銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第17話 生者の責務

 だが、その一時の感激も一旦波が引くとたちまち現実に引き戻される。
 土煙がようやく退いた天災の傷痕残る村には未だ絶え間なく村人たちの悲痛な叫びが反響していた。
 その光景に圧倒され、テララは無力にただ茫然と立ち尽くすばかりだった。
 そんな少女の面持ちをソーマは傍らから覗き込み、布山でかばわれていたときのように、力無く垂れたその手を両手でゆっくりと握る。


 そんな恐怖の中、佇む少女の瞳に瓦礫を掻き分け助けを請う血濡れた腕が映り込んだ。




「ひゃっ……!?」




 弱々しく助けを求める声が聞こえる。その腕は子供の腕のようだ。確か、その辺りに住んでいたのは年の近い少女の家族だったか。
 テララは瓦礫の崩れる音をあの轟音と聞き間違い一瞬うろたえたが、震えた細脚で何とか踏み留まりその幼い腕を助けようと慌てて駆け寄る。




「あ、ああ……い、いま……今、助けるからねっ……!!」




 しかし、瓦礫の下からその少女を助け出すべくその腕を掴もうとテララが手を伸ばしたまさにその瞬間だった。




「ほら、手を伸ばして……! あと……、あと、ちょっと…………キャッ!?」




 崩れかけていた家屋が一気に崩壊し生きたいと哀願する幼い腕をし折り、呻くずがり声が騒音の中へと呑まれ途絶えてしまったのだ。
 間一髪のところでテララはその瓦礫に呑まれずに済んだ。だが、眼前でヘキチョウの弔いの下、静かに碧い炎に包まれ灰塵へと朽ちてゆく少女の腕に深緑の瞳はたちまち戦慄し、喉を締め上げられる恐怖感がテララを襲う。




「あ……、ああ…………あ、あ…………」




 そして途絶えることなく村に響く悲愴に満ちた無念や怨嗟えんさは、まるで生者への憎悪、嫌忌となってテララの胸を握り潰してゆく。
 その拒絶反応で込み上げる嘔吐感を必死に堪え、悶え、テララはその場から、この現実から逃げるようにソーマの手を引いて姉の下に急ぎ戻った。










 幸いにもソーマが落ちた際の床板が外れ、ちょうど外と居間を繋ぐ斜路ができており、何とかテララは姉の待つ部屋に辿り着くことができた。




「随分と遅かったね。外はどう――」
「お……お姉ちゃんっ……!!」
「……っと。よしよし……、がんばったね」




 部屋に戻るやテララは寝床で依然として座り込んだままの姉の懐に飛び込み、それまで堪えていた恐怖を吐き出すように泣き崩れた。




「つい怠けちゃって、あんたばかりに辛いこと任せて、ごめんね」




 姉はその理由を訊ねることなく、腕の中で小さく丸まった背中をただ優しく撫でてやる。
 この一大事だ。姉は自身の非を省み、流石に普段のように妹を茶化すことはしなかった。


 そうしてしばらくの間、妹が落ち着くまでなだめてやっていると、村の中では珍しくがたいが大きく、短髪でえらの張った顔に顎髭を蓄えた中年の男が部屋の中に身を屈めて駆け込んできた。




「チサキミコ様っ! 無事ですかっ!?」




 その大柄な男はどうやら左腕と頭を痛めたているらしく、自身の衣服を裂き宛がったのか、粗末なボロ布で覆われた患部からは痛々しく血が滲み滴っている。




「ああ、守部もりべの。有り難いことに、あたし等はみんな無事だよ」
「そりゃあ何よりで。今回は随分と酷くやられて、村中酷い有様だ。流石に俺も泣いちまいそうだ」
「フフッ。でかい図体で気色悪いこと言わないでほしいね」
「ハハハッ、違いねえ。相変わらずチサキミコ様は人当たりがきついですなあ」
「で……、外は、どれくらい酷いの?」
「酷いなんて生易しいくらいで。まだ部下の奴から様子を聞きまとめていないですが、村の半分以上は恐らく……」




 この大柄の男。村の警守を任されているデオは守部の団長だ。
 デオ団長が語るここに来るまでの村の様子に、落ち着きはじめていたテララの手がわずかかに強張るのを感じ、姉は再びその背中を宥めながら話を詰めてゆく。




「そう……半分も……。少し早いかもしんないけど、それなら早めにこもった方が良さそうだね」
影籠かげごもりですか? まだ少し早い気もしますが……、ふむ、確かに。単純に運ぶ人手が半分になったとすれば、食糧の拾集やら荷造り、岩壁までの移動にも日がかかるやもしれないですな」
「村の中でまだまともに建ってる家は他にあった?」
「今見てきた限りだと、チサキミコ様の所以外はどこも崩れて、建っている家なんて1つも見当たらなかったですが、何か考えがおありで?」
「あたし等の所だけか……。それじゃ、動ける者で怪我した者たちを家の周りに集めて、使えそうな物持ち寄ってまとめて看てやって。その方が皆も安心でしょ」
「なるほど。分かりました。部下が戻ったら自分が指揮をとって急ぎ進めます」
「こんなときだ。みんなで辛抱して、動ける者は手貸し合わないとね。それじゃ、後の事は頼むよ」
「へい。では一度部下の様子を見てきます。また後で」




 村の今後の方針が固まった。
 村長からの命を受け、デオ団長は頭の傷から垂れた血糊に視界を奪われつつ、左腕を抱えて部屋を出て行った。




「ふう……。これで少しは、休めそう……かな……」




 そうしてデオ団長の姿が見えなくなったところで姉の表情が不意に歪み、テララを抱きかかえたまま覆い被さるように倒れ込んでしまった。




「……お、お姉ちゃんっ?! どうしたのっ?」




 それまで何ら普段と変わりない調子で話していたものだから、突然自分にのしかかる姉にテララは戸惑いを隠せない。
 慌ててその腕から一度離れ、床に伏してしまった姉の容態を急ぎ確認する。正面から診る分にはとりわけ変わりはないように見えた。しかしその背後に、死角になっていた後方の腰辺りに、有ろうことかイナバシリで飛散した土塊があの分厚い布山を貫き突き刺さっていたのだ。
 ようやっと宥めたばかりだと言うのに努力虚しく再度泣き喚き出す妹を見兼ねて、姉は重たくなった口を開く。




「もう……、いい加減泣くのよしなって。ほんの少し刺さっただけだからさ……。布で押さえとけば……どうってことない……よ。……だからさ……、泣いてないで押さえてくれると……、ありがたいんだけど……?」
「えっ、あ、うんっ! すぐ、すぐやるねっ! ……ああ、でも使えそうな布がもう……」
「そんなの、この破けたの使えばいいから。ほら、お願い……」




 手当する側が手当てされる側に指図される奇妙な構図の中、テララは布山の中からまだ使えそうな物を引裂き、姉の患部に宛がった。
 姉の言う通りその傷は幸いにも浅く、小さく丸めた布を傷口に詰め、それを畳んだ布で押さえつつ、帯状に裂いた布で被覆していった。




「……ありがと。助かったよ。……んじゃ、続けて悪いんだけど、あたし……このままちょっと休ませてもらうから……、あんたもし動けそうだったら、守部たちを……手伝ってやれる……?」
「デオさんたちを?」
「さっき、話し聞こえてたなら分かるだろうけど……、今、村の皆も大変……だから……、また悪いんだけど……あんたも落ち着いたら、手……貸してあげて……」
「う、うん。分かった! あ、んと。だからもう、無理して話さなくていいよ。ゆっくり休んでね?」
「ハハハッ……、ありがと……。んじゃ、お言葉に甘えて……、おやす……み…………」




 姉はそこまで言うと、いつものように首輪の付け根辺りを掻きながら壁の方を向き、破けた掛け布に起用に包まった。そして、向けられた背中が大きく浮き沈みを繰り返しはじめたかと思えば、早々に寝息を立てはじめて眠ってしまった。相当、限界だったように思われる。




「落ち着いて……。私なら頑張れる……、頑張れる…………。よしっ……と、あ、あれ……? 脚が……、力、入らないや……」




 姉の頼みを胸内で繰り返し唱え、今こそ気をしっかり持たねば。そう自身に言い聞かせ早速デオ団長の下へと向かおうと力んだのだが、それまでの緊張が途切れた途端、少女の身体はその意に反して土塊が崩れるようにその場にへたり込んでしまった。腰を下ろした途端、大岩をその肩に乗せたかのような猛烈な疲労感が少女に押し寄せてきた。一件の間でこれほどまでに疲れていたのかと、少し情けなく笑えてくる。
 そのまま酷く疲弊した視線をふと横にずらすと、いつの間にかソーマも同じ破れた絨毯の上で丸くなり、こちらも寝息を立てていた。




「みんな、大変だったもんね……。疲れちゃうよね……。よい、しょ……、よい……しょっと……」




 テララは重い身体をひきずりながら、近くにあった穴が開いてしまい入れ物として最早使い物にならない衣装箱に仕舞っておいた、これまた掛け布としては不十分な穴の開いた傷んだ布を抜き取り、その小さな身体にそっとかけてやった。






 その頃、外はすっかり日が沈み、かしいだ天窓に切り取られた空は紫黒色に塗られ、壁に開いた穴からは身体に刺さる夜風が時折吹き込んでいた。
 二人の静かな寝息はひどく懐かしく思え、見守るテララも座ったまま次第に意識が薄れかけたとき、階段の下から何やらいかつく屈強な声が誰かを叱咤する声が聞こえてきた。


 閉じかけた瞼をこすり見開き、テララは何事かと力なく立ち上がり部屋を出ていった。

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