世界を渡る少年

高見 梁川

第十四話



 



「……オレの師匠の一人が教えてくれた言葉に一家同人という言葉がある。ひとつ屋根の下で暮らす人は立場がどうあれ家族だ、という意味だよ。オレはもう……シェラもプリムも家族同然に思ってる。だから、隠しておきたくないんだ。」


 



家族、という言葉に反応したのだろう。シェラとプリムの表情に喜色が浮かぶ。


だが、真人が次に発した言葉は姉妹の想像を超えていた。


 



「…………オレはこの世界の人間じゃない」


 



真人は目を閉じて語りだした。長い長い物語を…………


 



 



 



 



 



約1400年ほどまえ、日本と呼ばれる島国の一角に一柱の神が降り立った。


この国の言葉で異世界から稀に訪れる神を渡り神という。


ほとんどの場合、渡り神はもといた世界との接点を失い力を失ってしまうため大事には至らずに退治されてしまうものなのだが、この神は違った。


その神の名をカムナビ………カンナビとも称される。


狂気の中に身を浸しながらもカムナビは己の力を取り戻すため人口的なエネルギー供給源を作り出した。


東北地方に数多く存在する三角錐の形をした御山………神奈備山と呼ばれるものがそれである。


ピラミッドと言ったほうが一般には分かり易いかもしれない。


この神奈備山がレイライン上に魔法陣のように展開したことで、カムナビはこれまでの渡り神とは比較にならぬ力を手に入れた。


 



時の朝廷がこの渡り神の討伐を図ったのは呆れるほどに遅かった。


既に神の力の半ばを取り戻したカムナビは朝廷に反抗する勢力を信者に加え、更に力を増大させようとしていた。


信者たちもまた、カムナビへの信仰を礎に仲間たちを結集して朝廷に立ち向かう決意を固めていた。


こうして発生した戦いが巣伏の戦いである。


カムナビに仕えるシャーマンの名をアテルイと言った。


 



アテルイ率いる縄文系民族蝦夷の手強さを知った朝廷はここにいたって切り札を投入した。


征夷大将軍坂上田村麻呂である。


文武の力量において竹内宿禰以来の傑物であろう田村麻呂の登場により、朝廷軍はじわじわとではあるが蝦夷を押し返し始めた。


しかし神懸かったアテルイの精鋭によるゲリラ戦において朝廷軍は全く対抗ができずいたずらに損害を重ねていた。


 



日一日と減っていく兵力をもってしても、アテルイの精鋭が山岳の不規遭遇戦において無類の強さを発揮するのは何といってもカムナビの加護があるからだった。


人外の膂力を持ち、憎悪に燃えた炎のような紅眼を持つ彼ら蝦夷が篭もる御山をいつしか兵士たちはこう呼んだ。


 



………………神無火山と


 



 



 



田村麻呂は苦悩していた。


朝廷軍は陸奥の厳しい冬を耐えることができない。


アテルイはただ、冬の訪れまで耐え忍ぶだけで朝廷軍は勝手に撤退してくれるのだった。


いくら占領地が拡大したところで、冬の間に全て奪還されてしまってはこれまでの犠牲が全くの無駄になってしまう。


 



そんな時、配下の参謀三船真鳥が二人の若い行者を招きいれた。


 



「この者の才を用いることをお勧めいたします…………」


 



男の行者の名を中御神飛遥、女の行者の名を中御神華玉と言った。


驚いたことに二人は修験道の開祖として有名な役小角の玄孫にあたるらしい。


二人は世を捨てともに修行を積んでいたが、丑寅から立ち昇る瘴気を見るに見かねて駆けつけたことを告げた。


 



アテルイにはこの国のものではない外なる神が憑いている。


そしてその神は善神でも悪神でもない…………狂える神なのだ。


 



二人の告げた真相は田村麻呂を深く納得させるものだった。


田村麻呂は二人の忠告を受け入れ地脈を抑えるよう北斗七星の形に神社を建立した。


さらに都から春日大社の宮司を派遣してもらい、建御雷男神の神気を吹き込むことで結界の威力を強化したのだった。


このころを境に、蝦夷の抵抗は目に見えて衰えを見せていく。


 



そのころ中御神兄妹は最後の仕上げにかかっていた。


神奈備山に潜入して、頂上に置かれたエネルギーの送信機である要石を破壊してまわったのだ。


カムナビは所詮この国に地縁を持たぬ外なる神であり、要石からのエネルギーの供給を絶たれればその辺の魔物と大差ない存在へと成り果てるはずであった。


 



カムナビの力が失われたことでアテルイも遂に田村麻呂の前に膝を屈した。


田村麻呂の巨大な度量がアテルイの誇りを理解し、共存の道を示すことでこの戦役は明るい未来を得たかに見えた。


ところが……………


 



まつろわぬ蝦夷を生かしてはおけぬ


 



この時代、京に住むものの感覚として東北地方は外国に他ならない。


歴史を紐解けばこの国では大きな政変を〜の変、内乱を〜の乱、外国との戦争を〜の役と呼ぶ。


モンゴルが来寇した文永・弘安の役が代表的であろう。


そして東北地方の豪族安部頼時・貞任父子が起こした反乱を前九年の役と呼ぶことこそ、蝦夷に対する朝廷の見識の表れに他ならなかった。


 



田村麻呂の嘆願もむなしくアテルイの誇りは見るも無惨に踏みにじられた。


対等な一個の人として向き合うことを朝廷は拒否したのだ。


アテルイは都の人々に見世物のように晒されたあげく首を落とされた。


 



巨大な怨念の瘴気とともに、アテルイの首が故郷へ向かって飛びあがったのはその時だった。


腰を抜かし逃げ惑う貴族を尻目にアテルイの首は亡者たちの怨念を吸い上げるだけ吸い上げ、三日飛び続けた後遂にカムナビが住まう黒又山へと達した。


 



腹をすかした狂える神のもとに届けられたアテルイの底知れぬ怨念は、カムナビをしてさらに狂気の奥底へと駆り立てることとなった。


幾筋もの雷光が京の都に降り注ぎ、アテルイの処刑を唱えた貴族たちを家族ごと焼き払った。


さらに全国に渡って地震が多発し、季節はずれの大雨が各地を襲った。


 



カムナビの狂気がこの国を破滅させようとしているのはもはや誰の目にも明らかだった。


 



しかし神の力を半ばとはいえ取り戻したカムナビに人の力で抗することはできない………


神の力を封ずるためには一時、一瞬でも神の力が必要だった。


 



中御神飛遥は神奈備山の要石を逆操作してそのエネルギーを自分へと向けることで、一瞬でも人の力を超えようとした。


もちろん人の身にそんな力の耐えようはずもない。


しかし飛遥は物部の神宝である十拳剣を借り受けることでその一瞬の制御を可能にした。


 



「華玉よ。我が力は神を殺すには及ばぬ………今より千二百年の後、渡り神の封印は解け、千二百年蓄えられた怨念は容易くこの国を討ち滅ぼすだろう。たとえ鬼畜外道の道に堕ちようともその時までに神殺しを育て上げねばならぬ。できぬときは……その日がこの国の終焉と知れ!」


 



目も眩む閃光が夜空を駆け抜け……飛遥の命と引き換えにカムナビは永き眠りについた。


一人残された華玉は、田村麻呂の寵愛を受け、一人の男児を授かるとともに男児もろともいずこともなく姿を消した。


 



その日から千二百年………営々と受け継がれた神殺しの業は、中御神真人という稀代の刃をこの世に産み落とした………


 






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