銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-

七色Ayeca。

第10話 新たな巡り

「それにしても、あなたって本当に、その……白いのね」
「……ウ……ラ?」
「ううん。し、ろ。髪もそうだけど、あなたって肌も色白で、ちょっと羨ましいな。私は日に焼けちゃって少しくすんじゃってるし……」




 桶の中で丹念に身体を洗われた銀眼の少年は、洗う前とは別人かと見違えるほどに様変わりしていた。
 まだ飽きずに水と戯れているその姿は、男子特有の骨ばった箇所もなく全体的に線は細い。顎下まで顔を覆うほどの純白な髪も手伝ってか、股間のモノの有無を確認しない限り少女と見間違えてしまっても仕方ないくらいだ。
 瀕死の傷を負い、出血跡で頭から爪先まで身体中赤黒く染め、死臭漂わせていた人物とは到底思えない。


 そんな銀白の少年は今や無邪気ながらも美しく可憐ささえ感じる。そんな事を考えながら、テララは彼の身体の水滴を丁寧に拭い終え、後片付けをしはじめた。




「今まで日に当たったことないって言うくらい、本当に白いよね?」
「テ、ララ……υ、υヤケ……ヤ、ケ……シ、ロ……シロ!」
「……んっ!? 今もしかして私の事、笑った?」




 桶の中の少年には恐らく、否、全くもってそんなつもりは微塵もないのだろう。単に真新しく耳に残った音を拾いそれを真似ているに過ぎない。表情が心なしか愉快そうに見えるのもその好奇心に自覚なくほころんでいる所為だろう。
 頭でそう理解していながらも、その一言は少女の乙女心に障ってしまったらしく、テララは表情をわずかに陰らせ悪戯な笑みを浮かべる。




「ヤ、ケ……ヤκ、テ、ララ、ヤケ……。シ、ロ……シ、シロ!」
「むーー! 人のこと笑う悪い子は……こうしてやる! こちょこちょこちょこちょーー!!」




 識らずにとは言え乙女心をけなした報いとして、テララは一思いに少年の脇腹をくすぐる反撃に出た。




「どうだーー? ここかなーー? ここかっ?! ここかーー! こうかっ!」
「テッ!? ……ギュッ! ……ギヒッ、……ギギ、ギッ、ギヒヒヒヒヒッ! ニシシッ! ギシシシシシッ!!」
「フフッ、何その笑い方。そうなのね。ここがくすぐられるのだめなのね? それそれーー!」




 断絶的に、また偶発的に感知される刺激とは異なり、継続的に且つ強制的に伝達される未知の過剰な感覚に、銀眼の少年は成す術なく意地悪テララにされるがまま悶えるしかないようだ。
 しかし無慈悲に続くかと思われたテララの反撃だったが、少女の気が納まるよりも早くに息が切れはじめ、その手が緩みかけたその時、奇妙な音が仲裁に入った。




「ん? 今、何か変な音、聞こえなかった……?」
「ニシッ……、オ……ト?」




 その聴き慣れない音の出所を探るように、テララは辺りをぐるりと見渡す。
 するとどうだ。その奇妙な音は、まだ桶の中で他人事だと無知をよそおっているかのような無関心の表情を見せている少年の腹辺りから聞こえてくるらしかった。




「フフフッ。お腹すいたよね? ごめんね。早く片付けてご飯にしよっか?」
「γ、ゴ……ハ、ン……?」




 その気の抜けた、しかしどことなく人懐こく愛嬌さえ感じるその音に、自身のこだわりや嫉妬などは泡沫と消えていった。
 テララは赤子をなだめるように仕方がないといった調子で優しく少年の頭を撫でてた後、おもむろにその背後に回り込んだ。




「今の内にっ……!?」




 そして、少年が何事かと向き直るよりも素早く、その汚れた衣服を剥ぎ取り、持ってきた自分のお下がりの衣服をその頭から被せてやった。見事な早業である。




「なんとかなったあ……。ふう……、よかったあ……」




 性を意識するということはこんなにも難儀するものなのか。額の汗を拭う少女はそれを知る以前と比べ幾分たくましく見える。
 最大の難関を制したことに安堵し、我ながら見事な手際を褒めてやりたい。そんなことを考え少しばかり気が緩んだときだ、今度は同じような音がテララの腹からも鳴り響いた。




「テラ、ラ……ゴ、ハ……ン?」
「……あっ!? 私も。……フフッ、アハハハハッ! そうだね。一緒にご飯だね」




 釣られて鳴いた自分の腹を咄嗟に押さえつつも、それが思いの他滑稽こっけいで笑いがこぼれた。
 その様子に銀眼の少年もまた真似してなのか、目を細めぎこちなく口角を横に引き伸ばしあの奇妙な笑い声をあげる。顔の汚れも落ち、日の明かりに照らされている所為だろうか。その表情は、これまでのものよりも自然なものに思えるものだった。










 少年を桶から出し中の水を捨てた後それを水瓶に立てかけ、テララは再びその両の手を引いて戸口へと向かった。勿論、道中は旺盛な好奇心を惹くための子守唄は欠かさない。
 銀眼の少年も幾分口もほぐれてきたのだろう。今度は舌と口を懸命に動かしながら、テララの歌を反復することに夢中になっているようだった。
 その愛らしくも思える様をテララは歌を歌いながら優しく見守りつつ、そうして往路より難なく階段を上り直ぐ戸口前まで辿り着くことができた。




「身体も少し冷えちゃったね。直ぐ炉に火、起こすからね。……あっ、そう言えば、お姉ちゃんもそろそろ起こしてあげなくちゃ」
「オネ……ω、ωチアン?」
「うん。私のお姉ちゃん。んーー、クイシンボウで、オネボウサン」
「κ……クイ、κ、シボ、ウ……。オ、オ、ネボ……オネ、オネチ、アン」
「フフッ。そうなの。あなたは真似しちゃだめだからね?」




 そんな他愛ない会話をしながら戸口を潜ろうとした間際、視界で居間を捉えるよりも先に何者かの反論する声がその方から割り込んできた。




「だーーんれが、食いしん坊で、お寝坊さんなのよっ! 人が疲れて寝てると思て、ひどい子だねーーっ!」
「うわあっ!? お姉ちゃん、起きてたんだ。フフッ、冗談だから。お勤めあったのに、今日は早起きだね?」




 声の方を見やると、テララの姉が炉に火を灯し、起きてそのまま持ってきたのか掛け布に包まって暖を取っていた。




「んーー。昨日のはほら、ちょっと人数多かったでしょ? 血、沢山分けたからお腹空いちゃって、おちおち寝てられなくてさ。だからほらっ! 早くっ! 飯ーー! めーーしーー!!」




 姉は首輪の付け根を掻きながら、少々気恥ずかしそうにそう告げた後、これぞ悪い手本だと言わんばかりに赤子の如く駄々をこねはじめた。
 そんな姉の有様に何か身の危険を感じ取ったのか、銀眼の少年は萎縮し、テララの後ろで息を潜めてしまった。




「……オネ、ネ……ン、。ググ……、テ、テ……ララ……?」
「もうお姉ちゃんたら。今作るからそんなに大声上げないであげて! この子、怖がってるじゃない」
「んあ? ……あーー、あんたの後ろに隠れてるのが、昨日村を騒がせてたってやつね? んーー? それじゃあ、顔見せてもらわないとだね……」




 それまで気だるそうにうな垂れていた駄々っ子の姉だったが、テララの後ろの人間を意識するや、努めておごそかな面持ちでその場に座り直した。




「あ、そっか。"お見定め"まだだっけ? えっと、怖くないよ? 傍についててあげるから、もうちょっとだけ近づける?」




 テララは姉の言動からその意図を容易に察し、村の掟に従うべく自身の後ろに隠れている少年の方へはたと振り向いた。そして、すっかり怯えてしまった銀の瞳に目線を合わせ、その頭をそっと撫でつつそう促した。
 テララは怯える少年の歩調に合わせながらその手を引き、姉の隣まで導くと一緒に座らせた。まるで医者に怯える子供と付き添いの母親であるかのようだ。
 変わらず銀眼の少年はテララの後ろに隠れ、小刻みに震えている。




「怖くないからね? ……お姉ちゃん、驚かさないようにお願いね?」
「驚かすも何も、ただ少しお話ししようってだけよ。あたしも誰彼構わず、血をあげることはできないんだから。……ああ、なんだっけ? 生まれとか? 身体の丈夫さとか? そんな感じの。あんただって解ってるでしょ?」
「う、うん。それはわかってるんだけど……」
「なら。そんな過保護してないで、その子もっと寄せて。どれどれ…………、こっ、これはっ……!?」




 テララはそう言われ、少々心苦しそうに少年の後ろに回り込みその肩を抱く形で座り直した。
 そうしてあらわとなった銀眼の少年を目にするや、姉は思わず息を呑む。意表を突く愕然とした姉の声は、その場の空気を一瞬にして張り詰めさせる。空腹に駄々をこねていた問題児の面影は微塵も感じられない。村の秩序と安泰を司るチサキミコの荘厳さが少年を更に震え上がらせる。




「かっ……、かっ…………、か……………………」
「ん? か……?」
「……かっ……、かかっ…………、か、かかか…………、かわいいっ!!!?」
「……え?」
「……ンギ?」




 一人は、幻聴かと疑ってしまうほどに想定外の言葉に間の抜けた声を漏らした。
 一人は、それまで張り詰めていた圧がほころぶのを感じ、息を吹き返した。
 片やもう一人は、それまでの厳格な表情はどこへやら。息が乱れはじめ気色悪いほどににやけた表情で眼前の人物を凝視している。




「お、お姉ちゃん、今……何て……?」
「なんてかわいいのっ! この子っ! かわいすぎるっ!! ねっ! あんたばっかりくっついてないで、あたしにもくっつかせてーー!!」
「お姉ちゃんっ! お見定めでしょっ!? 大事なときくらいふざけるのやめてよっ!」
「ん? ああーー、そんなのいいのいいの。だって……、こんなに……かわいいんだよ? あんたもそう思うでしょ? あーーもーーだめっ! 抱きついちゃうーーーーっ!!」
「かわ……そ、それは、私だって少し……、って、ええええっ!?」
「ギャッ!? ギッ! イ、γ、イヤ……テ、テラ、ラ……!?」




 お見定め。それは全村民の秩序と安泰が約束された生活のかせとなり、図らず脅かす脅威となるやもしれない部外者を、村の一員として受け入れるべきか厳正に判断する村の存命を掛けた掟。何人たりとも破ることなど断じて許されない。
 そのはずなのだが。今、拒否する術なく一方的に溺愛され純白の髪の中でいじらしく銀眼を潤ませる少年によって呆気なく覆されてしまったのだった。

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