異世界歩きはまだ早い
長期クエスト③
前回までのあらすじ。
勇者の異世界転生に巻き込まれ異世界にやって来た、蝦藤親子、元女神リズニア、トラック運転手の珖代は、『隠しステータス』にあたるラック値を知るために、魔女の庵に向かっているのであった。
かなみちゃんが『専用空間』から取り出した一房の葡萄を、馬車に揺られながら皆で摘んでいると、たずなを引く商人さんから声がかかった。
「皆さん! 前方にレザルノの群れです! お願いしますっ!」
そう言って商人さんは馬車を停止させた。
「レザルノのですか。」
思い返すようにつぶやいたリズに聞いてみる。
「強いのか?」
「いえ、ザコですよ。一人で十分相手出来ますですな。」
「それなら、かなみが行ってくるよ。」
こういう時のかなみちゃんは率先して立ち上がるが、それをリズは止めた。
「いえ、ここはジャンケンで決めましょう。何時間も馬車に揺られてるだけじゃー、カラダがなまって仕方ないですからね。」
「良いねぇ、やろっか。」
かなみちゃんはやる気満々。
右肩を回し始めるくらいに。
「それなら俺も参加しよっかな。試してみたいこともあるし。薫さんはどうします?」
カラダがなまっているように感じているのは俺も同じ。
だが、それ以上に┠ 威圧 ┨の威力を調節して、自分がどのくらい使えているのか知っておきたい部分があった。
「退屈しのぎには丁度良さそうですね」
素だとは思うが、薫さんがその言葉を使うと何故だろう、スゴ味を感じる。
「セバスはどう?────そう、分かった。」
一応かなみちゃんはセバスさんに聞いてみたようだが、参加する気が起きないようだ。
争いごとが嫌い──というより、無理やり連れてこられて、ふて腐れているような態度に見えた。
「ジャンケンホイ!」
「ポイ」
「ポン」
リズが唐突にジャンケンを始めるものだから、出る手はバラバラのぐたぐたになった。
「待て、最初はグー、からな。」
しっかりタイミングを合わせて、後出しが無いようにしなければ。そう思い提案した。
「アンタらなにやってんですか! 僕の話聞いてましたか!?」
なんか、聴こえたような気がするが今はジャンケンに集中。
「行くぞ、最初はグー、」
「「「「ジャンケンポンッ!」」」」
「あ、私ですね。」
結果は薫さんの一人勝ち。
ここぞという場面、一発で決める勝負強さはさすが薫さんだと思う。
こういう所を是非見習っていきたい。
見習ってどうこうなるものでも無いような気がするが、ジャンケンってラック値に影響されたりするのだろうか……。
「ちょっと! ご婦人一人で行かせるなんて何を考えてんですか! レザルノは賢い魔物ですよ! 群れで連携されたらBランクの冒険者でも手こずるレベルの相手なんですよ!」
ひとりでにヒートアップしていく商人さんに、リズは声を掛けた。
「まぁまぁ、落ち着いて見ててください。」
薫さんは馬車からゆっくり降りて、ギリギリまで近づいて立ち止まった。
群れがあっという間に、薫さんを取り囲んでいく光景を見て、商人は顔面蒼白になった。
少し前の俺なら、この時点で同じ顔して、飛び出して行ってたかもしれない。
「……っ! あのご婦人、よく見れば小刀のような物を腰に携えている……? まさか、ああ見えてダガーの使い手……!!」
商人さんは意外と冷静で、薫さんが何か策を有していることに気がついたようだ。
……確かに携えているには携えているが、刃物ではない。
道中に、どんな魔物が出るかは聞き及んでいるので、役立つアイテムなのは間違いないだろう。
それは
黄色くて、
長くて、
美味しい、種無しのフルーツ。
「バナナァ!? なんでバナナ!? 」
美しい曲線に、黒いマダラ模様は熟している証。
剣は曲線美があったとしても、食べ頃は存在しない。間違いなくバナナだ。
商人さんの驚く気持ちも分かる。俺も、なんでバナナかは分かっていない。
だが、もう少し静かに見てもらいたい。
薫さんはバナナを手に持つと、れざるの? 達に見せつけるようにゆっくりと皮を剥き始めた。
「ご婦人、なんかカッコよく剥き始めたんですがっ!! レザルノ達の目の前で好物のバナナなんか出したら……もう助かりませんってっ!」
大好物を前にしたれざるの達は、興奮し、連携することも忘れ、我先にと言わんばかりの勢いで薫さんに飛びかかった。
──が、それこそが薫さんの作戦だったようだ。
六匹のサルもどき、全員が薫さんの反撃カウンターにより同時に吹き飛んだのだ。
魔物達が一斉に散るように地面に叩きつけられた様子はまるで、火山の噴火を思わせる、ド派手なものだった。
一歩も動くこと無く、ただ両手を広げただけで、れざるのとかいう魔物は残らず気絶した。
攻撃すれば何倍にもなって返ってくる能力。
それが薫さんの真骨頂、┠ 自動反撃オートカウンター ┨の恐ろしい所。
多分、これを食らって無事でいられる魔物は存在しない。今のでそう確信した。
「…………バ、バナナで……一気に……」
バナナで倒した訳では無いが、薫さんの強さの秘密を知らない商人さんがそう勘違いするのも無理はない。
そこにリズが、薫さんの能力がバレないようにフォローを入れてきた。
別に隠している訳でもないので、正確には、『面白半分で茶々を入れてた』と言った方が正しいかもしれない。
「あんまり知られてませんけど、バナナは凶器に入りますからね。」
「凶器に入るってどこ情報なんですかそれっ! 僕の知るバナナは、おやつに入るのが限界だったと思うんですがねぇ!?」
──この世界ではバナナはおやつに入るんだなぁ……
地球ではどうだったかなぁと考えている間に薫さんが帰ってきた。
「薫さん、お疲れ様です。どうでした?手応え的には」
「作戦は成功しましたが、立てる必要もない相手でした……」
表情から察するに不完全燃焼なのが伝わってくる。どこまでやれば、満足したのだろうか……。
「カオリンのアレは立ってるだけで敵無しですもんねー」
「お母さんは勝ったから一旦休み。次の魔物は三人でジャンケンね。」
「そうね。皆さんの戦い方も見ておきたいし、そうしましょう。」
「次は負けませんですよー」
「俺だって。」
三人の気合いは十分だった。
約三十分後。
又しても、レザルノ達が群れで出没した。
今度はさっきよりも少ない四匹だ。
「またレザルノの群れです! お、お願いしますっ!」
商人さんはまだ、先ほどの事が整理出来ていない様子。レザルノ達より俺達にどう声を掛けていいか戸惑っているように見えた。
馬車が停車するのを待ち、先程同様、ジャンケンの合図は俺がやる。
「最初はグー、」
「「「ジャンケンポイッ!!」」」
勝ったのは、かなみちゃん
親子して強かった。
「よしっまかせて。行ってくるよ!」
かなみちゃんは腕を巻くって、可愛く力こぶを作った。
「ご婦人の強さは何とか理解出来ましたが、あんな小さな女の子をたった一人で行かせるなんてキケンですって! 第一あの娘は、冒険者でもなんでも無いんですよねぇ? と言ってます」
かなみちゃんが行ってしまったのでリズが訳し始めた。正直、リアクションが気になるので、ありがたかったりする。
かなみちゃんは華麗に馬車から降りて、ゆっくりとレザルノ達に近づいていく。
「いくよ。」
かなみちゃんは小さな右手を、上の方へ向けた。
すると、何が起きた。
「ウギ……?」
突如、自分達の上空に白い渦のような波が現れ、レザルノは不思議そうに見上げている。
「あれはっ……! 昨日何度も見せてもらったスキルでは? まさかッ、上からレザルノ達を押し潰せる何かを落とすつもりなんですね! って言ってます」
恐らく、商人さんの予想は当たっているのだろう。でも、その『何か』が何なのかは俺にも想像がつかない。
大きな物でいくと、丸太くらいしか思い当たらない。
暫く待っていると、上空の波打つ空間から、ニョ〜〜っと何かが出てきた。
それは商人さんの予想に反し、
黄色くて、
長くて、
美味しい、ロール状スイーツ。
「──バナナァ!? また、バナナ!? って言ってます。」
商人さんはあまりの動揺で気づいていないらしいが、正確に言うとそれはバナナを丸ごと一本使ったロールケーキだった。
かなみちゃんが地球にお邪魔した際、祖父母から貰ったロールケーキおみやげであるが、消費期限がちょびっとだけ過ぎていた為、そのまま仕舞われていた代物だ。
それが世界の狭間から顔を出して、かなみちゃんの指示を待つように待機していた。
その場にいる誰もが、空に生えるロールケーキを見上げている光景は、どうにもシュールだった。
「角度修正──発射ッ!」
掲げた右手を素早く振り下ろす。
すると、丸ごとバナナを使ったロールケーキは勢いよく射出され、一匹のレザルノの口にスパーンッ! とめり込んだ。
「ええぇぇえ直接ぅ!?」
口に突っ込むと誰が想像出来たのだろうか。
俺も驚いたが、商人さんのリアクションにかき消された。
すかさず、二撃目の丸ごとバナナを使ったロールケーキが白渦に装填され、二度目の発射の合図と共に、別のレザルノの口にぶち込まれた。
一匹目も二匹目も勢いが強すぎたのかはたまた腐っていたのか分からないが、呆気なく気絶したのを見て、残りは脇目もふらずに逃げ去った。
俺だって、同じ状況だったら逃げだす自信はある。今後、同じような状況に出くわしたら、彼らはトラウマの如く今のことを思い出すに違いない。
「よし! 完了。」
「凶器どうこう以前に、バナナである必要なくないですかぁ!? って言ってます」
何を言うのか。
かなみちゃんのやる事に、意味の無い事なんてある筈がないだろうに。
「好物じゃ無ければ、恐らく口に入ってなかったと伝えてくれ。」
「口に入れる必要なかったでしょう! と言ってます」
わからん奴だなぁと思っている間に、かなみちゃんが帰ってきた。
「かなみ、ご苦労さま。」
「お母さんの言う通り、大したことなかったけど、いい練習になったから大満足!」
力こぶを作っていかに満足したのかをアピールする姿は超絶かわいい。
戦い方も非常に異常でメルヘンだったし、うん、問題なしだ。
「これで次は、私かこうだいのどちらかになりますね!」
「お前には絶対、負けないからな! 」
こいつに負けるのだけは俺のプライドが許さない。
裏の裏の裏の裏の裏をかきまくって勝ってやると心に誓った。
「レザルノの群れが出ました……誰かお願いします……」
商人さんは疲弊しきっていた。
馬車を引き続けて疲れたのだろうか?
「もうか、早かったな。」
さっきの群れとの遭遇から、まだ十分も経っていない。
「今回は数が多そうですねー」
リズは口元を釣り上げつつ言った。
「十匹はいるね」
「リズ、恨みっこなしだからな」
「分かってますよ」
最後に念押しをしっかりとして、始める。
「最初はグー、」
「「ジャンケンホイ!」」
「く〜〜っ!」
絶対負けたくないという強い想いが、俺にグーを出させた。指に力が入り過ぎた。
「フフンっ私の勝ちです。よわよわですねーこうだい。カナミン、バナナをプリーズです」
「はい。頑張ってきてね」
かなみちゃんが手渡しでバナナを渡した。リズもバナナを使うつもりなのか、ただ腹が減っただけなのか。そもそも、何故バナナがそんなにあるのか。
「行ってきますっ!」
「くそー、俺が最後かー……」
リズは、馬車が止まるより早く降りて、レザルノ達の前に立ちはだかった。
「今度は私が相手です!」
「ああ、あの娘か……剣の腕前は凄かったけど、きっとバナナを使うんだろうなぁ……」
徐おもむろにバナナを両手に持ち構えるリズ。
このバナナの流れを汲み取ることに決めたらしい。
どう見てもおかしな行動だが、商人さんはそれを見ても、なんら驚かなくなった。寧ろ、これまでの流れからバナナを使うことを的中させた。伊達に商人をやっていない。
敵の数は今まで一番多い十匹。
賢い魔物と言うだけの事はあって、バナナであってもリズの間合いに入る事をヤツらは躊躇っていた。
肝心のリズはというと、バナナをじーっと構えたまま動かない。
「やっぱりバナナですよね……。でも、どう使うつもりなんだ……? 今回ばかりは想像もつかない……」
商人さんは考え込むと言葉に出るタイプみたいだ。
想像つかないのは俺も同じ。多分、薫さんやかなみちゃんも、バナナを剣の代わりに使うとは、思っていないハズだし。
「うーん…………ワチャー!」
幾らか逡巡しゅんじゅんを見せたあと、リズはバナナを握りしめたまま、レザルノの至近距離まで音も無く近づき、単純に殴り飛ばした。
「直接殴ったぁ!! 旦那、あれはさすがにバナナいらないですよねぇ!? 」
「いや、無ければ死んでいたかもしれない。」
自分の中では、かなりの力説だと自負しているが、商人さんの顔を見ては何故か言えない。
「何がですかぁ!? むしろ返り血浴びて生き生きしてますけど! すんごい笑顔ですよぉ!!」
リズはレザルノを執拗にぶん殴っていた。
返り血を浴びながら微笑む姿は悪魔そのものだ。
「逃がしませんよぉ……。」
バナナを地面に放り投げ、逃走を図った一匹のレザルノに馬乗りになって殴り掛かる。
殴られるだけのサンドバッグとなった、サルもどきは、殴られる度に粘土細工のように簡単にカタチが変わっていく。
やはり、一匹たりとも逃がすつもりは無いらしい。
「もはやバナナそっちのけでぶん殴ってますけどぉ!?」
「あれは暫しの間、グロテスクなシーンが続くのでバナナの方を見ていて下さい的な、アイツのなりのサインです。」
「あれは我々への配慮……? いやどう見ても邪魔だから捨てただけですよね!?」
流石は商人、騙せそうで騙せない。
「ふぅ、完了ですぅ。」
リズが顔に飛んだ血を拭いながら、風呂上がりのようにサッパリした顔で戻ってきた。
「アンタら、ホントにEランクなんですか……」
商人さんは呆れと感嘆が入り混じったような声を漏らした。
「リズ隊長、お疲れ様です。」
かなみちゃんが敬礼をすると、リズもそれを返す。
「夢中になり過ぎてちょっと逃がしちゃいましたが、結構楽しませてもらいました。」
確かに、心の底から楽しんでいなければ、あんな幸せそうな笑顔は出ないだろう。
「んじゃあ、いよいよ次は俺って訳だな。」
最後まで待たされ続けたから、十分に動けるかは不安なところ。
あと、トリを任されているような緊張感もちょっとある。
「このままのペースだと、次もスグだと思いますから、今のうちにバナナをどう使うか考えておいて下さいね。」
リズがさも、当然のように言ってきた。
「バナナは絶対なのか!」
その縛りがあると思うと益々緊張してくる……。
バナナを活かした戦闘────。
──どうすればいいか全然思いつかないっ……!
勇者の異世界転生に巻き込まれ異世界にやって来た、蝦藤親子、元女神リズニア、トラック運転手の珖代は、『隠しステータス』にあたるラック値を知るために、魔女の庵に向かっているのであった。
かなみちゃんが『専用空間』から取り出した一房の葡萄を、馬車に揺られながら皆で摘んでいると、たずなを引く商人さんから声がかかった。
「皆さん! 前方にレザルノの群れです! お願いしますっ!」
そう言って商人さんは馬車を停止させた。
「レザルノのですか。」
思い返すようにつぶやいたリズに聞いてみる。
「強いのか?」
「いえ、ザコですよ。一人で十分相手出来ますですな。」
「それなら、かなみが行ってくるよ。」
こういう時のかなみちゃんは率先して立ち上がるが、それをリズは止めた。
「いえ、ここはジャンケンで決めましょう。何時間も馬車に揺られてるだけじゃー、カラダがなまって仕方ないですからね。」
「良いねぇ、やろっか。」
かなみちゃんはやる気満々。
右肩を回し始めるくらいに。
「それなら俺も参加しよっかな。試してみたいこともあるし。薫さんはどうします?」
カラダがなまっているように感じているのは俺も同じ。
だが、それ以上に┠ 威圧 ┨の威力を調節して、自分がどのくらい使えているのか知っておきたい部分があった。
「退屈しのぎには丁度良さそうですね」
素だとは思うが、薫さんがその言葉を使うと何故だろう、スゴ味を感じる。
「セバスはどう?────そう、分かった。」
一応かなみちゃんはセバスさんに聞いてみたようだが、参加する気が起きないようだ。
争いごとが嫌い──というより、無理やり連れてこられて、ふて腐れているような態度に見えた。
「ジャンケンホイ!」
「ポイ」
「ポン」
リズが唐突にジャンケンを始めるものだから、出る手はバラバラのぐたぐたになった。
「待て、最初はグー、からな。」
しっかりタイミングを合わせて、後出しが無いようにしなければ。そう思い提案した。
「アンタらなにやってんですか! 僕の話聞いてましたか!?」
なんか、聴こえたような気がするが今はジャンケンに集中。
「行くぞ、最初はグー、」
「「「「ジャンケンポンッ!」」」」
「あ、私ですね。」
結果は薫さんの一人勝ち。
ここぞという場面、一発で決める勝負強さはさすが薫さんだと思う。
こういう所を是非見習っていきたい。
見習ってどうこうなるものでも無いような気がするが、ジャンケンってラック値に影響されたりするのだろうか……。
「ちょっと! ご婦人一人で行かせるなんて何を考えてんですか! レザルノは賢い魔物ですよ! 群れで連携されたらBランクの冒険者でも手こずるレベルの相手なんですよ!」
ひとりでにヒートアップしていく商人さんに、リズは声を掛けた。
「まぁまぁ、落ち着いて見ててください。」
薫さんは馬車からゆっくり降りて、ギリギリまで近づいて立ち止まった。
群れがあっという間に、薫さんを取り囲んでいく光景を見て、商人は顔面蒼白になった。
少し前の俺なら、この時点で同じ顔して、飛び出して行ってたかもしれない。
「……っ! あのご婦人、よく見れば小刀のような物を腰に携えている……? まさか、ああ見えてダガーの使い手……!!」
商人さんは意外と冷静で、薫さんが何か策を有していることに気がついたようだ。
……確かに携えているには携えているが、刃物ではない。
道中に、どんな魔物が出るかは聞き及んでいるので、役立つアイテムなのは間違いないだろう。
それは
黄色くて、
長くて、
美味しい、種無しのフルーツ。
「バナナァ!? なんでバナナ!? 」
美しい曲線に、黒いマダラ模様は熟している証。
剣は曲線美があったとしても、食べ頃は存在しない。間違いなくバナナだ。
商人さんの驚く気持ちも分かる。俺も、なんでバナナかは分かっていない。
だが、もう少し静かに見てもらいたい。
薫さんはバナナを手に持つと、れざるの? 達に見せつけるようにゆっくりと皮を剥き始めた。
「ご婦人、なんかカッコよく剥き始めたんですがっ!! レザルノ達の目の前で好物のバナナなんか出したら……もう助かりませんってっ!」
大好物を前にしたれざるの達は、興奮し、連携することも忘れ、我先にと言わんばかりの勢いで薫さんに飛びかかった。
──が、それこそが薫さんの作戦だったようだ。
六匹のサルもどき、全員が薫さんの反撃カウンターにより同時に吹き飛んだのだ。
魔物達が一斉に散るように地面に叩きつけられた様子はまるで、火山の噴火を思わせる、ド派手なものだった。
一歩も動くこと無く、ただ両手を広げただけで、れざるのとかいう魔物は残らず気絶した。
攻撃すれば何倍にもなって返ってくる能力。
それが薫さんの真骨頂、┠ 自動反撃オートカウンター ┨の恐ろしい所。
多分、これを食らって無事でいられる魔物は存在しない。今のでそう確信した。
「…………バ、バナナで……一気に……」
バナナで倒した訳では無いが、薫さんの強さの秘密を知らない商人さんがそう勘違いするのも無理はない。
そこにリズが、薫さんの能力がバレないようにフォローを入れてきた。
別に隠している訳でもないので、正確には、『面白半分で茶々を入れてた』と言った方が正しいかもしれない。
「あんまり知られてませんけど、バナナは凶器に入りますからね。」
「凶器に入るってどこ情報なんですかそれっ! 僕の知るバナナは、おやつに入るのが限界だったと思うんですがねぇ!?」
──この世界ではバナナはおやつに入るんだなぁ……
地球ではどうだったかなぁと考えている間に薫さんが帰ってきた。
「薫さん、お疲れ様です。どうでした?手応え的には」
「作戦は成功しましたが、立てる必要もない相手でした……」
表情から察するに不完全燃焼なのが伝わってくる。どこまでやれば、満足したのだろうか……。
「カオリンのアレは立ってるだけで敵無しですもんねー」
「お母さんは勝ったから一旦休み。次の魔物は三人でジャンケンね。」
「そうね。皆さんの戦い方も見ておきたいし、そうしましょう。」
「次は負けませんですよー」
「俺だって。」
三人の気合いは十分だった。
約三十分後。
又しても、レザルノ達が群れで出没した。
今度はさっきよりも少ない四匹だ。
「またレザルノの群れです! お、お願いしますっ!」
商人さんはまだ、先ほどの事が整理出来ていない様子。レザルノ達より俺達にどう声を掛けていいか戸惑っているように見えた。
馬車が停車するのを待ち、先程同様、ジャンケンの合図は俺がやる。
「最初はグー、」
「「「ジャンケンポイッ!!」」」
勝ったのは、かなみちゃん
親子して強かった。
「よしっまかせて。行ってくるよ!」
かなみちゃんは腕を巻くって、可愛く力こぶを作った。
「ご婦人の強さは何とか理解出来ましたが、あんな小さな女の子をたった一人で行かせるなんてキケンですって! 第一あの娘は、冒険者でもなんでも無いんですよねぇ? と言ってます」
かなみちゃんが行ってしまったのでリズが訳し始めた。正直、リアクションが気になるので、ありがたかったりする。
かなみちゃんは華麗に馬車から降りて、ゆっくりとレザルノ達に近づいていく。
「いくよ。」
かなみちゃんは小さな右手を、上の方へ向けた。
すると、何が起きた。
「ウギ……?」
突如、自分達の上空に白い渦のような波が現れ、レザルノは不思議そうに見上げている。
「あれはっ……! 昨日何度も見せてもらったスキルでは? まさかッ、上からレザルノ達を押し潰せる何かを落とすつもりなんですね! って言ってます」
恐らく、商人さんの予想は当たっているのだろう。でも、その『何か』が何なのかは俺にも想像がつかない。
大きな物でいくと、丸太くらいしか思い当たらない。
暫く待っていると、上空の波打つ空間から、ニョ〜〜っと何かが出てきた。
それは商人さんの予想に反し、
黄色くて、
長くて、
美味しい、ロール状スイーツ。
「──バナナァ!? また、バナナ!? って言ってます。」
商人さんはあまりの動揺で気づいていないらしいが、正確に言うとそれはバナナを丸ごと一本使ったロールケーキだった。
かなみちゃんが地球にお邪魔した際、祖父母から貰ったロールケーキおみやげであるが、消費期限がちょびっとだけ過ぎていた為、そのまま仕舞われていた代物だ。
それが世界の狭間から顔を出して、かなみちゃんの指示を待つように待機していた。
その場にいる誰もが、空に生えるロールケーキを見上げている光景は、どうにもシュールだった。
「角度修正──発射ッ!」
掲げた右手を素早く振り下ろす。
すると、丸ごとバナナを使ったロールケーキは勢いよく射出され、一匹のレザルノの口にスパーンッ! とめり込んだ。
「ええぇぇえ直接ぅ!?」
口に突っ込むと誰が想像出来たのだろうか。
俺も驚いたが、商人さんのリアクションにかき消された。
すかさず、二撃目の丸ごとバナナを使ったロールケーキが白渦に装填され、二度目の発射の合図と共に、別のレザルノの口にぶち込まれた。
一匹目も二匹目も勢いが強すぎたのかはたまた腐っていたのか分からないが、呆気なく気絶したのを見て、残りは脇目もふらずに逃げ去った。
俺だって、同じ状況だったら逃げだす自信はある。今後、同じような状況に出くわしたら、彼らはトラウマの如く今のことを思い出すに違いない。
「よし! 完了。」
「凶器どうこう以前に、バナナである必要なくないですかぁ!? って言ってます」
何を言うのか。
かなみちゃんのやる事に、意味の無い事なんてある筈がないだろうに。
「好物じゃ無ければ、恐らく口に入ってなかったと伝えてくれ。」
「口に入れる必要なかったでしょう! と言ってます」
わからん奴だなぁと思っている間に、かなみちゃんが帰ってきた。
「かなみ、ご苦労さま。」
「お母さんの言う通り、大したことなかったけど、いい練習になったから大満足!」
力こぶを作っていかに満足したのかをアピールする姿は超絶かわいい。
戦い方も非常に異常でメルヘンだったし、うん、問題なしだ。
「これで次は、私かこうだいのどちらかになりますね!」
「お前には絶対、負けないからな! 」
こいつに負けるのだけは俺のプライドが許さない。
裏の裏の裏の裏の裏をかきまくって勝ってやると心に誓った。
「レザルノの群れが出ました……誰かお願いします……」
商人さんは疲弊しきっていた。
馬車を引き続けて疲れたのだろうか?
「もうか、早かったな。」
さっきの群れとの遭遇から、まだ十分も経っていない。
「今回は数が多そうですねー」
リズは口元を釣り上げつつ言った。
「十匹はいるね」
「リズ、恨みっこなしだからな」
「分かってますよ」
最後に念押しをしっかりとして、始める。
「最初はグー、」
「「ジャンケンホイ!」」
「く〜〜っ!」
絶対負けたくないという強い想いが、俺にグーを出させた。指に力が入り過ぎた。
「フフンっ私の勝ちです。よわよわですねーこうだい。カナミン、バナナをプリーズです」
「はい。頑張ってきてね」
かなみちゃんが手渡しでバナナを渡した。リズもバナナを使うつもりなのか、ただ腹が減っただけなのか。そもそも、何故バナナがそんなにあるのか。
「行ってきますっ!」
「くそー、俺が最後かー……」
リズは、馬車が止まるより早く降りて、レザルノ達の前に立ちはだかった。
「今度は私が相手です!」
「ああ、あの娘か……剣の腕前は凄かったけど、きっとバナナを使うんだろうなぁ……」
徐おもむろにバナナを両手に持ち構えるリズ。
このバナナの流れを汲み取ることに決めたらしい。
どう見てもおかしな行動だが、商人さんはそれを見ても、なんら驚かなくなった。寧ろ、これまでの流れからバナナを使うことを的中させた。伊達に商人をやっていない。
敵の数は今まで一番多い十匹。
賢い魔物と言うだけの事はあって、バナナであってもリズの間合いに入る事をヤツらは躊躇っていた。
肝心のリズはというと、バナナをじーっと構えたまま動かない。
「やっぱりバナナですよね……。でも、どう使うつもりなんだ……? 今回ばかりは想像もつかない……」
商人さんは考え込むと言葉に出るタイプみたいだ。
想像つかないのは俺も同じ。多分、薫さんやかなみちゃんも、バナナを剣の代わりに使うとは、思っていないハズだし。
「うーん…………ワチャー!」
幾らか逡巡しゅんじゅんを見せたあと、リズはバナナを握りしめたまま、レザルノの至近距離まで音も無く近づき、単純に殴り飛ばした。
「直接殴ったぁ!! 旦那、あれはさすがにバナナいらないですよねぇ!? 」
「いや、無ければ死んでいたかもしれない。」
自分の中では、かなりの力説だと自負しているが、商人さんの顔を見ては何故か言えない。
「何がですかぁ!? むしろ返り血浴びて生き生きしてますけど! すんごい笑顔ですよぉ!!」
リズはレザルノを執拗にぶん殴っていた。
返り血を浴びながら微笑む姿は悪魔そのものだ。
「逃がしませんよぉ……。」
バナナを地面に放り投げ、逃走を図った一匹のレザルノに馬乗りになって殴り掛かる。
殴られるだけのサンドバッグとなった、サルもどきは、殴られる度に粘土細工のように簡単にカタチが変わっていく。
やはり、一匹たりとも逃がすつもりは無いらしい。
「もはやバナナそっちのけでぶん殴ってますけどぉ!?」
「あれは暫しの間、グロテスクなシーンが続くのでバナナの方を見ていて下さい的な、アイツのなりのサインです。」
「あれは我々への配慮……? いやどう見ても邪魔だから捨てただけですよね!?」
流石は商人、騙せそうで騙せない。
「ふぅ、完了ですぅ。」
リズが顔に飛んだ血を拭いながら、風呂上がりのようにサッパリした顔で戻ってきた。
「アンタら、ホントにEランクなんですか……」
商人さんは呆れと感嘆が入り混じったような声を漏らした。
「リズ隊長、お疲れ様です。」
かなみちゃんが敬礼をすると、リズもそれを返す。
「夢中になり過ぎてちょっと逃がしちゃいましたが、結構楽しませてもらいました。」
確かに、心の底から楽しんでいなければ、あんな幸せそうな笑顔は出ないだろう。
「んじゃあ、いよいよ次は俺って訳だな。」
最後まで待たされ続けたから、十分に動けるかは不安なところ。
あと、トリを任されているような緊張感もちょっとある。
「このままのペースだと、次もスグだと思いますから、今のうちにバナナをどう使うか考えておいて下さいね。」
リズがさも、当然のように言ってきた。
「バナナは絶対なのか!」
その縛りがあると思うと益々緊張してくる……。
バナナを活かした戦闘────。
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