異世界歩きはまだ早い

a little

2章 第1話 主役と勇者と黒歴史

 人は誰しもが自分という人生物語の主人公だと言うけれど──俺はそうは思わない。



 もしそうだとしたら、俺という物語は最低だ、終わっている。



 誰の耳にも届かず。

 誰の目にも止まらず。

 誰の記憶にも残らず。

 誰の心も動かせない。



 今更書き直しなんか出来ないし、あってもなくてもいいなら存在しないのと同じ。



 本当に最低で無価値な物語だ──。






 二度目の人生リセット権を与えられたとしても、たぶん人は変われない。変わろうと思ったでも無理なんだ。



 漠然とした未来予想図を片手に、同じような続編を書いてしまうだけだ。たとえそれが駄作じゃなかったとしても自分の描きたかった未来とはズレてくる。



 だったらせめて、誰かの物語を灯せるような明かりでありたい。



 自分達はここにいるんだよって。

 自分達はスゴいんだよって。

 自分達はやれば出来るんだよって証明したい。



 自分にとっての英雄ヒーローがそうであったように、誰かの物語を照らす光になりたい。



 ようは、誰かに必要とされたい。



 そのくらいの夢は、持っていてもいいんじゃないかな────────


 


 


  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 


 


 「よし、今日の依頼はこれで終いだ。明日はチョイチョイとピヨスクの散歩だろ。アイツら半魔の上に育ち盛りだからな。帰ったらしっかり休んで、明日に備えておけよ。」

 「「はいっ!」」


 師匠に依頼の報告を済ませ、俺達はギルドを出る。


 年季の入ったスウィングドアは、俺達が帰るのを名残惜しそうにそっと鳴いた。


 まぁ、それも仕方ない。スーパーでグレートな弟子ーズのご帰宅だ。


 街の皆が嘆き悲しむようにドアすらも泣いているのだろう。


 トラック事故で死に、無茶苦茶な理由で神様にキレられ、外道悪魔女神クズニアさんと共に異世界に追放されてからはや一年と六ヶ月。


 近年、ユール の観光地化が急速に進み、観光客ご新規さんや新人冒険者ルーキー達が街にひしめき合って街は賑わいを見せている。


 だがどれだけの人が居ようと俺達には関係ない。弟子ーズはどうしても目立ってしまうから。


 なんせ俺達二人はワイルドの風。風が吹けば皆が振り向くサイコーにイカした兄弟弟子なのだから当然なのさ……。


 そんな弟子ーズのイカしたメンバーを紹介しようッ!


 弟子ーズいちのプレッシャーキングといえば こ の お れ 。


 そう、KOU☆DAIさ。


 少しでもハードでボイルドな師匠に近づく為に、髪を少し短くしてあごひげを薄らと生やしてみたわけだが──自分でもかなりイケてると自覚している。


 クールなジーンズにクールなレザージャケット、クールなサングラスにクールなチェーンベルトにクールなネックレスでキメるパーフェクトクール武装。弟子ーズでいる時は一つも外せやしないぜ!


 そして俺の姉弟子にあたるオシャレマジッククイーンといえば──


 そう、YUI♡LYだ。


 髪はバッサリショートに、唇はリップで紫色に。あまりの変貌っぷりに最初は心配しちゃったほどだぜ?


 イカしたブーツにイカしたパンツを履いて、イカしたジャケットを羽織り、イカしたチョーカーを首に巻き、イカしたオーバーグラスを掛けて街に繰り出すっ。海外セレブも顔負けだぜ!


 それでもピアスの穴をあけないのは、親から貰った大事なカラダを傷付けたくないからだそうだ。く〜親思いのイカした娘だぜ!


 クールでホットな太陽は、俺達弟子ーズの常にてっぺんに輝き続けるもの。

 沈むなんてのはノーサンキュー! だからサングラスはマストアイテムなのさ! いつでもどこでも弟子ーズであり続ける限り、外さないのがポリシー。


 街に出ると今日も聴こえる。スーパーロックな俺達を求める声が──。


 と、思っていたが別の所で人だかりが出来ている。何があったのかすごーく気になるぜ!


 (KOU☆DAI、行ってみる?)


 イカした肉体言語ボディランゲージにはイカした肉体応答ボディランゲージで応えるぜ!


 (オーケー、YUI♡LY。行ってみようか)


 


 人だかりの中心では、金髪碧眼の青年とおっさんが言い争いをしているようだった。おいおい、クールじゃないぜ……。


 「お前が『勇者』で、その剣が本物の『聖剣』だっていうんなら、その証拠を見せてみろよ!」


 勇者……? 聖剣……?

 確かに金髪の青年は大層な鎧を纏っていて、シンプルかつゴージャスだ。中々の装飾が施された大剣も青年をそれっぽく見せているな。


 「はぁー、しょうがないですね。では聖剣の機能帰納をお魅せしましょー。」


 青年は一度溜息をつくと、音もなく聖剣を鞘から取り出し、遠くへぶん投げた。


 風を切る音が聴こえ、風圧だけでほんの一瞬体が浮いた。目を離していた訳でもないのに、剣を投げる瞬間が全く見えなかった。


 思い切り投げられ遠くに飛んでいったハズの聖剣とやらが、空中で旋回しながら勢い良く戻ってきた。そしてそのまま、青年の持つ鞘にスっと収まった。


 「「「「「おおおおおお……!!」」」」」


 野次馬たちから驚きと歓声が上がった。それは俺やYUI♡LYを含めての歓声だ。クレイジーな芸当にシビレたぜ!


 「う、噂通りの本物だ……。すまねえ。疑ったりして悪かったな、坊主。」


 ぶん投げられた時点で尻餅をついていたおっさんが、申し訳なさそうに謝罪した。


 「いいんですよ。僕はまだ、聖剣に選ばれて日が浅いですから。」


 青年はおっさんに手を差し伸べながら屈託のない笑顔で許してみせた。

 ソウルを感じるいい奴だな。エモいぜ!


 「なあ! 北ロッコの砦の膠着状態を剣圧だけで解決させたってのは本当か!」


 野次馬の一人だった男の質問に、照れくさそうにしながらも青年は答えた。


 「あははは、そんな大したことじゃないですよ。あれは聖剣が強かったおかげで止めることが出来ただけです。僕自身は大したことしてませんよ。聖剣がなければ僕も皆さんと同じ一般人ですから。」


 ……何故だろう。この青年の見ていると┠ 威圧 ┨の能力が強いことをいいことに、謙遜しながらも調子に乗っていた異世界こっちに来て三ヶ月目くらいの俺を思い出してしまう。

 ソウバッド……。


 「俺の黒歴史ブラックヒストリーをまじまじと見せられている気分だぜ……。」


 おっといけない。ハードボイルドの欠片も無く、全くイカしていなかった頃の俺を思い出したくらいでへこたれるなんてのはナンセンスだ。


 今の俺じゃこのくらい、なんてことないのさ。


 「ちょっとまて、本物の勇者なら紋章を見せてみろ! 本物なら持ってるだろ!」


 野次馬の一人が声を荒げて訊いた。


 「そうよ。紋章を見せなさいよ!」 

 「そうだそうだ! 紋章はどうしたんだ!」


 野次馬達は手のひらを返すように紋章の提示を求めた。

 そこまで拘る紋章とは、一体どんなものなのだろうか。気になる……ぜ。


 「あはは、痛いとこを突かれましたね……。紋章は今、丁度手元にないんですよ。」


 青年は申し訳なさそうに頭をぽりぽりと掻きながら言った。


 「本当は持っていないんじゃないか?」

 「うそつきやがったのか!」

 「勇者さまを名乗るニセモノなのね!」

 「だいたい、本物の勇者さんが始まりの街なんかに来るわけがないだろ!」

 「そうだ! そうだ!」

 「おめぇら、さっきの剣見てただろ! 疑うのはおかしいんじゃねぇのか!」


 野次馬達の熱が帯びていくのをさっきのおっさんは止めようとしたが、それでも熱は収まることなく徐々にエスカレートしていく。


 「出てけ! 出てけ!」

 「「出てけ! 出てけ! 出てけ!」」

 「「「「「出てけ! 出てけ! 出てけ! 出てけ!」」」」」


 真ん中にいるおっさんは顔馴染みだが、野次馬全員の顔には覚えがない。きっと、この街に観光しに来た人とか新人冒険者達なんだろう。


 <れいザらス>やキノコ商会の業績が伸びたことで、観光客が増えた事はいいことだ。

 だがこんな悪ノリはきらいだ。

 こんな胸クソ悪い催しはウチユールではやってねェ。


 やりたかねェが端から一人つづ睨んで気絶させてェくらいだ。


 「道を空けろ! 道を空けろー!」


 突如、野次馬達をかき分けるように二人の男が割り込んできた。


 「丁度良いところに来てくれました。スケインさん。」


 勇者にスケインと呼ばれた男は濃い顔をしている男だが、至って真面目な雰囲気の男だ。


 「申し訳ありません。なにぶん、ピタのヤツがれいザらスに寄りたいと聞き分けを持たないものでして……」


 スケインという男が連れてきたもう一人の男は、一切喋る様子がない。


 無口な男は恐らく、身長は二mを越えている。それに色黒の域を超えた完全な黒人。

 ガッチリとした体型にサングラスをかけた丸ボウズの黒人だ。


 明らかに誰よりも浮いている。さながら屈強なボディガードだ。



 (ユイリーちゃん、サングラスを外してほしい。)

 (わ、わかりました。)



 俺達弟子ーズがかけているサングラスは、かなみちゃんが地球に赴いた際に買ってきてくれたものだ。



 俺とユイリーちゃん、そして師匠のを除けば、この世界に存在しない・・・・・・・・・・筈の代物だ。



 だが実際に大男はサングラスを掛けている。



 もしかすると俺達と同じく、別世界から来た人間の可能性がある。



 そう思った俺は咄嗟にサングラスを外して仕舞い、ユイリーちゃんにも仕舞うように促した。



 何故、サングラスをしているのか。

 何故、無口なのか。何も分からない。



 とにかく、俺達がサングラスをしていることが見つかれば、あの男が何かアクションを起こしてくるかも知れない。



 敵か味方かも分からない大男に俺達の存在が知れるのは危険だ。



 今はユイリーちゃんもいる。

 俺達の問題に巻き込む訳にいかない。

 こちらだけが知っているというアドバンテージも失いたくないので、ここは悟られないように慎重に行動しなければ。


 野次馬に紛れて顔だけを覗かす。そうすれば今の格好もバレないだろう。


 周りは勇者のことで騒がしいが、誰よりもまずあの大男を警戒しなければいけない。


 「ええい、静まれ! 静まれぇい! この紋章が目に入らぬかぁ!」


 スケインがどっかで聞いたことのある静め方をしだした。それに合わせて大男が紋章の刻まれた盾を取り出し野次馬達に見せつけて始める。


 スケインは更に続ける。


 「こちらにおわすお方をどなたと心得るッ 恐れ多くも大新鋭討伐遠征隊 副隊長、水戸みと洸こうたろう公爵にあらせられるぞッ!」


 やはり聞いたことのあるやつ。


 ────というかあの金髪の青年、みとこうたろうっていうのか!?


 だとすればこの口上から既にものすごい既視感だ。


 「一同の者、洸たろう公爵の御前である。頭が高いっ! 控えおろう!」


 今度は大男の方が言った。


 ────お前普通に喋れたのかよ!


 「「「「「ははぁーー。」」」」」


 野次馬達が一斉にひれ伏し、地面に頭を付けている。それはユイリーちゃんも例外ではなく、すんなりと受け入れてそうしているようだった。


 周辺に立っている者など誰も居らず、俺も急いで頭を垂れた。


 折角、ハードボイルドに近づく為に形からワイルドにしていったというのに、結局俺は日本人。周りに合わせて行動してしまう純正日本人なんだ……。


 「公爵なんて辞めてくださいよ。あれは討伐隊の副隊長としての功績を讃える為にと、カンカ王国から賜った爵位ではありますが、受け取らざる負えない状況だったから貰ったものですし、角丸さん、あなたも知っているでしょう。」


 

 (知ってる人なんですか?)


 ユイリーちゃんが心配したように見つめてきた。


 (いや、知っている人に似てただけだよ。)


 今はジェスチャーが出来ない状態なので、会話は全てアイコンタクトだけで行っていく。


 (あの大きな人が付けてるのってサングラスですよね?)

 (うん。恐らくそうだろうね。)

 (確か、サングラスってかなみちゃんが作ってくれた物じゃないんですか?)

 (ごめん。あのサングラス実は、かなみちゃんが用意してくれた物であって作った物じゃないんだ。)

 (え、そうなんですか。)


 ユイリーちゃんには説明が面倒だったので、かなみちゃんが作った物だと偽っていた。まあ、今はどうでもいいことだ。


 「スケインさん、角丸さん。ともかく有難うございます。もう下がって良いですよ。」


 すると二人が下がった。あの大男はカクマルというらしい。


 良かった、ピタという名前では無かった。

 あんな大男がおもちゃ屋さんに行きたくて駄々こねていたとかだったら、ギャップのあまり思わずつっこんでいたに違いない。


 「皆さん、楽な姿勢に戻って構いませんよ。」


 勇者は笑顔を崩さずそう言った。

 野次馬達は互いを何度か見合ったあと、立ち上がることを選んだ。


 「皆さんにお聞きしたいことがあって僕は遥々この辺境の地、ユールへと訪れました。ここが始まりの街であると共に、魔王配下を退けた偉大な街であることは存じています。」

 「んで、何が聞きてぇんだ。」


 おっさんが本題を急かす。親切心で聞いているのだろうか。


 「お聞きしたいことというのは、魔王幹部の可能性が高い女が、この街に潜伏しているという情報を聞きつけたからに他なりません。どなたか、心当たりのある方はいませんか。」


 野次馬達は再び互いを見合った。地元の人間じゃないコイツらには分かる筈も無い。


 第一、俺にも見当がついていないのだし。


 (ユイリーちゃん、わかる?)

 (いえ、分かりません。誰の事なんでしょうか。)


 これだけでは情報が少な過ぎる。他にわかり易い情報があればいいのだが、訊くことすら今の俺じゃ憚はばかられる。


 「坊主、そいつぁなんて名前なんだ」


 おっさんが代わりに質問をしてくれた。


 「貴様ッ! 勇者である洸たろう殿に向かって坊主とは何事かッ!」


 スケインが血相変えて刀身を光らせるが、勇者がそれを遮った。


 


 「名は 『リズニア・・・・』。女神の名を騙る、魔王の手先です。」


 


 


 それまでの一切の笑顔を見せず、勇者はその名を告げた。


 


 確固たる意志を感じさせる──


 


 「僕はその女を、討伐殺しに来たんです。」


 


 ──その瞳を燦然さんぜんの炎に踊らせて。




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