銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第24話 刻まれた衝動

 五つほど小山を越えて行くと、正面に棗紫色の目的地が見えてきた。
 先日、オオフリがあってから日が経ち照りつける太陽もその輝きを増していることもあり、幾分黒茶けてもいる箇所もあるようだ。


 テララは先程と変わりない調子で小山のふもとまで歩み寄ると、籠を下ろし袖をくった。




「……懐かしいね。ソーマと初めて出会ったのも……、こんな小山だったよね……」
「………………」




 黒茶けた肉は持ち帰って干す手間も省け、料理に手間がかからない。今の村にとっては有り難い代物だ。
 テララは淡々とその斜面を登りつつ、二人の出会いを懐かしんでいる。その言葉はどこか陰りが感じられたが、無理もない。少女は努めて明るく少年との出会いを語り続けた。




「あのときは……、本当にびっくりしたよ。だって急に私の手を掴むんだもん……」
「…………υ……、υυυ…………」
「すごく痛かったけど……、でも、ソーマも怖かったんだよね? あのときはその、驚かせてごめんね? …………ソーマ?」




 再び問いかけに反応のない様子に疑問を感じ、テララは目利きした肉を両手に握り締め振り返えった。
 するとそこには、色白い肌に紅紫の血筋が浮き出るほどに強張った手で顔面を覆い、抗いようのない強大な何かに呑まれ絶叫し悶え苦しむ銀白の少年の姿があった。




「……υ、……υυ……、Ουαααααααααα!!!!!?」
「きゃっ!? ど、どうしたのソーマッ!?」




 両耳をつんざき息する物の心臓が張り裂かれかねないほどのとてつもない声量に、テララは思わずたじろぎ手に持った肉を放し両耳を力の限り塞いだ。
 一体何がどうしたと言うのか。必死に呼びかけるも、萎縮しか細くなった少女の声など全くその耳には届かない。










 聞き親しんだ声がかすれ、視界に映る見知った人影がその色彩を失い、次第に意識下から消えてゆく。
 銀眼の奥底、側頭部の内側、扁桃体が無秩序に活性化し、そこに刻まれた衝撃的且つ精神的、肉体的恐怖が激流となって一方的に脳裏に描写される。


 ――――イ。




 ――――――――タイ。




 ――――イ、――――タイ。




 ――イタ、イ、――イタイ。




 イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ。
 イタイ、イタイ、イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ。




 天井から微かな光が漏れる暗闇の中、身体が奥底に沈んでゆく。その両端、身体の末端からわずかな圧を感じる。
 それは止まることなく、紅い飛沫しぶきを上げて押迫り、やがて。




 イタ、イ、ι、ιι、ιιιιιιιι、γιγαγαγαγαγα、γιγι、γαγαγα、γι、γα、γαααααα――――。




 身体中が軋みえぐられ、骨は粉砕し、臓腑は引き裂かれ、視界は赤くいびつに砕け、光を失った。










「……αα、α、ααααα。……Ουαααααααααα!!!!!?」




 状況が全く掴めない中、籠を薙倒し地に頭を打ち付け酷く錯乱しているソーマをとにかく落ち着かせようとテララは小山を急ぎ下り駆け寄った。
 つい昨日にも似たようなことがあった。そう、夢見が悪く酷く怯えていたことがあった。
 しかし、今眼前で顔や腕、身体中に爪を立て掻きむしり、獣の如く咆哮するその様は、それとはまるで一線を画していることなど容易に理解できた。




「ソーマ……。ソーマッ!? ねえ! 私の声が聞こえる? どうしよう……、そうだっ! 歌……! い、今、ソーマが好きなあの歌、歌ってあげるね? キャアアアッ!!!?」




 なんとか落ち着かせようと少女なりに試してみようにも、振り上げられた白い腕にか弱い少女の身体は風舞う布切れのように吹き飛ばされてしまう。
 宙に舞った身体が地面に叩き付けられるその間際、垣間見えた銀の瞳は、ただ恐怖に怯えるそれではなかった。




「γυγιγιγι…………。Γυγαγαγαγαγαγα!!!?」




 苦痛、憤懣ふんまん、憎悪。言葉にできない負の感情がどす黒く混濁し、初めて会ったときと酷似する。もしくはそれ以上の殺意が渦巻いているのを感じた。いや、一方的にそう眼に焼き付けられた。
 テララはそのまま地に倒れ込み、本能的にその狂気満ちる瞳に畏怖し、家族を想う優しささえ薄れ一瞬身体の自由を奪われてしまった。
 それでも萎縮した拳を必死に握り締め己を奮い立たせ、一人孤立する家族の下に何度も、何度も寄り添い、その感情を鎮めようと奮闘する。




「ソーマ……ッ! お願い、お願いだから、落ち着いて、……ね? 私が……ウッ!? 私が、いる、から……っ! だから……ウグッ!? お願い、……ソーマ、……ソーマッ……!」




 その狂気に呑まれた血の滲む白い身体に何とか覆い被さるように取り付くことができた。
 しかし、腕の中で暴れるソーマの底知れぬ衝動が、振り上げられる拳が、少女の顔や腹を幾度と打ち付け、青痣あおあざを鈍く刻んでゆく。

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