銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第22話 萌黄色の縁

 道すがら目にする村の中に居たときとはまた違った景色に、例の如く少年は少女の心配をよそに一行の先をふらふらと独りでに歩き回っている。
 見るからに登れそうにない細く干乾びた木に何を思ったかぶら下がり、案の定折れた枝ごと落ちそうになったり。崩れた瓦礫の穴をくぐろうと頭を突っ込んでは抜けなくなったり。小さな花の香りに落ち着きを見せたかと思えばそれを口に運び、あまりの不味さに泣き喚く。一度痛い目をみてもまた同じものを見つけては触らずにはいられないようだ。
 終始手を引いてやらねばならなかった頃はそれはそれで手間がかかったが、ここまで回復したとなると、面倒を看る方も気が気ではない。
 繋ぐ手をすり抜け列を飛び出したソーマをなだめ連れて帰っては、また何処吹く風と独り外れた少年の下に駆けつけその手を引き一行に加わる。
 日頃、大人たちが使う大きさの籠を揚々と担ぎ小山まで通っていたとしても、これには流石のテララも息が上がってしまう。




「フフフッ。こうして見てると、ほんとの姉妹みたいだね。お姉ちゃん、手を貸そうかい?」
「い、いえ……。はぁ、はぁ……、姉妹、ですか……? あ、んと、一応ソーマは男の子……なので……」
「あらまっ!? そうなのかいっ! そんな白くて綺麗な髪して、眼も真丸で可愛らしい顔してるのにかい?」
「私も最初はびっくりしました。女の子だと思ってたので、ね? ソーマ?」
「ンギ……?」
「ひゃーー、驚いたね。あたいの若かった頃より女の子らしくて羨ましがった自分が泣けてくるよ。アハハハハッ」
「ムーナさん、それはいくらなんでも。フフフッ」




 普段一人で向かうハリスの山までの道中と違い、やんちゃな弟のような少年の世話で一苦労ものだが、それは天災の後と思えない笑い声が絶えない賑やかなものだった。
 誰かと話をしながら向かうのはいつぶりだろうか。母親が亡き後、しばらく姉と二人で通っていたが、いつの間にか自分一人の日課となっていた。どこか懐かしく、胸の底がうわつくとても心地良い感覚だ。




「ちょうど今半分くらいまで来ただろうから、あそこの影で一休みするかい?」
「えっと、はい……。そうしてもらえたら……嬉しいです……。ふぅ、はぁ……」
「まだ山で拾って、それから帰ってこなくちゃならないんだ。体力は残しとかないとね」




 ムーナの計らいで瓦礫の影で一休みすることとなった一行は、各々思い思いの場所に腰を下ろし長い往路の体力を癒す。
 新米お姉さんのテララはというと、出会った頃のソーマのように力無く覚束ない足取りで平たい瓦礫の上に倒れ込んでしまった。
 その隣で面白半分にテララを真似て倒れ込む少年にも、その苦労が少しでも伝わればよいのだが。どうやら見上げた青空を漂う雲を掴もうと夢中な様子からするに、それも難しいだろう。




「はぁ……はぁ……。ちょ、っとだけ……休ませて……ふぁ……」
「フフッ。あらあら、大丈夫かい? 水飲むかい?」
「い、いいんですか……? 今、水はあまり残ってないんじゃ?」
「心配ないよ。不思議とあたいは喉が乾かない体質でね」
「そ、それじゃ、ちょっとだけ……」




 天災の後、どの家も水瓶はほとんど割られてしまい、今やティーチ村において飲水は貴重な資源となっていた。
 そのため、移住に備えた水の調達も影籠りまでの課題となっている。
 そんな状況を省みず、気さくに水袋を明け渡す笑窪の眩しいふくよかな女性が何とも頼もしい。
 テララはその水袋に遠慮気味に口を付けるも、喉を流れる冷やかな喉越しに無意識に手が止まらず、その半分ほどを飲み干してしまった。




「……ご、ごめんなさい。飲み過ぎてしまって。あの、ありがとうございます……」
「いいのさ。これくらいの手間くらい、いくらかけても足りないくらいさ」
「お優しいんですね。私もしっかりしなくちゃ……。はぁ……」
「フフフッ。テララちゃん、がんばってるね。どうだい? お姉ちゃんになった気分は?」




 ソーマの姉になる。出発前、その言葉に底知れない胸の高鳴りと、他人から改めて家族であると認められた嬉しさに、何でもできてしまう気さえした。
 そのはずだったのだが、現実は無情にもそれ程甘くはないようだ。疲れ知らずの晴れた面持ちで気の趣くままに一人日向を歩き回るソーマの姿に、思わず弱音が溢れてしまう。




「んーー……。いつも姉の身の回りの世話をしてる方が、まだ楽だなって……。ソーマ、あんなに元気になるなんて。嬉しいんですけど、どうしたらいいのか分からなくて……」
「ハッハッハッハ! そりゃ、お姉ちゃんて言うより、子供あやす母親みたいなこと言うじゃないか。こりゃ良いお嫁さんになるね」
「もう、からかわないで下さいよう……」
「フフフッ。そうでもないさ。誰しも子を授かれば、愛おしく思うほど行き当たる悩みさ」




 ムーナの気風の良い大きな笑い声は、雲一つない空に雄々しく響き渡り、芽生えかけていた不安も容易く影をひそめてしまいそうだ。流石、村一番の巨漢の夫を肝の小さい奴だと小突くだけのことはあると言ったところか。




「誰しも……、そう言うものなんですか?」
「そうさあ。あたいにも昔、男の子が居てね。よく同じように嘆いてたもんさ」
「昔……」
「ああ、いらん気遣いは不要だよ? あたいが話したくて話すんだからね」




 一瞬、その快活な表情に陰りが伺えた気がしたが、少女の心配が募るよりも先にその寛大さをもって言葉は続く。




「あの子は生まれつき身体が弱かったんだけどね。まあやんちゃで、そりゃもう酷かったさ。年が1つになる前にはもう立って歩けるようになったんだけどね。そしたらもう、独りでに歩きまわって部屋中引っ掻き回すわ、壊すわ、泣き喚くわで1日中気が休まること無かったよ」
「フフフッ。なんだか、今のソーマみたいですね」
「アハハッ、そうなんだよ。でね、あたいが途方に暮れてると、いつも決まってテララちゃんのお母さんが来てくれて、うちの子をあっという間に宥めてくんだから、まるで頭が上がらなかったもんさ」
「お母さんが?」
「そうさ? 村でも一番子守りが上手くて、しょっちゅう誰かの子供を得意の笛吹きであやしてたっけね。テララちゃんも喜んで聴いてたの覚えてないかい?」
「それならちゃんと覚えてますよ。私もお母さんの吹く枝笛が好きで、今でもよく吹いたりしてますから」
「なら、一つ試してみるかい? あたいらも少しくらいなら真似できるし、もしかしたらあの子、ソーマも少しは落ち着くかもしれないよ?」
「枝笛ですか? いい――きゃっ!?」




 話も弾み、村の子供らをとりこにして止まなかった懐かしの枝笛を、未だ飽きずに瓦礫によじ登り腕白わんぱくに一人遊んでいる少年に聞かせてみようと腰を上げたその時、唐突に強い風に煽られ砂粒が視界を遮った。
 目に塵が入ることはなかったがテララの萌黄色の髪留めが風に飛ばされ、瓦礫登りに夢中だったソーマの目に留まった。




「あっ!? 私の髪留めっ!」




 その叫び声に反応してか、ソーマは登る手を止め荒れ地に伏せた布の下へと歩み寄っていきそれを不思議そうに拾い上げた。




「あ、ありがとう。ソーマ。拾ってくれたのね?」
「テ……ラ、ラ?」
「ん? これ? これはね、こうして髪を留めるのに使うんだよ?」




 慌てて駆けつけたテララは、ソーマの手から髪留めを受け取ると、あの興味津津の眼差しに応えるべくそれの使い方を実演して見せる。
 しかし、普段の要領で髪を結って見せてもその銀眼はいつものように踊ることはなかった。何やらずっと髪留めを見詰め、その眼差しは何処となく物悲しそうだ。




「ん? ソーマ? どうかしたの……?」
「……ウ、ギウ……」
「もしかして、これ欲しいの?」
「ホ、シ……イ?」
「フフッ。それじゃあねーー……」




 少年の真意を悟るやテララは結った髪を解き、その髪留めをソーマの首に渡して喉元で結び目を作った。そしてそれを額まで押し上げ、銀の瞳を覆っていた前髪を持ち上げてやる。
 視界を遮っていたものが見事に消え失せ、その銀の瞳に隔てるものが何もない広大な世界が雄大に映り込む。昼下がりの天色の空に、青白い尾を引いて流れる雲。どこまでも続く白茶けた大地。先程まで夢中でよじ登っていた瓦礫でさえ、見違えた姿で銀眼を鮮やかに彩る。ソーマの胸に耳を当てていないのに鮮やかな景色に踊る少年の鼓動が聞こえてきそうな、そんな満面も笑みが純白の髪の下から顔を覗かせた。




「どう? こうしたら前髪も邪魔にならないし、気色もよく見えるでしょ? 頭の結び目がちょっと可愛い気もするけど……よしできた。うん、似合ってる!」
「ハッ!? ワッ!! シ、ニシシシッ!! テララッ!! テララッ!! ア、アリ、リガ……ララッ!!」
「わっ、ちょっと急に抱きつかないのーー。フフッ。それ、あげるね。大事にしてね?」




 言葉が不自由だろうが、その銀白の少年の心を感じることができる者は、彼女をいて他にいないだろう。
 村を出てから今一番満足そうな表情で頭に結ばれた髪留めに喜ぶソーマと手を繋ぎ、テララは枝笛を拵える皆の下へと戻った。

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