異世界歩きはまだ早い

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第六話 初戦闘の昼下がり

俺達は行商人の馬車の荷物に紛れて街を出た。Fランク冒険者は二週間、街を出ては行けない決まりになっているそうなので、隠れて街を出なくてはならなかった為だ。


 「「ありがとごさいました」」

 「「ニチョウエンィル」」


 俺と薫さんが日本語でお礼を言い、リズニアとかなみちゃんが異世界語でお礼? を言った。


 「イイってことですよ。こんないい物貰えたんだから、こっちだってありがたいってなものです。あとは、その地図に従がって、このまままっすぐ進んでください。それじゃ、今後もご贔屓ひいきに!」


 そう言って、行商人を乗せた馬車は遠ざかっていった。

 俺達は言われた通り地図に従って草木一つ生えていない、だだっ広い荒野を歩き始める。


 行商人に協力してもらう交換条件として、リズニアは彼にある物を渡していた。


 しかし、アレはこの世界にはある筈のないもので──。


 「リズニア。なんでお前がアレ持ってたんだ?」

 「え? 言ってませんでしたっけ? アレならまだありますよ?」


 そう言って、リズニアは自前のバスケットから取り出す。


 「まだあんのかよ……」


 アレとは <引っ越し男子イケメンカレンダー> のことだ。

 イケメン男子達が肉体美をさらしながら載ってるカレンダーがオマケみたいな写真集だ。


 「こうだい、なんか大事そうに持ってたんで。大切な物なのかと思ってもって来ちゃいました。でもまさか、こんな殊勝な趣味をお持ちだとは思いませんでした。流石、神様に認められただけのことはありますですね」

 「それ褒めてないだろっ! 俺の趣味違うからな! ……薫さん、違いますからね?」


 薫さんがなんだか怪訝けげんな表情でこちらを見ているような気がする。


 「も、もちろん疑ったりしていませんよ。珖代さんは、店主さんに親子と間違われても否定しませんでしたし」


 ──やっぱ、ちょっと疑ってるな……


 「この際ですし、かなみ。珖代さんのことは パパ と呼んであげてもいいのよ?」

 「いや……何でそうなるんですか」


 薫さんがテンパり過ぎておかしな事を言っている。


 「お母さんもリズニアも。珖代を困らせないでよ、もう……」


 かなみちゃんはやれやれといった感じで二人に言い聞かせる。


 「かなみはちゃあんと、珖代がノーマルだって信じてるからねっ!」

 「かなみちゃん……ありがとねぇ」


 かなみちゃんが俺を庇ってくれて涙が出そうになるほど嬉しい。だけど、涙が出そうなのはそれだけじゃない。かなみちゃんがノーマルなんてワードを駆使し今の会話を理解して聞いていた事も、涙を誘った。

 恐らく、┠ 叡智 ┨で読んで知ってしまったのだろう。


 チートスキルで、本来の少女らしさ、純朴さが加速度的に失われていく。


 他のチートスキルを使い始めると、かなみちゃんはどうなってしまうのか……


 ────ノーマルって……


 あれ? 涙が止まらないや……


 


~~~~~~~~~~~~~~~~~




 日照りの続く、荒野の中をどれだけ歩いてきただろうか。

 正確な時間を計る術はなく、頂点に輝き放つ太陽とぽつりぽつりと生えている草木が、時間経過と進んできた道の長さを知らせてくれる。


 一行はお世辞にもキレイとは言えないローブを羽織り、肌を日差しから守りながら歩いている。

 そうして、遂に討伐対象らしき物体の姿を捉えた。


 「あれだな……」


 俺達の前方二十メートル付近に青い羽が特徴の巨大鶏がいるのが分かった。

 辺りを見渡せば、同じような鶏が遠くのほうに三匹いる事が分かる。


 「全部で……四匹か」

 「うん、気配もそれしか感じられない」


 チートなかなみちゃんが気配がどうとか言うからには本当だろう。


 「かなみちゃん、あの鳥は強いのかな?」

 「ううん。ランドリーチキンは魔物と家畜だった鶏のハーフだから、弱いみたい」


 俺の質問に対して、かなみちゃんは即答だった。あらかじめ調べていたのだろう。かなみちゃんの心遣いに感心すると同時に、つくづく┠ 叡智 ┨の便利さを思い知る。


 「チッチッチ……その説明だけじゃ足りませんよ? かなみちゃーん。どうやらまだ、┠ 叡智 ┨の能力を使いこなせていないみたいですねっ。仕方ない! ここは私が説明して差し上げましょう」


 余程、説明に自信があるのかリズニアは誰よりも前にでて、こちらに向き直り説明しだした。


 正直そういうのは後にして欲しいところだ。


 「良いですか、あのデカイ鶏は汚い! 汚れている! と思った獲物を、口に加えて地面に叩きつけたり、擦り付けたりする姿からランドリーチキンと呼ばれています。まあ、一番近いものですと……アライグマの様なものですね!」

 「お、おい……」

 「大人になると、身長は五mから六m程になるといわれているかなり大きな鶏で──」

 「おい! リズニア、うしろ!」

 「また、元が家畜用の鶏だった為、食べても問題ないそうです。どのような味がするかは──わぁっ! ちょ……いやっ!……うぉ!?」


 後ろからやって来たランドリーチキンにクチバシで身体を拘束されたリズニアは、そのまま天高く持ち上げられた。

 そして、大きく首を振りかぶって、リズニアは地面へと叩きつけられた。


 「……ウギャッ!」


 ──何度も。


 「ウヒッ!……オギョ!」


 ───何度も何度も。


 「……キャウ!……ヒャウ!……ボォエッ!……クホォ!……フォン!……ボギャッハ!……」


 ────何度も何度も何度も何度も叩きつけた。

 その勢いはとどまることを知らない。


 何回かに一度、女性とは思えない叫び声が聞こえてくるが、恐らく叩きつけられた時にクチバシの先端がみぞおちにでも入ったのだろう。


 こんな風に俺が冷静に元女神の様子を観察出来ているのは、単にリズニアだから。としか言いようがない。


 それに、冷静でいられたおかげで気づけたこともある。


 「アイツ……相当汚いと思われてるなぁ」


 かなりどうでもいいことにだが。


 「獣臭いから何度も叩きつけられてるのかなぁ?」

 「かも、ね……」


 かなみちゃんの意見は俺も考えていた事だったので、肯定した。

 しかしそこで異論を唱えたのは薫さんだった。


 「いえ、あの鶏は、心の汚さに気づいてしまったのでしょう。ほら、耳を澄ましてみてください。あの鶏の心の声が聞こえてきませんか。

 ────ん? なんだこいつ? どれだけ叩いても汚れが落ちないぞ。おかしいな。もう、このまま食べて……いや、それは俺の流儀に反する。なら、他の獲物を……いや、それも、流儀に反するぞ。ええい、仕方ない。心の汚れが落ちるまで叩いてやる。おりゃ、おりゃおりゃおりゃ」


 本当にそう喋っているみたいにタイミングはバッチリだった。


 なんだろうかこの親子は。翻訳できたりアテレコできたり。


 薫さんの生前職は、声に関係するお仕事だったのかもしれない。時間のある時にでも聞いてみるか。


 「集まって来ちゃったねっ」

 「音に反応したのか……? 薫さん、四匹同時は流石にやばくないですか?」


 三匹は歩いて俺達の方へ向かってくる。それでも体格があいまって、一歩一歩の幅がでかくて速い。


 「でしたら、各個撃破、一人一殺でいきましょう」


 この中で誰が一番、非戦闘員かと聞かれれば薫さんだと俺は思っていた。だが、その本人から各個撃破の申し入れが届いた。


 「でも! それだと薫さんが危険では!」


 俺はとにかく、薫さんを危険な目に合わせる訳にはいかないと咄嗟に思った。いくらステータスが優れていても実践はそう上手くいくハズがないからだ。


 数が同じ時点で、各個撃破は作戦として浮かんではいたものの、俺と薫さんは自前の能力しか持ち合わせていない。

 チートスキルのかなみちゃんならともかく、俺達はほぼ一般人。

 魔力もないので魔法の類いも一切使えない。


 「能力を各々おのおので試す、いい機会だと思います。もしも私がダメそうな時は、助けてください」


 そう言って、薫さんは両手を前に出す構えをとった。


 

 一匹の鶏が薫さんと向き合って足を止めた。


 「分かりましたっ! かなみちゃんもそれでいいね?」

 「うんっ! まかせてっ!」


 かなみちゃんは元気に返答した。


 一方、薫さんの戦いは既に始まっていて、声を掛けられない状況になっていた。


 


 薫さんと鶏が睨み合うこと数秒。


 

 痺れを切らし先に動き出したのは鶏の方だった──。

 薫さんまで二歩で詰め寄り、そのクチバシを欲望のままに振り下ろす。


 俺も一匹の鶏と対峙しているので、見ている場合ではないのかも知れないが、固唾を呑んで見守る。


 勢い良く振り下ろされたクチバシは、あわやというタイミングで、薫さんの右手の甲に弾かれる。勢いを止めきれなかったのか、クチバシは地面に突き刺さった。


 相手の攻撃に対応した一撃。


 これが┠ 自動反撃オートカウンター ┨の真髄なのか。


 その無駄のない妙技に、開いた口が塞がらない。


 鶏はクチバシが地面に刺さっている為、その場から動けないでいる。今なら薫さんも逃げることが可能だ。その選択があって然るべきだ。


 ──しかし、薫さんは逆にランドリーチキンの懐へ飛び込んだ。

 そこへ、地面から抜け出したクチバシが再度薫さんに襲いかかる。


 薫さんはそれを待っていたかのように、自分の左足でチキンの右足を踏みつけながら迫り来るクチバシを受け流してみせた。


 自分の股の間を通るようにクチバシを受け流されて、バランスを失ったチキンは空中で前転し、背中から勢い良く地面に叩きつけられた。


 ────ひっくり返ったチキンはピクピクと痙攣している。


 俺と、俺と対峙するチキンは思わず絶句した。そしてお互いの顔を同時に見合う。


 「コケエェェエエッッ!!」


 俺を見たチキンが血相変えて、仲間を殺やられた恨みを晴らすが如し勢いでこっちに迫る。


 「なんで俺なんだよぉぉ!」


 チキンのあまりの鬼の形相っぷりに、反射的に背を向けて逃げてしまった。


 「クソォ……これじゃあ、睨めねぇっ!」


 これでは、敵の目を見て睨む┠ 威圧 ┨が使えない。使えなければ、俺に戦う手段は残されていない。

 仮に上手く決まったとしても、敵の動きを怯ませる程度しか効果がないとすれば、一番弱いのって……俺じゃないか!?


 「────グホッ!……ウギィッ!……ボォギョエッ!……ヌホッ!────」


 走りながら、リズニアの前を横切ったのがドップラー効果でわかった。


 「かなみちゃん! 大丈夫かぁい!」


 追いかけられながらも唯一、状況を確認出来てないかなみちゃんに生存確認を入れた。


 「うーーん、珖代! 終わったらお昼ご飯にしよーねー! 」


 かなみちゃんの声のする方向を見て思わず足を止めた。


 かなみちゃんと対峙する鳥はキレイに羽が毟り取られていて、首から上にはあるはずのものは無く、代わりに木の棒が生えている。

 そして、その状態で焚き火に突き刺さっている。


 

 パキパキと暖かい音を奏でる焚き火の音色と、香ばしい肉の焼ける匂いが食欲を──。


 「って調理済みっ!?」


 この異世界に来てからリズニア以外食事を取っていないので、お腹が減るのはわかる。

 でもそこまでやる作戦だったっけ?!


 今が討伐中だってことを忘れかける光景に俺と、俺を追いかけるチキンは再度固まっていた。


 いち早く、その事実に気づけた俺にとってはチャンス。


 睨むには十分な距離と向き。


 フードを脱ぎ捨て、睨む準備を万全にする。


 あとはあの鶏を現実に引き戻してやれば問題無いはず。


 「おいっ! そこのニワトリ!」

 「コ、コケエェェッ!」


 俺の呼びかけに反応したランドリーチキンは全力疾走で再度こちらに向かってくる。


 距離は既に十分。


 なら、あとは睨むだけ。


 

 ────睨むだけ……。


 

 緊張の一瞬。


 俺は万が一にも失敗しないように全力の┠ 威圧 ┨で立ち向かう。


 


 ────────ッ!!!


 


 鶏は、走る勢いを止めないまま、糸が切れた操り人形のように盛大に転けた。


 俺に向かってヘッドスライディングしてくる鶏を何とか避けたが、咄嗟にだった為、尻もちをついてしまった。成功したにしても何とも格好つかない。


 「やったか……?」

 「いえっ! ……まだでギョほッ!……あと、いっピギィッ!……残ってますォブッ!」


 


 ……しかし、まだ油断は出来ない。


 倒れたランドリーチキンに近づいて、┠ 威圧 ┨の効果のほどを確かめる。

 薫さんがやっつけた時みたいに、痙攣していれば成功だろうか。


 かなみちゃんは工程がかなり先まで進んじゃってるし、リズニアは……論外。


 「……どうなんだ? 効いてるのかこれ?」


 疑心暗鬼になっていると、かなみちゃんがやって来た。


 「──珖代。この鶏、死んじゃってるよ? 何したの?」

 「┠ 威圧 ┨だけど……」

 「多分、怖すぎてショック死しちゃったんだね」


 かなみちゃんはしゃがんで鶏をツンツンしている。


 「睨んだだけで死ぬかな……普通……?」

 「うん。多分、半魔だから死んじゃったんだと思うよ? 普通の魔物だったら睨んだだけで死んだりしないハズだから」


 両手を合わせ、瞑目するかなみちゃんに現実を突きつけられた。


 ┠ 威圧 ┨というスキルは俺がこの異世界にくる、依然より前に持っていたものがステータスカードによって、可視化された能力という説を俺は信じた。しかし、全力を出せば大型の生き物すら殺せるとなると、どう考えても人間の域を超えている。


 きっとこれはこっちに来てからの能力なんだ。そうに違いない。

 じゃなきゃ何人か殺ってきている。


 思えば、全力で睨みにいったのが初めてのような気もしなくはないが……。


 とにかく、能力の説明欄には "殺しちゃうこともある。" と今後、書いてもらわねばならない。


 


~~~~~~~~~~~~~~~~~




 最期の一匹も元女神を助けるついでに少し睨んでみたが、やっぱりコロッと逝ってしまった……。

 分かったことは、全力かどうかはあまり意味が無かったことくらいだ。また加減を習得する必要がありそうだ。


 「珖代。 喉、かわいてなーい?」


 チキンが焼き上がるまでの間にかなみちゃんがそう聞いてきた。


 「そうだね。少し渇いたかな」


 かなみちゃんは水の魔法が使える様で、両手をお椀の形にすると、手の平に水が湧き出てきた。


 「いいよ。はい。かなみのお水、飲んで……」

 「えっ、でも」

 「大丈夫だよ。普通の水だから安心して」


 ──そういうことを言いたいんじゃないんだけどなぁ


 かなみちゃんの親切を無下には出来ないので、指先に唇を宛てがいながら飲む。


 「おいし?」

 「ん……」


 上手く喋れない状況なので頷く。


 自分のやっていることを改めて考えると、いけないことをしている気がしてきて水の味なんて本当は分からなかった。だって幼女から湧き出た水だぞ! 冷静に考えたらヤバいだろ!


 それになんだか、他の二人からの視線をものすごく感じる。


 「ん、もういいよ。ありがとう」


 本音を言うともっと水分補給していたかったが、視線に耐えかねたのでやめる。


 単に体が水分を欲していたのに水分補給を十分に取れなかったことを残念に思うだけであって別に、この行為を出来るだけ長く堪能していたかったとかそういう訳では決して無いのだ。……無いのだ。


 かなみちゃんは微笑むとその足で、薫さんにも水を飲ませに向かった。


 薫さんは俺が口をつけたところを見ていた筈なのに、全く同じ所に口をつけて飲んでいる。

 そういうのは気にしないタイプの人なのかもしれない。


 「かなみちゃんっ! 私にもお水プリーズ! 」

 「お口おーきく開けて」

 「あーーー」


 声まであげる必要はないと思うがリズニアは水が欲しくて必死。


 かなみちゃんが右手の平をリズニアに向けると手の平を中心に球体の水が出現し、それが手一杯の大きさまで膨れ上がる。まさか……。


 「────いくよ。」


 勢い良く射出された水の球はリズニアの口めがけて飛んでいく。


 「あーーーゴボッフッ!」


 バシャンッと水の球を受けたリズニアは顔がずぶ濡れになった。


 「ふぅ、もう一回お願いします!」


 流石にやりすぎなんじゃないかと思っていたが、ずぶ濡れ女神は思っていたのとは別の反応をみせた。


 「分かった。いくよ! リズニア!」

 「よしこーい!」


 二人の仲が最初の頃よりいいようで良かった。


 

 「珖代さん。お肉、焼けたみたいですし先に、頂いちゃいましょうか」

 「そうですね。頂きますか」


 こうして、初戦闘の祝勝会が始まった。


 


~~~~~~~~~~~~~~~~~




 「ふい〜食いましたねーごちそうさまです」

 「そのまま横になりそうな勢いだな」

 「横になんてなりませんよー女神ですから。あ、でも今は違うんでしたよねーだったら少しくらい……」

 「寝るんじゃないぞ……それと、残りの三匹はどうすればいい?」

 「ふぁ〜〜……街に持って帰ったら、デネントさん、でしたっけ? あのお店の人に渡せば喜ぶと思いますよ」


 涅槃仏ねはんぶつのポーズでリズニアは欠伸あくびをしながら言う。


 「持ってくったって、こんな大きな鶏誰が運ぶんだよ」

 「かなみちゃんに、荷物を便利に運ぶチートスキルを持たせてあるんで、頼んでください……」

 「お前、そのまま寝る気か? ……太るぞ」

 「女神なんで太りませんですよぉ」

 「都合のいい女神設定だな……」

 「まだ食べ終わったばかりですし、少し休憩を取るくらい、いいんじゃないでしょうか?」


 薫さんはリズニアのことを、クズニア呼びするわりには、ちょこちょこフォローを入れてくる。


 でもそれは、少しばかり甘い考え方な気がする。


 「いいや、ダメです。こんな場所じゃ疲れも取れませんし、何が起きるか分かりません。それに、長距離をこれから移動して帰らないと行けないんですから、ゆっくりでも歩いていくのがベストです。疲れを取りたいなら、宿でも取ってからゆっくりしましょう。」

 「ええまぁ、そうですね。確かにその通りかもしれませんね」


 薫さんは納得してくれた。


 「かなみちゃんもそれでいい?」

 「うん! じゃあ、行こう!」

 「なら、あの鶏達を……」


 ────あれいない。


 そこに並べられた筈のランドリーチキン達が辺りを見渡してもいない。


 「あれ? ……鶏は?」

 「もう、しまったよ!」

 「あ……あ、そう……」


 どうやって? と聞くとその度にかなみちゃんには驚かされそうだ。もう、疲れているので今は聞くのをやめておこう。


 あとでゆっくりね。


 「よぉし! かなみちゃん! どっちが先に着くか競走しましょう!」

 「お前、眠いんじゃ無かったのか……?」


 リズニアは立ち上がり、チキンを狩る時にもしなかった準備体操をし始める。


 「勝った方の言うことを聞く、で」


 これまた意外に、かなみちゃんも乗り気で手首足首を回し始める。


 「いいですね! 乗りました! んーーー……よーい、ドンッです!」


 リズニアとかなみちゃんは一斉にスタートをきり、土煙だけを置いていった。


 「元気だな……」

 「子供は風の子、ですからね」


 勝手に行ってしまったあの二人のことが心配な面も多少はあるが、俺と薫さんが二人きりの状況が色んな意味で危険な気がする。


 こんな昼下がりに獣がでて、襲われなければいいが。いや、そういう変な意味とかではなく。


 「それで、どうやって街に入りますか?」

 「あ、……どうしましょ」


 完全にその事が頭から抜けていたので、聞き返してしまった。


 ────どうしよう。なんで帰りのことを考えなかったんだ……。


 「侵入手段を考えないとですね」


 薫さんは他人事のように微笑みながら言った。


 侵入しなきゃいけないなら、静かに行きたい。


 こんなことなら、かなみちゃん達を止めるべきだったかもしれない。

 


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