異世界歩きはまだ早い

a little

第4話 時間稼ぎ

 ━━ 避難完了 一時間前 ━━
 
 
 
 ユールから方角を変えず真っ直ぐ来れる場所に、"枯れない森"は存在する。その森を越えて真っ直ぐ突き進むとイザナイダケの自生する巨大な峡谷が出現し、その谷に架かる吊り橋を渡ることで辿り着けるのがここ、名も無き大荒野。
 
 峡谷と森は寄り添い合うように延々と続いており、延長線上に大きな城が存在する。
 
 その城の近辺、峡谷を越えた大荒野に勇者の姿はあった────。
 
 
 
 「【黒点】ッ……はぁ……はぁ……はぁ……。」
 
 なぜその場所にいるのか。
 それには勇者としての決断が深く拘っていた────。
 
 十体の屍兵アンデッドにスケインとカクマルの遺体を奪われないよう気を配りながら、なおかつ街の侵入を阻止するには、戦う以外に方法が無かった。
 
 アンデッドを倒すには聖属性攻撃、又は魔力吸収武器が必須となるが、そのどちらも兼ねた聖剣を失ってしまった勇者は、自分の得意とする魔法と地形を利用する事で時間を稼ぐことを考え付いた。
 
 炎と闇の二種混成魔法【黒点】は一度着火すると五分は火が消えない。
 屍兵は生きているかの如く悶え苦しむ為、時間を稼ぐのには申し分なかった。しかし、何度も多用しているといつしか森にまで引火しかねない危険性があり移動はやむを得なかった。
 
 カクマルとスケインを一旦放置し、屍兵の注意を引き付けながら移動を開始。
 
 その途中、谷を利用することを考えついた勇者は、ユールのとはまた別の吊り橋を越え、タイミングを見計らい橋を切り落とした。それにより五体のアンデッドを奈落に落とすことに成功。
 
 そして、落ちずに乗り越えてきた屍兵を何度も焼き増ししながら安全に時間を稼ぐだけの作業に入っていた。
 
 「でも、このままだとジリ貧だな……。」
 
 魔力量の残量を鑑みるに、もってあと二十分。
 時間が迫る度に底知れぬ恐怖が募っていく。
 
 
 人は死ぬ。死ぬ時は死ぬ。敵であろうと仲間であろうと平等に死ぬ。
 
 
 ──それを知ってしまったが故に恐怖し焦燥する。
 
 
 時間を稼ぐ術はもう他にない。
 
 
 あとは助けを信じ待つ意外に逃げるしかない。
 
 
 
 ──残り十五分。
 
 
 
         流星を視た──。
 
 
 
 星など見えるはずもない、太陽が刻をきざむ丘に流星が流れる光景に目を疑った。
 
 純粋と狂気の入り混じる小さな星と、それを追随するもう一つの星。
 

 ──夢なんかじゃない、瞬く星は俺のスグ傍に降り注いだ。
 煙に巻かれたそれはゆっくりとこちらを向く。
 
 「なんだ、まだ生きてたんだネ。」
 
 狂気の星がニヤリと笑いかける。だがそれも一瞬で消え入り、冷めた顔をする。
 
 「目障り。今のお兄ちゃんに、用はない。」
 
 パチンッ
 
 指を鳴らす。
 
 「視界の外へ。」
 
 魔法陣と金色の糸が発生。
 数にして七箇所。
 
 右、左、前、後ろ、幾つもの陣は勇者を取り囲む。
 糸を伝って登ってきた骨達は地獄の門から顔を覗かせる。
 
 屍兵は次々と大地に降り立ち、苦悩と騒乱の世界が地上に再現されていく。
 
 勇者は悟った。自分は今、地獄の中心に居るのだと──。
 
 このままでは数秒も持たずに潰されてしまう。
 数による暴力。それが来る前にこの場から離れなければ。
 普通であればそう考え逃げる事を選ぶ。
 
 だが勇者はそれをしなかった。よしとしなかったのだ。
 
 そこはあえて魔法陣に飛び込む。そうして、円周上に出現した黒剣を強奪してみせたのだ。
 死の覚悟は持てずとも、戦う覚悟は持ち合わせていたが故の選択だ。
 
 状況は以前不利ではあるが、生存という名の細い糸を手繰り寄せる才能。逆境に立たされた際の冷静さは誰にも負けない。
 
 「全員……まとめてかかってこい。」
 
 肉体、精神、魔力。どれも万全とは程遠い状態。それでも奇跡的に大きな怪我はなかった。
 
 勇者は剣を中段に構え、黒点を準備し、襲い来る骨の剣士およそ二十を迎え撃つことにした。
 
 「これでやっとボク達が────」
 
 勇者が邪魔にならない位置まで移動したのを横目で確認した五賜卿グレイプ・アルデンテはそう言って目を丸くした。
 
 余所見したスキを星に突かれた。
 
 だがそのことに驚いた訳ではない。その星の剣戟が、予想を遥かに凌駕していたのだ。
 
 当たれば致命傷だった。それを防いだのは身を呈(てい)し守りに入った一体の屍兵だ。
 
 アルデンテが“攻撃を受けた”と認識した瞬間には砕けた骨の剣士が空中に舞っていた。
 
 「驚いた。それがキミの本気か。目で追えないかも、参ったなあ。」
 
 アルデンテがそれを言い終わる前に、リズニアは背後に回っていた。
 
 咄嗟、アルデンテは身体を一八〇度回転させ飛び避ける。
 
 だが、その動きを読んでいたリズニアの剣は迷いなく心臓に進む。
 
 触れる、そして突き刺す。抉るように。
 
 「あ、……ぐあっ、う……ふ……」
 
 溢れ出る血が剣を伝い、少女の腕に流れゆく。
 ゆっくりと清廉な服が血で染まる。
 
 勝負はあった──。誰から見てもそう思える状況。
 
 引きつった顔のアルデンテが一瞬、表情を緩めた。
 
 「……すごいネ。これも────」
 
 言葉を遮るようにリズニアはもう一つの剣で心臓の逆位置を貫いた。
 
 内臓逆位(臓器の位置が全て逆であること)。その可能性を潰したかったのか、二箇所同時に抉る。
 
 ニヤリと笑う口の端から、アルデンテは血を流す。
 
 その笑みに警戒したリズニアは瞬時に判断し剣を引き抜いた。一歩引き下がり、自分の剣先が届くギリギリの位置へ移動する。
 
 「ゴメンだけど、ボクは殺せないよ。」
 
 何をするでもなく自慢げにアルデンテは言う。何も来ないならばとリズニアは聞く耳を持たずに踏み込み、容赦なく袈裟斬りをする。
 アルデンテの左肩から右腕を含めた上半身が斜めにずり落ちる。
 
 下半身の切り口からは血がドロドロと溢れ、やがて上半身を追うようにして倒れていった。
 
 剣の血をひと振りで払ったリズニアは、剣先を地面に向けユールへと踵を返した。
 
 「──世の中には、簡単には殺せない種族がいる。ちょうどボクのように。」
 
 何事も無かったかのようにアルデンテは立ち上がり愉しそうに笑う。
 切り口が煙をあげながら修復されていく。
 
 リズニアは顔だけを後ろに向け、修復の速さをその目で捉えた。
 
 退屈、達観、あるいは孤独。そのどれでも無いものが少女の目に宿っている。
 
 「ボクが生きているのはネクロマンサーだからって訳じゃない。ボクは妖狐(ようこ)族の一人。見た目が幼いままの代わりに、寿命や病気以外で死ぬことがない一族なんだ。通常のネクロマンサーは自分が死ぬと全てが終わりだけど、ボクは殺されないから終わらない。だからボクは『屍の卿』になれた。いや、選ばれた。兵も長も不死身なら誰にも負けないからね。」
 
 アルデンテは嘘を盛り込んだ。
 妖狐族を倒す方法なら存在する。
 そしてリズニアもそれを知っている。
 
 ただ、今の女神にはそれを実行する手段がない。その為か指摘する事もしない。
 
 ただ時間が過ぎるのを待つように、顔だけを向け続ける。
 
 「はあ、何も言ってくれないんだね。」
 
 アルデンテは笑顔のままに吐露した。
 
 「よし、決めたよ。キミの剣はどの型にも流派にも当て嵌らないが思ったより無駄が少なく合理的だ。是非、ボクの剣の師匠になってもらいたい。キミを殺したあと、特殊個体として肉体は残しておいてあげるよ。どうかな?」
 
 リズニアは答えない。
 アルデンテは殺したあとを前提として話を展開している。
 そんな未来は来ない。だから答える必要がない。
 
 「まあ、返事は殺してから聞くよ。」
 
 殺気を漏らすネクロマンサー。
 しかし、先手に出たのは女神だった。
 
 リズニアによって繰り出される目にも留まらぬ斬撃の数々。

 その斬撃にアルデンテが一人で対処できるはずも無く、骨の剣士が三体加勢に入る。
 
 連撃内訳はこうだ。

 まず、低い姿勢で互いの間合いから更に半歩踏み込み切り上げる一撃。それにより相手の体勢を崩し防御手段を減らし、行動を限定させる。

 次に、敵の剣目掛けて振り下ろす一撃。直接剣を狙い弾き、完全な隙を作る。こうして、加勢に入った屍兵はただの置物になる。

 そして最後。この時の為に紡がれた一瞬の隙を突く大振りの薙ぎ払い。


 ここまで全て上手くいった。


 全力で薙ぎ払われた一撃を諸にくらえば、アルデンテは骨の剣士達と後方へ吹き飛ぶであろう。

 リズニアはそう踏んでいたが、残心する間もない反撃が襲い来る。

 剣先が地面をなぞりながらリズニアに迫り来た。が、リズニアは表情一つ変えること無く、柄と刀身の間でネクロマンサーの反撃を受け止めてみせる。

 しかし、その行動を読んでいたかのようにリズニアの技は利用され、そのまま身体を天高く打ち上げられるカタチとなった。

 だが、空中に弾き飛ばされることになったのは何もかもアルデンテに技を利用された所為、という訳でもない。
 受け止めた反撃の想定外な重さ。
 身体にかかるその負担を体の外へ逃がす為に、少女は空中へ放り投げ出されることをわざと許容したのだ。

 空中で無防備になっているリズニアに追従をはかるのは、二人と三体の剣戟をただ見ていた六体の骨の剣士達。

 六体は一斉に跳躍し、追撃にかかる。

 逃げ場のない空に誘い込まれた。
 
 だというのに彼女は空中へ飛んできた骨達には目もくれず、ネクロマンサーをじっと見下ろしている。
その目は、その表情は、戦い始めた時から一切変わらない。

そのまま、飛んでいるハエを払うが如く、リズニアは骨の剣士達をバラバラに切り刻んだ。

 ──地面に着地する頃には、後を追うように骨の残骸だけが降り落ちる。

 彼女は今まで闘ったことのないタイプの敵を前にしても、畏怖することも歓喜することもない。戦いに感情は不要とばかりに置いてきている様に見えた。

 大地に降り立ったリズニアは、一度も息を乱すこと無くネクロマンサーを注視する。
 
 ネクロマンサーの動きが先程とはまるで違う。戦いを楽しむスタンスから確実に殺そうとするスタンスに変わったからだろうか。
 
 無意識に警戒心が高まり、慎重になる。互いの間合いには程遠い距離がある。
 故に、リズニアは出方を伺ってしまった。
 
 
 足元の違和感に気づくのが遅れる。
 
 
 地面から骨の手が現れ、両足首を掴まれる。
 もがいて抜け出そうとするも、足にまとわりつく手の数は増えていくばかり。
 
 抜け出すのは諦め、もう一度ネクロマンサーを注視する。
 
 リズニアの目に飛び込んできたのは、少年では無く投擲された黒剣。
 
 骨の手達は足止め以上に、黒剣を投げるスキを作る為の陽動の役割を果たしていたのだ。
 
 脳天に向かって真っ直ぐ飛来してくる黒剣。
 リズニアは持ち前の運動神経と反射神経をフルに使い躱(かわ)す。
 
 ギリギリの所で髪留めを掠(かす)め、白金色の長髪が太陽の下に花開き元気に跳ねた。
 
 安心したのも束の間、リズニアの後ろには投擲された黒剣を受け取った屍兵が存在した。
 
 投擲の威力を損なわないようにアンデッドは遠心力を利用しながら、横薙ぎの攻撃をする。
 
 足元を固定されていた彼女は大きく腰を剃ることで強引に躱した。
 
 そして、躱し方が良かったのか跳躍落下中のアルデンテと目が合った。
 
 アルデンテは自由落下を威力に乗せ、黒剣を振り下ろす。
 
 そこにリズニアが剣を合わせ、巨大な衝撃波を生んだ。
 
 カクマルの剣にヒビが入る。
 衝撃は地面を伝わり、骨の剣士は吹き飛びアンデッドの手は砕かれる。
 
 不敵に笑うアルデンテは空いている左手をリズニアに翳(かざ)した。
 
 「第三拘束術【離明日りあす】」
 
 自由になったリズニアにまたしても拘束がかかる。
 
 光加減によっては茶色から紫のグラデーションを見せるベルトの様なものがリズニアの身体に幾つも巻き付いていく。
 一瞬にして顔以外が見えなくなるほどに。
 
 「ふぅ、やっと捕まえた。浸食型拘束なら放置しておけるのだけどー、これは普通の拘束術だしトドメと行こうか。」
 
 アルデンテは一度十分な距離を取ると、黒剣を新たな得物と入れ替え、トドメを刺す準備を進める。
 
 「心臓を穿とうか。」
 
 なるべく肉体を傷つけない為に心臓を仕留めるつもりらしい。
 
 十分に距離を取ったアルデンテは手にした黒剣を助走をつけて思い切り投げた。
 
 身動きの取れない少女の顔ギリギリを黒剣は通過する。
 
 風を切る音が右耳に響く。
 
 リズニアの表情はそれでも変わらない。拘束ベルトはゆっくりと口元まで来ている。
 
 「ゴメンゴメン。次はしっかり当てるよ。」
 
 屍兵は跪き黒剣を託す。
 アルデンテはリズニアの方を見ながら笑顔で剣を受け取ると、助走を付け今度こそ心臓を狙う。
 
 黒剣は風の抵抗をものともせず突き進む。
 目標は心臓。
 ただ、┠ 投擲補正 ┨や┠ 命中 ┨といったスキルを持たない五賜卿の剣は、狙い通りとまではいかない。
 多少の誤差はあれど、その黒剣は間違いなくリズニアに届く。
 
 拘束ベルトは鼻までを覆い始める。
 
 少女の鋭い目は向かって来る黒剣から決して離れない。
 
 
 
 そして────、
 
 
 
 「はっ……え、嘘でしょう?」
 
 
 黒剣が刺さる直前、拘束から放たれた・・・・・・・・女神はいとも容易くそれを弾いてみせた。
 
 ベルトは勢い良くちぎれバラバラに散っている。
 
 ──理由は簡単だ。
 
 「レベル80以下を拘束する離明日をこうもあっさり破るってことは、キミのレベルはもしかして、100を超えてたりする……?」
 
 元女神リズニアの現在のレベルは217。その拘束には何の力も働かなかったのだ。
 
 アルデンテは壊れたように笑いだす。
 
 「はははははははははは!!! 益々欲しくなっちゃったっ! キミも人外だったんだね? 分かるよ、その辛さ、孤独さ、淋しさ。おいで……ボクはキミを裏切ったりしない。同じ人外同士仲良くなろうよ。」
 
 人間の限界はレベル99。それを超える者は既に人間を捨てた者、つまり人外となる。
 
 人の身でないリズニアは人外と呼ぶに相応しい存在だった。 
 
 「少し、テストをしようか。キミの実力を測る面白いテストだよ。」
 
 アルデンテは指を鳴らした。
 
 「同時に何体まで、耐えられるかな?」
 
 気づけば、三十体を超えるアンデッドがリズニアを取り囲んでいた。
 
 ボロボロの二剣を持つ少女はゆっくりと息を吐くと、目に力を入れた。
 
 
 

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