銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第25話 虐げ貪る者

「おんやーー? 何か耳触りな喚き声が聞こえるかと来てみりゃあ、ただのガキが騒いでるだけじゃねえか」
「ケッケッケ。下らねーー。腹の足しにもならねーー。ケケッ」




 すると、不意に聞き慣れない不愉快に嘲笑する声が、奮闘する小さな背中に投げかけられた。
 青く腫れた顔をその声のする方へ向けた途端、深緑の瞳はたちまちにして非難と嫌悪に満ち、鋭くその人影を睨み返す。




「あなたたちはっ……!?」
「あーーん? 何だあ? その眼はあ? チッ! 見ず知らずの相手に向けていいもんじゃねーーなーー? おいっ!」
「ケケッ。生意気。生意気。しつけがいるなーー。クケケッ!」




 テララの後方、肉の小山の頂上には、村では見かけない男が二人、テララたちを蔑んだ眼で見降ろしていた。
 出で立ちはテララたちとそう変わりない物のようだ。
 しかし内一人は、長身で細身だが引き締まった肉付きをしている。身体にある幾つもの傷痕から見かけ以上の屈強さを伺い知ることができる。
 もう一人は小柄で酷く背が丸まっているが、腰にぶら下げられた幾つもの小振りの刃物が赤黒く染まり、下卑た笑いも相まってその気質の惨忍さを物語っているようだ。




「今、私たちは何も持ってないのっ! だから放っておいてっ! お願いっ!」
「だからよう。挨拶もなしに人様を盗人みたいに言いやがって、随分ふざけた態度しやがるじゃねえかっ! 盗るもんは何も物だけじゃねえんだぞっ!! ああんっ!?」
「ケケケケッ! 兄貴また怒った。怒らせた。クケケッ。可愛そう、可愛そう。俺も俺も、ケッケッケッ!!」




 テララはその二人を遠ざけようと努めて強く拒絶の意思を示した。
 しかし、それは逆にその男たちの粗悪な品性を煽り立ててしまい、有ろうことかその二人は小山を蹴散らしながら降りて来くるではないか。
 透かさずテララは、男たちとソーマの間に割って入る形で両手を広げ、未だ混乱する家族を庇った。




「お願いっ! この子には手を出さないでっ!」
「じゃーーま、邪魔。ケケッ」
「キャッ!?」
「動くと痛い。クケケケッ」




 しかし、テララが彼らの前に進み出るやいなや、細身の男の後ろに居たはずの背を丸めた男が眼にも留まらぬ速さで弧を描いて宙を飛び、テララの後方から抵抗を許す隙さえ与えず覆い被さった。
 そしてその小さな身体を地に圧し付け、黒い髪を引き千切らんばかりの力で引き上げた後、突き出された細い首筋に腰の刃物を突き立てその動きを封じてしまった。




「フンッ。いきり立つしか能のないガキが。お前は後だ。すっ込んでろっ!」
「お願い……帰って……ウッ!?」




 背に圧し付けられた男の膝の所為か、反り返った胸では息を十分に吸うことすらかなわず、吐き出す解放を哀願する声も風に消える。抵抗するほど
に喉に刃物が喰い込み血が血涙の如く流れ落ちる。
 それでもテララは害意に屈することなく、滲んだ深緑の瞳を尖らせ抵抗の意思を絶やさなかった。




「でだ。一番目障りなのは、てめえだ。いつまでびーびー喚きやがる。いい加減、黙れよ……なっ!! ああんっ!?」
「……γα、ααα……γυα……!?」




 細身の男はソーマに向き直ると、その小さな心窩みぞおちに鋭く膝を打ち込み、よろけた銀白の髪を乱雑に掴み捻り起こした。




「……め、て……」




 その酷い仕打ちにテララは必死に抗おうとするも、より一層きつく圧迫された身体では、最早十分な呼吸はおろか、声などかすれ届かない。




「おうおうおう! きたねえ面しやがって。ハハッ。泣いてねえで、何とか言ったらどうだ? ああん?」
「……γα、αα……」




 髪を捻り上げられるままに力なくうな垂れるソーマ。
 その口からは泡を吹いた涎が溢れ、顔面には錯乱し狂気に弄ばれるままに掻き毟った生々しい爪痕が、零れる涙で朱殷しゅあんの雫を垂らしている。




「ちっ、無視かよ。……ん? 良いもん付けてるじゃねえか……よこせっ!!」




 いくら暴力を行使しようが泣きすがるなどの面白可笑しい展開はおろか、ろくな反応すら返っては来ない。
 男はそれ以上の問答に冷めたのか銀眼を睨むのを止め、視界でちらつく萌黄色に次の標的を移しそれを強引に剥ぎ取った。
 用済みとなった呻き続けるだけの少年の身体は宙に突き飛ばされ、その身体は激しく地に打ち付けられ、地面を鈍い音を立て転がり土埃を巻き上げる。
 痛々しく地に垂れた頬を伝って紅い涙が地に沁みゆき、その銀眼には血の気の薄らいだ少女の姿が映り込んだ。
 兄貴と呼ばれるその男が髪留めを奪ったくらいで満足するわけもなく、次の標的を少女に移し、その弱った細首を掴み持ち上げた。




「……シ、テ……。……ド、シ……テ……」




 しかし、弱りきった少女の甚振いたぶり方を吟味しはじめたとき、投げ捨てた物の異変に気付き思わず息を呑んだ。




「ん……? くっ……このガキ……。何だ、その目はっ……!!」




 その視線の先には、地に這うように四肢で上体を起こし、鋭く立てた爪で地を引裂き、土埃で薄汚れた銀白の髪の下で男たちをむさぼるように煌々と睨む銀の瞳があった。




「おい。もういい邪魔だ。やれ」
「ケケッ。怖い、怖いっ!!」




 男が小柄な連れに顎で何やら指図をした次の瞬間、風切り音と共にソーマの左上腕が紅く裂け、その後方に小振りの刃物が地に突き刺さった。




「ちっ。外しやがって、遊んでんじゃねえ。さっさと仕留めろ!」
「クケケッ。少しくらい、遊んでもいい、だ、ろっ!!」




 そして間髪入れず小柄な男は大きく振りかぶると、今度は風切り音が立て続けに響き虚ろに膝を着いたソーマに無数の刃が襲いかかった。




「……ソ……マ、……あ、ぶ……ない…………」
「……Ουαααααααααα!!!!!!」




 呻くテララの声に呼応してか、刃が放たれた途端ソーマは凄まじい雄叫びを上げる。
 しかし、その怨憎渦巻く狂気だけでは放たれた凶器は怯むことはなく一層その勢いを増し、そして容赦なくソーマの身体に突き刺さる。
 まずは右肩。次いで右前腕。そして左肩。
 鋭く研磨された石造りの赤黒い刃が、か細い白肌を綿を裂くように容易く穿うがち、辺りに鮮血を散らす。
 そして最後の一撃が、その顔面に命中する軌道を描き襲いかかる。




「……ソーーマッ!!!!!?」




 テララは息苦しく遠のく意識の中、必死で家族の身を案じてその名を力の限り叫んだ。
 だが、その望みは叶わず堅い頭蓋に刃が突き立てられたような、惨忍で無情な音が一行の耳に刺さるように響き渡った。




「クケケケケケケッ! 当たりー! 当たりーーっ!!」
「……そ……んな……。ソ……、ソーマ……。い……や……。いや…………。いや…………!」

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