カレーなる異世界ライフ!!
第23話 私の魔法――<マジカル・スパイス・シナジクス>――
「ブォォォォォォォオオオオオオオッ――――!!」
群れの中でも一際大きいマラバリ・ロードから、全身を叩くような大きな咆哮が放たれる――が、それに関心を持っているのはどうやら私だけのようだった。
「――こ、これは!! 魔法の込められた料理だとォッ!?」
「――物理強化に魔法強化……だけじゃない! 感覚器官の強化魔法までッ!?」
「――加えて、高等神官並みの恒常体力回復魔法も、です……!!」
「――今なら何が向かってきても全てこの盾で防げる気がする……!」
「――美味いっ! 美味すぎるっ! なんでここに米がないんだ……!」
ひとたびカレーを飲んだ冒険者たちはマラバリの大群の長の行動に見向きもせず、口々に自らの身体に起こった変化を語り合うことで夢中なようだ(何故か弓を持った冒険者だけは周りから蹴り回されていたけど)。
空になった水筒の蓋を閉めたちょうどそのタイミングで、私たちの後ろ側のマラバリをあらかた蹴り飛ばし終わったアイサが戻ってきた。
「みんな飲み終わったー?」
「うん、全員ちゃんと強化魔法が付与されたみたい」
「しかし、破格の性能だね。ソフィアのそれは」
「えへへ……」
私の作ったカレーには強化魔法が宿る。
しかし多少は魔法の知識があるというルーリに言わせても、その効果はかなり異色なものらしい。
なにせカレーなら何でも同じ強化魔法が得られるわけではく、その調理の際に使用するスパイスの種類によって変わってしまうのだ。
例えばカレーに欠かせないスパイスのクミン。これを加えて宿る魔法は物理的な攻撃力と防御力を強化する<物理強化>。
そしてカルダモンに宿るのは魔法的な攻撃力と防御力を強化する<魔法強化>と呼ばれているらしい。
これらはゴートン食堂で出しているキーマカレーに使われているスパイスでもある。
特に<物理強化>という魔法は身体が引き出せる力と密接な関りがあるため、これを食べた人はみんな『元気が出る』、『いつもより重い物を持ち上げられる』といった効果を感じることができたのだ。
そしてこの魔法にはまだ隠れた仕組みが存在していた。
それは――
「――くるぞッ!!」
再び大群の長であるマラバリ・ロードが吠え、その声に合わせるように周囲のマラバリが前方と左右から一斉に襲い掛かってくる。
マラバリはその1体1体が軍の1個小隊を蹂躙できるほどの力を持つととアイサから聞いている。
それほどの魔獣たちの突進は1つ受けるだけでも致命的なものだろう。
だが、それにも関わらず。
それを迎えるこちら側の誰1人として、その瞳に怯えの色はなかった。
むしろ好戦的で燃えるような光が灯っている。
後ろを除いた3方向から突進を仕掛けてくる魔獣たちに対して、私たちは前衛も後衛もなく、ただお互いの背中を合わせてそれを迎え撃つ。
そんな私たちの戦闘は一瞬だった。
――剣は奔り、盾が突き出され、強弓は空を裂き、拳と蹴りが飛び、杖は薙ぎ、魔法による爆炎が上がり――
そうして間近に迫ったマラバリたちは次々と、私たちの一撃を前に為す術なく大地へと沈んだ。
その光景を見て、私たちを囲う魔獣の輪が拡がるのが分かる。
同族がたったの一撃で倒れるのを見て、マラバリたちが怯えたのだ。
「スゲェ……!! あれを飲んだ瞬間から分かっちゃいたが……実際に剣を振るうと驚きもんだぜ。剣戟はいつもより重ェのに、剣を振るう腕は何も持ってねェかのように軽ィ……!!」
武器を握る手を震わせながら言った剣士の言葉に、その仲間の魔術師も深く頷く。
「魔法も、LVは変わらないのに威力が数段跳ね上がっていたわ……!! まるで大魔術師にでもなった気分よ……!!」
こちらの意気を崩そうとしてか、超大型のマラバリが猛り叫んで周囲のマラバリたちに突進を命じる。だがしかし、私たちは一切崩れはしない。
1人1人が目の前の相手を確実に倒すという、作戦と呼ぶには単純すぎるその戦い方だけで、着実に大群を削っていく。
「ソフィアっ! 今回のカレーは今までの中で一番の成功なんじゃないっ!? 前に試させてもらった時よりも遥かに力が増してる感じがするよ!!」
「そうっ!? よかった!!」
魔獣の猛攻の中にあっても余裕そうな表情でアイサはニイッと笑い、肉薄していたマラバリの1体を剣の一閃で吹き飛ばすと話を続ける。
「もしかして――またスパイスの種類を増やしたとかっ!?」
「あははっ……気付いた? 初めてルーリと会った時に試作で作ったカレーをベースにして、そこもう少し足してみたの!!」
「しっかしすごいよねぇっ!! スパイスの種類を増やせば増やすほどカレーに付与される魔法が強くなるっていうのはさ!! ソフィアの言葉で――何だっけ? しょう……そう……ソウゾウ効果? だっけ?」
「相乗効果ねっ、そ・う・じょ・うっ!」
そう、スパイスを組み合わせる数による相乗的な魔法効力の強化。それが山の中でルーリと戦った後にようやく気付けた私の魔法の隠れた仕組みだ。
スパイスを3種類混ぜるよりも4種類、4種類混ぜるよりも5種類混ぜた方が付与される魔法の効果は強力になる。
現にキーマカレーに入れているスパイスは4種類だったが、それだけだとクミンの物理強化魔法の効力は日常生活にほとんど影響を与えない『少し力が強くなった気がする』程度でしか認識されることはなかった。
しかし、同じスパイスでも今回のカレーの中では段違いの効果を発揮している。
前の世界で空手を習っていたとはいえ14歳の少女である私の拳が、全長3メートルを超す猪の魔獣へと突き刺さり、それを吹き飛ばすまでになっているのだから。
初めてルーリに会った山の中、その前に私が食べていた試作に使われていたスパイスの種類は合計9種類。
それだけで子供とはいえ魔族であるルーリと対等に渡り合えるだけの力を出せた。
そして今しがた水筒に入っていたカレー、試作の完成品。
そこに使われているスパイスの種類――全12種類。
私たちの前後左右で、1体当たりtは越すだろうマラバリの巨体が実際の質量関係なしにビニールボールのように軽々しく飛んでいく。
「命名するなら――相乗香辛魔法なんて、カッコイイかな――?」
またもや迫る1体のアゴを蹴り上げ、飛び上がって無防備にさらされたその腹に1歩大きく踏み込んで掌底を叩き込む。
多数の香辛料が生んだ相乗効果がもたらすその威力に、巨体はやはり遠くへと吹き飛んだ。
私たちはひたすらに目の前にやってくるマラバリを倒し続けて、とうとう最後の波も去った。
――そして、あとに残ったのはただの1体。
「ブォォォォォォォオオオオオオオッ――――!!」
山のような巨体が吠える。
これまで後方に陣取るようにして動かなかったマラバリの長は、一際長い咆哮を終えると、とうとうその身体で大地を駆けた。
地響きが、迫る。
しかし、それだけでは終わらない。
「バォォォオオオゥッ――!!」
叫んだ瞬間、速度は上がり、マラバリ・ロードの筋肉は膨れ上がるようにして、質量さえも増加する。
「――魔法だとォッ!? 長の冠を持つ魔獣は魔法も使えるのかッ!!」
「うーん……あれは桁が違うみたいだねぇ……。どうする、ソフィア?」
彼我の距離はもう有って無いようなもの。もう幾ばくも無くあの巨体はこちらにぶつかってくる。
(さすがに他のマラバリと同じようには防げなさそうだね……ここはいったん距離を――)
「――問題ない。私に任せて」
私が口を開こうとしたまさにその時、銀の髪を風に揺らしながら一団の前に歩み出たのはルーリだった。
その行動に対して何を、と尋ねる間もない。
ゾクッという怖気が、ルーリとの戦いの中で感じたあの恐怖が再び私の背中を走る。
――ルーリが見開く両の眼が、煌々と紅く燃えていた。
その小さな背中から立ち昇る魔力は瞬時に空間内に飽和し、後ろにいる私たちの肌を激しく叩いた。
魔族の本気というものを初めて体感する私以外の、その場に居合わせる全員が息を飲み込むのが分かる。
迫りくる巨体を前にして、ルーリは大きく口を開けた。
そしてそこへと黒い靄――魔力が渦を巻いて集まってくる。
(あの時と同じ――黒い光球――!!)
それはルーリと初めて出会った山の中、彼女が最後の最後で放とうとした技。
当時魔法なんて見たこともない私でも一目で埒外だとわかったほどの魔力量が圧縮されていく。
そうしてできた闇の塊は、バリバリバリッと宙で魔力が弾ける音と共に紫の火花が散らしながら、今や以前の数倍もの大きさへと急速に成長を遂げていた。
そしてルーリの身体ほどになったそれが、迫る巨体を目前にして解き放たれる。
「――<黒星の爆発>」
極大の黒の光線が真正面へと放たれた。
音が無い、眩さも無い、全てが墨で塗り潰されたような1本の線。
それはマラバリ・ロードへと直撃すると膨張を始め、次第にその巨体が闇に包まれて消えていく。
凄まじいほどのエネルギーがルーリから絶え間なく照射され続け、そして間もなく、マラバリ・ロードの全身が黒の中へと沈んだ。
空間を覆いこむように大きく拡がったその闇は、再びじわりじわりと1筋の線へと収束していく。
そして光線が止んだ後のその場には、もはやあの大群を治めたロードの残滓は何一つとして残っていなかった。
「す、すごい……」
「スゲー……―」
呆けたように口が閉まらなかった。隣のアイサも目を丸くしている。
(初めて出会ったあの時、もしもルーリが倒れていなかったら――)
そう考えると改めて背筋がゾッとした。
ルーリは「ふぅ」と息を1つ吐くと、すっかり見通しの良くなった正面からクルリと振り返ってこちらを向く。
「――もう、他に魔獣の反応はないみたい」
いつも通りのルーリの口調。その姿は先ほど魔族としての本領を発揮したものとはまるで違う。
精巧に作られた人形のようで、アクアマリンの瞳が綺麗なただの美幼女そのものだ。
無事、全部終わったんだ。
ルーリの言葉に一息つくと、私とアイサは軽く拳を突き合わせた。
「――……終わった……のか……?」
そんな私たちに少し遅れて、後ろの冒険者たちが放心から戻ってきていた。
「やった……やったんだよなっ……!」
そして顔を見合わせると互いに抱き合ったり肩を叩き合ったりして、生き残った喜びを分かち合い始めた。
そんな彼らの様子を横目で見て、ならば私も功労者と喜びを分かち合いに行かなくてはならないと、謎の使命感に駆られて行動を開始することにする。
「――ルーリィ~~~っ!」
私は未だ残る<物理強化>の効力でルーリの元へひとっ飛び。そしてその銀の髪の掛かる小さな肩を両手で抱き寄せて、頭に頬ずりをする。
「ありがとうね~! おかげで助かったよー!」
「そ、そんなことない。ソフィアのカレーがあったから……」
いやぁ、謙遜しちゃって、まったく可愛いなぁ……。
されるがままになりながら、そんないじらしい反応を見せるルーリをさらにヨシヨシと撫で繰り回す。
「ちょ、ちょっとー! みんなそれぞれで勝手に盛り上がってないのーっ!」
ズンズンと迫ってきたアイサがくっつく私たちをベリベリと引き剥がし、冒険者たちにチョップをかまして回る。
致し方ないので、ルーリのことはまた後で猫可愛がりをしようと心に誓ってその場は離れた。
「ッテーな……何だってンだよ。もう討伐は完了したんだろォが……」
「そう! 討伐は完了したわけだよ! で、だよ。ねぇソフィア、完了ということはつまりは私たちの"勝ち"ってことだよね?」
「うん、まぁ、そうだね」
「うんうん! ――ならちゃんとみんなでシメをしなきゃいけない!」
「シメ……?」
「そうそう。みんなの勝利なわけだからね!」
その言葉になおも首を傾げる私へと、アイサはニヤリといったような笑みを向けるてから一同をぐるりと見渡した。
「まあまあ、私に倣えばいいからさ。じゃあみんな、ついてきてよ――?」
何のことだろうと顔を見合わせる私たちを余所に、アイサは深く息を吸い込んで空高く剣を突き上げる。
そして――
「勝ぁったぞぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおっ!!!!」
――大きく痛快な、勝利の声を打ち上げた。
(――えぇ……? シメって、これ……?)
なんというか、ずいぶんと体育会系の漢らしいノリに少しだけ呆れる。
でも口をこれでもかと空へと開け、とても気持ち良さそうに勝利を叫ぶそんな姿を見て自然と頬が綻ぶのがわかる。
周りを見ると、それは私だけじゃなく全員が同じようだった。
だから私たちはアイサに倣って、冒険者は武器、私とルーリは拳を高く掲げて。
そしてそれぞれの、思い思いの勝利の鬨がこの山の裾野全体へと大きく響き渡ったのだった。
群れの中でも一際大きいマラバリ・ロードから、全身を叩くような大きな咆哮が放たれる――が、それに関心を持っているのはどうやら私だけのようだった。
「――こ、これは!! 魔法の込められた料理だとォッ!?」
「――物理強化に魔法強化……だけじゃない! 感覚器官の強化魔法までッ!?」
「――加えて、高等神官並みの恒常体力回復魔法も、です……!!」
「――今なら何が向かってきても全てこの盾で防げる気がする……!」
「――美味いっ! 美味すぎるっ! なんでここに米がないんだ……!」
ひとたびカレーを飲んだ冒険者たちはマラバリの大群の長の行動に見向きもせず、口々に自らの身体に起こった変化を語り合うことで夢中なようだ(何故か弓を持った冒険者だけは周りから蹴り回されていたけど)。
空になった水筒の蓋を閉めたちょうどそのタイミングで、私たちの後ろ側のマラバリをあらかた蹴り飛ばし終わったアイサが戻ってきた。
「みんな飲み終わったー?」
「うん、全員ちゃんと強化魔法が付与されたみたい」
「しかし、破格の性能だね。ソフィアのそれは」
「えへへ……」
私の作ったカレーには強化魔法が宿る。
しかし多少は魔法の知識があるというルーリに言わせても、その効果はかなり異色なものらしい。
なにせカレーなら何でも同じ強化魔法が得られるわけではく、その調理の際に使用するスパイスの種類によって変わってしまうのだ。
例えばカレーに欠かせないスパイスのクミン。これを加えて宿る魔法は物理的な攻撃力と防御力を強化する<物理強化>。
そしてカルダモンに宿るのは魔法的な攻撃力と防御力を強化する<魔法強化>と呼ばれているらしい。
これらはゴートン食堂で出しているキーマカレーに使われているスパイスでもある。
特に<物理強化>という魔法は身体が引き出せる力と密接な関りがあるため、これを食べた人はみんな『元気が出る』、『いつもより重い物を持ち上げられる』といった効果を感じることができたのだ。
そしてこの魔法にはまだ隠れた仕組みが存在していた。
それは――
「――くるぞッ!!」
再び大群の長であるマラバリ・ロードが吠え、その声に合わせるように周囲のマラバリが前方と左右から一斉に襲い掛かってくる。
マラバリはその1体1体が軍の1個小隊を蹂躙できるほどの力を持つととアイサから聞いている。
それほどの魔獣たちの突進は1つ受けるだけでも致命的なものだろう。
だが、それにも関わらず。
それを迎えるこちら側の誰1人として、その瞳に怯えの色はなかった。
むしろ好戦的で燃えるような光が灯っている。
後ろを除いた3方向から突進を仕掛けてくる魔獣たちに対して、私たちは前衛も後衛もなく、ただお互いの背中を合わせてそれを迎え撃つ。
そんな私たちの戦闘は一瞬だった。
――剣は奔り、盾が突き出され、強弓は空を裂き、拳と蹴りが飛び、杖は薙ぎ、魔法による爆炎が上がり――
そうして間近に迫ったマラバリたちは次々と、私たちの一撃を前に為す術なく大地へと沈んだ。
その光景を見て、私たちを囲う魔獣の輪が拡がるのが分かる。
同族がたったの一撃で倒れるのを見て、マラバリたちが怯えたのだ。
「スゲェ……!! あれを飲んだ瞬間から分かっちゃいたが……実際に剣を振るうと驚きもんだぜ。剣戟はいつもより重ェのに、剣を振るう腕は何も持ってねェかのように軽ィ……!!」
武器を握る手を震わせながら言った剣士の言葉に、その仲間の魔術師も深く頷く。
「魔法も、LVは変わらないのに威力が数段跳ね上がっていたわ……!! まるで大魔術師にでもなった気分よ……!!」
こちらの意気を崩そうとしてか、超大型のマラバリが猛り叫んで周囲のマラバリたちに突進を命じる。だがしかし、私たちは一切崩れはしない。
1人1人が目の前の相手を確実に倒すという、作戦と呼ぶには単純すぎるその戦い方だけで、着実に大群を削っていく。
「ソフィアっ! 今回のカレーは今までの中で一番の成功なんじゃないっ!? 前に試させてもらった時よりも遥かに力が増してる感じがするよ!!」
「そうっ!? よかった!!」
魔獣の猛攻の中にあっても余裕そうな表情でアイサはニイッと笑い、肉薄していたマラバリの1体を剣の一閃で吹き飛ばすと話を続ける。
「もしかして――またスパイスの種類を増やしたとかっ!?」
「あははっ……気付いた? 初めてルーリと会った時に試作で作ったカレーをベースにして、そこもう少し足してみたの!!」
「しっかしすごいよねぇっ!! スパイスの種類を増やせば増やすほどカレーに付与される魔法が強くなるっていうのはさ!! ソフィアの言葉で――何だっけ? しょう……そう……ソウゾウ効果? だっけ?」
「相乗効果ねっ、そ・う・じょ・うっ!」
そう、スパイスを組み合わせる数による相乗的な魔法効力の強化。それが山の中でルーリと戦った後にようやく気付けた私の魔法の隠れた仕組みだ。
スパイスを3種類混ぜるよりも4種類、4種類混ぜるよりも5種類混ぜた方が付与される魔法の効果は強力になる。
現にキーマカレーに入れているスパイスは4種類だったが、それだけだとクミンの物理強化魔法の効力は日常生活にほとんど影響を与えない『少し力が強くなった気がする』程度でしか認識されることはなかった。
しかし、同じスパイスでも今回のカレーの中では段違いの効果を発揮している。
前の世界で空手を習っていたとはいえ14歳の少女である私の拳が、全長3メートルを超す猪の魔獣へと突き刺さり、それを吹き飛ばすまでになっているのだから。
初めてルーリに会った山の中、その前に私が食べていた試作に使われていたスパイスの種類は合計9種類。
それだけで子供とはいえ魔族であるルーリと対等に渡り合えるだけの力を出せた。
そして今しがた水筒に入っていたカレー、試作の完成品。
そこに使われているスパイスの種類――全12種類。
私たちの前後左右で、1体当たりtは越すだろうマラバリの巨体が実際の質量関係なしにビニールボールのように軽々しく飛んでいく。
「命名するなら――相乗香辛魔法なんて、カッコイイかな――?」
またもや迫る1体のアゴを蹴り上げ、飛び上がって無防備にさらされたその腹に1歩大きく踏み込んで掌底を叩き込む。
多数の香辛料が生んだ相乗効果がもたらすその威力に、巨体はやはり遠くへと吹き飛んだ。
私たちはひたすらに目の前にやってくるマラバリを倒し続けて、とうとう最後の波も去った。
――そして、あとに残ったのはただの1体。
「ブォォォォォォォオオオオオオオッ――――!!」
山のような巨体が吠える。
これまで後方に陣取るようにして動かなかったマラバリの長は、一際長い咆哮を終えると、とうとうその身体で大地を駆けた。
地響きが、迫る。
しかし、それだけでは終わらない。
「バォォォオオオゥッ――!!」
叫んだ瞬間、速度は上がり、マラバリ・ロードの筋肉は膨れ上がるようにして、質量さえも増加する。
「――魔法だとォッ!? 長の冠を持つ魔獣は魔法も使えるのかッ!!」
「うーん……あれは桁が違うみたいだねぇ……。どうする、ソフィア?」
彼我の距離はもう有って無いようなもの。もう幾ばくも無くあの巨体はこちらにぶつかってくる。
(さすがに他のマラバリと同じようには防げなさそうだね……ここはいったん距離を――)
「――問題ない。私に任せて」
私が口を開こうとしたまさにその時、銀の髪を風に揺らしながら一団の前に歩み出たのはルーリだった。
その行動に対して何を、と尋ねる間もない。
ゾクッという怖気が、ルーリとの戦いの中で感じたあの恐怖が再び私の背中を走る。
――ルーリが見開く両の眼が、煌々と紅く燃えていた。
その小さな背中から立ち昇る魔力は瞬時に空間内に飽和し、後ろにいる私たちの肌を激しく叩いた。
魔族の本気というものを初めて体感する私以外の、その場に居合わせる全員が息を飲み込むのが分かる。
迫りくる巨体を前にして、ルーリは大きく口を開けた。
そしてそこへと黒い靄――魔力が渦を巻いて集まってくる。
(あの時と同じ――黒い光球――!!)
それはルーリと初めて出会った山の中、彼女が最後の最後で放とうとした技。
当時魔法なんて見たこともない私でも一目で埒外だとわかったほどの魔力量が圧縮されていく。
そうしてできた闇の塊は、バリバリバリッと宙で魔力が弾ける音と共に紫の火花が散らしながら、今や以前の数倍もの大きさへと急速に成長を遂げていた。
そしてルーリの身体ほどになったそれが、迫る巨体を目前にして解き放たれる。
「――<黒星の爆発>」
極大の黒の光線が真正面へと放たれた。
音が無い、眩さも無い、全てが墨で塗り潰されたような1本の線。
それはマラバリ・ロードへと直撃すると膨張を始め、次第にその巨体が闇に包まれて消えていく。
凄まじいほどのエネルギーがルーリから絶え間なく照射され続け、そして間もなく、マラバリ・ロードの全身が黒の中へと沈んだ。
空間を覆いこむように大きく拡がったその闇は、再びじわりじわりと1筋の線へと収束していく。
そして光線が止んだ後のその場には、もはやあの大群を治めたロードの残滓は何一つとして残っていなかった。
「す、すごい……」
「スゲー……―」
呆けたように口が閉まらなかった。隣のアイサも目を丸くしている。
(初めて出会ったあの時、もしもルーリが倒れていなかったら――)
そう考えると改めて背筋がゾッとした。
ルーリは「ふぅ」と息を1つ吐くと、すっかり見通しの良くなった正面からクルリと振り返ってこちらを向く。
「――もう、他に魔獣の反応はないみたい」
いつも通りのルーリの口調。その姿は先ほど魔族としての本領を発揮したものとはまるで違う。
精巧に作られた人形のようで、アクアマリンの瞳が綺麗なただの美幼女そのものだ。
無事、全部終わったんだ。
ルーリの言葉に一息つくと、私とアイサは軽く拳を突き合わせた。
「――……終わった……のか……?」
そんな私たちに少し遅れて、後ろの冒険者たちが放心から戻ってきていた。
「やった……やったんだよなっ……!」
そして顔を見合わせると互いに抱き合ったり肩を叩き合ったりして、生き残った喜びを分かち合い始めた。
そんな彼らの様子を横目で見て、ならば私も功労者と喜びを分かち合いに行かなくてはならないと、謎の使命感に駆られて行動を開始することにする。
「――ルーリィ~~~っ!」
私は未だ残る<物理強化>の効力でルーリの元へひとっ飛び。そしてその銀の髪の掛かる小さな肩を両手で抱き寄せて、頭に頬ずりをする。
「ありがとうね~! おかげで助かったよー!」
「そ、そんなことない。ソフィアのカレーがあったから……」
いやぁ、謙遜しちゃって、まったく可愛いなぁ……。
されるがままになりながら、そんないじらしい反応を見せるルーリをさらにヨシヨシと撫で繰り回す。
「ちょ、ちょっとー! みんなそれぞれで勝手に盛り上がってないのーっ!」
ズンズンと迫ってきたアイサがくっつく私たちをベリベリと引き剥がし、冒険者たちにチョップをかまして回る。
致し方ないので、ルーリのことはまた後で猫可愛がりをしようと心に誓ってその場は離れた。
「ッテーな……何だってンだよ。もう討伐は完了したんだろォが……」
「そう! 討伐は完了したわけだよ! で、だよ。ねぇソフィア、完了ということはつまりは私たちの"勝ち"ってことだよね?」
「うん、まぁ、そうだね」
「うんうん! ――ならちゃんとみんなでシメをしなきゃいけない!」
「シメ……?」
「そうそう。みんなの勝利なわけだからね!」
その言葉になおも首を傾げる私へと、アイサはニヤリといったような笑みを向けるてから一同をぐるりと見渡した。
「まあまあ、私に倣えばいいからさ。じゃあみんな、ついてきてよ――?」
何のことだろうと顔を見合わせる私たちを余所に、アイサは深く息を吸い込んで空高く剣を突き上げる。
そして――
「勝ぁったぞぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおっ!!!!」
――大きく痛快な、勝利の声を打ち上げた。
(――えぇ……? シメって、これ……?)
なんというか、ずいぶんと体育会系の漢らしいノリに少しだけ呆れる。
でも口をこれでもかと空へと開け、とても気持ち良さそうに勝利を叫ぶそんな姿を見て自然と頬が綻ぶのがわかる。
周りを見ると、それは私だけじゃなく全員が同じようだった。
だから私たちはアイサに倣って、冒険者は武器、私とルーリは拳を高く掲げて。
そしてそれぞれの、思い思いの勝利の鬨がこの山の裾野全体へと大きく響き渡ったのだった。
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