異世界歩きはまだ早い

a little

第14話 二度目の死

 俺とリズニアとカクマルは荒野に似つかわしくない森の中を歩いていた。
 
 魔王の幹部が住んでいたとされる城で『勇者』水戸洸たろうは俺を待っているという。
 
 あいつの目的がハッキリしない以上、気を引き締めて掛からないといけない。
 
 「カクマル、一つ謝らなきゃいけないことがある。この前の俺は冷静じゃなかった。自分でも分からない感情の波に流されて、お前の事を考えず傷つけるようなことを言った。スキル勝負ではあんたに勝てたがそれも反則みたいな勝ち方だった。謝らせてくれ。」
 「気にするな。」
 
 気にしない方が無理だ。一度立ち止まり、カクマルに頭を下げる。
 
 「あんな勝ち方じゃ俺が納得出来ないんだ。だから、ごめん。」
 「アナタの師匠から事情は聞いている。あの土壇場で派生スキルを覚えたのだろう? 寧ろ、誇るべきことだ。」
 「カクマルぅ……。」
 
 何を言われても受け止める気でいただけに、それがお世辞であっても心に響いた。
 
 「それに、あの時聞かされた言葉は胸の内によく響いた。俺はいつからか勇者に見合う仲間を探す事ばかりに囚われて、自分がどうしたいのか、どうして洸たろうと旅をしてるのかを忘れ欠けていた。それを思い出せてくれたのは喜久嶺珖代、他でもないアナタだ。だから謝ることなど一つとしてありはしない。俺から伝えたいのは感謝だ。ありがとう。」
 「カクマルぅ……!」
 「それと、『諦めろ』と述べたことは謝らせて欲しい。良い師と仲間達に恵まれたな。アナタなら、まだまだ強くなれる。」
 「カクマルぅ……!!」
 
 どれだけ良い奴なのだろう。
 
 あまりの嬉しさに差し出された手をぐっと両手で掴み、強く強く握手を交わした。
 
 この男の笑みを見るのは初めてな気がするが、ひどく心地よい安心感がある。
 
 「あのー、せめて歩きながらしてもらっていいです?」
 
 リズの冷静なツッコミで自分達の目的がなんだったのか思い出した。
 
 
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
 
 
 森から直接入れる城の正門の前には、騎士スケインの姿があった。どうやら門前の見張りを担当しているらしい。
 
 ピタちゃんとトメスティックなんとかさんは何も知らずに街へ出ているという。つまり城の中にいるのは勇者ただ一人。
 
 「ここから先は喜久嶺殿お一人でお願いいたします。我々も入ることは許されておりませんので。」
 「迷わず玉座の間へ向え。洸たろうはそこで待っている。」
 「わかった。」
 
 俺は一騎討ちのつもりで来ているのでその辺は覚悟している。完全に二人きりの空間でも気持ちに変わりはない。
 
 「リズはどうする。」
 「この辺ぶらぶら散歩して、適当に時間潰してますです。城の外観とか見て周ります。」
 「そう、ちゃんと戻ってこいよ。」
 「それはこっちのセリフです。」
 
 リズニアとはこのくらい軽いやり取りの方がかえって落ち着く。力を入れ過ぎなくて済むのだ。
 
 改めて気持ちを叩き込んで歩みを進める。
 
 いざ城へ──というタイミングで後ろから声が飛んできた。
 
 カクマルの声だ。
 
 「喜久嶺珖代、アナタが生きて帰ってこれたその時には┠ 威圧 ┨と┠ 石化 ┨どちらが本当に強いのか、納得がいくような決着を着けよう。」
 「カクマルぅ……。」
 
 納得がいかないなら、いくように決着をつければいいじゃない。おそらくそう言いたいのだこの男は。
 
 話せば話すほど、その聖人ぷりが伺えて、大きな身体がより大きく見えてきた。
 
 「勿論だ。次は正々堂々、しっかり目を見てあんたを止めてやる。だから、──覚悟しろよ。」
 「ああ、次は負けない。」
 
 最後にもう一度だけ握手を交わす。
 
 「なに清々しい顔でフラグ立ててるんですか!」
 
 カクマルの想いに水を差す奴は放っておいて、とりあえず入城することとしよう。
 
 
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
 
 
 相変わらず広くボロく、豪快に廃れた城を歩きながら目的の場所へ向かう。
 途中、地面に穴が空いていたり、壁に人が埋まった跡が残っていたりしていたが、あっという間に玉座の間に到着した。
 
 抜き身の聖剣を持った勇者の姿が俺の目に映る。
 
 「一人で来てくれたようで安心しました。」
 「一応、外には女神さんがいるけどな。」
 「ここに居なければ問題はありません。僕の目的はただ一つですから。」
 
 時刻はもうすぐお昼。
 正直お腹も空いてきたし、┠ 威圧 ┨でちゃっちゃと終わらせてしまおうか。
 
 とりあえずオノを手に持ってはみるが、交えることも無く終わるだろう。
 
 相手は格上中の格上。手加減する必要は一切ないのだから──。
 
 「喜久嶺珖代さん。」
 
 勇者が近づいてくる。
 
 剣が届くか届かないかという距離。
 
 
 今しかない。
 
 
 ────いあッ……
 
 
 突然音もなく勇者の姿が消えた。
 

 どこに……?
 
 
 違う、屈んで目線を落としたのだ。
 
 
 目を合わせるつもりがないようだ。
 なら、今こそ威圧派生«周囲»を使わせてもらおう。
 

 任意の発動はまだ試した事がないが、やってみるしか──。
 


 「すいませんでしたぁーーー!!!」
 
 
 
 ────────。
 
 ──────。
 
 ────え?
 
 
 
 勇者が繰り出したのはあまりにもダイナミックで、きっちりと両手の指を重ね合わせる完璧な土下座の形だった。
 
 放り投げられた聖剣が俺の足元に転がる。
 
 「いや、おい、急にどうしたんだよ。」
 「全ては僕の責任です! 申し訳ありませんでしたぁぁ!!」
 「待て待て、とりあえずやめてくれ! お前が土下座してるところ他のやつが見たら……まさか、最初からこうするつもりだったのか?」
 
 なぜ二人きりなのか。その理由が謝る為──なんて事がある訳ないよな?
 
 「あんな女神悪魔を助ける為に僕はあなたを死なせてしまったんです! だから謝らせて欲しいんですっ!」
 
 勇者がリズニアを助けた案件といえば、俺がこの異世界にやって来ることにもなった、あのトラック事故のことに他ならない。
 
 「薫さんからあの事故の事を聞いたんだな。」
 「ええ、でも喜久嶺さんに謝ろうと思っていたのはそれよりも少し前からです。」
 「前?」
 「初めてあった時から既視感はありましたが、ギヒアードの討伐クエストで一緒に協力してもらったときから怪しく思っていて、女神と関わりがあると分かってからは、あなたがあの時のトラック運転手であることを確信しました。」
 「顔を覚えていたのか?」
 
 トラックで衝突しそうになったほんの一瞬、あの一瞬だけ青年と目が合ったのは覚えている。ただ俺の場合、顔までは覚えていない。
 あの一瞬を、勇者は覚えていたと……?
 
 「僕がめがっ……リズニアをトラックから庇ったとき、偶然目に飛び込んできた頬に十字キズを持った運転手の姿と、"転生の間"から異世界へ移行する直前に見た、男の後ろ姿があなたと一致したんです。」
 
 なるほど。顔立ちではなくキズあとや後ろ姿で俺だと気付いてくれたようだ。
 
 「僕があの女を助けようとした所為で、喜久嶺さんまで死なせてしまった。間接的にとはいえ、僕はあの事故の加害者も同然です。どうにかあなたにも謝りたかったんですが、あの悪魔が邪魔でしたので……。」
 「だから一人で来るように言ったのか。」
 「そういうわけです。」
 
 勇者はまだリズを許していないようだ。そんな相手に土下座をみせるのも嫌だったのだろう。
 ひょっとすると、自分の仲間にも見せたくなかったのかもしれない。
 
 あの事故の責任を感じていたから、薫さんの話を聞いて折り合いをつけてくれたのだろう。きっと薫さんやかなみちゃんにも同じように謝ったに違いない。
 
 「とりあえず頭を上げてくれ、俺はお前のせいだなんて思ってないからさ。な?」
 
 落ちている聖剣を拾い上げて勇者の肩を叩く。
 
 この聖剣、見た目の華やかさと大きさに比べて結構軽い。それに、なんだか心地良い気分になる。持ち続けていても全く腕が疲れる気がしない。
 不思議なものだ。
 
 
 「────キミたちはなにしてんノ?」
 
 
 その声は俺たちとは全く別の方向、他の誰かから発せられたもの。
 
 「この城が誰のものか分かってるかい?」
 
 階段を上がってくる。
 
 居るハズのない誰かが────いる。
 
 「誰だ!」
 「誰って、それはこっちのセリフだよぉ。」
 
 聞き覚えのない声。嫌な寒気と妙な緊張感が場を支配する。
 勇者も同じものを感じ取ったようで立ち上がった。
 
 現れたのは金髪ショートヘアーの少年。ハーフパンツ姿の何処にでもいそうな普通の少年だ。
 
 「失礼ですが、どうやって城に入ってきたんでしょうか……?」
 「どうやってって、門から入る・・・・・に決まってるじゃん。」
 
 どこか、楽しそうに話す少年に勇者は冷静に問いただす。
 
 「門には僕の仲間が居たと思うんですが。」
 「あー、あれ。殺したよ。」
 
 空気が変わった。
 
 足元に鋭い針を落とされたような、思わず引いてしまいそうな感覚に襲われる。
 
 「喜久嶺さん迂闊に動いちゃダメだ。奴はおそらく、……魔王の幹部です。」
 「か、幹部? どうしてこんな場所に。」
 
 冷静に見えた勇者の顔には汗が伝っている。
 
 「魔王? あーウチの王のことね、把握。ここはボクの城だよ? まっ、帰ってくるのは二十年ぶりくらいになるけどもね。」
 
 少年の調子は最初に戻ったが、ピリついた空気感は依然としてピリついたままだ。
 
 殺したというのは本当だろうか。門にはカクマルや、スケインが居たハズ。それに戻っていれば、リズニアも……。
 
 「単独で行動するところを見ると、奴はおそらく七奠鬼しちてんきです。番台が六番以下なら僕でも倒せます。」
 
 勇者は声を潜め、俺にだけ聞こえるようにそう話した。
 
 「確認したほうがいいかもしれないな。」
 
 今度は俺が少年に問いただす。
 
 「おい! お前、魔王幹部の七奠鬼で間違いないか?」
 「あっはははは。七奠鬼? どっちかと言うと彼らは愧(ぎ)だ。七奠愧《ぎ》。管理者の六座頭や、補佐官の四扇司しせんしに間違われるならともかく、忠誠心の欠けらもない七奠の連中に間違われるのだけは心外でならないよ。」
 
 わかりやすく殺気を放つ。
 
 凍てつくような殺気でも来ると分かって身構えていればどうにか耐えられる。何も出来ないのは変わらないが……。
 
 「違うみたいだぞ勇者。」
 「ええ、六座でも無いようですね……。」
 「いけそうか?」
 「僕には剣を教えてくれる師匠がいるのですが、五番台以上との戦いだけはまだお前には早いと言われています。」
 
 あれだけ強かった勇者に師匠が居たとこも驚きだが、それでも勝てないと言われていることに目を丸くした。
 
 「喜久嶺さん、それでも時間を稼ぐくらいなら僕にも出来ます。どうかその間に逃げてください。」
 「時間稼ぎなら寧ろ、俺に任せてくれ。時間を稼ぐのにはおあつらい向きのスキルがある。お前も知ってるだろ。だからお前が逃げてくれ。」
 「……お願いです。僕が喜久嶺さんに掛けてきた迷惑を、街の人々に掛けてきた被害を、ここで償わせてください。」
 「お前……」
 
 その目には覚悟があった。この場所に残れば死ぬことがわかっている目だ。
 そして、逃げる側にも大事な役目があることを教えてくれる目でもある。
 
 ただ逃げるんじゃない。
 逃げたあとはリズニア達の生存確認や、救援、街への報告、民間人の避難の手伝いなど、最悪やらなければならないことが幾らでもある。
 
 
 ──だからこそ、その役目は逆であるべきだ。
 
 
 世界の命運を握る男をこんなところで死なせてはいけない。
 
 「俺が止める。なんとしてでも止めてやる。だからお前が行け勇者。仲間の安否を知りたくはないのか?」
 「僕にその資格は……」
 「ねぇ? お話中みたいで悪いんだけどさあ、ひとつイイ?」
 
 俺たちの会話を遮るようにして少年は続ける。
 
 「ゴージャスな鎧を着込んだおにぃちゃんと、そっちのいかにもな大剣持ったキミ、どっちがボクの敵なのかナ?」
 
 少年は首を傾げて聞いている。
 
 答えは簡単。
 悩む必要も無いほどの愚問。
 
 
 「「俺だッッ!!」」
 「そう。」
 
 
 少年は楽しそうに口の両端を吊り上げた。
 
 「ボクは五賜卿ごしきょう最弱の男、グレェェェイプ・アルッデンッテッ────!!!」
 
 赤く光る魔法陣が展開され、地面から剣を構えた骸が現れた。
 
 骸は少年の前に跪くとその手に持った真っ黒な剣を少年に捧げた。
 
 酷く、恐怖を煽る剣だ。
 
 その剣を持って少年は言う。
 
 「キミたちは、歯ごたえのある敵かナ?」
 

 確信した。正門の前にいたカクマルやスケインはおそらくもう────終わっていると。
 
 

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