世界を渡る少年

高見 梁川

第十八話





 



「傭兵…………ですか?」


 



シェラの声に籠められた感情の険しさに真人は驚いた。


いったい何が気に入らないというのだろう?


 



「ご主人様、こうして健康にさせていただいた今、ご主人様が自ら働く必要はないように思います。なんでしたら私が外働きに出てもかまいません。お考え直しいただけませんか?」


 



シェラの意図は明白だった。


真人を戦場に出したくないのだ。


戦場に出れば真人の武力は白日のもとに晒され、その武力を狙って真人を食い物にしようとする者がきっと現れる。


昨夜話した通りではないか!


 



まるで仇でも見るような目で睨まれてルーシアはひるんだ。


 



「な、何か問題あるの?だって真人ほどの才能を埋もれさせるなんて世界の損失よ?」


 



なぜ裏切りものでも見るような目で見られなければならないのか、ルーシアにはわからない。


自分は真人のためを思って提案したのであり、その提案は真人とオルパシア王国の双方に益をもたらすはずだった。


 



「………ご主人様は確かにお強いです。ただ強いだけなら私もこのように反対したりしません………だけどご主人様は強すぎる………その強すぎる力がハースバルド家と結びついたとすればどんな陰謀に巻き込まれないとも限りません。
それに……ご主人様はご自分を省みるところが少なすぎるお人です。なんの躊躇もなく他人のために御自身の命を晒すでしょう………それがわかってなおご主人様を傭兵にしようと言うのですか!?」


 



言われた言葉の意味が脳に浸透するにつれてルーシアは蒼白となった。


全く想定していなかったことだからだ。


軍人であるルーシアにとって強さとは正義であり、理不尽にあらがう力だった。


故にこそ、真人が王国のために功績をたて、その力量に見合った地位に昇ることを夢想していた。


しかし真人の武量は人の範疇を超えている。おそらくはシェラも真人から世界を渡った真相を聞かされているのだろう。


味方にすればこれほど頼もしい存在はないが、敵に回せばこれほど恐ろしい存在もないに違いない。


 



ならば今の現状はどうだ?


 



ハースバルド家とマンシュタイン家は権力闘争の真っただ中である。


ブリストル帝国の介入もあって誰が敵で誰が味方かを見定めるのは容易ではない。


ルーシア自身誘拐されかかったばかりなのだ。


そんななかで超絶の武力を誇る出自不明の戦士がハースバルド家の息のかかったものだと知れたらどうなるか………


天下無双の勇者が政治的な陰謀で抹殺されることなど歴史を紐解けば掃いて捨てるほどありふれた出来事だった。


 



…………………今の私に真人を守りきれる力はない……………


 



ハースバルド家が家名をかけて真人を守ろうとするならば敵も迂闊な手だしは出来ないだろう。


しかし、あの父がそこまで真人を庇ってくれるとはルーシアには思えなかった。


娘すら国のためには見捨てるであろう父なのだ。


 



「ごめん………私の考えが甘かったわ…………」


 



そう言って頭を下げようとするルーシアを真人が止めた。


 



「万象に因果あり、これ太極の定めるところ。という言葉があります。この世に偶然などというものはない。全ては必然だという中御神家の家訓です。…………この世界にきて初めて出会ったのが暗殺者に襲われているルーシアだった………これは偶然だろうか?オレはそうは思わない。」


 



そこにいたのは先ほどまで女性陣にからかわれていた純情な真人ではなく……中御神家の守護司だった。


 



「たまたま誘拐犯を追った帰り道に妹に良く似た声の奴隷に出会った。その奴隷は姉妹で、本当の妹ではないけれどオレに家族の暖かさを思い出させてくれた……これも偶然なのか?昨日助けたシェレンベルグ令嬢もこの国の外交の重鎮の娘だという………これも?…………そんなはずはない。これは神の配剤だ。大道に背かぬ歩き方をしていれば自ずと自らの運命に出会うという……だからオレはこう思っている。君たちに出会ったことがオレのこの世界での運命なのだと。」


 



真人の静かな迫力に気おされて誰一人言葉も無い。


ただシェラだけが何かを言いたそうに口を開きかけては言い出せずに俯いていた。


真人はわかっている、とでも言いたげにシェラにむかって頷くと楽しそうに微笑した。


 



「それに家長には家族を守る義務がある。ブリストル帝国がこのオスパシアに攻め入ろうとしているのならこれと戦う。まあ可愛い妹を守るために兄として戦う………戦う理由としては十分だろう?」


 



不敵に笑う男らしい笑顔を正面から見せられて姉妹は首筋まで真っ赤に染まって轟沈した。


もっともルーシアとシェリーはいかにも不満気に拗ねていたが。


 



「それじゃそろそろ傭兵の屯所にいくとしようか…………」


 



「お待ちください」


 



腰を浮かしかけた真人たちを止めたのはシェリーだった。


 



「どうしたの?シェリー?」


 



「相変わらずおつむが足りませんわねお嬢様は………少々わかりかねる言い回しがありましたがそれについてはいいですわ後でお嬢様を締め上げれば済む話ですから。………でもここで聞いておかなければならないことができましたの」


 



シェリーの理知的なはしばみ色の瞳がシェラとプリムを射るように貫いた。


 



「真人様のような異常な強さを見ればほとんどの人間はうかれてしまうものですわ。うちのお嬢様のように………なぜなら強さとは普通の人間にとって目に見えるものであるからです。でも、本当の強さは目に見えないところにこそあり、目に見える強さは目に見えない強さによってごく簡単に抹殺されてしまうのだということを知っているのは………目に見えない世界を知っている者だけ………それにハースバルド家がこの国の権門によって槍玉にあげられていることをシェラさん、貴女は知っていましたね…そしてそれが真人様にどんな影響を与えるのかも」


 



ようやくシェリーの言わんとしていることを理解してルーシアが息を呑む。


 



「真人様が家族と認める信頼にかけてお答ください……………………貴女は誰です?」


 



 






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