銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第18話 成すべきこと

 恐る恐る居間まで下りてみると、抜け落ち斜路となった床下から薄ぼんやりと明かりが漏れているのが見て取れた。




「おーーい! ここにも柱を立てるから、杭と縄持ってきてくれないか! 誰でもいい! 動ける奴は傷も痛むだろうが、今は辛抱だ! 手を貸してくれ!」




 どうやら先程の厳つい声は、デオ団長のもののようだった。
 テララは夜風で震える肩をさすりつつ、炉の脇に落ちたままの掛け布を拾い上げた。
 掛け布は生憎、イナバシリの所為で破れていたが何もないよりかはましか。軽く土埃をはたくとそれを羽織り、斜路を伝って外へと向かった。










「お? ああ、テララちゃんか。こんな夜中にどうしたい? 今晩は寒いぞ。疲れてるなら風邪引く前に部屋に戻ってるといい」
「あ、いえ。部屋の中も穴だらけになっちゃって、寒いのは同じですから。それより皆さん、何を……。もしかして、姉と話していた……?」




 どこかの家屋から拝借したのだろうか。折れた支柱を支える巨漢の奥には、大勢の村人たちがあわただしく何かを作っているのが見えた。




「ああ。さっきチサキミコ様と話してたと思うが、今動ける者を募って傷を負った村人たちをまとめて看る救護舎を作ってるんだ。と言っても、流石に今の人手と資材だけじゃ屋根までは作れないけどな」




 そう説明を受け視線をもう一度向けてみる。確かに忙しく動き回る人々の中央に、先の天災で傷を負ったと思われる怪我人たちが何人も麻布の上に寝かされもうなされていた。
 デオ団長のように顔の半分を紅く染めた帯で被覆した者や、片腕が最早力すら入らない者。とにかく立って動ける者は手を貸し合い、寝かされた手負いの者たちを囲うように支柱を打ち立て、そこに布を縛りつけ壁を作っている。




「……あんなに、たくさん……」
「ああ……。今回のは特に被害が酷かった。無事に生き延びれたものの、怪我でああして身動きが取れない連中が17人。何とか動ける者は10人程度ってところか。残念だが、助からなかった連中は村の半数、30を超えてやがった……」
「そ、そんなっ…………!」
「あっ!? いや、悪い。子供にこんな事、話すもんじゃなかったな。忘れてくれ……」




 先の天災の被害を定量的に識り、その具体性を持った数が再び憎悪や嫌忌となって少女の胸を締め付ける。
 テララは思わず後ずさりしそうになったが、眼前で生きようとあがく村人たちの姿に胸内が熱く脈打ちざわめき立つ。少女は小さく握りしめた手を胸に自身を奮い起し言葉を発した。




「……あの、わ……私も、何か手伝わせて下さい!」
「えええっ!? テララちゃんがか? そう言ってくれるのは嬉しいんだが、その……、あまり子供に見せられたもんじゃないからなあ……」
「私はもう……。もう、平気……ですから……。それに、今は辛抱するとき。動ける者は手を貸し合うんですよね?」
「んーー、確かにチサキミコ様もそう言ってたが。しかしだなあ……」




 村一健気で素直と評判の少女らしく真直ぐに投げかけられた視線を無下にできるはずもなく、デオ団長は弱った面持ちで目線を逸らし考え込んでしまった。
 土で汚れ赤くすり切れたか細い手足を見てしまうと、流石に他の皆と同様にいかつく支持をするのを躊躇ためらってしまう。
 少女の申し出にどう応えたものか。デオ団長はその大きな身体をひねうなっていると、その背中から呆れた調子で女性の声が割り込んできた。




「何も力仕事ばかりが仕事ってわけじゃないんだよ? あんたったら脳みそまで肉団子なのかい?」
「なっ! お、お前なあ……」




 声のする方を巨漢の脇から覗き込むと、そこにはふくよかな、もとい包容力と気風が良さそうで笑窪が魅力的な女性が、両手を腰に当てご立腹気味に立っていた。




「こんなに愛らしい子供が手伝いたいって話してるんだ。そこんとこどおして気が利かないかねえ? 鈍感過ぎて嫌になっちゃうったらないよ」
「おお、おい。お前怪我してんだろ? 大人しく向こうで休んでろって」
「こんなのただのかすり傷じゃないか。大げさ言うんじゃないよ。あんた、図体ばっかでかい割に肝っ玉が小さいんだよ! まったく……。ごめんねえ、テララちゃん。家の旦那が無神経で。怖がらせるようなこと言わなかったかい?」
「え、いえ、私は……」
「おらあ、そんなこと……痛って!? 痛てえな、何し――」
「あんたはいいから黙って壁作ってな!」




 団長の背中から現れた女性は、手に持っていた匙で旦那と呼ぶその人の怪我した頭を小突くと、テララの方まで歩み寄り腰を折り視線を合わせた。




「こんな日の夜くらい休んでいていいんだよ? テララちゃんのうちも大変なんでしょ?」
「い、いえ。姉はもう休んでますし、動けそうなら皆を手伝ってあげてって……。それに、みんな傷だらけになっても、村のためにあんなにがんばってるのに……。だから私も、何か手伝いたいんです」
「フフッ、そうかい。評判どおり、随分と立派に大きくなったんだね。貴女のお母さんも自慢したくなるわけだ」
「……お母さんがですか?」
「ああ、そうさ。昔は顔合わせる度にすごく嬉しそうに、テララちゃんたちの事自慢されたもんさ」
「お母さんが、そんな風に……」
「あちゃ、余計な事思い出させちまったね。すまないね。年取ると一言多くなっちゃってだめだよ。えっと、それじゃ、おばちゃんたちを手伝ってもらえるかい?」
「……あ、はいっ! ありがとうございますっ! えっと……」
「ああ、自己紹介しないとだね。あたいはムーナってんだ。よろしく頼むよ」




 デオ団長の妻、ムーナは、そう言うとテララの背中に優しく手を添え、少女を自身の仕事場まで案内した。










 デオ団長率いる面々が救護舎を建てているその隣では、女性陣を中心に動ける者が数人集まり、何やら食事の用意を進めている様子だった。
 大きさや損壊問わず使えそうな鍋を幾つも火にかけ、スクートスのミルクを基に掻き集められた食糧を細かく刻み煮込んでいる。




「ムーナさん、ここは?」
「見ての通り、調理場だよ。今、皆が生きようって必死だろ? そしたら、あたいらができることって言えば、看病と頑張ってる連中に食わせるうんまい飯を作ってやることくらいさ」




 辺りに立ち込めるそのかぐわしい香りに、テララは不謹慎にも鳴きそうになる腹を何とか引き締め堪える。




「全員分のご飯をたったこれだけの人で……」
「あいにく、ちょうどいい刃物が足りなくてね。材料はこっちで何とかやっとくから、テララちゃんは出来上がったスープを怪我してるもんらに食べさせてやってもらえるかい?」
「わ、分かりましたっ!」
「フフッ、いい返事だね。終わったらテララちゃんも食べていいから、それまでは我慢しておくれ」




 腹の音はなっていないはずなのだが、表情を読まれでもしてしまったのだろうか。不本意ながらまたしても要らぬ気遣いをされてしまった。
 自身の未熟さを責めつつ今一度口に溢れた涎を呑む。よし、問題ない。両の手で頬を数度はたき、破けた袖をまくった。そして出来上がったスープを受け取ると、テララは怪我人たちの下へ足早に向かった。

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