銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第26話 紅の銀眼

 男たちがまるで宴を楽しむかのように下卑た嘲笑を漏らす傍らで、テララは胸を締め付ける思いに耐え兼ね頬を濡らし、愛しい名を最後に意識を失った。
 その場に居合わせた誰しもが、地に崩れた子供の絶命を確信した。




「……γι、……γιγιγιγι……」
「お、おい……。あのガキ、まだ動いてるぞ……」
「ケッ? そんなはずない。頭割ってやった。兄貴疲れて……グゲッ……!?」




 しかし、その亡骸はゆっくり身体を持ち上げ、激しい憎悪に揺らめく銀眼に害意を宿し再び男たちを見据えた。




「なんてガキだ。ふざけやがって……」




 血濡れた細腕で身体をもたげるソーマの顔面の様を目の当りにするや、宴を中断された悪族たちは、その小さくも凄まじい見幕けんまくにたじろがずにはいられなかった。
 驚くことに、その頭蓋を穿ったと思われた刃は急所を外れたばかりか、き出しの白い歯牙によって噛み締められていたのだ。
 やがてその刃は敵意、悪意、そして明確な殺意がひしめく歯牙によって粉々に噛み砕かれた。
 そして、その不吉な音を皮きりに報復が始まった。




「……Γυαααααααα!!!!」




 予想外の出来事に困惑するやからどもを目掛け、ソーマは獣のように四肢で地を蹴り、歯牙を剥き出し凄まじい勢いで襲いかかった。




「おいっ!? お前何とかしろっ!!」
「グゲッ!? い、言われなくてもっ……ギャアアアアアアアアアアアアッ!!!?」




 低空から襲い来る狂気に手間取る隙に、ソーマはまず小柄な男に飛び付きその顔面に喰らい付く。
 男は咄嗟に身を反らしその一撃から間一髪で逃れたかのように思えた。
 しかし、その狂う牙はすれ違う間際、男の顔左側面にある感覚器官、上部の尖った耳に喰らい付き、勢いそのままにそれを根元の肉ごと引き千切った。
 側頭部の血管が大きく引き裂かれ、吹き溢れる色濃い血汐で小柄な男の半身がたちまち紅く染まる。
 男の傍らを飛び去り着地するや、猛り狂うソーマはその肉片を吐き捨て、鋭い爪で再びその男に襲いかかった。




「み、耳がああああああっ!!!? 俺の、みみ、ぐっ!? ギギャアアアアアアアアッ!!!!!!!?」




 振りかざされたその爪は尋常でない激痛に悶える顔面を捉え、両目や鼻、顔の右から左にかけて深く鋭く抉った。
 小柄な男は最早その激痛に立っていられず、崩れるように地に伏し喚きもがいている。




「おいっ!? 阿呆が! 何しくじってやがるっ! ちっ、何なんだあ!! お前っ!!!!」




 全くふざけている。大の大人が見窄みすぼらしい子供一人にこうも容易くやられるなどと。
 血沼で悶え苦しんでいる相方の有様を目の当りにし、兄貴分の男の身体に刻まれた古傷がどうも疼いて止まない。その苦い後悔に舌を打ちつつ男は掴み上げたテララを脇に投げ捨て、堅く拳を握りしめ狂気に混濁する銀眼に殴りかかった。




「γι!? γυυυυ!!!?」




 重くそして鋭く放たれた拳は血濡れる猛獣の脇腹を捉え、その身体を日が燃え盛る紺碧の空高くへと打ち上げた。
 小さな身体に喰い込む拳に確かな手応えがあった。肋骨を何本かやっただろう。子供をじ伏せるには十分の感触の残る拳を満足げに見詰め、地に打ち付けられ紅い呻きを上げてうずくまる獣の下へゆっくりと近づいてゆく。




「ケッ! 手子ずらせやがって。他愛ねえ。だが、連れの分だ。まだ、腕の1、2本は折らせてもらわないとなあ?」




 力なく垂れ下がった口元から断続的に吐血しているソーマの元に近づくと、男は不揃いの歯を覗かせ兇悪な笑みを込めて片足を持ち上げた。
 そしてそれを細く弱ったソーマの左腕目掛け醜悪な力をもって振り下ろした。




「そらよおおおおおお!!!!」
「……γιγι!?」




 しかし、その腕が断絶される寸前でソーマは身を逸らし、その一撃から間一髪逃れる。




「このガキッ!? いい加減、くたばりやがれっ!!!!!!」




 男は渾身の一撃をかわされたことに更に激怒し、再度練り上げた強烈な殺意の眼差しをもって再び殴りかかった。
 その拳は先程とは明らかに違う。戯れる気など微塵もない殺意一色の一撃が少年に振りかかる。直撃すれば今度こそ絶命は免れないだろう。その渾身の拳が狂乱するソーマの頭蓋を砕かんばかりに一直線に襲い来る。
 そして、その瞬きをも許さぬ一撃は激しい撲音と共に土煙を巻き上げた。


「やったか――」




 男は殺意絶やさぬ表情の陰に悦を浮かばせ、辺りを見渡す。




「……Ουαααααααααα!!!!!!!!?」




 しかし、土煙が退きそこに期待したむくろがないことに気付くも時すでに遅かった。視界の外から憎たらしい呻き声がたけり立つ。
 そしてその銀の狂気は透かさず男の左腕、テララから貰い受けた髪飾りが握りしめられた左手に襲いかかった。




「なっ!? このガキ、どこまでふざっ……うがああああああああああっ!!!!!?」




 男は咄嗟に体勢を整えるも間に合わず、連れを屠ったその血濡れた歯牙は男の左手に深々と喰らい付いた。小さくされど鋭いソーマの歯牙は鈍い音を立て男の体組織を分断してゆく。




「ぐぐっ!? く……、くそ……が……!! 離し、や……がれええええええっ……!!!?」




 その尋常でない激痛から逃れようと男は恥も忘れ、見苦しく必死に手にぶら下がる小さな身体を幾度とち、暴れ散らす。
 だが、男がその顔面を、胴体を何度撲とうが少年は怯むことなく、着実にその歯牙が食い込み肉が裂かれてゆく。
 一触即発の攻防の最中、男が視界に捉えた手に喰らいつくその銀眼は、人のそれではなかった。瞳孔は血潮のように紅く、そして黒い底知れぬ害意が混濁した禍々しい色に染まり、銀の虹彩と相まってその瞳は猛獣など容易く凌駕する兇悪さを感じ得ずにはいられないものだった。


 たちまちに男はその狂気に狩られ我慢の限界を超え、噛まれた手を無我夢中で左右に大きく振り払った。




「は、はな……、離……せ……。く、くそ……くそ……!! 離し、や……が……れ……!!!!!!」




 瞬間的に加速する角速度と手に喰らい付く少年の身体にかかる遠心力の合力によって、ついに齧撃げつげき部は鋭く引き裂かれた。
 均衡が崩れたソーマの身体は弾き出されたように勢い良く宙を飛び、髪留めを咥えたまま後方の小山に激しく打ち付けられた。




「ぐっ、……がああああああああああっ!!!!!?」




 腹下できつく握りしめられた男の左手には中指以下の二本の指がなく、激しく流血する患部の痛みに屈強な身体が震え嘆きもがく。
 一方ソーマは運悪く後頭部を山肌にぶつけた衝撃で気を失い、仰向けのまま動きがない。




「指……が……。俺の、指……、もって……いきやがったっ!!!!!? ……殺す、ころす……、殺してやる……!!!! ……絶対、ぶっ殺してやる!!!!!!」




 激痛に悶え嘆き、男は憤怒をたぎらせ血が滲むほどに歯を食い縛る。踏みにじられた叶わぬ殺意に苛立ち、更に殺意を塗り重ね吠え盛る。
 そして、ふら付く足取りで連れの腰に残る刃物をまだ指の付いた右手で握りしめ、山肌で仰向けになる忌々しい獣目指し歩み出した。




「おーーーーいっ! テララちゃーーん! 何かあったのかーーい?」
「……ちっ。他にまだ居やがったのか……。くそ……。おいっ、さっさと起きろ。ずらかるぞっ!!」
「痛い痛い……あ、あああ……、兄貴……、どこ……? どこ……、どこ……? 目、俺の、何も見えない……」
「ああああ!! 喚くなっ!! くそっ!! この借りは絶対に返してやるっ!!!!」




 この惨劇が更に熾烈さを増すかのように思われた。
 しかし、騒ぎを聞き付けたムーナたちが急ぎテララたちの方へと駆け付けて来たことでその場はどうやら一旦の終わりを迎えたようだ。
 逆襲に燃える手負いの男はその声の方に人数の影を認めるや、この有様では多勢に無勢と判断したのだろう。歯が砕けんばかりの力を込めて殺意を噛み殺し、血みどろになり弱り果てた連れの男を引きずりつつ小山の影へと退散していった。




「テララちゃ……、テララちゃんっ!! どうしたんだいっ!? おーーいっ! 大変だよっ!! 皆早く来ておくれっ!!」




 悪族達と入れ替わるようにムーナが二人の下に到着し、その凄惨な光景に思わず息を呑んだ。
 慌てふためいた様子で弱々しく地に横たわるテララの上体を抱き起こすも、その顔色は陰り道中で見せたような晴れやかさなどなかった。
 腕の中で力なく壊れてしまいそうな小さな身体に、罪悪感と自責の念で胸が締め付けられる。


 一体どうして、こんな事に。


 そして、大人たちは酷く弱り怪我をした二人を抱え、拾集を中断し急ぎ村へと帰還した。

「銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「冒険」の人気作品

コメント

コメントを書く