異世界歩きはまだ早い

a little

第9話 “恐怖”の体現者リズニア

 勇者水戸洸たろうの仲間である二人の少女、トメとピタはアルデンテの放棄した城を訪れていた。
 
 「トメ、外を見てくれ!」
 
 背の小さなピタに呼ばれ、割れたステンドグラスからトメが外を覗く。
 
 「あれは、なんですの……?」
 
 大荒野に群がる謎の骸。
 明らかに生き物ではないものの群れがひしめき合っていた。
 
 「分からん。ただ、いいものではないことは一目瞭然だ。」
 
 二人がこの城にやってきた目的は勇者を探すためだ。
 しかしここにはいない──。
 となれば別の場所に向かうのみ。
 
 「行くぞトメ、コータローは向こうにいるやもしれん。」
 「そうですわね。」
 
 二人が城を出る。
 
 城から見えた場所に向かうには峡谷を越えなければならない。しかし、峡谷を渡るために必要なものがその地には欠けていた。
 
 「くっ、なぜだ! どうしてこんな時に橋が崩れているっ!?」
 
 気持ちばかり焦っているのか、ピタが声を荒らげて言う。
 
 枯れない森の中を右往左往しながら、考え込むピタにトメは優しく声をかけた。
 
 「無理なら仕方ありませんわ。今はワタクシ達のできることをしましょう。」
 
 トメは倒れている騎士 スケインを肩に担ぎ寄せた。
 
 カクマルとスケイン──。
 この二人が既に亡き者である事を少女達は知っている。
 城に入る前、その姿を目撃してしまったからである。
 
 初めはすぐには理解できず、受け入れられなかった。
 
 自分達の旅は命を懸ける価値のある旅。世界を救う冒険を続ける限り、死とは向き合わないとならない。それは仲間の死であってもそうだ。
 
 だからこそ二人は行方の知れない勇者の安否が何よりも心配になった。
 それでもトメはどこか冷静であった。
 
 「ピタ、手を貸しなさい。二人の勇敢な騎士を、静かな場所に移してあげましょう。」
 
 決意と憂いの入り交じった表情をするトメ。
 それを見てしまったピタは、勇者を優先したくとも断れなかった。
 
 コータローは必ず生きている。そう自分に言い聞かせ、トメに手を貸す。
 
 「ならば街に戻ろう。今であれば、どこよりも静かなで、安全な場所だ。」
 
 
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
 
 
 「────二百十六体。それが同時に相手できるキミの限界だネ。すごいよー、たいしたもんだっ。」
 
 たくさんのアンデッドに囲まれた満身創痍のリズニアは両腕をダラんと下ろしている。それでも剣は手放さない。
 
 数が二百十を超えた辺りから対処し切れなくなり、その身体はかすり傷を多く残していた。
 
 両手に携えたカクマルとスケインの剣は流れたリズニアの血によって赤く染まっていた。
 
 「『戦場に咲く一輪の花』と呼ばれた少女を知ってるかい?」
 
 突然振られた質問にリズニアは警戒を強めた。
 それに関心したように笑いながらアルデンテは言葉を紡いでいく。
 
 「当時、この場所で人類同士のつまらない争いがあったんだけど、ボクはちょうどそこのお城からそれを見てたんだ。正直、期待はしてなかったんだけど、一人の少女が戦場を引っ掻き回し、色んな人間の想いを台無しにする瞬間をボクは目撃してしまった。勝者の全てを、敗者の全てを、等しく亡骸に変えていく恐怖の体現者──。戦場には現れると風のウワサには聞いていたが、実物は遥かに想像を超えていた。その出で立ちは花のように美しく、血に濡れ、輝き、咲き誇っていた──。甘ーい狂気の香り。屍の丘に咲く一輪の花から、ボクは目が離せなかった。心が踊ったよ。あんな風になりたいとさえ本気で思った。」
 
 グレイプ・アルデンテは思い出すように胸に手を当てた。
 
 「憧れた。遠くから見ているだけだったけど、彼女はボクにとっての目標になった。だから、闘い方を見て思ったんだ────キミなんじゃないか・・・・・・・・・、戦乙女の正体は。」
 
 アルデンテはその時の少女をリズニアだと睨んでいるようだが、リズニアはその言葉に何の反応も、興味さえも示さなかった。
 アルデンテは勝手にそうであると決めうって話を続ける。
 
 「よく聞いてくれ戦乙女よ。ボクが召喚し、闘わせたのは二百十六体だけだ。何もせずキミを囲うこの三千体・・・のアンデッド達は指示もなしに現れたんだ。その意味、分かるかい? ──答えは復讐心さ。強すぎる負の感情は時としてネクロマンサーの制御すら超える。自らの意思で這い出た彼らは、キミに対して何らかの怨みを抱えていると思っていい。一人の人間がこんなにたくさんから怨まれることがあるかい? キミがあの時の戦乙女でもないと説明がつかないでしょ。」
 
 リズニアには依然として口を開くようすがない。
 否定も肯定もしない。
 
 「まあいいや、その辺は後で自白させるとして次のテストをしよう。今からキミに服を溶かすスライムの粘液をかける。」
 
 そう言って取り出したのは何の変哲もない小さな小瓶。
 
 「別に深い意味は無いよ。キミには剣の師範になってもらうから、それに相応しく動じない精神を──」
 
 
 
 ────パンッ!!
 
 
 
 発砲音が一つ。
 
 
 
 突如、アルデンテがひけらかすように持っていた小瓶に何かが当たった。
 その衝撃に弾かれるように小瓶は落下し、音を立てて割れる。
 
 「ん? ……何だ。」
 
 アルデンテは振り返り、ソレを持ち上げる。
 
 「傀儡? 見たことない型だけど、なぜこんな所に……」
 
 ジタバタと暴れる西洋風のおもちゃの兵隊さんの、面長な頭を掴み不思議そうに見つめる。
 
 ──パパパンッ!! 
 またしても発砲音が響いた。
 手に持った兵隊さんとは違う場所──アルデンテがその方角を振り向いた。
 
 そこにはたくさんのおもちゃの兵隊さんがいた。
 数にして優に百は超えている。
 
 発砲音の正体はおもちゃの兵隊の構えるピストルから鳴っていた。
 
 小さなピストルを向けられた骸が二人の目の前で一体砕け散った。
 
 「なっ……!」
 
 身長七〇センチ程のおもちゃの兵隊が身長差二倍以上ある骸を撃ち砕く光景に、アルデンテも思わず声を漏らした。
 
 「キミたち、やられてばかりいないで応戦して!」
 
 アンデッド達は言われるままに動くが、足元をチョロチョロと動く兵隊さん達に攪拌され蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。
 
 傀儡を不思議に思ったアルデンテが、手に持った兵隊さんに目を曝(さら)す。
 
 「見たことのない武器だ……ん、コルク?」
 
 おもちゃのピストルから延びるヒモに繋がれたコルクを見つけた。
 そのコルクの先端には小さいが、光る魔法陣が確認できた。
 
 「これは魔力障害の魔法陣ジャミングマーカー……! これに触れた所為で兵達が形を保てなくなった訳か。対屍兵用に改造された傀儡とは恐れ入る。」
 
 屍兵アンデッドは全身を覆う魔力の檻によって形を維持している。
 
 ピストルから発射されたコルクには屍兵を砕くほどの威力はないが、コルクの先端に描かれたジャミングマーカーはその檻の機能を一時的に麻痺させる効果がある。
 そのジャミングマーカーが屍兵に接触したことで、魔力の檻が乱れ霧散し、骸の形が保てなくなり、砕けるように屍兵がバラバラになったのだ。
 
 「こんな極小かつ精密な魔法陣を一体どうやって……いや、そもそもアンデッドの性質を理解して、ここまで準備が出来るもの──」
 
 アルデンテは口に手を当てぶつぶつと何かを呟き始めた。
 
 そうかと思えば指を這わせ音を鳴らす。
 
 「〝来い〟ワシュウくんとソギマチちゃん。」
 
 地面に二つの魔法陣が出現。
 
 怪しく光る魔法陣に変化はないが、今までとは濃さが違う。
 二体の骸が十字架に貼り付けにされた状態で現れた。
 
 大きさは異なるがどちらも白骨化した人形(ひとがた)の骨のようだ。その骨の隙間からは、ウジが湧くように肉片が蠢き始めた。
 肉片が隅々にまで行き渡り、大きな筋繊維の布となって骸を包み込んでいく。
 
 人体模型のような無骨さから、徐々に人間味を取り戻していく。
 
 この世ならざるものが受肉する──。
 
 そうして、生物の定義を侵す二体の屍兵アンデッドが復活した。
 
 アルデンテは復活した屍に頼み事をする。
 
 「量産性を鑑みるに、この傀儡は全て人工召喚されたものに違いない。キミたちには、この傀儡を召喚し続ける人口召喚石の破壊を頼みたい。」
 
 長身細身の先程まで骸だった男が鷹のような目をアルデンテに向ける。
 
 「ヒヨコを退治するのに、それがしの力が必要だと?」
 「まあ、そう殺気立たないでよ。大量の人工召喚に精巧なジャミング術式、その二つを組み合わせる発想力と技術力と膨大な魔力。もし一人の人間がそれをやっているとすれば──」
 「要するに相応しき相手がいると。……であればその強者大鷲はどこにいる。」
 「ワシュウくんは本当に猛者にしか興味がないんだネ。出来ればボクはキミたちに命令したくない。召喚者は必ず近くにいるハズだからお願いするよ。でも、無理はしないでね。」
 
 優しく微笑みながら、アルデンテは言葉を重ねる。
 
 「ソギマチちゃん、ダメそうだったらワシュウくんを連れてすぐに逃げてほしい。キミたちは塵や芥(あくた)じゃない、ボクの代で失うのは困るからネ。……ソギマチちゃん?」
 「……ふ、…服ぅ……」
 
 魔法陣の上で蹲(うずくま)る少女は顔から火を噴きだしそうになりながらも、必死に服を要求している。
 なぜなら全裸だから。
 
 「あ、ごめんごめんっ」
 
 うっかりしていたとアルデンテは謝りつつもう一度指を這わせる。
 
 二つの魔法陣の外側に最低限の装備一式が出現し、のっぽで初老風の男と頭から獣耳の生えた少女は着替えに入る。
 
 その間にもアルデンテにはわざとらしいくらいの大きな隙があったのだが、リズニアはあえて狙わず体力を温存しておく選択支をとった。
 
 狙ったところで屍に阻まれると思ったのだろう。それに謎の二人組の実力が分からない以上、動かないのは正しい判断だと思える。
 
 おもちゃの兵隊さんの数は、二百を超えた。次々と徒歩でやってくる。
 
 やってくる先の方に召喚石があるのだろうか。
 
 「優先事項は人口召喚石の捜索と破壊でいいんでしょ。どんな人か分からないけど、強いなら容赦する必要もないね。 」
 
 少女は耳をピンと立て腰をそり、自信の有りようを見せつける。
 
 「それじゃ、頼んだよ。キミたちの無事を──我が王に祈ろう。」
 
 アルデンテの言葉に頷き返した二人が散開した。
 
 「それで、なんの話だっけ? ああ、小瓶割れちゃったんだよネ。」
 
 そう嘆くと空中に小さな魔法陣が出現し、ぽとりとアルデンテの手のひらに小瓶が落ちた。
 
 「時間が掛かるし、やっぱり趣向を変えよう。」
 
 そう言うと小瓶の中の液体を黒剣の刃にぶちまけた。
 
 紫色の液体がかかった黒剣からは蒸気が発生している。鼻を突く悪臭。
 強力な毒性を持った液体をかけたのだろう。
 
 「一発でアウトの緊張感、楽しんでみたくない?」
 
 男は冷や汗を流すリズニアを見て、あるいはこれから起きることを想像するかのように笑った。
 
 
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
 
 
 新たな時代の“始まり”の街、ユール。
 
 観光客も住民も、兵士や冒険者たちでさえも、全てが避難を終えもぬけの殻に思えたこの街に唯一、人影のある建物があった。
 
 〈お食事処レクム〉。
 
 そこの一階には、この街を様々な理由思惑から捨て置けない重役達が集まっていた。
 
 外から見えないように店は黒いカーテンで閉めきられており、店内はものすごく薄暗くなっていた。
 
 僅かな木漏れ日の中で、大勢の大人達が長テーブルについている。
 
 上座から下座まで誰一人とて顔が見えない。
 そんな大人達は最後の空席が埋まるのを今か今かと待ち侘びていた──。
 
 二階から鎧を纏った青年が降りてくる。
 
 「お待たせしました。」
 
 青年は空席に手を掛け座った。
 
 「全員揃ったようだな。それでは作戦会議を──ん? なんだねコーダイ君。」
 
 カーテンの隙間から射し込む一筋の光。
 
 その光に照らされ、唯一誰なのか分かる喜久嶺きくみね珖代こうだいが手を挙げて進行を止めた。
 
 「会議を始める前に、俺達二人から皆さんに大事な話があります。」
 
 今伝えるべき情報を珖代は語る。
 
 
 

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