第八話 勇者からの挑戦状

　「ただいまー。」
　「おかえり、珖代。」
　「おかえりなさいです。」
　
　家につくとかなみちゃんと薫さんとリズが、何やらテーブルを囲んでいた。お昼にはまだ早いハズだが……。
　
　「おかえりなさい、珖代さん。」
　「薫さん、みんなで何してるんですか？」
　「これを見てください。」
　
　三人は手紙のようなものを見ていた。
　
　「手紙、ですか？」
　「とにかく読んでみてよ！」
　「うん。」
　
　かなみちゃんに急かされるように手紙を読む。
　『女神リズニア。アナタを城にて待つ』
　手紙にはそう書かれていた。
　それも読み慣れた日本語文・・・・で。
　
　「この手紙はどこから？」
　「カナミンの話だとセバスちゃんが玄関前で拾ったんだそうです。」
　
　目を合わせるとセバスさんが一鳴き吠えた。どうやらその通りらしい。
　
　「珖代さん、この手紙の差出人はあの人でしょうか。」
　「ええ。このタイミングでこんな手紙を送ってくるヤツは、一人しかいませんよ。」
　
　要件以外には差出人も住所も書かれていない手紙ではあるが、日本語で書かれた手紙を送れる者は限られてくる。
　ここにいるメンバーを除けば、中島さんと勇者と黒幕くらいしかいないだろう。
　中島さんは手紙なんか送らなくとも連絡は取り合えるし、黒幕の奴は手紙なんて手法は使わずに直接会いに来そうだから違う。師匠は話せるが書くことは出来ない筈なのでこれは勇者、水戸洸たろうからの手紙で間違いないだろう。
　
　「手紙を置きに来たってことは、ここに住んでることもバレちゃってるね。」
　「そうかもね。」
　
　かなみちゃんの言う通りだ。玄関前でセバスさんが拾ったということはすぐそこまで来ていた可能性がある。
　どうにかして居場所を突き止めたのだろう。
　
　「ニセの情報を流していた筈なのに、どうして私が住んでるって分かったんですかね？」
　「さあ。分からないけど、情報が漏れないように完全にフタをするのは最初から無理だったし、どこかでバレてもおかしくはなかったな。」
　
　勇者達はどこまで知っているのだろうか。それも気になる。
　
　「こんな風にわざわざ場所を記すということは、向こうからの挑戦状ということでしょう。いよいよ面白くなってきましたね……。」
　
　なにかのスイッチが入った薫さんからタイマンがどうとかブツブツ聴こえてくる。
　
　「それなら望むところですよ！ 強くなった私の力を、思う存分っ、思い知らせてやりますよぉ！」
　
　リズは壁に立て掛けてあった二本の長剣を腰に携えると、意気揚々に家を出ようとする。
　
　「待て、リズ！」
　「なんでですか！」
　「この手紙にはお前一人で来いとは書いてない……それと、みんなに話しておきたいことがあるので聞いてもらってもいいですか。」
　
　俺は勇者に対して不満を募らせている住民達に、勇者を差し出さねばならない事をその場にいた全員に話した。
　それと、勇者がこの世界でどれだけ役割の大きな存在なのかと言うことも付け加えて話した。
　
　「──こうたろうも、闇に堕ちましたか。」
　「いや、アイツに悪気があったかどうかは定かではない。それよりも今は、この問題を早く解決しなきゃならないってことが重要だ。勇者の助けを今も待ち望んでいる人がいるかもしれないのに、街に留まらせる訳にいかない。このまま放っておけば、人類にとって大きな損失にすらなりかねない。」
　「それって結局のところ、私がこうたろうをボッコボコにして、怒れる市民の皆さんに差し出せばいいって話ですよね？」
　「まあ、その通りだが、俺達にも勇者を止める理由が出来たってことだ。それに、一人で五人を相手にするのはいくらお前でも厳しいだろう？ だから俺も行くよ。」
　「一刻も早く勇者の眼を醒させる必要があるのなら、私も行きましょう！」
　
　話を聞いていた薫さんがイスから立ち上がり言った。目を輝かせて、久々にやる気みたいだ。
　
　「カオリンも闘う気ですか！？ 自分からは、何も出来ないスキルしか持ってないのに？！」
　「気が変わりました。リズニアを勇者に差し出しましょう。その方が世界の為になりそうです。」
　
　いつも通りのリズの素煽りに、いつも通りの素毒舌で返す薫さん。
　
　だというのに何か、違和感が俺の中でつっかえた。
　
　「薫さん、今、リズニアって……。」
　
　そうだ、薫さんのリズの呼び方がクズニアからリズニアに変わっている……！
　
　「そうなんです！ 気付いちゃいましたか？」
　「でも、どうして急に？」
　
　何故かリズのテンションが高い。理由を知っているのだろうか。
　
　「もしも、修行中に薫さんに一打撃でも与えることが出来たら、今後名前で呼んでもらうという賭けをしていたんです。もちろんっ、その賭けは私が勝ったんですっ！」
　
　リズはふんぞり返って鼻を鳴らした。
　
　「それってつまり、薫さんの┠ 自動反撃 オートカウンター┨を破ったってことかぁ！？」
　
　何より驚くべきなのはそこだ。薫さんのオートカウンターは物理攻撃も魔法攻撃も関係無く、相手に跳ね返してしまう恐ろしいスキルだったハズだ。
　それを破ったという状況が俺には想像もつかない。
　
　「圧倒的な手数と不規則な戦術にやられて、スキルだけでは追いつきませんでした。おかげで手堅い一発を食らいましたが、スキルに頼り切りではいけないのだと深く反省するいい機会になりました。」
　「カオリンは最後の方、音速域の剣すら見切れるようになってましたから、反射神経と動体視力はとんでもないモノになってますよ。もしかしたら、私より成長を遂げているかもです。」
　「非常に不本意ではありますが、これからはクズニアさんのことはリズニアと呼んでいきます。不本意ですが。」
　「あとはセバスちゃんだけですね。私のことを名前で読んでくれるその日まで、逃がしませんからね。」
　
　リズがセバスさんを見て悪い笑顔を浮かべた。セバスさんは元は人間のセントバーナードだ。人間の頃なら分かるが、今のセバスさんにどうやって言わせるつもりなのか。
　
　立ちながら話していた薫さんがおもむろに自身の部屋に向かった。
　
　「最終決戦タイマン勝負に向けて、準備をしてきます。」
　「かなみちゃんはどうする？」
　「もちろんみんなが行くならかなみも行きたい！」
　「そっか。なら早速準備して皆で向かおうか。」
　
　セバスさん以外のみんなが城に向かう意志を見せたところで、準備もそこそこに俺達は城へ向かった。
　
　
　
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　---別視点---
　
　
　
　地平線まで続く荒野を見渡せる位置に、大きな城があった。
　
　かつて、魔王幹部が住んでいたとされるその城の周辺には、通常よりも濃く不安定な魔素が流れている。
　
　自然界に溢れる魔素の流れが滞ると、人は体調を崩しやすくなり様々な精神異常状態にかかりやすくなってしまう。特に、魔力の低い人間にはその傾向が表れやすい。その為、城が放棄されたあとも誰一人として寄り付こうとはせず、そこは廃墟と化していた。
　
　そんな城の中枢にある玉座にて、浅めに座り苛立ちを露わにする男の姿があった。
　
　「洸たろう、キミには一人の女神を追うよりも、大切な『勇者』としての使命があるはずだ。よく考えて欲しい。」
　
　足を小刻みに揺らす男に色黒の大男はそう言った。
　
　「そんな事は分かってます。角丸(カクマル)さんは、わざわざそんな事を言うために持ち場を離れて来たんですか。」
　「であれば洸たろう殿、その理由をお聞かせ願いたい。」
　
　『勇者』水戸洸たろうと『石化』角丸(カクマル)の話し合いに『騎士』スケインが割り込んできた。
　
　「こうまでして粘る理由を聞かせてもらわなければ、現状を納得しかねます。私も、カクマルも。」
　「前にも話した通りですよ。女神リズニアは危険な存在の一人です。勇者としても、一人の人間としても、このままにはしておけない。魔王の幹部である事が確定的なら倒します。」
　
　勇者にはリズニアに対して多少なりとも復讐心があった。
　自らの善意を利用され殺され、訳も分からないままに勇者として異世界に強制転生させられるという暴挙。
　さらには転生にあたっての犠牲者が大勢出ていた事実をあとから知った。負の感情を抱くには十分な理由だ。
　しかし、個人的な復讐だけで動いているのでは無く、次なる犠牲者が出ることの無いようにしたいという気持ちを勇者は持っていた。
　
　「女神リズニアが、魔王の幹部で無かった場合はどうするつもりだ。」
　
　あの女神が魔王の幹部だという根拠は勇者には無い。あくまで憶測。
　
　「その場で説得して仲間に引き入れるつもりです。女神は他種族と違ってレベルに上限がないと聞きますし、強いことには間違いないですからね。」
　「それがダメだったときはどうする。」
　「出来ることなら女性を手にかけたくはないですが、その時は……本来の目的を果たすまでです。」
　
　仲間にならなければ殺す。それが世界の為になる選択だと信じて、勇者は言い切ってみせた。
　角丸による確認で勇者の覚悟は今、決まった。
　
　「どちらに転んでも問題はない。……ということですか。」
　
　二人の話を聞いていたスケインはそう納得した。
　
　「であれば洸たろう殿、その女が魔に連なる者であるかどうかは、いかように調べるおつもりで。」
　「僕の予想だと彼女が魔王の幹部である可能性は無いと思います。」

　スケインは目を大きくした。
　部下だ何だと今まで話していたのは何だったのだろうか。

　「と、いいますと？」
　「街で女神の討伐をほのめかしたのも、あなた方に口上をお願いして、街の人達に土下座させたのも、全ては単なるパフォーマンスです。街中に勇者の存在を広め、僕がこの街にいるという事実を女神リズニアの耳に届けるためのね。そのうち、向こうから現れると思って待ってはみたんですが、そこまで上手くは行きませんでしたけどね。彼女がすぐに姿を現してくれていれば、色々と迷惑準備をかける必要もなかったんですがね。」

　その言葉に対しては二人とも差程驚いてはいなかった。角丸もスケインも、勇者が故意に迷惑行為を行っていることに薄々勘づいていたからだ。
　片っ端から依頼を受けてくるよう、指示されていた角丸は勿論、街で起こした問題行為のほとんどは勇者の指示のもと、二人が行ってきたものだからだ。

　「もしかして、関係ない人達に迷惑をかけたことを怒っているんですか？ 悪いですが僕は、あの悪魔女神がしたように、手段は選ばないことに決めたんです。世界を救う為には、勇者に釣り合うだけの強い仲間だけが必要ですから。」

　──勇者はこう思っていた。
　選りすぐりの仲間を手に入れる為なら、俺はなんだって利用してやる。女神が俺を利用したように、俺も女神を利用してやると。

　そのどこか歪にも思える考え方が、勇者にとっての復讐の形にもなっていた。

　「来るのか、女神は。」
　「正義心が欠片でもあれば、彼女は街の人達の為に立ち上がりますよ。僕を咎める為に、確実に。」

　勇者はうっすらと微笑んだ。

　「もうすぐこちらに到着する頃合いだと思います。ですからお二人は門の番に戻ってください。」
　「分かった。」
　「承知しました。」
　
　騎士と大男は踵を返す。と、勇者は何かを思い立ったように角丸の背中に声をなげた。
　
　「いや、待ってください。やっぱりスケインさんはこの場で待機で。門番は角丸さんだけにお願いします。」
　「左様ですか。カクマル、大丈夫か。」
　「問題はない。」
　「それと角丸さん、一つお願いがあります。」
　
　角丸は半身だけを勇者に向けた。
　
　「彼女以外で自分より強いと思う人間に出くわした場合、迷わず通してあげてください。僕達が実力を確かめた上で、仲間に相応しいかチェックしておきたいので。お願いしますね。」
　
　勇者は玉座に立てかけてある聖剣を指でなぞりながらそう言った。
　
　「……あの男のことか。」
　
　角丸の予想外の返答に、勇者は一度考え込むとその人物を思い出しクスリと笑った。
　
　「あー、ないですよ、ないない。確かに┠ 威圧 ┨は面白いスキルだとは思いましたが、凡百すぎる彼のステータスでは努力してもせいぜい、騎士一歩手前止まりです。彼はアナタにすら勝てませんよ。しかしカクマルさんが冗談を言うなんて珍しいですね。」
　「冗談のつもりではないのだが。」
　「とにかく、お願いしましたよ。カクマルさんの人を見る目だけは・・・信用していますから。」
　
　玉座のホコリを落としながら、勇者は楽しそうに笑った。
　大男は返事をすると一人、城門へ向かった。
　
　
　
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　---珖代視点---
　
　
　
　荒野の荒れ果てた大地に根を下ろした木々の密集地帯、枯れない森。
　
　大きな峡谷の片側面、直線十五キロほど続いているというこの森には、きのこ狩りポイントから城にある隠された正門までを結ぶ直線ライン上に存在する。
　
　勇者が城にいると聞いた時から同じ森にある、イザナイダケ収穫所が無事であるのかどうか気になっていたが、道中で無事だったことは確認できた。
　
　あの城にはまだ魔族の残党が残っているという噂が街には流れている。また、魔素の流れがどうとかで、城に近づくだけで体調を悪くする人がいるらしい。一般人が寄り付かない場所としては最適な場所だと言える。
　
　俺や薫さんのような、魔力の低いもしくは無い人間は、長時間滞在していると精神がやられてしまうと言われている。薫さんには┠ 精神異常耐性 ┨がついているから問題はほとんどないと思われるが、俺はどうか分からない。
　
　みんながその事を心配してくれていたが、俺の意志に変化はない。早く終わらせて帰れば問題はないしな。
　
　「止まれ。お前達はココへ何をしに来た。」
　
　門の前に立つのはサングラスをかけた大男、カクマルだ。
　
　「私は元女神リズニア！ 頂いた手紙に従い参上しました。そこを通してください。」
　
　リズはその証拠に手紙を突き出した。
　
　「確かに。その手紙は我々が送った物だ。勇者殿が貴女の到着を待ちわびておりました。女神リズニア様、どうぞお通りください。」
　「じゃ、そうさせてもらいます。」
　
　意外にもあっさりと通してくれた。
　リズだけは。
　
　「リズニア様以外の、──その他を招いた覚えはないのだが。」
　「あいつ一人じゃやり過ぎるから、──ついて行きたいんだが。」

　通すつもりがないようだから、ハッキリと言ってやった。サングラス越しだが、目が合うのが分かる。

　「ならば力を示せ。強き者のみ通ることを許す。」
　「先、行きますね。」
　
　リズは俺の方を見ながらそう言うと、門の向こうへと歩き出した。
　
　「力を示せという事なら、私からいきましょう。」
　
　一人で戦うつもりなのか、薫さんが俺の前に出た。
　
　「あなたを倒せば、次に進めるんですよね？」
　「ああ、約束しよう。」
　「薫さん、ここはみんなで一緒に」
　「何を言ってるんですか、タイマンこそロマン。戦いの本懐です。一対一で闘い、強さを証明する事が、力を示すことになるんです。いいですか？ 一人目に挑戦して、二人目を突破し、三人目を倒す。そうやって目的に辿り着く過程が大事なんです！ それに、……その方が燃えますよね！？」
　「ええ……」
　
　薫さんに完全にスイッチが入ってしまっている。こうなると薫さんは意見をほぼ曲げない。
　
　「その方がコチラとしてもやりやすい。先手はあなたに譲ろう。」
　
　カクマルが薫さんに近づく。薫さんも同じく。
　身長差がかなりあるようで、彼女は見上げながら言った。
　
　「では、お言葉に甘えて。」
　
　次の瞬間、薫さんの突き出した掌底がカクマルのアゴにクリーンヒットした。
　
　少し顔が上向きに逸れたが、カクマルは表情を一切変えない。かなり強めに入ったように見えるが、攻撃をわざと受けたようにも見える。
　
　一間。
　
　カクマルは薫さんの突き出した腕を掴んだ。
　──が、その直後、大男が宙を舞った。
　
　身長二メートルはあろう男が、女性に投げ飛ばされ背中から地面に墜落。あまりに一瞬の出来事で受け身を取れていないように見えた。
　
　薫さんに“触れた”というだけでカウンターが発動したのか、それともリズとの修行で身に付けたワザなのか、俺には判別できない。
　
　見て分かったことは修行前と比べてキレが増し動きにムダが無くなったことだけだ。
　
　リズが薫さんの成長について語っていたが、なるほど……理解できた。これ程の成長とは。
　
　倒れたカクマルを待たずに、薫さんは門を跨ぐ。
　
　「珖代さん、先に向かってます。」
　
　そう言う薫さんの隣には、ちゃっかりかなみちゃんがいる。
　
　カクマルが立ち上がる。
　
　「おい、しれっともう一人通しちゃってるけど、いいのか？」
　「なんの事だ。お前達は最初から三人で・・・来ていただろう。」
　「……そういうことか。」
　
　かなみちゃんは最初から気配を隠すスキルを使って隠れていたのだろう。
　だからカクマルは存在していたこと自体を知らない。知らなければ居ないのと変わらない。だから通ってもバレないと。
　
　薫さんとは逆に、こっそりと城に入っていくかなみちゃん。あれはあれで誰にもマネ出来ない芸当なので、アリと言えばアリなのかもしれない。
　
　「後は俺だけ、か。」
　「あなたも挑む気か。」
　「まあ、勇者に用があって来たわけだしな。そこは通してもらう。」
　
　軽く手足を伸ばして、ストレッチをする。
　薫さんのような反撃技を持たない俺は一回りも大きな色黒の男に、真正面から挑むしかない。
　
　俺の唯一の得意技は相手の目を見て動きを止める┠ 威圧 ┨、対してカクマルは目を合わせた相手を石に変える┠ 石化 ┨の能力を持っているそうだ。
　
　┠ 威圧 ┨が簡単に仕掛けられない相手とあれば尚更、肉弾戦に勝負をかけるしかない。
　
　正直、一番闘いを避けたかった相手ではあるが、……ここまで来て負けたくはない。
　
　この一年半が、俺にとって無駄じゃ無かったことを証明してやる。
　
　「来い。力を示してみせろ。キーク、いや、喜久嶺(きくみね)珖代(こうだい)。」
　「そうさせてもらう。」