銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第12話 蠢動

 そこは何もなく、ただひたすらにどこまでも、どこまでも暗く果てしなかった。
 固定されず霧散し浮遊した意識の中で辛うじて"個"を認識できている。しかし、その個の境界線がどこまで在るのかは曖昧だ。
 意識の深層に伝わる意識外からの、"外域"からの、これは干渉。
 その個に流れ込む感覚に意識を集中すると個の固定化など無為だと認識する。それにはどういうわけか、そう、安らぎを認める。




「んーー? ……養……は、……れ……ら……? ……ギア。……体……率」
「cont…… ……8.……9%」
「んーー。や……り、……なか……壁……られ……い……ねえ」




 何だ? 個の認識できる外域のその遥か外。意識の両端から、不明瞭な何かが断続的に識別される。
 その詳細の認識、意識の集中、存在の固定化。だめだ。何かに阻まれているのか、その対象はぼやけ十分量の認識ができない。




「んーー。……ない……。今……は…………としよう……」




 何だ? 何かが個の境界面を微弱に刺激している。意識の頂点から根底にかけて駆け巡っていく。これは何だ? 何が、起きている? 未知の感覚に意識が乱される。個の再認識。依然、良好。
 しかし、気懸りだ。意識の深層より伝わっていた干渉が途絶えている。何故だ? 安らぎが認められない。曖昧だった個の境界面が、その途絶を機により明瞭になっていく。
 そして、これは、この内に込み上げ圧迫するこの感覚は。これは、これ、が、がが、ががが……、く、く、くる、く、苦しい。意識の全てを埋め尽くしてゆく。
 この苦しみ。この個の固定化を危ぶむ感覚は、どうしたらいい。どうしたら意識外に、分からない。
 分からないが、意識外へ、外へ、外へ、外へ――。




「co……l br……th ……出……完……。……体、肺呼……始」
「んーー。良……子だ。……じゃ、はじ……かねえ。……開……て……見……て……ない……」




 内部圧迫、外域へ解消。完了。個の固定化、順調、再度完了。
 強制的に意識内を圧迫していた感覚は外域に消失。しかし、それが要因か意識下にこれは、膨張、伸縮を繰り返す未知の区画多数感知。だが、意識の混濁認められず。監視継続。




「……ス……ペルは……、10番……き……た……、この……メイド……た……L、……子……か……。……じゃ、……、しょっ……」




 未だ何が起きたのか認識できない。個とその外域に何かしらの変化が起きたことは認められる。意識の両端からはまだ断続的に何か感知される。わずかに不明瞭さがなくなったが何だ? 何が、何がっ、がっ、がっ、ががががっぎががっががぎぎぎっががぎががっがぎぎががっ。




「……シシッ。いい……ごく……いい! ……ちの……切れ……だね!」
「……tro…… E……G Z軸 ……SA ……イズ ……ベル1」
「んーー。大……、……丈夫。もっと……もっ……楽し……ねえ。……シシッ」
「……告。……告。警……。……告。警……。警……。警……」




 がっがががっ。つ、次、次は……ががっ何、何だっ、ぎだ。ぎががっがぎぎっがっががが。外……よりぎぎっ意識内……深くがっぎが、深くがっ穿つがぎぎっ、こっ、このぎっ、こ、れ、がっがが……。
 圧迫……ががっ異なっぎぎ……。がっ、がっ、ぎぎ、がっ。い、いっ……、痛いっ。これは、ががっがっこ……れがっ痛……みっぎっぎぎ……。
 ……いっ、いぎぎっ、がぎいっがが……、い……や、ぎぎぎっ、い、……や、だ……。いっや、だ。いや、いっ、や、いや。っいや、ぎっいやがが、がっがいっ、ぎっいぎぎっや、いやっ。いやっ、いや、いやっ、いっ。












「Ουαααααααα……!!!?」
「……うおおおおっ!? なっ何よっ!? びっくりするじゃないっ!!」




 木組み工の奥さんからのお裾分け改め念願の食糧を調達するも、疲れ果て眠ってしまった銀眼の少年に釣られて、テララたち姉妹は炉を囲い一緒に転寝うたたねをしていた。
 だが、太陽が天頂より西に流れ天窓から見切れよとする頃、突如凄まじい雄叫びを上げその銀の目を大きく見開いて少年が飛び起きた。




「……ん、んーー。どうしたの? 2人して大声出したりして。……ご飯、する……?」




 二人の奇声に揺り起こされ、テララは瞼をこすりながらその方を見やる。
 そこには、炉から少し離れた辺りで銀眼の少年が両肩を抱きかかえる形で床にうずくまり怯え震えているのが見えた。
 一方の姉は突然の出来事に腰でも抜かしたのか、後ろ手を付いて固まっている。
 今一状況を掴めなかったが少年が怯えていることだけは明確な事実に変わりなく、テララはすぐさま駆け寄りその背中をさすってやった。




「どうしたの? どうして震えてるの? お姉ちゃん、何か知ってる?」
「……んあ? あっああ、いいや。あたしもその子の傍で眠ってただけだよ。そしたら急に大声出してさ……。何か、怖い夢でも見たんじゃない?」




 怖い夢。確かに幼子であればそのようなこともあるかもしれない。
 しかし、目の前の少年の様子はそれとは異なり常軌を逸しているように見える。
 床にうずくまる少年は努めて落ち着こうと先ほどまで深呼吸しているのかと思えば、今度は息が乱れ小刻みな浅い呼吸に変わり、背中に添えた手には衣服を伝って冷汗をかいているのが容易に分かる状態だ。
 それはまるで夢から覚めなければそのまま息を引き取っていたかもしれない。そんな恐怖に怯えるようにさえ見て取れるのだ。
 仮に、悪夢が原因でなかったとしても居間に何か荒された跡もなく、この状況からそれ以外の想像は難い。
 テララは姉の証言に少々腑に落ちなかったが、理由はどうあれ怯える少年をなだめることに努めた。




「怖い夢見たの? もう、怖くないよ? 怖くないからね? んーー、どうしよう……、聞こえていないみたい……」
「その子の気を紛らわせるもの。何かないの?」
「気を紛らわせること……、気を惹けること……、気を惹く…………あっ!」




 銀眼の少年がどれほど興奮しようと、どれだけ何かに夢中になろうと、その関心を一途に惹きつけることができるもの。そんなものがあるとしたら、それは今のところ思い当る答えは一つしかなかった。
 テララは躊躇ちゅうちょすることなく、少年の背中を手でゆっくりとさすりながら、優しく語りかけるように歌い始めた。腕の中で怯えるその少年も思わず口ずさみたくなる母親譲りのあの歌だ。




「……ん? あんた、その歌……」




 未だ仰け反った体制が解けない姉は、テララの選択に意表を突かれ思わず声を漏らした。けれど、怯える少年を歌いなだめる妹の姿に懐かしさを重ね安堵したのか、静かに瞳を閉じその歌声に静かに浸った。


 そうしてテララの歌声が届いたのか、少年の身体の震えは次第に落ち着きはじめ、さすられる背中に合わせて呼吸も整いつつあった。




「…………テ……ララ……?」
「ん? 落ち付いた? もう怖くない? お腹、空いてるでしょ? ご飯、一緒にしようか?」




 焦点が定まらず恐る恐る持ち上げられた少年の視線を覗き込むように、テララは優しく微笑みかける。
 その深緑の微笑みは銀の瞳の奥底で像を結び、怯える少年の不安をゆっくりと和らげていった。
 そしてその問いかけにわずかだが現状精一杯の頷きをもって少年は意思を伝えてみせた。
 テララはそんな少年に頷き返しその両肩を抱きながらゆっくりと上体を起こしてやる。そして気にかけるように会話を続けた。




「あなたが眠ってた間にね、おいしい乳粥を貰ったんだよ? 甘くて優しくてね、とろっとしててすごくおいしいの」
「……オイ、シ……イ?」
「うん、そう。きっと気に入ると思うよ? お姉ちゃんも好きなの。ね? お姉ちゃん?」




 少年の気を惹くように会話を広げつつ姉の様子を伺うテララだったが、何故か姉は俯いたまま反応が返ってこない。




「お姉ちゃん? もーー、また寝ちゃったの? 大好きなドゥ―ルスの実、先に食べちゃうよーー!」
「……んあっ!? お、起きてる起きてる。飯にするんでしょ? もう、腹が潰れて死にそう……」
「フフッ。滅多なこと言わないでよ。今皆によそってあげるね」




 炉にかけられた鍋からは白い湯気が立ち上がり、上蓋を躍らせている。
 鼻先を甘く包む香りが心地よく目覚めと共に食欲が蘇ってくる。
 ようやっと今日の食事にありつくことができるのだ。炉を囲む面々の心待ちにする表情に、椀に粥をよそうテララの気持ちも自然と晴れやかになった。

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