カレーなる異世界ライフ!!

忍々人参

第27話 都市ローレフ

「冒険者認定試験を受けられることになったんだっ!!」

 ランチタイム後の食堂に駆け込んでくるなり開口一番で出てきたアイサのその言葉を、お皿の片づけ途中だった私は一瞬理解できずにいた。

 隣で作業中のルーリも小首を傾げている。

 そんな私たちをじれったいとでも言うかのように、アイサは目の前のカウンターへと手を着いて、厨房側の私たちの方へと身を乗り出して繰り返す。

「だから! 冒険者になるための試験を受ける資格をさ、貰えたんだよ!!」

「えぇっ!? うそっ!?」

「それがホントだから急いで報せに来たんだよ!!」

 爛々と輝くアイサの目に嘘はない。

 待ちに待ったクリスマス・イヴが訪れた子供のように、嬉しそうにニヘニヘと表情を崩している。

「アイサ、おめでとー!」

「えへっ! ありがとね、ルーリっ!」

 そのまま「えへへっ」と口元が締まらないアイサに詳しい事を訊くと、何でも先日のマラバリの1件で共闘することになった冒険者チーム――チーム名は<轟勢の昇り竜>というらしい――が、アイサを冒険者認定試験の受験資格があることを示す推薦状を書いて町役場宛に送ってきてくれたらしい。

 普段からアイサに小さな魔獣討伐案件を任せていたリッツィ町長もアイサの力は充分だと判断したらしく、自分の名義の推薦状を書いて冒険者チームからのものと合わせて2つを渡してくれたのだそうだ。

「でも、推薦状って1つあれば充分なんじゃなかったっけ? この前の<轟勢の昇り竜>さんのところから1つ貰ってるのに、なんで町長はわざわざ自分の分のも書いたんだろう?」

「確かに受験資格に関しては1つあれば充分だよ。でも考えてみて欲しいんだけど、推薦状が1つの受験者と複数の受験者、審査員が注目するのはどっちだと思う?」

「そう言われてみれば……確かにいっぱい持ってる人の方が注目は集まりやすいかもね」

「そういうこと。特に認定試験は1つの組合につき多くても1か月に1回しかやらないからさ、受験者がいっぱい集まるんだよ。初等冒険者並みの実力があっても審査員に注目されなかったから受からないって例も結構あるらしいんだよ」

「それはすごく、世知辛い……」

 そこまで言葉を挟まずにアイサの話を聞いていたルーリが率直な思いを漏らすと、アイサは苦笑混じりに続ける。

「そう考えると推薦状っていうのはちょっとズルいかもしれないけど、それだけ周りに実力を認められた人が注目される仕組みでもあるから、今の私の立場としては嬉しいかな」

「まぁ、アイサは私の相乗香辛魔法マジカル・スパイス・シナジクスが無くても1人であの猪の魔獣をなんとか相手できるくらいだからね。注目されて当然なくらいだと思うからズルではないんじゃないかな」

「そう言ってもらえれば気が楽かな」

 アイサは私の言葉にふんわりと微笑んでそう返した。

「あとね、認定試験の話を町長にしてもらってから真っ先にここに来た理由がもう1つあってさ……」

 そこで、アイサはそこまでのイキイキした口調を一転させて、急にしおらしいような声で頼りなさげな目をしてこちらを見つめる。
 
「この近辺で試験を受けられる場所となると、それでも馬車で半日ばかり時間のかかるローレフ市になるんだけどさ……ソフィアとルーリ、もしよかったら一緒に行かない?」

「えっ? 私たち……?」

「うん。ソフィアはこっちの世界に来てから他の町とか行ったことないでしょ? だからついででさ、どうかな? って……」

「……誘ってくれるのは嬉しいけど、邪魔になっちゃうんじゃない……?」

「そ、そんなことないない! それにほら、もし2人がいてくれたらさ……。万が一試験に落ちてもさ、観光を楽しみにすることもできるじゃん?」

 なるほどそれが本音か、と得心する。

 付き合いを重ねるにつれ、元気でお調子者なアイサにはどこか繊細な一面があることが最近わかるようになってきたところだった。

 確かにせっかく遠出したにもかかわらず得られた結果が『不合格』だけだったら、なんて考えて怖い気持ちになるのはわかる。

 つまり私たちはアイサの試験が上手くいかなかった場合の保険ということだけど、もちろんアイサも私たちと都市を遊んで回るというのが楽しいと思っているのは違いない。だからこそ誘ってくれているのだから。

「だから、ね? お願いっ!!」

 パンッと両手を合わせて頼み込むアイサを前に、ルーリと顔を見合わせる。

 ルーリはコクリと頷いた。もちろん、私の方の答えも決まっている。

「――じゃあ、3人一緒にローレフ旅行決定だね!」

「ホントっ!?」

「もちろん!」

「2人とも―― ありがとうっ!!」

 そうして私とルーリはその場で目を潤ませたアイサを2人がかりでヨシヨシと撫でてやり、それから冒険者認定試験の行われる日付に合わせてこのセテニールの町を出立することになったのだった。



※△▼△▼△※



「ここみたいだね……」

 アイサが緊張気味にゴクリと喉を鳴らす。

 馬車から降りた私たちは、都会の珍しさにキョロキョロとしつつも一直線に冒険者組合の建物までやってきていた。

 古さを感じさせる木造建築をしていて、外観は西部劇に出てくるような酒場といった風である。

「とりあえず私は受付に行って話してくる。2人は先に観光でもして待っててよ」

「え、ここまででいいの?」

「うん。さすがに試験には時間が掛かるだろうしね。先に行っていい宿屋を押さえておいてよ!」

 グッと親指を立てるアイサは、やはりまだ緊張の抜けない表情をしていたが、私たちが側にいてもかえって落ち着かないだろう。

「わかったよ。それじゃあ待ってるからね。気をつけてね!」

 頑張ってね、などと変に気負わせそうなことは言わずに最後に両手でギュッと手を握るに留めた。

 私の分の幸運もアイサに流れていきますように、と心の中で強く願う。

「わっ、私も……!」

 どこか慌てた様子でルーリも同じように手を重ねた。

 3人でせせこましく寄り合って、なんだかおかしな格好だ。

 そんなことをしていると、いつの間にか生暖かい視線が多く向けられている。

 筋骨隆々な冒険者たちが行き来する冒険者組合の正面では不釣り合いな光景だったのだろう、「微笑ましいなぁ」「うちの娘があれくらいでさ……」なんて声がチラホラと聞こえていた。

 そんな周りの様子に遅れて気付いて、アイサの顔が瞬く間に真っ赤になる。

「うわぁぁぁあっ! は、恥ずかしいぃぃぃ……!!」

「あはは……注目を集めちゃったみたいだね……」

 そんな問題にもならない小さなトラブルはあったものの、それから受付へと歩いて行ったアイサとはその場で一時別れる。

 まだ顔を赤くしていたけど、いい具合に緊張も抜けたみたいで結果オーライだ。

「きっと大丈夫だよね」

「うん。アイサは強いから、大丈夫」

 ルーリの太鼓判もあることだし、これ以上私たちがまだ始まってもいない試験の行方を気にするのもよくないだろう。

 それなら心配しているこの時間を、試験の結果に関係なくアイサも観光を楽しめるような良い宿屋を見つけるために使うべきだ。

 私たちは冒険者組合が置かれていた道から抜けて、ルーリと2人、より人気の多いお店や屋台の並ぶ大通りへと出る。

「さて、どんな宿屋があるのかなー?」
 
 このローレフという都市は、私たちの住むセテニールの隣に位置する都市とはいえ距離はかなり開いている。

 早朝に発ちはしたものの、現在はお昼をちょっと過ぎたところ。

 流石に日帰りは辛い距離なので、元々2泊3日の予定だった。

 1日目と3日目は大体が行き帰りでつぶれるということもあり、真ん中の日を使って観光をすることになっている。
 
 旅費はもちろんみんな自腹だ。

 アイサは冒険者見習いとして働いて貯めていたお給料から、私とルーリもゴートン食堂で毎日のように働いていたことでそれなりにお金が貯まっていたので問題ない。
 
 まだ子供たちだけでの遠出ということもあってリオルさんはとても心配そうにしていたが、ロウネさんが「ソフィアちゃんたちならしっかりとしているから大丈夫よぉ」と後押ししてくれた。

「うわぁ~。やっぱり都市はお店の種類が多いねぇ……!! 目移りしちゃうよ……!!」

 はぐれないようにルーリと手を繋ぎ、私たちは人と物で溢れ返る通りを行く。

 初めて見る景色やお店に多少目を取られつつも、街路のあちこちに立てられた看板や建物の広告に視線を走らせて宿屋の情報を仕入れることに抜かりはない。

 一応、市役所に行けば手頃な値段の宿を紹介してくれる窓口があるらしいのだが、それでもやっぱり私は実物を見て選びたい派だ。

 最悪決め切ることのできなかった場合の保険もそのようにあることなので、あまり心配はせず興味の惹かれるままにフラフラとさまようことにした。

 お城の形をした激安宿、大通り沿いの1階がバー形式の宿、ツリーハウスをイメージしたツタの絡まった梯子が入り口になっている宿など、その種類は様々でどれも魅力的だ。

 あっちも良いなこっちも良いな、としばらく歩いていたところ、突然クッと後ろに手を引っ張られる。

 振り返ると、ルーリが立ち止まっていた。

「どうかしたの?」

 ルーリの視線の先にあるのは大通り沿いにある木々が豊かな広場の中、そこだけ円状に窪んだ広いステージのような場所だ。
 
 そこには即席で作られたテントがいくつか用意されていて、これから何かが催されるようだった。

「なんだろ……? 何かのイベント?」

「あそこの布に書いてある。料理のイベントみたい」

 ルーリの指が示す方向には、『料理の傑人』と威勢のいい赤の太字で書かれた垂れ幕が下がっており、よく見ればテントの中には色々と調理に使う魔具が準備されているようだった。

「へぇ~、料理のイベント? なんだかおもしろそうだね」

「うん。でもソフィア、それよりもこのイベントの優勝賞品を見て」

「えーっと――へっ?」

 再びルーリが指し示す方、垂れ幕の下の立て看板に視線をずらして、そして目を見開いた。

「有名豪華宿泊施設に1泊2日の食事付き!? それに当日の参加申し込み可、だって……!!」

「宿が賞品なんて、まさに渡りに舟……。ソフィア、参加してみる?」

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