お前らなんかにラブコメは無理だ!

かりあん

第4話 入学編4 サークル決めは無理じゃなかった

僕の目の前には綾部悠宇あやべゆうさんがいた。彼女は嬉しそうな顔で僕に言った。
「私ね、好きな人がいるの!」

そこで天瀬紬あまがせつむぎは目が覚めた。
なんだこの夢は。昨日の今日で夢に出てくるなんてどう考えても綾部さんのことを好きすぎるだろう。紬の親友、糸織奏太いとおりかなたと出会ったときでさえこんなことはなかった。そういえば、奏太とは最近会っていない。クラスもサークルも異なるし、彼は彼で忙しいであろう。お互い落ち着いたらまた仲を深めていけばよいということだ。夢のことも深く考えないでおこう。
それはそうと、大学生の朝は早い。6時には起き、7時過ぎに家を出ないと1限に間に合わないのだ。起床してかつあの悪名高き満員電車に乗らなければならないのである。そのような試練を乗り越えたら、立派な大学生である。
今日は4月11日、月曜日。1週間の始まりであり講義も2週目に差し掛かった。講義が一つ一つ長く、進度も速いのもあり、4限まで終わった頃にはすっかりクタクタになっていたが紬にとっては放課後になってからが本番だった。そう、今日は椎木合唱団の体験練習があるのだ。聞くところによると、大学の正門前に何人か先輩がお迎えに来てくれているらしい。授業が終わったら綾部さんと正門に向かう。
正門では、プラカードを持っている集団がたくさんあった。この光景は毎日見ることができ、その度に大学ってすごいと思わざるを得ない。エネルギッシュ。感心していると、前方に椎木合唱団のプラカードを持っている、見知った顔が現れる。サークルオリエンテーションの時に話した、おっとりして優しそうな男の先輩だ。おっとり先輩とでも呼ぼうか、心の中で。
「お、君たちはたしか…。今日は来てくれてありがとう」
自己紹介を済まし、雑談をする。おっとり先輩、物腰柔らかくていていやらしさがなく親しみやすい。好かれる人なんだろうなあ、と紬はこの人を目標にしようと思った。
時間になり、練習場所まで移動することになった。ここで、大学には複数キャンパスがあり、そのうち渋谷と東京に2大キャンパスがある。紬たちが通っているキャンパスが渋谷、椎木合唱団の練習場所が東京にあるらしく、移動に1時間ほどかかるのだ。東京の良くないところは直線距離の割にアクセスに時間がかかるところで、しかもほとんどが景色の見えない地下鉄での移動を強いられるのである。
練習場所に着くと、「こんにちは」の洗礼が待っていた。歓迎されているな。数分雑談していると、前に1人先輩が登壇して来て、挨拶と自己紹介を始めた。そのあと、
「まずは準備体操から始めるね!」
ほう。感心した。いきなり声を出すのではなく体を温めるのか。
「…っ」
ってきっつい。高校3年間帰宅部なので使ったことのない筋肉が悲鳴を上げている。文化部でも道は険し、か…。これからは毎日ジョギングとかでもしようそうしよう。筋トレもいいかもしれない。
「それでは、発声練習するよ」
やっと体操が終わったか。発声ってどうするのだろう。そう思っていたら面倒見のいい先輩方がいろいろ教えてくれた。「そうそう、そうするんだよ」「君、センスがあるね」「こうすると、もっと楽になるよ」…なるほど。分かりやすいな。楽しい。始めてみようと決断してよかったのかもしれない。
「パートごとに練習するよ」
紬は体型的に縁の下の力持ちというタイプでもないし、高い方のテノールだろう。おっとり先輩とは違うパートだったのは寂しかったが、楽譜を見て自分のパートを歌えるようにするパート練習は恙無く進行していった。カラオケは上手ではないが、音符があればその通りに歌うことについては苦手ではないらしいことがわかり、自分の長所を一つ見つけたみたいで、紬はなんか嬉しくなった。
パート練習が終わり、全体練習に向かう道中で近くにいた先輩が紬にそっとこう教えてくれた。
「パート練習では自分のパートしか歌わなかったけど、全体練習では複数のパートがハモり合うんだ。伴奏がつくことだってある。この合わせの時、感動するんだよ。」
百聞は一見に如かずとはよくいったものだ。果たして新しい世界を知る喜びは、経験しようと思わない人間にはわかることのないものなのだ。紬は全体練習で猛烈に感動していた。自分のパート内で変な音だなと思っていたあの部分は、実はとてもいいハモりを奏でる場所だったりする。紬は大いなる満足感を得た。
練習後、ご飯会が開かれた。ほとんどのサークルは、新入生に対しては無料でご飯会を行うが、椎木合唱団も例外ではなかった。一人暮らしの学生にとってはとてもありがたいのだろう。紬にとっては夜が遅くなるが、様々な有益情報を得ることができるので参加しない理由はなかった。
「あ、天瀬くん。来てくれたんだ」
鈴田雪穂すずたゆきほさんが声をかけてくれた。周囲からは雪穂さんと呼ばれているので、紬も真似しようと思う。
「s…雪穂さん。ご無沙汰しています。」
「うん、久しぶり。それじゃ一緒のテーブルに座ろうか」
新入生というものは、どのテーブルに座ればいいのかわからないものなのだ。こうやって先輩の方から指定してくれるのは紬にとってありがたい話である。
「ありがとうございます」
ニコッと笑い、雪穂さんは話を進める。
「入ってくれる気になった?」
「そうですね。合わせ練習の時に感動しました。それまでも先輩方が優しく接してくれていますし、正直入りたいと思います」
「それは嬉しいな。チラシ配りの時に声かけてくれてありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございます。そういえば雪穂さんは掛け持ちしているんですよね。大変じゃないですか?」
話していて気付いたが、先輩と呼ぶ機会があまりにも少ない。大抵さん付けで、この時点でも高校時代とはだいぶん違う。
その後も話は弾み、気付いたら9時半になっていた。同じ方向の先輩複数人と帰途につく。

家に帰って紬は気付いた。自分から誘っておいて、綾部さんと全っ然喋ってない!とんだ失礼をしてしまった。フォローのラインを送るか…

コメント

コメントを書く

「学園」の人気作品

書籍化作品