第1話

深い影が射す小道の感触を足に馴染ませながら一歩一歩踊るように軽快なその姿が愛おしい。

実際に彼女の心は踊っているのだろう。屋敷の外へ出るのは初めてだと言っていた、16になるまで一度も家から出して貰えずに暗い部屋の奥で陰鬱な年月を過ごしていた。そんなところに誘拐犯が来たら怖さより好奇心が勝るんじゃないか、事実彼女は自分からついてきた。

彼女の家は街随一の金持ちだ、親は忙しく娘にかける時間が無い分環境に気を使ったことだろう。森の奥に屋敷を建てそこに娘を閉じ込め、娘の世話をする使用人の数も絞り、使用人以外誰とも会わせずに育てた。そこに愛というものがあるのかは自分のような部外者にはわからないが、年頃の女の子が遊び相手も出来ずにずっと一人で本を読んで、さぞかし悲しかったことだろう。

でもそんなことは関係ない、自分自身後には引けない身なのだ、失敗したら凶悪な誘拐犯として処罰されてしまう、自分には成功させるしか道は無かった。

金も尽き街に居るのが嫌になり森に入った、野生に生きようとしたわけでもない、なんとなくふらふらと行くあてもなくさまよっていた、次第に体力も尽き歩くことすら限界だった。

そんな時に見つけた立派な屋敷、心の奥底から湧き上がる何か、自分との境遇の差を恨んだ。しかしそんな憎悪は彼女を見つけた途端にすっと引いていった。惚れたのかもしれない。光が射す窓の側で上手く言い表せない物憂いな表情をした彼女に。

そのままぼーっと見つめていると窓の外に視線を移した彼女と目があった、大きく眼を見開いたその顔を見た時少し笑ってしまった。外から来る人なんて滅多にいないのだろう、いや自分が始めてなのかもしれない。
彼女は出窓を開け小さく手招きした、しかし彼女が居るのは2階、どうしろと言うのだ。
彼女は小さく笑って近くの樹を指差した。その樹はとても太く高く立派だった、木登りなんて子供の頃以来だった、懐かしい気持ちになった。

近くで見ると彼女は本当に美しかった。世俗に慣れていない雰囲気が新鮮であった。
彼女は笑って言った。どこから来たの？
その声は表情とは裏腹に悲しげであった。
森を出よう。不意にそんなことを言ってしまっていた。
彼女は何も言わなかった。ただ彼女の気持ちは分かりやすい顔から伝わった。

そうして彼女を連れ出していた、自分はもう失うものもない、捕まってもいい。最後に彼女に世界を見せてあげようと、何の計画もなしに手を引いていた。

空は青く晴れ渡り自分たちの行く末を見通しているようだった、いや、そんな楽観的な考えで上手くいくわけないのだが、この子といるとそんな穏やかな気持ちになってしまう。

森の小道をあたかもランウェイを歩くかのように優雅に可憐に歩いていく。彼女のその後ろ姿を見ているとはっきりとしない将来が明るく彩られていくようだった。

街に出るの初めてなの、ちゃんとエスコートしてね？
振り向きながらそう声をかける彼女からは微塵の警戒心も感じられなかった。
だから、それに応えるように笑みを浮かべるように言った

「ああ、楽しい１日にしてみせるさ」

彼女は何も言わなかった。