異世界歩きはまだ早い

a little

長期クエスト⑤

 助けた男性はサラリーマン風のおじさんだった。


 俺や薫さんが言葉を理解出来ている時点でこの人物が何者であるかは察しがつくが、とりあえず馬車に乗ってもらってから、水を渡してファーレンに向かう。


 具合は悪そうだが、ここまで来たらユールに引き返すより早いだろうしな。


 くたびれたスーツに、角っこの剥げた四角いカバン、年季の入った革靴を履く、五〇代くらいの痩せこけた男は、水筒をひっくり返すようにして勢いよく水を飲み干した。


 「す、すいません……。全部飲んでしまって……」

 「い、いいんですよ。俺達、水には困ってませんから。」


 かなみちゃんとセバスさんが水魔法を使ってくれる限り、俺達が水で困る事はまず無い。


 かなみちゃん曰く、飲み水用の水魔法はコツがいるらしい。

 方法としては、大気中の水分子をかき集めるイメージで造っているらしく、魔力消費量は少ないが、なかなかに魔力操作の精密さが要求されるそうだ。


 一般的な水魔法の場合、一から水を精製するため、簡単に造れても多めに魔力を消費する。

 それに、不純物が一切混じっていないので、飲むとミネラルが不足がちになってお腹を壊す可能性や、魔力の元となる "魔素" を水に奪われ、魔法が一時的に使えなくなったり不安定になったり、酷い時には昏睡状態にまで陥ってしまうと言う。


 どちらにせよ、飲み過ぎは身体に毒だと思うが、五秒で水筒を空にしてしまうほど水に飢えていたなら、飲み過ぎという事もあるまい。


 因みに、薫さんが渡した水筒はセバスさんが造った魔力精製タイプの方。

 抜け目のない人だ。迷わず渡すあたり、警戒をしている為と思うがチョット怖い……。


 飲むのを止めようとしたけど、少し遅くて言い出せなかった。


 きっと、お腹を壊すだろうな……。


 「どうして、一人であんな所に居たんですか?」


 男が落ち着いた所でリズが質問した。


 「え、えっと……何処から話せば良いのか……」


 おどおどと困った様子を見て今度は薫さんから質問。


 「では、名前から教えてもらえますか?」

 「……な、名前は……中島……中島茂茂しげしげです……。」


 俺はその名前を知っている。

 何度も行方不明者を書き記したメモを読んでいたからだ。


 「も、もしかして! あの、中島茂茂さん!?」

 「えっとー……何処かで、お会いしましたか?」


 中島さんが知らないのも無理はない。俺はテレビで見て一方的に知っているのだから。


 「私達は、あの交通事故で転移して来たんです。」


 薫さんは簡単に説明した。


 「あ……! あの時、トラックの下敷きにされていた方ですか……!」


 中島さんは薫さんの顔を見て、思い出したようだった。

 連鎖的にリズもあることに気づいた。


 「あっ、中島さん、何処かで見たことあると思ったら、トラックを覗き込んでた人ですね!」

 「は、はい……。あの時、覗き込んでいたのは、私で間違いありません。」


 たくさんの人が薫さん達を助け出す為にトラックを動かしていた際に、一人だけ、地面に伏せ、覗き込んで状況を伝える人物がいた。

 それが中島さんだったらしい。


 中島さんは続けざまにこれまでの経緯を語ってくれた。


 目の前で激しい爆発が起きたと思ったら、暗い場所にいて、いきなり女神様から色々聞かされ、よく分からないままに返事を返していたら、まっ更な荒野に置き去りにされ、三日もさまよった挙句、とんでもない数のレザルノに襲われかけた。……らしい。


 にわかには信じ難い話ではあるが、出会った直後の衰弱手前だった様子を思い返せば、ウソはついてないと思えた。第一、ウソが苦手な感じが雰囲気から出ている。

 どちらかと言うと、騙されて借金塗れになって首が回らなくなった人間のような、騙されやすいといった雰囲気が漏れ出している。


 「まさか私の方が、助けて頂くことになるなんて……。」

 「なかじまさん。もし、行くあてがないなら、私達と一緒にユールに来ませんか? 第二の人生を始めるなら、うってつけの街ですよ!」


 元転生の間の管理人は、これからを案じて誘ったが、俺達に異論は無い。


 「いいんですか……? 連れて行ってもらえるのなら是非、お願いします!……もしや、今向かってるのがその街ですか?」

 「いえ、今は違います。まずは、私達のことから話しましょう────」


 薫さんは続けて、俺達がこの世界にやって来てからここへ来るまでの経緯を話した。

 冒険者である事や、今までユールでやってきた活動などが主な部分で、現在はクエストを請け負っている関係で、今すぐにはユールに行けないことも伝えてくれた。


 「なるほど……。でしたら、私にも何か手伝わせてください……。ま、魔物退治は得意ではありませんが、力仕事くらいは出来ます!」


 助けてもらったことの恩返しがしたいのだろうか。少し前のめりで伝えてきた。


 「そうですね。でしたら力仕事は、お願いします。」

 「仲間が一人増えましたねっ!」

 「……珖代?」


 話はまとまった。ただ、俺にとっての本題はここからだ。


 「中島さん、実はもう一つ、大事な話があります。」


 俺は中島さんに、薫さんがわざと触れないで置いてくれたトラック事故の真相全てを語った。


 「すいませんでした──!」


 頭を下げられるだけ下げて謝った。


 第二の人生がどんな形で始まろうとも、悪いのは俺だけじゃ無いとしても、命を奪った加害者である事実は変わらない。

 謝って赦されることで無いことも分かっている。それでも誠意は見せておきたかった。しっかり伝えたかった。


 「俺が出来ることであれば、どんな事でも償いますっ!」

 「そそそんなっ! 償いなんて要らないですよっ! 頭を上げてください……。別に……怒ったり、してませんから……!」


 中島さんは慌てふためいていた。

 なんて思われても、俺は償うと決めている。

 だから頭は上げずにいるつもりだ。


 「それに……あの日、私は────自殺を、考えていたんですよ……。」

 「えっ……?」


 意外な言葉に思わず、頭を上げてしまった。


 「四〇後半にもなって、会社をリストラ。その事を家族には告げられずに、会社に通勤しているフリをして生活していました……。でも、そんな生活も長くは続かなくて、もう、自分の保険金で養うしかないと思ったんです……。そうして私は、 あの横断歩道 で死ぬつもりでした。ですが、すでに歩道の真ん中に女性が立っていて────あとは皆さんの知る通りの事故が起きました……。ですから、私なんて寧ろラッキーな方ですよ。こうして、第二の人生を歩めるんですから。償うなんて……滅相もない。」


 中島さんの重すぎる過去に脳が停止しかけた……。


 「分かります、その気持ち。私もあの日、あの横断歩道で、娘と心中するつもりでしたから。」


 停止しかけた脳に、思わぬ角度からの衝撃を受けた。

 叩けば直る、ブラウン管テレビのように脳が戻ってきた。


 「薫さん……!? それ昨日言ってたことですか! ていうか、かなみちゃんの前で何暴露してんですかっ!?」

 「……? かなみはしってたよ?」


 かなみちゃんは知っているみたいだ。スキルでも使ったのか……?


 「全て話してます。かなみは聡い子ですから。」


 薫さんは自分の娘を自慢するように言った。


 「そこまで話してたんですか……!?」


 「いやー! 重い重い。しかしそうなると、こうだいはどう足掻いても事故ってたんですねっ!」


 リズは笑顔で言ってくる。


 「なんで嬉しそうなんだよ!! 」

 「私の所為で死んだって言うより、皆さん私に助けられた、みたいなものじゃないですかぁ。」


 少しは感謝してください? みたいな目を向けてくる。それはおかしな話だ。


 「お前のあれは、正当化出来るもんで無いだろ! 神様に怒られておいてよく言えるなっ! 」


 俺は今ちょっとしたパニックになっている。

 ────中島さんは自殺しようとして死んだ。薫さんは心中しようとして死んだ。かなみちゃんはそれを知っていたし、どう転んでも俺は事故を起こしていた……? 死ぬ運命だけは避けられなかったのか……。

 てか、あの横断歩道は自殺の名所か何かか……?


 「皆さーん、盛り上がっているとこ悪いんですが、もう少しでレネイ村に到着します。この村は荷物の配達だけなんで、一軒一軒に荷物を届けて回るのを手伝って貰えませんかね?」


 とここで、荷台に乗る俺達に商人さんから声が掛かった。

 荷物というのは、かなみちゃんが荷台に邪魔だからと┠ 収納世界 ┨に仕舞ってくれたやつのことだ。


 


 すぐそばに森の生い茂る、小さな村に到着。

 商人さんは郵便配達も請け負っているようで、皆で手分けして配れば今日中にファーレン村に着くことは可能だと教えてくれた。


 配る先は四件。

 薫さん親子、リズセバスさん、俺中島さん、商人さんは一人で、それぞれ別れ配達を行った。


 配達した商品はどれも、木の皮でくるまれてひもで縛られている為、中身が分からないようになっていた。


 俺がまだ、異世界の共通語を覚えきれていないので、スキルで話せる中島さんに会話を任せ、荷物を目的の家まで届けたのだが、案の定お腹を下したようで、そのまま森へ消える場面もあった。


 お金を受け取る必要があるかと思ったが、サインを貰えばそれで十分だった。この辺は日本と変わらないな。


 そんな感じで俺達は三つばかり村を回った。

 小さいが、鉄球でも詰まっているんじゃなかろうかと思うくらい重たい荷物を運んだり、子供たちが物珍しそうに見つめながら付いてきたり、荷物を届けた住人から、畑で取れた新鮮な野菜をおすそ分けしてもらったりして、意外と達成感があった。


 「皆さん、お待たせしました。ここがファーレン村になります。見てわかる通り、幾つもの村が密集するこの辺りでも、一番大きな村ってなわけです。滞在は二日間ほどですんで、明日の朝にでも魔女の住む森に向かってください。夜は危険なんでね。あーあと、護衛は一人でいいんで残ってって下さいね?」


 気づけばもう日も落ちる時間だというのに、馬車が着くやいなや、人だかりが出来た。

 冒険者だからだろうか。特に俺達は子供たちに囲まれた。どの子も外から来た俺達に、興味津々そうに目を輝かせて色々質問をして来た。


 「ドコから来たの?」

 「ユウシャ様には会ったことある?」

 「好きな食べ物はなに?」

 「今いくつ?」

 「うんちすき?」

 「武勇伝聞かせてください!」

 「まほう見して!」


 子供たちからの怒涛の質問にたじたじになる。


 「ま、待って、順番に行こ、順番に。」


 鼻たれ坊主だけが、身の丈にあった質問をして来たがそれは無視してもいいだろうか。


 「かなみちゃん、丸太、プリーズ。」

 「何に使うの?」

 「まぁとにかく、お願いしますよー。手っ取り早く済ませたいんですよー。」


 リズが突然、かなみちゃんに丸太をせがんだと思うと、それを片手で空中に投げ、形も大きさも均等の薪に切って見せた。


 普通では無い剣技。それを見ていた村人の方々は大きな拍手で喜びや驚きを表現した。子供たちはより一層目を輝かせている。

 おだてられたリズは、満更でも無さそうだ。というか、快感ですぅ……みたいな顔をしている。


 きっとこの村には、娯楽と呼べるものが無いのだろう。だから外からやって来た人間に外の話を聞くのが楽しみの一つだったりするのだと思う。

 特に子供たちには未知の世界の話は、魅力的に聴こえる筈だ。


 だがしかし、リズが見せたかくし芸は相当、村人達の心を鷲掴みにしたらしく、俺達も「何かスゴいものを見せて!」と頼まれてしまった。


 ────いいだろう。ならば、

 「魔法を使うイヌさんは見たことあるかな?」

 「ないーー!!」

 「みたいみたい!」

 「魔法だーー!」


 子供たちがはしゃいでいる。


 「バウゥ!?」

 「セバス、お願い。」

 「バフゥ……」


 セバスさんの造る、鼻先ギリギリで浮かぶ水の塊を見た村人達は、リズの時より拍手喝采を浴びせた。

 イヌが魔法を使う驚きはデカい。


 噂を聞きつけたか知らないが、いつの間にか、村人全員が集まって来て、何故か宴が始まっていた。


 薫さんは何故か絶品料理を振舞い、村の奥様方から作り方を聞かれていたり、リズは何故か子供たちに変な踊りを普及させている。

 セバスさんは相変わらず嫌そうな顔をしているが、水魔法を使ったかくし芸は大人達ですら魅了するほどに美しかった。

 かなみちゃんは酔っ払っている商人さん、村長さんと何やら話しているし、俺はおれで、何故かだるまさんがころんだ┠ 威圧 ┨バージョンを子供たちに披露した。


 最初は驚いていたが、身体が動かないのが楽しいらしく、飽きるまで付き合わされた。振り向いたら絶対動かないし、ずっと鬼をやるハメになる。楽だからいいけど、俺は何をやっているんだろうな……


 中島さんは宴には参加しながらも、体調が悪いことを話したみたいで、村人に寝床を貸してもらえたそうだ。

 あと、セバスさんは子供たちに連れていかれた。


 

 商人さんの話によると、ここまでの歓迎を受けることは今まで無かったそうだ。


 村人達と交流を深めれば、魔女に会いに行ける道を教えてくれるかも知れない。それなら森で迷うこともない。


 ──あいつもたまには役に立つな。


 お礼に振る舞われた郷土酒のお陰で、俺はその場で眠りについた。




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