異世界歩きはまだ早い

a little

第七話 バブみ


 ユールの街は外周を壁で覆われている───訳ではない。正確には、街の外周は魔物が街を襲えないように木の柵で囲われている。

 この柵は器用に登っていけば入れなくはない高さだ。


 枠組みは鼠返しと落ちた魔物を串刺しにする役目を担っている。万が一にでも落ちてしまうと危険なので登っての攻略はしない。


 街全体を柵が覆っている光景は圧巻の一言に尽きる。荒野の中の小さな街にも関わらず魔物対策は万全。

 そのため、別の手段での浸入を試みることになった。


 俺達三人・・・・はそれぞれ別々の物陰に隠れながら、正面入口を横切るタイミングを窺うかがっている。


 俺の位置からは二人の門番の内の一人が、馬車に乗る商人らしき人物と談笑している様子が見えた。


 今がチャンス。中継地点の大岩に隠れる薫さんに、精一杯のジェスチャーで状況を伝える。


 それを受け取った薫さんが俺から見えない位置に隠れるリズニアに合図を送る。


 そして、合図が返ってくる。両手を使って大きな丸を描く薫さん。事前に決めていたOKのサイン。自分が移動するとき同時に動けという意味だ。


 その合図に従って、薫さんはリズニアの位置に、俺は薫さんの隠れていた大きな岩に移動する。


 おかげで二人は門番達に気づかれることなく、無事渡りきれた。あとは、……俺だけ。


 その時、足元からコンっと軽快な音がなり、小石が転がった。


 「──だれだ!」


 逸はやる気持ちを抑えきれず、思わず石ころを蹴ってしまった。

 その音に気づいたのはつい先程まで商人と談笑していた門番。張り詰めた声を響かせる。


 「わたくしが帰りがてら見て参りましょうか?」

 「そうですか……それでは、頼みます」


 大岩に張り付いて息を潜めていたので、相手側の商人が女性であることが分かった。


 馬車がこちらに近づいて来るのが音でわかる。そのまま通り過ぎて欲しいと心から願うが、願い届かず馬車は俺の目の前で停止した。


 馬車を引く、綺麗な女性とがっつり目が合った。

 俺は見逃して欲しさに精一杯の笑顔を向けた。

 でも、その願いすら届かなかったのか女性は馬車から降りてこちらに向かってきた。


 「あの……見逃してもらえませんか?」

 「冒険者の方ですわね?」

 「は、はい」


 女性は顔を近づけて、声を潜める様に話しかけてきた。

 花のようないい香りがする。出逢い方が違っていたならば、別の意味で心臓をバクバクさせていたところだろう。


 「やはり何かありましたかぁ!」

 「いいえ、銀貨が一枚落ちていただけでしたわ」


 女性は銀貨を掲げ、門番にさも、今拾ったかの様なアピールをする。勿論、銀貨など落ちてすらいなかった。


 「ミファレド商会を今後ともよろしくお願いします」


 彼女はそう言ってスグに馬車に乗り込むと、颯爽と走り去って行ってしまった。


 ミファレド商会が何かは分からないが、とりあえず安堵する。


 ──助かった……。 


 


 

~~~~~~~~~~~~~~~~~




 最大の難所を乗り越えた俺達は旧井戸にたどり着いた。


 「ここか……」

 「ここが、かなみちゃんの手紙に書いてあった旧井戸で間違いないでしょう!」


 リズニアが得意気なのが鼻につくが、かなみちゃんが残してくれた手紙が指し示す侵入ルートは、ここで間違いないだろう。


 かなみちゃんが何故、手紙だけを残してこの場に居ないのかはこの手紙に全て書かれていた。


 どうやら、かなみちゃんはチートスキルの一つを使って、いとも容易く侵入に成功したらしい。その上、俺達の為の侵入経路も調べ上げ、図面付きの手紙をこっそり渡してくれたのだ。

 本人は旧井戸の出口で待っているそうな。本当によく出来た子。いや、出来すぎていて渇いた笑いしか出ない。


 


 

 もうすぐ太陽が姿を隠す時間。


 旧井戸は確かに、街に通じていた。俺、薫さん、リズニアの順に、井戸の中に掛けられたハシゴを登って ユール にやって来た。ちなみに、俺が先頭で登ってきたのは二人がスカートだったからだ。


 「……う、しょっ。さすがかなみ隊員。潜入任務、ご苦労様であるっ」

 「はっ、もちろんです! 長官っ」


 リズニアとかなみちゃんは何かに成りきって、お互いに敬礼している。


 「あの二人、一緒に遊んで、大分距離が縮まったみたいですね」

 「かなみも成長はしていますがまだまだ子供。同じ目線にたってくれる存在が居てくれることがよっぽど嬉しいんでしょう」

 「なるほど、あんな奴でも役に立つんですね……」

 「かなみ隊員っ! 次の任務・・・・ですっ。私達が依頼達成の報告をしてくるので、その間、格安の宿を抑えておいてください! 条件としてはお風呂があって、人数分のベットはなくともフカフカで寝心地のいい感じのがあるとこで朝食も頂けるような──うっ!」


 饒舌じょうぜつに語りだしたリズニアの頭を鷲掴みにする。


 「次の任務ってどういう事だ? まさか、かなみちゃんが ユール に一人で侵入したのは、お前が指示したから、じゃあないよなぁ?」


 頭を強制的にこちらに向かせる。


 「あれー? 言ってませんでしたっけ? こういう時は、使える者は使わないと……でしょ?」


 やっぱりこいつはダメだ。クズい。

 褒めようとするといつもこうだな……。


 少し言い聞かせた位じゃ人元女神は変われないみたいだ。


 「とりあえず、報告は皆で行く。宿探しはその後な」

 「えーー! 分かりました……」


 リズニアは渋々しぶしぶ了解するが、腑に落ちていない様な表情をする。

 渋々でも分かってくれるなら、それでいい。俺達はデネントさんに報告をしに向かった。


 


~~~~~~~~~~~~~~~~~




 「四匹もいたのかい!? 普通は群れない筈なんだけどねぇ……なんにせよ、アンタ達の実力は想像以上だったよ。ありがとね」

 「いえ、俺とリズニアは大したことはしてませんよ」


 俺がした事なんて実際、睨んだだけだ。薫さん達と比べれば本当に大したことして無さすぎて落ち込そうなくらいだ。


 「強いうえに謙虚とは、よく出来た子達だね。初依頼、疲れただろう? 報酬とは別に、うちで好きなだけ食っていきな」

 「本当ですか! ありがとうございます」


 タダでご馳走してくれるなら断る理由はない。


 「やっほーィばんごはーん!」

 「ばんごはーん!」


 リズニアに続いて、かなみちゃんも声に出して喜ぶ。薫さんはお辞儀していた。


 「それとアンタ達、今晩泊まる宿すらないんだろう? 知り合いの奴に無理言って相談してみたら、タダで一晩貸してくれるみたいだから、これ持って行きな」


 渡されたのは手紙と地図。手紙には『一晩こいつらを頼む』と書かれているらしい。宿屋の主人に見せる為の手紙だ。


 「何から何まで……ありがとうございます」

 「いいのよいいのよ。普通はランクが高ければ高いほど、冒険者は高待遇を受けられるけど『初心冒険者にこそ、高待遇を』がこの街に暮らす人々のモットーだからね。死んじまうより、一〇〇倍ましさ……」


 デネントさんは今までとは違う、悲しそうな表情をみせた。

 冒険者にとっての始まりの街。この街から旅立った冒険者もいれば、無念にも、散っていった者もいたことが伝わる。

 だから、この街の人々のあり方が変わっているとは思えない。

 それも一つの答えなんだろう。


 


~~~~~~~~~~~~~~~~~




 「では、ごゆっくりーだって。お母さん」

 「こうだいっ! 見てくださいベットですよ! どっちに寝ます? 」


 俺達はダブルベッド二つが部屋の六割を占める、少し小さめな部屋に通された。

 デネントさんは俺達のことを家族だと思っていた訳なので、用意されていた部屋は一つしか無かった。


 昨日、今日あった男が同じ部屋で寝るのはダメな気がする。俺の理性も信用できない。


 俺だけ別にして欲しいことを宿屋の主人に伝えると、部屋に空きがないので、外で我慢してほしいと言われ、馬小屋の干し草のうえで寝る許可を得た。ふかふかで意外といい匂いがするらしい。


 「俺は別に部屋を用意してもらったからここでは寝ないぞ」


 適当な事を言ってリズニアを遇あしらう。


 「えーーなら、まだ時間ありますし、お話しましょ?」


 リズニアは背後から俺の腰に手を回し、話しかけてきた。

 甘えるような口調に思わず心を揺さぶられる。しかし。


 「おりゃーーーー!!」

 「うお!?」


 雄叫びをあげたリズニアはそのまま俺を持ち上げ、ベットに放り投げた。


 受け身は取れなかったが、ベッドは思っていたよりフカフカで怪我はしない。


 「とおぉ! うりゃああ!」


 怪我の確認をしているのも束の間、リズニアは俺に向かってダイブし天空てんくう×(ペケ)字拳じけんを食らわせにきた。


 「おま! 危ねっ!」


 俺はベッドの上を転がることで回避した。しかし、リズニアも負けじとばかりに転がってくる。


 「ごろごろごろー!」


 結果、俺はベッドとベッドの間の溝にハマってしまった。更に、その上からリズニアもすぽっとハマりに来た。


 「はっ……! 何でしょうか、妙に落ち着くこの感じは! 私! ここで寝ますっ!」

 「どこで寝ても構わないから、とりあえずどいてくれないか?」


 コイツと居ると怒りのフラストレーションが溜まりそうだ……。


 

 余計な物が一切置かれていない部屋のベッドに四人で腰掛ける。


 「皆さんトランプしませんか? 私持ってるんですよ!」

 「お前、修学旅行じゃないんだから……」

 「いいじゃないですか! 明日のプランを誰が計画するか、ババ抜きで賭けましょう!」

 「負けた方? 勝った方? どっち?」


 かなみちゃんは乗り気だ。


 取り敢えず一度やってみる。

 そして時間は流れに流れ一時間が過ぎていた。


 「よっしゃー! お前にババ抜きは一〇〇年早いんだよ!」

 「あ~~っ! なんで私がいつも負けるんですか!?」


 リズニアはそのままベットに倒れ込む。


 「リズ、すぐ顔にでるもん!」

 「ほんっと、分かりやすくて助かるよー女神さん。おっと、元女神さんだったかな?」

 「フフッ、それで言ったら珖代さんも、顔に出やすいですよねっ」

 「え?」


 薫さんが変なことを言う。ポーカーフェイスをキメていた自信があるのだがどうしてだろう。


 「うん。じゃなきゃリズと毎回一騎打ちにはならないもんね」

 「え、うそ……。俺って顔に出やすいんですか……?」


 ぺたぺたと顔を触って確かめる。リズニアを煽って調子に乗っていた分、顔から火が出そうなくらい熱い。


 俺がちょっと焦っているのを尻目に、リズニアは〈 32型水晶テレビ 〉をトランプ用に置いたテーブルに設置し、チャンネルを回し始めた。


 「クズニアさん、それって普通のテレビにもなるんですか?」

 「あれ? 言ってませんでしたっけ? 地球の番組なら映せますよ。テレビですからね」

 「なら、ニュースは観れるか? 俺達のことがやってるかも知れない」

 「観たいバラエティー番組があるんで、後ででいいですか?」

 「今すぐだっ!」

 「あ! ちょっと!」


 俺はリズニアから半ば強引にリモコンを奪い取りチャンネルを変えた。


 『────引き続き、情報提供をお待ちしております』


 映ったのは原稿用紙を忙しなく見ながら読んでいる日本のニュースキャスターと、見覚えのある場所の空撮映像が映し出されているモニターだった。


 『 現在、確認されている、行方不明者、10名。繰り返します』


 キャスターに落ち着きが無いのはこのニュースが速報だからなのだろうか。

 番組では異世界に転生、もしくは転移した人々が行方不明者扱いされて大々的に報道されている。


 「やっぱり大事になってるな……」


 映像は切り替わると行方不明者の顔写真と名前が表示される。


 「メモ……メモだメモ! リズニア、紙とペンはあるか!」

 「ええ、ありますですよ」


 俺はリズニアから受け取った紙に行方不明者、一人一人の名前を書いていく。


 俺がメモを書く、その後を追いかけるようにキャスターは読み上げていく。


 『 蝦藤 薫さん、


 蝦藤 かなみさん、


 母屋おもや 百恵ももえさん、


 菊千葉 松太郎しょうたろうさん、


 喜久嶺 珖代さん、


 粋年すいねん 荒狂三舵あれくるうさんだーさん、


 中島 茂茂しげしげさん、


 森末もりすえ 真希菜さん、


 南丈みなみじょう 葵咲きさきさん、


 和郷わごう ミチヤさん、


 なお、死亡者は一名。


 水戸洸たろうさん。


 どんな些細な情報でも構いません。引き続き、情報提供を────』

 「リズニア、この中に勇者はいるのか?」

 「既に正式な転生を施されている為、死亡者扱いにされてますね。他の方々が行方不明扱いなのは、こうだいとの"約束"を守るための、トウ神様の寛大な御処置であると思われます」


 真剣なリズニアは纏う雰囲気からして違う。

 見ているだけでこちらの気まで引き締まる。


 「確かに行方不明扱いなら、地球に戻ってもある程度の生活保証はあるとみていいな……"約束"は守られると思っていいんだな?」

 「ええ、どちらかが天界にいる限り、守られますですよ」


 どちらかが……? なら、もう一つの"約束"はどうなるのか。


 「じゃ、俺と薫さんが交わした"約束"は、どうなる?」

 「あれ? 言ってませんでしたっけ? 二人共、降りてきているので契約は破棄されたものとみて、間違いないです」

 「なんで、いつもそういう大事なことを言い忘れんだよっ!お前は!」

 「いや〜、すみません。それより、これだけ大々的にニュースに取り上げられたら、皆さんのご両親とかも心配なさるんじゃないですか? ねぇ? かなみちゃんもお父さんに会いたいよね?」


 不意に話を振られたかなみちゃんは、俯いたまま黙り込んでしまった。


 その様子をみた、薫さんが口を開く。


 「夫は借金だけを残して逃げました。きっと、私達が居なくなったのも知りませんよ」


 ──え?


 薫さんの予想外な発言に声が出なかった。

 部屋の空気がどんよりと冷えていく感覚に支配される。


 「へぇ、こうだいは?」


 何事も無かったかのようにリズニアは俺に振り返って、話を振ってきた。


 「お前は空気の読み方を知れ」

 「なんですか? そらさないで教えてくださいよー」

 「別に俺の話は興味、……ないだろ」

 「やっぱり訳ありなんですね? 顔に書いてありますよこうだいはわかりやすい人です」

 「話しても、余計空気悪くするだけだぞ……」

 「もう! 今更なんですかっ一緒に追放された仲じゃありませんか! 隠しごとは無しにして下さいよ!」

 「珖代。かなみも知りたいかな」

 「珖代さん、良ければ教えてもらえませんか?」


 二人からお願いされれば断わりづらくなる。あまり気乗りはしないので思わず溜息が出るが、話す事にした。


 「俺に、両親はいないんです」

 「……と言うと?」


 少し大まかに話してもリズニアが詳細を聞いてくる。また溜息が出そうになるが続ける。


 「小さい頃、家族でドライブ中に大型トラックと接触事故を起こして、両親は二人共死んだんです。生き残っていたのは俺だけ。だから家族はいないし心配する人もいません」

 「じゃあ、こうだいの頬のキズはその時ついたものなんですか?」

 「ああ、……これは、別のトラックに轢かれたとき、だったかな」

 「どんだけ、トラックに運が無いんですかっ!!」

 「珖代さん、それでよくトラックの運転手になりましたね……」

 「珖代、逆に凄いよ……」


 周りの反応が思っていたものとなにか違う。かなみちゃんまで呆れた表情をしている。


 「もしかしたらですけど、こうだいの両親、実はトラックに轢かれた後でこちらに転生していたりしてっ。そしたら会えますね!」

 「ああ、だといいな」


 明るく楽しげに話すリズニアに否定はしなかった。

 だが、実際にこの世界に居ても、あの時と同じように、人を轢き殺してしまった俺には合わせる顔なんてあるのだろうか。


 


 それからは、色々な話をした。

 俺が謎の犬に出会った話や、かなみちゃんがどうやってチキンを倒したのかの話でおおいに盛り上がった。

 ここに来てからの出来事や、これからの目標なども話し合い、振り返って考えるいい機会になった。


 リズニアの過去はただの自慢話でウザかったので要約すると、20を超えるチートスキルは自分で使える訳でもないのに努力して手に入れたこと。

 あとは、前任の神様に一から女神として教育を施されたらしいが、人としての教養みたいなものは、とくに学んできていないとのことらしい。


  リズニアとかなみちゃんは余程疲れたのか、いつの間にか二人仲良く寝てしまっていた。

 出会った当初からは想像もつかないほど二人は仲良くなっている。はたから見たら仲のいい姉妹のようだ。


 「こっちの世界にも、月はあるんですね。少し大きいけど」

 「ええ、でも、月に似た別の星かも知れませんよ?」


俺と薫さんはテラスに出て、月の様なものを眺めていた。


 「珖代さん、私達親子はもう大丈夫です。"約束"はもう、守る必要もありません」

 「確かに、無効になっているかもですけど……」

 「珖代さんには、魔王を倒す大事な役目があるのでしょう? 私達と居ては、いつまで経っても、目的は果たせませんよ。それに、他の目標もあるんですよね?」

 「気づいてましたか……。俺は謝りたいんです。行方不明扱いになってる皆さんに。どれだけ時間がかかるか分かりませんし、償えるのかも分かりませんが、気持ちを整理したいんです。魔王を倒しに行くのは、それからでも遅くはないでしょうし」

 「リズニアさん・・・・・・と二人きりの方が珖代さんにとっても都合が良いのでは?」

 「え? アイツは関係ないですよ。俺は、薫さん達に頼りたいんです。リズ・・なんかよりよっぽど頼りになりますし、旅について来て欲しいくらいですよ」

 「フフッ、ありがとうございます。本人にはリズと呼んであげないんですか?」

 「えー薫さんには言われたくないなぁ」

 「フフッ、何のことやら」

 「じゃ、そろそろ、寝に行きますね」

 「珖代さん」

 「はい?」

 「珖代さんがもし良ければ、一緒に寝ませんか……?」

 「い、いやいやっ! そんな事したら、不眠不休で朝を迎えることになるので遠慮させて頂きます!」

 「ただ、寝るだけですよ。何を想像してたんですか?」

 「え! いえっ! やましいことしたいとかじゃ全然なくて! ただ、色んなこと想像しちゃって眠れなくっ……ああ! とかでもなくて! アハハー、もう、疲れちゃったみたいなんで寝ますねおやすみなさいっ!」


 俺は上手い言い訳が思い付かず、逃げるように部屋をあとにした。


 宿屋の裏口から馬小屋に向かう。


 裏口のドアは少し高い位置に設置されていたみたいで、三段分の石の階段が外付けされている。


 階段を登って馬小屋に向かう途中、後ろから声を掛けられる。


 「こぉだぁい……」

 「かなみちゃん起きてたの?」

 「うーん、まだ珖代におやすみなさいしてないからぁ……」


 なんだこの子は。それを伝えるためにわざわざ会いに来てくれるなんて可愛すぎる。

 目をこすりながらやって来て、眠気に耐えるかなみちゃんに愛おしさを感じざるおえない。


 「珖代、"親"がいないんだよね。だから、決めたよ」


 

 かなみちゃんは階段の三段目に乗って、小さく手招きをするので近づく。


 

 「──ん? どうしたの?」


 


 かなみちゃんの身長に階段の分を足しても、俺の身長にギリギリ届かない。

 届かなかった分は背伸びする事で補う。


 


 

 「かなみがお母さんになってあげる」


 


 

 そう、耳元で囁ささやかれた。


 

 「それじゃ珖代、おやすみなさい」


 かなみちゃんは何事も無かったかのように、部屋へ戻っていった。その後、なかなか寝付けなかったのは言うまでもない。



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