銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第20話 微睡(まどろ)む朝

 一夜明け、救護舎周辺は閑静としていた。
 ちょうど登った日の光が辺りを青白く照らす所為か、朝だというのに村の誰一人出歩いていない所為か、時が止まったかのように静まり返っている。


 調理場では昨晩夜通しで村人たちに飯を拵えていた女性陣が、数少ない掛け布に身を寄せ合うようにしてくるまり寝息を立てていた。
 その一角、きっと最後まで怪我人を看ていたのだろう。皆と一緒に布に包まり損ねたテララが一人持参した穴の開いたボロ布を被り、荒野に朽ちた枯木のように酷く草臥くたびれた様子で眠っている。


 するとそこへ、息をひそめるようにして一つの人影が調理場に忍び込んできた。頭から掛け布を被り人目を気にして辺りをうろつくその様は実に怪しい。
 この非常時だ、盗みを働こうものなら即捉え、打ち首、もしくは火焙りにてその罪を償わせることとなるだろう。それは冗談だが、いずれにせよ白日の下に晒しその処遇を決めなければならない。
 そしてその影は愚かにも自身の末路を顧みず、物音を立てず慎重に何やらしはじめたようだ。




「…………ん、…………お、おねえ……ちゃん……?」
「うげっ!? あ、あら、起こしちゃった? 疲れてるのに悪いね。ハハハッ……」
「……ううん。お姉ちゃんこそ……、こんな所で……何……してるの……?」
「あ、ああ。昨日の残りを少し貰いに……ね。い、言っとくけど、盗み食いじゃないからっ! ちゃんと許しもらってるからっ! ほんとだよっ!? ほんとに、ほんとっ!」




 食器がこすれ当たる乾いた音に快眠を妨げられ、疲れ癒えきらぬ内にテララがその眼を薄らと開くと、そこには掛け布を羽織り鍋の前で椀を握り締めた姉の姿があった。
 他人の目を忍ぶようなその格好と、許しを得ているとの発言に多少の疑惑を感じずにはいられないが、有罪か、有罪なのか、果たして判決はいかに。




「……ご飯? …………ああ、ごめん。昨日……、忙しくて……、お姉ちゃんにご飯……運んであげられ……なくて……。ふわあーー……」
「そんなの謝らなくていいんだよ。あんた、自分の飯を食う気もなくすくらい、みんなの事を看てくれたんでしょ?」
「…………へ?」




 まだ意識が不明瞭で今にも閉じてしまいそうなたるんだ目のテララの傍らには、一口も食べた跡の無い、すっかり冷めてしまった飯が置かれていた。
 そう言われ視線を自身の横手にある食器に向けるも、記憶の呼び起こしに時間がかかっているのか、テララはそれをただただ眺めるばかりで言葉が続かない。




「あたしが頼んだことなんだけどさ。だからって、無理していい理由にはならないからね? ほら、あんたもちゃんと食べときな」




 妹の有様に見兼ねた姉は小振りの椀に持ち替え、そこへ煮汁と煮崩れした具をよそった。そしてそれを持ってテララの横に並んで座り、少々冷めて生温い椀を両手に持たせてやった。




「あ、ありがと……。わあ……、あったかい……。おいしそう……、いただきます……」
「冷めてるけど、少しでも腹の中入れときな。って、ほら口んとこ付いてるから」




 寝起きの覚束ない手つきで口に運ばれた朝食は、その頼りなく小さく開けられた口へとすんなり収まることはなく、取り溢された具が口元にだらしなく残っている。
 それをまるで赤子をあやすかのように、姉は指でその具を拭い自分の口へと始末してやる。まるで普段の姉妹とは逆の状況だ。
 珍しく手間をかけている本人はと言うと、それに気付いてはいない様子で、久しく口にしていなかった食事を黙々とすすっている。




「そんなになるまでやることないのに。ほんと、あんたってお人好しと言うか、負けず嫌いって言うか。ああ、ちゃんと持ってないと溢すってば」
「……えへへ……」
「いやいや、褒めてないから。ほら、また口んとこ汚してる」




 くまのできた顔で力なく微笑みを返すテララの口元から再度食べ残しを拭い取ってやる。そして、視界の片隅に広がる救護舎で横になった村人たちの姿を見据え、姉は重苦しく言葉を続けた。




「それにしても……。改めてこうして見ると、この村も人が随分減ったね……」
「…………うん」
「あたしら以外で動ける人間がほとんど居ないって、これが嫌な夢見せられてるんじゃないってんだから、ほんと嫌になるよ……」
「夢だったら……、よかったのにね……」
「……そうだね。今朝も様子見に来てみたら、ヘキチョウがくすぶってるの何人か居てさ。慌ててクス爺起こして血分けて落ち着かせられたんだけど。まだ日経ってないのに参ったよ……」
「……血、そんなに分けて……、平気……なの……?」
「……まあ、いつもの半分もない量しか分けてやれてないから、あたしは何とか平気なんだけど。それより、あの量じゃその場しのぎぐらいにしかならないだろうから、いつまでもつか……」




 そう肩を落とし額に手を当て項垂れる姉の首輪には、拭い切れていない鮮血がわずかに滴っているのが見て取れた。
 腹に入れた飯の温もりが身体に広がるにつれ、次第に意識もはっきりとしてくる。改めて見る姉の表情には、確かに心成しか血の気が薄らいでいるようだ。




「……つらい……よね……」
「ああ、ほんとに……。これ以上何もなけりゃいいんだけど。でないと流石にあたしも身がもたないよ」




 深い溜息交じりに珍しくそう不安を溢すと、姉は重たい身体を引き起こされるに力無く立ち上がり、再び鍋の下へすり寄った。




「だから、あんたはちゃんとそれ食べたらゆっくり休みなよ? ソーマにはあたしが飯やっとくから、って……」




 大き目の椀に冷めた残飯を二人分よそいつつ妹の体調を労わろうも、振り向くとつい今しがたまで汁を啜っていた妹はすっかり空になった椀を持ったまま気持ちよさそうに夢境へと戻った後だった。
 その安心しきった表情に余計な心配事もこれ以上は無用か。姉はその空になった椀をそっと片すと自身が羽織っていた掛け布を夢見の妹にかけてやり、腹を空かせているであろうソーマの下へと静かに戻っていった。










 日の光が天頂まで登り肌寒かった風が乾いた陽気に代わる頃、動ける者たちは救護舎の裏手に集まり何やら話し込んでいる。




「……ん、んーーーーっしょ。……あれ、もうあんなに日が登ってる……」




 照りつける太陽に頬を焼かれ、熱のこもったぼろ布の中で寝苦しさに耐え兼ね、伸びやかなあくびと共にテララは眼を覚ました。
 その目元からはくまも薄らぎ、幾分晴れた顔色からは昨晩の疲れも少しは癒えたようだ。多少、頭の中にもやがかかっているようだが、どうと言うことはないだろう。若さとは実に羨ましいことこの上ない。




「いけない。寝すぎちゃったみたい。起きなくちゃ」




 天頂の眩い光に夢を見過ぎたと慌てて周囲を見渡せど、共に休んでいたはずの女性陣たちの姿は既になかった。
 テララは見覚えのある掛け布に礼を言って丁寧に畳むと、微かに聞こえる村人たちの声がする方へと向かった。

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