち着きを取り戻したようだ。




「お母さんが教えてくれたのかな……? ありがとう。……でも、ごめんね……。今はお花、換えてあげられないかも。村が落ち着くまで、もう少しだけ待っててね……?」




 散った花弁を拾い上げしおれた花元に添え、テララは見つけた絆を次はなくさないと固い意思と共に首にかけ直した。
 再び首下に戻ってきた母との思い出に安堵していると、部屋の外から何やら物音が耳に届いた。




「……ん? お姉ちゃんかな?」




 姉が戻ってきたのかと部屋の入口から居間を覗き込むが、その姿はない。
 気の所為だと視線を戻す途中、ふと向かいの部屋が気にかった。




「……ソーマ。お姉ちゃんの部屋で休んでるんだっけ……?」




 そして、先程の姉とのやり取りの中で得た最も気懸りだったことを思い起こす。
 別に家の外を出歩く訳ではない。家の中で休んでいる家族の様子を少し見に行くだけだ。これなら怒られないはず。




「怒られたりしないよね。……うん」




 先の一件以来、悪族の兇刃に沈んだはずの少年は今やもう元気だと言う。
 そう聞かされたときは確かに安心はしたものの、やはり信じ難い自分が未だ内に残り続けていた。
 テララはいつか戻ってくるであろう姉からの小言を受け流す言い訳に合点がいくと、そっとその歩みを姉の部屋へと進めた。

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