異世界歩きはまだ早い
第16話 NO GAME FANTASY(後編)
どれだけ歩かされたのか……
時間も平衡感覚も失われた状態から解放されるかのように、被らされていた麻袋を乱暴に剥がされる。
ボヤけた視界の端にリズニアが居たのが分かった。
「リズニア……ここは……?」
「どうやら……アジトのようですね。」
俺達が居たのは洞窟
天井は低く、何より暗い。人の手で粗雑に掘られたような洞窟の中だった。
そんな俺達の前には、大きな岩にドカっと座るガタイもカオもなかなにいい、金髪オールバックの男。
切れ長の眉と目つきの悪さが男の只者ではない風格を表していた。
この男の前に連れてこられた理由。
恐らく、彼が盗賊団のトップだから。それも対話を望んでいるのだろうと直感した。
「リズニア。同時通訳頼めるか。」
「無理ですよ……かなみちゃんじゃ、ありませんし、吹き替え映画みたいな芸当は出来ません……」
漸く視界がハッキリとして、足元のセバスさんを確認出来たタイミングで、男は座ったまま俺に話し掛けてきた。
全て聞き終えたリズニアが俺に訳して伝える。
「お前達は何を運んでいたか知っているのかって聞いてます。」
「いや、聞かされていない。」
俺は目を逸らすことなく正直に答えた。
リズニアがその旨を伝えて、返答が帰ってきた。
「とんだ依頼を引き受けちまったな冒険者? だが、安心していい。今回の依頼達成報酬に、少しばかり色を付けた金額をくれてやる。だから、中身を知らされていない運びの依頼には二度と関わるな。勿論、俺達のことも他言無用だ……だそうです。」
あれだけ大事そうにしていた荷物。
一切を秘密にされていれば怪しまないはずが無い。
盗賊団が狙うほどの大切な何か。
俺には中身が何だったのか聞かなければならない気がした。
「何が入ってたんだ」
「それ、聞きますか」
手足を縛られたりした訳では無いが、武器は全て取り上げられ、完全無防備になっている俺達。
横で立つリズニアがそれはマズイと警戒したのか聞き返してきた。
「警戒されるのは分かってる。でも伝えてくれ」
「……分かりました」
覚悟を決め伝えたリズニアが今度は俺に話す為にこちらに目線を向ける。
「運んでいたのは十二名の子供と女。そいつらは全員、盗賊として育てる……と。」
「子供……!? あの中に人が居たってのか……? それも、そんな沢山……あの馬車からは一度たりとも人の声なんて聞いてないぞ……!」
「……声が出せない状況だったのでは?」
リズニアが何故そんな結論に至るのか俺には分からない。
それは盗賊の意見を完全に信じていければ出ない発言。そんな気がした。
ウソをついているかもとまず疑うのが、リズニアらしい。と言うか何よりそっちの方が自然な筈だ。
だが、可能性は無いこともない。それが事実だった場合を考えなければいけない。
「もし、それが本当なら金なんていらない。全員を解放しろ。」
「それを伝えるのはさすがにマズイですって……」
そう言いながら、辺りを確認するリズニア。
「頼む、伝えてくれ」
しぶしぶと言った感じに了承してくれたリズニアが話している間に、俺も辺りを見渡す。
洞窟は円状になっていて、俺達を取り囲むように男達が壁際に立って並んでいる。
警戒した様子は見せないが、全員大小様々な刃物を携帯しているのが分かった。
退路は俺の真後ろか、座り込む男の後ろくらいしかない。もっとも、目の前が退路である可能性はかなり低いが……。
「解放したあとはどうするんですかと。」
「俺が責任を持って家まで送り届ける。」
「家の無いものはどうするんですかと。」
「それはっ……それなら、俺が面倒を見る! 里親なりなんなり見つけてやる。それならいいだろ!」
もし、本当に存在しているとすれば、解放する代わりに何かを要求されるリスクはあるかも知れない。
盗賊に連れてかれた者達の事情は何も知らないが、ここは大きく出ることで、盗賊より優位な立場での交渉に出ようと考えた。
なにより、人を平気で殺せるようなヤツらの元には置いておけないのが本音。
俺の方弁では苦し紛れの言い訳に聞こえたかもしれない。
「こうだい。なら全員に会わせるからついてこい……と言っています」
どうやら俺達を騙すためのウソ。と言う線は無くなった。
とすれば、次に湧き上がる疑問は子供や女性が運ばれていた理由になる。
立ち上がった男が俺達の向いている方の通路へ歩き始める。
それについてくるように二人の部下がやって来て俺達について来いと命令した。
薄暗い通路を歩く。
途中で枝分かれしているポイントも幾つかあったが金髪の男の方へついていく。
俺は疑問を解決する糸口を探していたのだが、その疑問は思いもよらない所から解決していく。
「こうだい、一つ謝らなければならないことがあります。私が受けたこの依頼、『緊急クエスト』と言うのは間違い無いんですが、実はEランクの依頼じゃないんです。この街に住む冒険者なら、誰もが敬遠するFランクの依頼の中でも異質。誰もが知っているのに誰もが知らないフリをし、決して話題を挙げることすら許されない……暗黙のF。」
俺よりほんの少し先行するリズニアが背中越しに語り始めた。
「暗……黙……?」
「十二名もの人間が、声すらあげずに大人しくしていた理由、想像つきますか。」
「お前……何を知っているんだ……」
「死んだ商人達にとって彼らは、商売道具意外のナニモノでも無かった。だから声すらあげられない状況にされたんでしょう……。要するに、"奴隷" ですよ。この世界に置いては一部、合法として認められている地域がありますが、これは合法でないヤツです。私達は犯罪の片棒を担いでいたんです。」
"奴隷" 。
頭の片隅にほんの少しだけ考えていたものではあったが、正直その可能性は、受け入れたくなかった。
「そんな子達を盗賊から解放したいって気持ちも分かりますがね、あのまま奴隷として売られ、誰とも分からない主人に仕えて、ろくに自由を与えられない生涯を送るより、盗賊として境遇同じくする仲間と共に自由に生きていく方が幸せだと思いませんか?」
「なんだよ…その言い草……それじゃ、まるで、お前は知ってて──」
「どうやら着きましたよ。」
遮られた言葉の続きを探そうとするが、予想だにしない光景に目を見開いた。
「……街……なのか?」
冷たい道を抜けたその先は、洞窟の大きな空洞全体が見渡せる高台の上だった。
しかし、洞窟の中とは思えない吹き抜けのある空間。
縦横共に、来る時見たどんな部屋よりも幅広く大きく、高すぎる天井は自然に出来たような大きな穴がいくつも空いており、洞窟内のこの空間のみを日光で明るく照らしている。
そのため、薄暗くも寒くも感じず洞窟とはかけ離れた場所に思えた。
細部に目を向けると手造りの建物が密集しており、住んでいる人々の姿も確認できた。
誰もが落ち着いた暮らしをしているように見えるが、逆に言えば活気が感じられない。
日の差し込み具合から、俺達が連れてこられてから数時間以上経っていることが分かるが何より、洞窟の中に小さな街がある事には開いた口が塞がらない。
街全体が一望できる高台。
そこから見える範囲にいる人間は十人、二十人なんて、数じゃない。
それも盗賊には見えない者ばかりで寧ろ、奪われる側のような出で立ち。
つまり、この街に暮らす人達は───
「ここにいる元奴隷、総勢二百二十二人をどう解放しますか。と言っています。」
リズニアの訳口調はだんだんと優しくなっていた。俺を気遣ってくれているのだろう。
だが、突きつけられた現実は変わらない。
この時、己の考えの甘さに漸く気づく。
この男は、それを知らしめる為に俺達をここへ招いたのだろう。
「こうだい。実際に街へ降りて、人々の現状に触れて回って来てもいい。と許可をもらいました。私見てきますんで、あとで合流しましょう。」
「あっ、おい……!」
リズニアはそそくさと行ってしまった。
仕方なく、俺とセバスさんも高台から降りて街を歩いて回ることにした。
その小さな街には、上から見下ろしただけでは分からない惨憺さんたんたる現状が広がっていた。
地面と同じ色の干しレンガで組まれた家はそのほとんどが破損していて、人が住める状況では無かったり、触っただけで崩壊してしまいそうな有様。
かがんで欠けたお皿を砂で洗う女性達がいれば、日陰で虚空を見つめる子供たちがいた。
───なのに。
笑顔だけはどこにも無かった。
どこにいても悪臭が酷く、地べたに力無く座る者は誰であろうと関係なく小さな虫が集っていた。
中でも、悪臭が濃い場所。
ここだけは目を背けたくなるほどの現実が広がっていた。
何らかの理由で命を落としたのだろう沢山の人だったものが、積まれて放置されていた。
視界に飛び込むこの世界の実態と、むせかえるような激臭に鼻と心が一気に焼かれた。
多すぎる情報についていけない頭と、焼けた心を落ち着かせるように、戻って座り込んだ。
街を見て回ったのは時間にして約十分程度。
まだ三分の一も見て回れてないが俺には限界だった……
休憩中、寄り添ってくれるセバスさんのおかげで動悸が激しくなっていた自分に気づく。
「はぁ……はぁ……ありがとう……落ち着きました。」
目の前にリズニアがいた。
リズニアは子供たちにトランプを配って何かを説明したあと、こちらへやって来た。
「……トランプ、どっから持ってきたんだ?」
「返してもらったバスケットからです。時間が無かったからババ抜きしか教えられませんでした。」
「良かったのか? トランプ」
「大切にしてくれるって約束してくれたんで、いいんです……。それにほら、楽しそうではありませんか。」
言動全てが女神らしく慈愛に満ちている彼女は微笑みながら言った。
「……そうか。」
一つしかないトランプをあげたら毎晩やっている当番決めゲームが出来なくなるのでは? と聞きたかったのだが、それなら仕方ない。
なんせ、子供たちが初めて笑顔を見せてくれたのだから。
こんな地獄のような場所にも救いはあった。
これ以上、何も言うことはない。
「こうだい。話はもうつけましたので、行きましょう。今は無理でも、この子たちはいつか私達の手で救ってやりましょう。」
「ああ……そうだな。」
今は無理。その言葉が俺の心に強く焼き付き新たな "目標" というカタチで炙り出された。
俺は強くなる。強くありたい。
その "いつか" を迎える為に────。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「こうだい、麻袋それ取っていいそうですよ。」
「────くっ!」
遮るもののない太陽が、容赦なく目に突き刺さる。
「どこだここ?」
「荒野のど真ん中です。道具も返してもらったし、地図も貰ったんであとは向かうだけです!」
「やっと帰れるんだな……」
「クゥーン……」
張り切るリズニアを尻目に俺とセバスさんは疲れを吐露した。
「何言ってるんですか? まだ帰りませんよ」
「はい!?」
「バウッ!」
聞いていないぞ! と声を上げるセバスさん。
「あれ、言ってませんでしたっけ? お金をもらう代わりに、どんな病気も治せる "万能草" が自生している場所を教えてもらったんですよー。それを煎じて飲ませれば、かなみちゃんを治せると思って。」
「お前、そこまで考えてたのか……。もっと後先考えないやつだと思ってたが、いつからだ?」
「そりゃ……最初から・・・・分かってないとこんな危険なことしませんよー」
最初から。
リズニアの言う最初からというのが、どこからなのか……それは重要な事柄だ。
「はぁ……? 最初から……? やっぱオマエは、商人達が襲われることも、運ばれていたのが人間だったことも、全部知ってたのか……?」
「可能性は。まぁ、ここまで上手くいくとは思いませんでしたが。」
つまり、依頼を受けた段階からこうなる可能性を想定していたことになる。
「じゃあ商人は助けられなかったんじゃ無くて、わざと助けなかったのか?」
襲撃を想定出来ていたのならば、それに備えた対策ができたはず。
──だが、それを一切行わなかったとあれば行き着く疑問。
その疑問にリズニアは淡々と答えていく。
「盗賊団との交渉の場を設ける為には、無抵抗が一番でしたからね。でも私、初めて会ったときに言いませんでしたっけ? 目的の為なら手段を選びませんよって。」
彼女の、犠牲を厭いとわない考え方は初めてあったときから知っている。
その結果が死後の俺をこの世界に招き入れたのだから。
それでも、ふつふつと湧き上がる怒りを俺は抑えきれなかった。
「テメェ……そうやって巻き込まれた人間が何人も死んでんだぞ!! 何とも思わねぇのかよっ!!!」
犠牲が出ても仕方が無いと思う考え方はやはりおかしい。受け入れられないし許せない。
気づけば彼女の胸ぐらを掴んでいた。
「こうだいは救える者ならどんな悪いものでも助けたいですか……」
「死んで欲しくはない……当たり前だ。俺の質問に答えろ……!」
「商人達は生きていたら、これからも同じことを続けますよ?」
リズニアは質問に応えず、問い続ける。ならばと思い、俺の考えを全て吐き出した。
「だからって、見殺しにしていい理由にはならねぇだろがぁ!! そんなら、奴隷が増え続ける方がまだっ……! ……マシ……だろ……。」
「ああ、そっちを選ぶんですね。」
「いや、違う……俺は……」
叫びだした思いは自分でも分からない方向に着地した。
そんなこと言うつもりなど一切無かった。
選んだと取られてもおかしくない発言だった。
リズニアから手を離す。
「いえ、いいんです。どちらの選択肢が正しいのかは私にも分かりませんから。こうだい。でも、選んでいることを隠して、口だけで行動しようとしない人。────私、"偽善者以下" だと思います。」
「違う……俺は──」
──偽善者以下なんかじゃない。
ただその一言が、
たった一言を、俺に言う資格がどこにあるのだろうか……。
「悔しかったら、行動で示せるようになってください。」
リズニアは目的地へ歩みを進めた。
今の俺には悔しいどころか、自分自身の考えが分からなくなっていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ありましたっ! 青と緑の花! アレで間違いないですよ!」
大きな岩山のてっぺんまで登って岩と岩の隙間に生えている "万能草" をリズニアは発見した。
「いつまでしょげてるんですか。もう、私が抜いちゃいますからね!」
「ああ……頼む。」
「うー! うーん! これ、根っこからいかないとダメそうですねー……」
「おい、気を付けろよ……」
「分かってますって。うー、せいっ! ほいぃっ! ほら、抜けまし──」
見事に抜いた "万能草" を俺に見せようと体をひねったリズニアがバランスを崩して落ちかける。
「リズッ!」
なんとか手を掴み、助けた事で転落事故は起きなかった。
「あはははは……落ちても大丈夫だと思いますけど、助かりました。」
申し訳なさそうに笑いながらリズニアは言った。
「ほんっと、ヒヤヒヤするから気をつけてくれよ……」
セバスさんと協力して持ち上げるように引き上げた。
「フフン。」
「なんだよ……」
リズニアがニヤけた顔をこちらに見せてくる。
「異世界こっちに来てから初めてリズって呼んでくれましたねっ!」
「ああ、そうだっけか……?」
──なんだ、そんな事か……
「もう一回! もう一回、呼んでください。」
小動物みたく、全身で喜ぶリズニア。お手を待つイヌのように疼いていた。
万能草が手に入ったのはリズニアのおかげ。
だからご褒美的に呼んであげることにした。
「リズ……? リズ……。」
カラダを少し揺らしながら、今までに無いくらいにんまりしている。
「なんで、そんなに嬉しそうなんだよ。」
「だって〜こうだいが渾名で呼ぶ人って私しかいないじゃないですか〜もう一回お願いしますっ!もう一回!」
──こいつ、しつこく要求してくるタイプだな……なら、へたに言わないより言いまくって飽きさせてやる。
「リズリズリズリズリズリズリズリズリズ。もうこれでいいよな! 帰るぞ。」
俺が一度言ったのを覚えてくれていたことが今更恥ずかしく思えて強引に切り上げ、話を終わらせた。
「えー! もうちょっとだけえー!」
「おい、気をつけて歩け。……ったく」
俺の周りをうろちょろするリズニアがまた落ちそうになるんじゃないかと、心配になった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
岩山からなんとか無事に降りて二人と一匹家路につく。
「リズ。一ついいか?」
「はーい! なんでしょ!」
飽きた様子もなく、ニコニコしながら聞いてくる。
「これからは……そのー、俺にも頼ってくれ。これからの皆に関わることとかは特に、一人で決めないで相談して欲しい……いいな?」
「はーい。」
少し時間を置いたことで、今回俺が一番許せなかったのはリズニアが誰にも相談しないで決めた事だと気づいた。
かなり気恥しいが、次からはそういう事が無いように言っておいた。
「リズ。」
それともう一つ。真剣な話。
「は、はい?」
「俺はお前の言う通り、何も出来ないのに偉そうに言ってるだけの偽善者以下だった。その上、お前に当たるようなことして悪かった。ごめん。」
考えてみれば俺が無力なのは俺自身が一番理解していたことだった。
自分に出来ないことをリズニアに強要していたのだ。
偽善者以下を否定できるはずも無い。
口先だけだったことを謝るために頭を下げた。
「顔を上げてください。私の方こそ、こうだいの気待ちが分からなくてひどいこと言ってしまいました……。ゴメンなさい。それと、私からも一つ良いですか?」
「ああ。なんだ?」
「こうだいは優しい人だと思います。この世界で生きていくにはあまりにも脆く危険なほどに。このままだといつか、身も心ボロボロになってしまいます。だから……気を付けて下さいね。」
リズニアは暖かく優しく微笑んだ。
「────この世界はゲームであって、ファンタジーじゃないのですから。」
リズニアの言葉は俺の奥底に響いた。
──確かに俺はどこかで、この世界をゲームではなく、ファンタジーな世界だと思い込んで……ん?
「え? あれ、逆では?」
「あっ、え、えっと、ああ、今のは、無しです! 間違いとかではありません! ────この世界はファンタジーであって、ゲームではありませんから。」
「いや、女神モードで言い直しても無かったことにはならないからな?」
「ええい、忘れろーい!」
「バウバウ……。」
セバスさんが呆れるように吠えた。
街が見えてきた頃。
「台風とハリケーンの境界線ってどこでしょうか」
「……ハリケーン?」
「台風って発生してる場所によっては、ハリケーンって呼ばれるらしいですよ? 不思議ですよねー、どちらも元は同じなのに。」
「へー、なんかハリケーンの方が強いイメージだったなぁ」
「分かりますー! 台風が北上して、ハリケーンに変わりましたっなんて言われたら、強くなったような気がしますもんねー!」
「ああ。それで逆に、向こうから来たハリケーンが台風に変わますって言われたら弱まった感じするだろうなー、たぶん。」
「響きがカッコイイからですかね?」
「さぁ? こういう現象、なんて言うんだろうな。」
「帰ったら、かなみちゃんに聞いて見ましょうか。」
「かなみちゃんの熱が治ったら、な。」
こんな何でも無いような会話をするのはいつぶりだろうか。
薫さんと二人きりで話す時とは違う不思議な感覚。
まるで、高校時代に戻ったような、そんな気がした。
「似たような話でいやー、クジラとイルカの違いって何か分かるか?」
「違い……ですかぁ?」
「うん。あれ実はなぁ──」
「ちょっと待ってください! ……それは、なぞなぞですか?」
「いや、問題で出したつもりでも無いぞ」
「いや、当てます! ……ジャンプ力ですか?」
「うーん、そうじゃないなぁ。答えはかなみちゃんに、聞いてみてくれ。」
「むきっーー! ドヤ顔ウザし。じゃあ、今度は私から問題を出しますね」
「おう。望むところだ。出してみろいっ」
「人工召喚石と天然召喚石の違いはなんでしょーかっ!」
「はぁ!? ……えっとー……値段、とかか?」
「値段はものによってマチマチなんで正解とは言えないっすぅ。答えはかなみちゃんに聞いてみてくれっすぅ。」
「ンな分かるかぁ!!」
リズニアのドヤ顔はいつ見ても腹が立つ。
「じゃあ今度は俺の番な!」
後日、薬草を煎じて飲んだかなみちゃんは元気を取り戻し、俺とリズから謎の質問攻めに合うこととなった。
時間も平衡感覚も失われた状態から解放されるかのように、被らされていた麻袋を乱暴に剥がされる。
ボヤけた視界の端にリズニアが居たのが分かった。
「リズニア……ここは……?」
「どうやら……アジトのようですね。」
俺達が居たのは洞窟
天井は低く、何より暗い。人の手で粗雑に掘られたような洞窟の中だった。
そんな俺達の前には、大きな岩にドカっと座るガタイもカオもなかなにいい、金髪オールバックの男。
切れ長の眉と目つきの悪さが男の只者ではない風格を表していた。
この男の前に連れてこられた理由。
恐らく、彼が盗賊団のトップだから。それも対話を望んでいるのだろうと直感した。
「リズニア。同時通訳頼めるか。」
「無理ですよ……かなみちゃんじゃ、ありませんし、吹き替え映画みたいな芸当は出来ません……」
漸く視界がハッキリとして、足元のセバスさんを確認出来たタイミングで、男は座ったまま俺に話し掛けてきた。
全て聞き終えたリズニアが俺に訳して伝える。
「お前達は何を運んでいたか知っているのかって聞いてます。」
「いや、聞かされていない。」
俺は目を逸らすことなく正直に答えた。
リズニアがその旨を伝えて、返答が帰ってきた。
「とんだ依頼を引き受けちまったな冒険者? だが、安心していい。今回の依頼達成報酬に、少しばかり色を付けた金額をくれてやる。だから、中身を知らされていない運びの依頼には二度と関わるな。勿論、俺達のことも他言無用だ……だそうです。」
あれだけ大事そうにしていた荷物。
一切を秘密にされていれば怪しまないはずが無い。
盗賊団が狙うほどの大切な何か。
俺には中身が何だったのか聞かなければならない気がした。
「何が入ってたんだ」
「それ、聞きますか」
手足を縛られたりした訳では無いが、武器は全て取り上げられ、完全無防備になっている俺達。
横で立つリズニアがそれはマズイと警戒したのか聞き返してきた。
「警戒されるのは分かってる。でも伝えてくれ」
「……分かりました」
覚悟を決め伝えたリズニアが今度は俺に話す為にこちらに目線を向ける。
「運んでいたのは十二名の子供と女。そいつらは全員、盗賊として育てる……と。」
「子供……!? あの中に人が居たってのか……? それも、そんな沢山……あの馬車からは一度たりとも人の声なんて聞いてないぞ……!」
「……声が出せない状況だったのでは?」
リズニアが何故そんな結論に至るのか俺には分からない。
それは盗賊の意見を完全に信じていければ出ない発言。そんな気がした。
ウソをついているかもとまず疑うのが、リズニアらしい。と言うか何よりそっちの方が自然な筈だ。
だが、可能性は無いこともない。それが事実だった場合を考えなければいけない。
「もし、それが本当なら金なんていらない。全員を解放しろ。」
「それを伝えるのはさすがにマズイですって……」
そう言いながら、辺りを確認するリズニア。
「頼む、伝えてくれ」
しぶしぶと言った感じに了承してくれたリズニアが話している間に、俺も辺りを見渡す。
洞窟は円状になっていて、俺達を取り囲むように男達が壁際に立って並んでいる。
警戒した様子は見せないが、全員大小様々な刃物を携帯しているのが分かった。
退路は俺の真後ろか、座り込む男の後ろくらいしかない。もっとも、目の前が退路である可能性はかなり低いが……。
「解放したあとはどうするんですかと。」
「俺が責任を持って家まで送り届ける。」
「家の無いものはどうするんですかと。」
「それはっ……それなら、俺が面倒を見る! 里親なりなんなり見つけてやる。それならいいだろ!」
もし、本当に存在しているとすれば、解放する代わりに何かを要求されるリスクはあるかも知れない。
盗賊に連れてかれた者達の事情は何も知らないが、ここは大きく出ることで、盗賊より優位な立場での交渉に出ようと考えた。
なにより、人を平気で殺せるようなヤツらの元には置いておけないのが本音。
俺の方弁では苦し紛れの言い訳に聞こえたかもしれない。
「こうだい。なら全員に会わせるからついてこい……と言っています」
どうやら俺達を騙すためのウソ。と言う線は無くなった。
とすれば、次に湧き上がる疑問は子供や女性が運ばれていた理由になる。
立ち上がった男が俺達の向いている方の通路へ歩き始める。
それについてくるように二人の部下がやって来て俺達について来いと命令した。
薄暗い通路を歩く。
途中で枝分かれしているポイントも幾つかあったが金髪の男の方へついていく。
俺は疑問を解決する糸口を探していたのだが、その疑問は思いもよらない所から解決していく。
「こうだい、一つ謝らなければならないことがあります。私が受けたこの依頼、『緊急クエスト』と言うのは間違い無いんですが、実はEランクの依頼じゃないんです。この街に住む冒険者なら、誰もが敬遠するFランクの依頼の中でも異質。誰もが知っているのに誰もが知らないフリをし、決して話題を挙げることすら許されない……暗黙のF。」
俺よりほんの少し先行するリズニアが背中越しに語り始めた。
「暗……黙……?」
「十二名もの人間が、声すらあげずに大人しくしていた理由、想像つきますか。」
「お前……何を知っているんだ……」
「死んだ商人達にとって彼らは、商売道具意外のナニモノでも無かった。だから声すらあげられない状況にされたんでしょう……。要するに、"奴隷" ですよ。この世界に置いては一部、合法として認められている地域がありますが、これは合法でないヤツです。私達は犯罪の片棒を担いでいたんです。」
"奴隷" 。
頭の片隅にほんの少しだけ考えていたものではあったが、正直その可能性は、受け入れたくなかった。
「そんな子達を盗賊から解放したいって気持ちも分かりますがね、あのまま奴隷として売られ、誰とも分からない主人に仕えて、ろくに自由を与えられない生涯を送るより、盗賊として境遇同じくする仲間と共に自由に生きていく方が幸せだと思いませんか?」
「なんだよ…その言い草……それじゃ、まるで、お前は知ってて──」
「どうやら着きましたよ。」
遮られた言葉の続きを探そうとするが、予想だにしない光景に目を見開いた。
「……街……なのか?」
冷たい道を抜けたその先は、洞窟の大きな空洞全体が見渡せる高台の上だった。
しかし、洞窟の中とは思えない吹き抜けのある空間。
縦横共に、来る時見たどんな部屋よりも幅広く大きく、高すぎる天井は自然に出来たような大きな穴がいくつも空いており、洞窟内のこの空間のみを日光で明るく照らしている。
そのため、薄暗くも寒くも感じず洞窟とはかけ離れた場所に思えた。
細部に目を向けると手造りの建物が密集しており、住んでいる人々の姿も確認できた。
誰もが落ち着いた暮らしをしているように見えるが、逆に言えば活気が感じられない。
日の差し込み具合から、俺達が連れてこられてから数時間以上経っていることが分かるが何より、洞窟の中に小さな街がある事には開いた口が塞がらない。
街全体が一望できる高台。
そこから見える範囲にいる人間は十人、二十人なんて、数じゃない。
それも盗賊には見えない者ばかりで寧ろ、奪われる側のような出で立ち。
つまり、この街に暮らす人達は───
「ここにいる元奴隷、総勢二百二十二人をどう解放しますか。と言っています。」
リズニアの訳口調はだんだんと優しくなっていた。俺を気遣ってくれているのだろう。
だが、突きつけられた現実は変わらない。
この時、己の考えの甘さに漸く気づく。
この男は、それを知らしめる為に俺達をここへ招いたのだろう。
「こうだい。実際に街へ降りて、人々の現状に触れて回って来てもいい。と許可をもらいました。私見てきますんで、あとで合流しましょう。」
「あっ、おい……!」
リズニアはそそくさと行ってしまった。
仕方なく、俺とセバスさんも高台から降りて街を歩いて回ることにした。
その小さな街には、上から見下ろしただけでは分からない惨憺さんたんたる現状が広がっていた。
地面と同じ色の干しレンガで組まれた家はそのほとんどが破損していて、人が住める状況では無かったり、触っただけで崩壊してしまいそうな有様。
かがんで欠けたお皿を砂で洗う女性達がいれば、日陰で虚空を見つめる子供たちがいた。
───なのに。
笑顔だけはどこにも無かった。
どこにいても悪臭が酷く、地べたに力無く座る者は誰であろうと関係なく小さな虫が集っていた。
中でも、悪臭が濃い場所。
ここだけは目を背けたくなるほどの現実が広がっていた。
何らかの理由で命を落としたのだろう沢山の人だったものが、積まれて放置されていた。
視界に飛び込むこの世界の実態と、むせかえるような激臭に鼻と心が一気に焼かれた。
多すぎる情報についていけない頭と、焼けた心を落ち着かせるように、戻って座り込んだ。
街を見て回ったのは時間にして約十分程度。
まだ三分の一も見て回れてないが俺には限界だった……
休憩中、寄り添ってくれるセバスさんのおかげで動悸が激しくなっていた自分に気づく。
「はぁ……はぁ……ありがとう……落ち着きました。」
目の前にリズニアがいた。
リズニアは子供たちにトランプを配って何かを説明したあと、こちらへやって来た。
「……トランプ、どっから持ってきたんだ?」
「返してもらったバスケットからです。時間が無かったからババ抜きしか教えられませんでした。」
「良かったのか? トランプ」
「大切にしてくれるって約束してくれたんで、いいんです……。それにほら、楽しそうではありませんか。」
言動全てが女神らしく慈愛に満ちている彼女は微笑みながら言った。
「……そうか。」
一つしかないトランプをあげたら毎晩やっている当番決めゲームが出来なくなるのでは? と聞きたかったのだが、それなら仕方ない。
なんせ、子供たちが初めて笑顔を見せてくれたのだから。
こんな地獄のような場所にも救いはあった。
これ以上、何も言うことはない。
「こうだい。話はもうつけましたので、行きましょう。今は無理でも、この子たちはいつか私達の手で救ってやりましょう。」
「ああ……そうだな。」
今は無理。その言葉が俺の心に強く焼き付き新たな "目標" というカタチで炙り出された。
俺は強くなる。強くありたい。
その "いつか" を迎える為に────。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「こうだい、麻袋それ取っていいそうですよ。」
「────くっ!」
遮るもののない太陽が、容赦なく目に突き刺さる。
「どこだここ?」
「荒野のど真ん中です。道具も返してもらったし、地図も貰ったんであとは向かうだけです!」
「やっと帰れるんだな……」
「クゥーン……」
張り切るリズニアを尻目に俺とセバスさんは疲れを吐露した。
「何言ってるんですか? まだ帰りませんよ」
「はい!?」
「バウッ!」
聞いていないぞ! と声を上げるセバスさん。
「あれ、言ってませんでしたっけ? お金をもらう代わりに、どんな病気も治せる "万能草" が自生している場所を教えてもらったんですよー。それを煎じて飲ませれば、かなみちゃんを治せると思って。」
「お前、そこまで考えてたのか……。もっと後先考えないやつだと思ってたが、いつからだ?」
「そりゃ……最初から・・・・分かってないとこんな危険なことしませんよー」
最初から。
リズニアの言う最初からというのが、どこからなのか……それは重要な事柄だ。
「はぁ……? 最初から……? やっぱオマエは、商人達が襲われることも、運ばれていたのが人間だったことも、全部知ってたのか……?」
「可能性は。まぁ、ここまで上手くいくとは思いませんでしたが。」
つまり、依頼を受けた段階からこうなる可能性を想定していたことになる。
「じゃあ商人は助けられなかったんじゃ無くて、わざと助けなかったのか?」
襲撃を想定出来ていたのならば、それに備えた対策ができたはず。
──だが、それを一切行わなかったとあれば行き着く疑問。
その疑問にリズニアは淡々と答えていく。
「盗賊団との交渉の場を設ける為には、無抵抗が一番でしたからね。でも私、初めて会ったときに言いませんでしたっけ? 目的の為なら手段を選びませんよって。」
彼女の、犠牲を厭いとわない考え方は初めてあったときから知っている。
その結果が死後の俺をこの世界に招き入れたのだから。
それでも、ふつふつと湧き上がる怒りを俺は抑えきれなかった。
「テメェ……そうやって巻き込まれた人間が何人も死んでんだぞ!! 何とも思わねぇのかよっ!!!」
犠牲が出ても仕方が無いと思う考え方はやはりおかしい。受け入れられないし許せない。
気づけば彼女の胸ぐらを掴んでいた。
「こうだいは救える者ならどんな悪いものでも助けたいですか……」
「死んで欲しくはない……当たり前だ。俺の質問に答えろ……!」
「商人達は生きていたら、これからも同じことを続けますよ?」
リズニアは質問に応えず、問い続ける。ならばと思い、俺の考えを全て吐き出した。
「だからって、見殺しにしていい理由にはならねぇだろがぁ!! そんなら、奴隷が増え続ける方がまだっ……! ……マシ……だろ……。」
「ああ、そっちを選ぶんですね。」
「いや、違う……俺は……」
叫びだした思いは自分でも分からない方向に着地した。
そんなこと言うつもりなど一切無かった。
選んだと取られてもおかしくない発言だった。
リズニアから手を離す。
「いえ、いいんです。どちらの選択肢が正しいのかは私にも分かりませんから。こうだい。でも、選んでいることを隠して、口だけで行動しようとしない人。────私、"偽善者以下" だと思います。」
「違う……俺は──」
──偽善者以下なんかじゃない。
ただその一言が、
たった一言を、俺に言う資格がどこにあるのだろうか……。
「悔しかったら、行動で示せるようになってください。」
リズニアは目的地へ歩みを進めた。
今の俺には悔しいどころか、自分自身の考えが分からなくなっていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ありましたっ! 青と緑の花! アレで間違いないですよ!」
大きな岩山のてっぺんまで登って岩と岩の隙間に生えている "万能草" をリズニアは発見した。
「いつまでしょげてるんですか。もう、私が抜いちゃいますからね!」
「ああ……頼む。」
「うー! うーん! これ、根っこからいかないとダメそうですねー……」
「おい、気を付けろよ……」
「分かってますって。うー、せいっ! ほいぃっ! ほら、抜けまし──」
見事に抜いた "万能草" を俺に見せようと体をひねったリズニアがバランスを崩して落ちかける。
「リズッ!」
なんとか手を掴み、助けた事で転落事故は起きなかった。
「あはははは……落ちても大丈夫だと思いますけど、助かりました。」
申し訳なさそうに笑いながらリズニアは言った。
「ほんっと、ヒヤヒヤするから気をつけてくれよ……」
セバスさんと協力して持ち上げるように引き上げた。
「フフン。」
「なんだよ……」
リズニアがニヤけた顔をこちらに見せてくる。
「異世界こっちに来てから初めてリズって呼んでくれましたねっ!」
「ああ、そうだっけか……?」
──なんだ、そんな事か……
「もう一回! もう一回、呼んでください。」
小動物みたく、全身で喜ぶリズニア。お手を待つイヌのように疼いていた。
万能草が手に入ったのはリズニアのおかげ。
だからご褒美的に呼んであげることにした。
「リズ……? リズ……。」
カラダを少し揺らしながら、今までに無いくらいにんまりしている。
「なんで、そんなに嬉しそうなんだよ。」
「だって〜こうだいが渾名で呼ぶ人って私しかいないじゃないですか〜もう一回お願いしますっ!もう一回!」
──こいつ、しつこく要求してくるタイプだな……なら、へたに言わないより言いまくって飽きさせてやる。
「リズリズリズリズリズリズリズリズリズ。もうこれでいいよな! 帰るぞ。」
俺が一度言ったのを覚えてくれていたことが今更恥ずかしく思えて強引に切り上げ、話を終わらせた。
「えー! もうちょっとだけえー!」
「おい、気をつけて歩け。……ったく」
俺の周りをうろちょろするリズニアがまた落ちそうになるんじゃないかと、心配になった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
岩山からなんとか無事に降りて二人と一匹家路につく。
「リズ。一ついいか?」
「はーい! なんでしょ!」
飽きた様子もなく、ニコニコしながら聞いてくる。
「これからは……そのー、俺にも頼ってくれ。これからの皆に関わることとかは特に、一人で決めないで相談して欲しい……いいな?」
「はーい。」
少し時間を置いたことで、今回俺が一番許せなかったのはリズニアが誰にも相談しないで決めた事だと気づいた。
かなり気恥しいが、次からはそういう事が無いように言っておいた。
「リズ。」
それともう一つ。真剣な話。
「は、はい?」
「俺はお前の言う通り、何も出来ないのに偉そうに言ってるだけの偽善者以下だった。その上、お前に当たるようなことして悪かった。ごめん。」
考えてみれば俺が無力なのは俺自身が一番理解していたことだった。
自分に出来ないことをリズニアに強要していたのだ。
偽善者以下を否定できるはずも無い。
口先だけだったことを謝るために頭を下げた。
「顔を上げてください。私の方こそ、こうだいの気待ちが分からなくてひどいこと言ってしまいました……。ゴメンなさい。それと、私からも一つ良いですか?」
「ああ。なんだ?」
「こうだいは優しい人だと思います。この世界で生きていくにはあまりにも脆く危険なほどに。このままだといつか、身も心ボロボロになってしまいます。だから……気を付けて下さいね。」
リズニアは暖かく優しく微笑んだ。
「────この世界はゲームであって、ファンタジーじゃないのですから。」
リズニアの言葉は俺の奥底に響いた。
──確かに俺はどこかで、この世界をゲームではなく、ファンタジーな世界だと思い込んで……ん?
「え? あれ、逆では?」
「あっ、え、えっと、ああ、今のは、無しです! 間違いとかではありません! ────この世界はファンタジーであって、ゲームではありませんから。」
「いや、女神モードで言い直しても無かったことにはならないからな?」
「ええい、忘れろーい!」
「バウバウ……。」
セバスさんが呆れるように吠えた。
街が見えてきた頃。
「台風とハリケーンの境界線ってどこでしょうか」
「……ハリケーン?」
「台風って発生してる場所によっては、ハリケーンって呼ばれるらしいですよ? 不思議ですよねー、どちらも元は同じなのに。」
「へー、なんかハリケーンの方が強いイメージだったなぁ」
「分かりますー! 台風が北上して、ハリケーンに変わりましたっなんて言われたら、強くなったような気がしますもんねー!」
「ああ。それで逆に、向こうから来たハリケーンが台風に変わますって言われたら弱まった感じするだろうなー、たぶん。」
「響きがカッコイイからですかね?」
「さぁ? こういう現象、なんて言うんだろうな。」
「帰ったら、かなみちゃんに聞いて見ましょうか。」
「かなみちゃんの熱が治ったら、な。」
こんな何でも無いような会話をするのはいつぶりだろうか。
薫さんと二人きりで話す時とは違う不思議な感覚。
まるで、高校時代に戻ったような、そんな気がした。
「似たような話でいやー、クジラとイルカの違いって何か分かるか?」
「違い……ですかぁ?」
「うん。あれ実はなぁ──」
「ちょっと待ってください! ……それは、なぞなぞですか?」
「いや、問題で出したつもりでも無いぞ」
「いや、当てます! ……ジャンプ力ですか?」
「うーん、そうじゃないなぁ。答えはかなみちゃんに、聞いてみてくれ。」
「むきっーー! ドヤ顔ウザし。じゃあ、今度は私から問題を出しますね」
「おう。望むところだ。出してみろいっ」
「人工召喚石と天然召喚石の違いはなんでしょーかっ!」
「はぁ!? ……えっとー……値段、とかか?」
「値段はものによってマチマチなんで正解とは言えないっすぅ。答えはかなみちゃんに聞いてみてくれっすぅ。」
「ンな分かるかぁ!!」
リズニアのドヤ顔はいつ見ても腹が立つ。
「じゃあ今度は俺の番な!」
後日、薬草を煎じて飲んだかなみちゃんは元気を取り戻し、俺とリズから謎の質問攻めに合うこととなった。
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