異世界歩きはまだ早い

a little

第八話 金はないけど夢はある




 ────灰燼と化す魔王の最後のセリフを聞き届けながら、俺は天を仰いでいた。


 


 ここまでの旅は長く険しく、辛いものだった……。


 

 ひょんなことから手に入れた聖剣と、頼もしい仲間達に支えられて、気付けばヤツとの一騎打ち。待ちに待って手に入れたこの瞬間に俺は浸っていた。


 勝敗を分けたのは最初で最後のたった一撃。されども、全身全霊を込めて、魔王を倒すに至った一撃。もし躱されていようものなら勝てなかったかもしれない。


 


 「おわった……」


 


 目的を成し遂げたことの達成感や必死の努力が実を結んだ幸福感と脱力感で、俺は魔王の遺言も何もかもすっかり忘れてしまった。何か大事な事だったような気がする。


 今の俺が覚えていることはヤツが魔王だったという事とそれを打ち倒したという事実だけ。ただ、それだけで十分。


 そして、望んでいた瞬間が不意に訪れる────。


 


 

 意識がパッと切り替わる感覚と共に、見上げていた空が澱よどみのない黒一色に染まりゆき、見覚えのある空間が出現した。


 暗闇の広がる世界とセカイの狭間の空間。俺はそこに立っている。


 そこで、見覚えのある人物に出迎えられた。


 「良くぞ、魔王を倒して下さいました。貴方ならいつか神様との約束を果し、世界を救ってくれると信じておりました」


 

 出会った日のことを思い出す。


 

 あの頃と少し違うのは、俺が来ることを予期していたことだろうか。


 ビックリしてすっ転んで怒って泣いて───そんな彼女はもう居ない。


 

 「貴方には選択肢が与えられています。世界を救った英雄として異世界そちらに残るのか、一人の人間として元の世界に生きるのか。二つに一つです」

 「そんなの決まってる。どうせ俺が最後なんだろ? 俺は、みんなと同じ意見だ。それよりお前はどうしてここにいる。女神は辞めたんじゃ無かったのか?」

 「貴方様が世界をお救いになったことで、私は "英雄を導いた女神" としての功績を讃えられ、紆余曲折を経て天界に再び、迎い入れられました。お陰様で、こうして転生を司る女神の座へ戻ることが叶いました。感謝してもしきれません」


 そう笑ってごまかす。一緒に旅してきた俺を相手に。


 「何言ってんだよ。俺達にはまだやるとこが残ってるだろ。お前はそれでいいのか?」


 言っている意味が分からない。それではまるで、女神に戻ることを望んでいた様な口振り。旅している間、一度だってそんなことは言わなかった。


 「長いようで短い、命を懸けた旅でしたが、悪いことばかりではありませんでした。これはきっと、私にとって生涯忘れない大切な思い出になります……絶対に。だから、もう……何も、思い残すことはありません」


 目を瞑つむり胸に手を当て、何かを思い出すように微笑んだ。無理な笑顔は辞めてくれ。


 気付けば、イスに腰掛ける彼女との距離がだんだんと遠ざかっていっている。


 「おい! まてよ……思い残すことはない、だ? そんなつまらない冗談は嘘でもやめろ! いつも言ってるだろ? お前は顔に出やすいんだって!」


 精一杯の笑顔をこちらに向けるが、それは彼女が嘘をついてる事の裏付けにしかならない。


 「なぁ、やってみたいことまだまだ沢山あるんだろ? 自分でそう言ってたじゃないか! 見たいものとか……行ってみたい場所とかまだまだあるんだろ!? 今更何を遠慮する事があるんだよ! それに、俺は……俺は……」

 「楽しかったです! だから、さようならです。こうだい」


 その笑顔は先程までとは違い、心から来るものだとスグに分かった。


 「おい! 勝手に終わらすなよっ! なぁ! 待てぇっ!」


 闇に消えていく彼女を必死に追いかけながら手を伸ばす。


 だが、動いているのは彼女の方ではない。追いかけている筈の俺がこの場所から遠ざかっていっている。


 「平和な世界でみんなが待ってんだ! お前だけ勝手に、勝手にどっか行くなんて許さねぇぞ!! 」

 「……」

 「待ってくれ……たのむ、頼む! リズニアァ────!!」


 


 


  ──────────────────────────


 

 「……こ……い…………こう……だ……」


 意識が覚束無おぼつかない中、誰かの声がぼんやりと頭に響く。


 「こうだ………こうだい! おきてくださーい! 」


 やがて、意識がハッキリとして来るとリズニアが俺を呼ぶ声だと分かった。


 「もう、お昼ですよー! いい加減起きないと、宿のご主人に怒られちゃいますって!」


 俺は今、馬小屋の空いてるスペースをお借りしてその干し草の上に寝ている。


 借りてはいるが、ほとんど眠れてはいない。


 寝る前の薫さんとの夜更かしのせいなのか、かなみちゃんの爆弾ママ発言のせいなのか、それとも他に理由がある所為なのか、原因を考え出したらキリがない。兎に角メチャ眠い……。


 「あと、五時間……」

 「そんなに寝たら夕方になっちゃいますよっ! せっかく、私が今日の計画表を書いてきたんですから! 今からでも、協力して下さいっ! ね?」


 寝ている俺の顔を必死に覗き込んで来る。


 「なんだよ……今日の計画表って」

 「ババ抜きで負けた人がプラン考えるって話しましたよね? だから計画表を作っておきました。もうすでに、午前中の計画はこうだいなしで終わらせましたんでー。午後からだけでも参加をお願いします!」

 「午前中は何してたんだ?」


 重たい体をゆっくりと起こし聞いた。


 「まず、レクムに寄ってー、デネントさんにお礼としてランドリーチキンを一匹お譲りしました。それから街をぶらぶらしてまして〜、換金所に行きましてですね、残り二匹は売りました。そしたらかなりいい値で買い取ってもらいました! 生活するだけなら二週間くらい余裕で持つだけの銀貨を貰いましたですよ!」

 「そうか。なら、Eランクに上がるまでは何とか凌げそうだな」

 「いえ、それなんですが、帰り道で武器、防具、道具屋に寄ったりしたんでちょっと……」

 「……ちょっと?」

 「足りるか心配したんですけど、何とか手持ちの銀貨はたいて買えました! ハンターとして必要そうな道具とか!」

 「買えました! ……じゃないだろ! どうすんだよ! Eランクに上がるまであと、十三日あんだぞ! それまでお前はどうやって凌ぐつもりだよ!」

 「? それなら、Fランクの依頼をこなしていくしか無いでしょう。諦めてください」

 「装備品はEに上がってからでも買えただろうに……。はぁ……Fランククエストは出来れば受けたくないんだけどなぁ……」


 俺がどうしてFランクの依頼に消極的でいるかと言うと、Fランクの扱い等を昨日の夜にかなみちゃんから聞いたから、というのが大きい。


 ────腕は立つが荒くれ者が多い冒険者業界。人間同士でのケンカやイザコザに巻き込まれる者も少なくはない。

 そういった人事間のトラブルを解消すべく、ギルドの人間が仲介役として間に入る制度が導入。その甲斐あってか、冒険者達が依頼に集中出来る時間が増え、ギルドは効率よく回るようになった。

 だがその制度を悪用し、ギルドを隠れ蓑にする犯罪人が現れてしまったため、冒険者となる際に" 指名手配犯 "かどうかを確認するという名目で、『二週間は誰であってもFランク』というのが期間が設けられた、とのこと。 


 要するに、犯罪者対策で後付けされた最下層ランク。そんな場所にいる俺達は言わば、冒険者の"仮免許状態"なのだ。



 そんなこんなでFランクにまわって来るような依頼は、簡単とか難しいとか、そう言う話ではなく、もっとこう、とにかくヤバイ、たらい回しにされて来たような依頼のオンパレードらしいのだ。


 そんな事を聞いて、依頼を引き受ける奴が何処にいるだろうか。正直願い下げしたい。


 「まぁ、とりあえず悩んでいても仕方がないですし、ギルドに行きません? ね、行きましょうこうだい」


 そう言いながら、何かを企むような笑顔を見せたリズニアに嫌な予感がしたが、取り敢えず同行することにした。


   


~~~~~~~~~~~~~~~~~




 「薫さん、おはようございます」


 ギルド前に薫さんの姿が見えたので歩きながら挨拶をした。


 「おはようございます」

 「おはよ、珖代。珖代が昨日言ってたイヌってこの子?」


 近寄ると、しゃがみながら犬を撫でているかなみちゃんがいることに気づいた。


 眠たそうな目を向けるその犬は、昨日あったセントバーナードで間違いない。


 「あ、そうそうこの子だよ」

 「名前はセバスって言うんだって」

 「へーそっか。かなみちゃん、動物の言葉も分かるんだったね。出来たら昨日のこと、ありがとうって、伝えてくれるかな?」

 「────バフ」

 「……なに、気にする必要はない。だって」

 「結構、男前な犬なんだね……」

 「セバスは女の子みたいだよ?」

 「あ、そうなんだ……。セバス、ちゃんなんだね」

 「バフ!」

 「ちゃん付けは要らないって」


 ──この子、ひょっとして日本語通じてる?


 なんて思いながら、俺達はそのままセバスを連れてギルドに入った。連れて、と言うより勝手について来た形なのだが。


 昼過ぎのギルドでは依頼が上手くいったのか、数人規模の祝賀会の様なものが開かれていた。


 「こうだい。今ですよ……!」


 リズニアが肘で小突いてきて風の含んだ声で語りかけてきた。


 「あ、ああ。……ン"ンッ」


 気合いを入れる為に咳払いをする。


 話は少し遡る。ギルドへ向かう途中、リズニアからこの街の人達が挨拶を重んじる傾向にある事を聞かさせれた。


 ──仲良くなるにはまず挨拶から。


 先輩方とは仲良くなるべきだと考えた俺は、異世界での挨拶をリズニアに伝授してもらった。すると、おはようからおやすみまで使えて、暮らしに夢を広げてくれそうな魔法の挨拶がある事が分かった。


 「よ、よし。か、カオウ!」

 「……カオウ!」

 「「「カオウ、カオウ!」」」


 祝賀会のムードのおかげなのか分からないが、冒険者の皆さんは笑顔で返事を返してくれた。


 「よし、これで一歩前進ですねっ! こうだい。この調子でおはようからおやすみまで使える魔法の言葉で、楽しい仲間をぽぽんぽぽーんです!」

 「……お前、テレビはよく見るのか?」

 「? まぁ、女神のときは暇な時間が多かったんで観てました。それがどうしたんです?」


 顔を見る限り、自分が言ったことの自覚は無いらしい。カオウじゃなくて、この魔法はライオンでは? というのはやめておこう。


 「いや、いいんだ。それより、あっちが掲示板だろ? 見に行ってみよう」


 ギルドに入って右手奥側にある巨大な掲示板には、ランクの書かれた依頼書がたくさん貼られている。

 中には、仲間募集を呼びかける紙やどこかのお店の広告なんかも貼られている。


 「こうだいこれ見てください!」


 リズニアは貼られていた紙を一枚取って、自分の胸の前で広げるように見せてきた。


 「お前、爪黒いんだな」

 「今はそこじゃ無いでしょ! この仲間募集の広告は私が書いたものを、許可頂いて掲示してもらったものなんですよっ!」


 どうですか? 凄いでしょ? って考えてるのが顔を見てすぐ分かる。

募集の紙はシンプルで読み易そうなデザインをしている。異世界の言葉が大半なので俺には読めないが。


 「ふーん、やっぱ仲間が必要だと思うか?」


 リズニアが意外と自分達の置かれている状況を考えていることに少しだけ感心した。少しだけだが。


 「はいっ! 一応、最低条件としては日本語が話せる人限定にしてあります。やっぱり意思疎通が出来ないと、仲間とは呼べないですからね〜。あと、オーディションとかしてみたいので、一週間後に希望者はギルドに集まるようにと、つけ加えてあります。いかがです?」

 「この、備考欄みたいなのに書いてある日本語は誰が書いたんだ?」


 異世界語の中に、一文だけ日本語が書かれている。


 

 『ア ッ ト ホ ー ム な パ ー テ ィ で す 。』


 

 デカデカとそう書かれていた。


 「薫さんです」


 なるほど、にしても思う。

 ──これ、そうじゃないバイトに有りがちな謳うたい文句じゃないか……?


 

 「ここにはFの依頼は貼ってないみたい」


 そう言いながら、かなみちゃんと薫さんが戻ってきた。


 「珖代さん、依頼書はバラバラに貼られているように見えて、ランクごとに分けられているようです。かなみがあるのは間違いないと言うので、恐らく、ギルドの奥に仕舞われているんじゃないかと」

 「なるほど。じゃあ、聞きに行ってきます。リズニアも来てくれ」

 「はーい」


 二つ返事で付いてきたリズニアと一緒に受け付けで呼び鈴を鳴らし、さっそくFランクの依頼書について訪ねる。もちろんリズニアを介しながら。


 「はい、何でしょうか」

 「あのー、Fランクの依頼書がもしあるなら、出してもらえませんか?」


 リズニアに通訳して伝えてもらうと、受け付け嬢が目を丸くした。


 更に先程まで、楽しそうに酒を飲んでいた冒険者達も口をポカーンと明けて固まっている。

 ギルド内の和やかな空気が一気に冷えていく感覚に包まれる。


 「リズニア、お前変なこと言ってないよな……?」

 「いやいや! ありのままで伝えましたよ! 信じてください!」


 怪訝な表情を向けられる覚えがないと言わんばかりに、リズニアは手を振って否定した。


 「うん。リズはそのままの意味でちゃんと伝えてたよ」

 「え、ほんとに? かなみちゃんが言うなら……そうなのか」


 その冷めきった空気の中、入口付近の席に腰掛けるダンディーワイルドな冒険者が口を開いた。


 「辞めといた方がいい、ここにあるどんな依頼よりも危険なはずだ。──だって」


 先程まで気持ち良さそうに飲んでいた冒険者も恐る恐る口を開く。


 「そうだよ……。アンタらまだ新人なんだろ? 生き急ぐ必要はねぇよ。辞めとけって、な? ──だそうですよ」


 かなみちゃんとリズニアの通訳を通さなくても雰囲気でヤバさは大体伝わってくる。


 仕方がないので、今日は見るのもやめておく流れになった。


 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 「で、このあとの計画は?」


 今回の計画立案者でもある元女神に問いたところ、予想だにしない返答が返ってきた。


 「ショッピングです」

 「ん? この街にショッピング出来るようなものがあるのか? だいたい、金もないんじゃ……」

 「女性は、なにかとお金がかかる生き物です。その分の銀貨は確保してますし、何も問題はありません! ほら行きますよ、こうだいは荷物持ちなんですから」 


 何か企んでいた様な笑顔は荷物持ちもさせるためだったのか。


 ──それで、俺を必要としてたわけかい。


 


 昼過ぎから始まった、女性三人の買い物は夕刻まで続いた。


 日用品から雑貨まで、何から何まで買い込むものだから相当持たされると覚悟していたものの、かなみちゃんの何処かに収納してしまうチートスキルのおかげで杞憂におわった。


 ただ、買い物に付き合い続ける忍耐力を持ち合わせていなかった。

 俺は日陰に位置する階段に座って、買い物が終わるのを眺めて待つことにした。


 そこにセバスがのそのそ近寄ってきて俺の横に座り込んだ。


 「お前も疲れたか? 無理に付いて来る必要はないぞ?」

 「────バフ」

 「ん? 疲れたのかだって? そうだなぁ………三人とも美人だろう? 変なヤツが寄りつかないように睨みを効かせてた分、ちょっと疲れたかもなぁ」


 気遣ってくれているであろう、セバスの頭を撫でても体はピクリとも動かない。しかし、シッポはもぞりもぞりと地面を掃いているように動いていた。

 こころなしか顔も少し微笑んでいるように見える。


 「平和だな……」


 ふと空を見上げると、夢の中で天を仰いでいた自分と重なった気がしてそう思えた。


 


 どうやって聖剣を手に入れたのか。


 


 どんな仲間達に巡り会えたのか。


 


 リズニアに何を伝えたかったのか。


 


 今の俺には、それがただの夢なのかこれから起きることの暗示なのか何一つ分からないが。


 「ほんとうに魔王なんて倒せんのかな……。とか、考える前に行動だな! 俺も、頼られるくらい強くならないとだし」


 自分の持つスキルは、いきものを殺してしまうほど強いことがわかった。それでも、仲間に頼られるくらい強くなってやることを胸に誓った。


 まずは、魔物を倒してレベル上げだな。


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