世界を渡る少年

高見 梁川

第六話

 



ルーシアはそのまま真人の新居を探しに行こうとしていたが、そうは問屋がおろさなかった。


放置してきた暗殺者の死体の検証と容疑者探しをウーデットに命ぜられてしまったからだ。


ルーシアが苦戦するほどの腕前からすれば名のある暗殺者の可能性が高く、そこから容疑者が割り出せないとも限らない。


しかも、場所がルーシアの秘密の乗馬コースとなればルーシアが参加しないわけにはいかないのだった。


 



「う〜〜〜っ!ごめんね、真人。終わったらすぐに顔を出すから」


 



「悪いが今日中には無理だぞルーシア。この件に関しては徹底的に追求して同じようなことを企む輩への抑止にしなくてはならんからな」


 



「そんな〜〜〜〜!!」


 



くずれおちるルーシアの前に一人の侍女が進み出る。


 



「ご安心ください。お嬢様。真人様は私が責任をもって面倒を見て差し上げますわ。」


 



胸をそらして進み出た少女にルーシアは目を剥いて絶叫した。


 



「あんただけは真人に近づくんじゃないわよシェリー!」


 



冗談ではない。


屋敷内の侍女のまとめ役でもあるシェリーはルーシアの乳姉妹だったこともあって何かとルーシアに張り合う傾向にあるのだ。


具体的にはルーシアが魅力を感じた男性を誘惑しようとする。


いくら初恋もまだのルーシアとはいえ、憧れる男性くらいはいたのである。


しかし残念ながら肉感的な魅力においてシェリーには圧倒的劣勢を強いられているのが現実なのだった。


 



「まあ、お客人をおもてなしするのはメイドの勤めでございますわ」


 



「あんたの場合明らかにいらん奉仕をしようとするでしょうが!」


 



具体的にはその目障りな乳で!


 



「いい加減にしろ!いくぞ!ルーシア!」


 



無情にもウーデットは娘の襟首をつかまえて有無を言わさずひきたてていく。


 



「そんな!ああ……お父様待って!シェリーはダメなの!ダメなんだってばああああ!!」


 



哀れな悲鳴を残してルーシアは屋敷の外へと消えた。


 



 



あまりの展開に真人は呆然と立ち尽くすしかなかった。


結局なにがどうなったのだろう?


 



「真人様、よろしいでしょうか?」


 



「はい………」


 



「今日お世話いたします当屋敷の侍女シェルファリア・レンブラントと申します。シェリーとおよびくださいませ」


 



シェリーは茶色がかった髪と利発そうな大きな瞳が印象的な美少女だった。


年齢はルーシアと同じ19歳だが、体形はといえば、もはやダイナマイトというほかはない。


とりわけ釣鐘型の張りのある巨乳は世の男性陣の羨望の的なのだ。


 



「え〜とシェリーさん?それじゃ……よろしくお願いします」


 



「ではさっそくお屋敷の手配から参りましょうか」


 



シェリーは己の豊かな胸に真人の腕を抱え込んで艶っぽい流し目を送るが………


 



「ありがとうございます………(ニッコリ)」


 



そんな機微のわかろうはずもない真人の無垢な微笑にあっけなく撃墜されていた。


 



 「いいいいいいえ、しょんな……////…そそ、それではこひらへどうぞ………はふう」


 



クールで常に理知的なシェリーの壊れっぷりはハースバルド家で後々まで語り草になったという…………


 



 



 



 



ハースバルド家から歩いて30分ほどの場所にその家はあった。


先月下級貴族の家族が手放した邸宅で、伯爵家とは比較にもならないが貴族らしい品のよい造りと手入れのよい庭に恵まれている。


五人程度の家族が暮らすのにちょうどいい広さと、暖色を多用した暖かな色彩に溢れた家の内部はかつてここに暮らした家族の幸せな団欒を想像させた。


 



「いかかでしょうか?真人様」


 



ニッコリと笑ってシェリーは真人を見やる。


もっとも真人がこの家を気に入っているのは真人の瞳を見れば一目瞭然だった。


あえて言葉にしたのは事後確認にすぎない。


 



「はい、とっても素晴らしいところだと思います。でも、よろしいのでしょうか?このようなお屋敷を………」


 



真人の暮らしてきたのが中御神家の座敷牢だったことを思えば天国のような住まいだった。


それに家に浸み込んだ気がなんとも言えず暖かい。


よほど家族仲の良い家庭だったのだろう。


 



「もちろんでございます。この家の家族は私の旧知のもので、今は新たな領地を拝領してそちらに移り住んでいるのですが……真人様のような方にお使いいただければきっと喜ぶでしょう。それにこの家の代金も王国金貨10枚にすぎません。真人様は王国金貨千枚を所有しているのですよ?」


 



「ずいぶんと大金だったのですね………」


 



そもそも金銭感覚を養う機会のなかった真人にとって異界の貨幣価値などわかるはずもない。


 



「念のためご説明いたしますと王国金貨は貴族以上の階級で用いられる特別貨幣で流通貨幣のヘルメス金貨50枚の値打ちがあります。


ヘルメス金貨1枚はセレーネ銀貨10枚、セレーネ銀貨1枚はアトラス銅貨100枚となります。日用品ではもっぱら銅貨だけを使うようになると言えばどれほどの資産かわかりますか?」


 



「想像もつきかねますね…………」


 



真人にとって買い物やおこづかいなどという言葉はわずかに読んだ書物のなかにしか存在しないものだ。


屋敷内にある程度の家財道具は残されたままになっているようだが、そもそも何をそろえたらいいのか見当もつかない。


頭脳明晰で雑事に練れたシェリーの存在は心強いものだった。


 



「とりあえず最低限のものは今日中にそろえませんと……まずは両替に参りましょうか」


 



シェリーは真人の手のひらを握るとくすくすとしのび笑いを漏らした。


まるで年の離れた弟を相手にしているようだ。


同じ年の頃の少年に比べて知っているべき常識を何も知らない。


記憶喪失なのだからそれも当然なのだろうが、彼はたとえ記憶が戻ったとしても変わらず無垢で爽やかなままいられる気がした。


 



あのルーシアがベタ惚れなんてどれほどのものかと思ったけれど………


 



ルーシアの好みははっきりしている。


父親のウーデットのような男性的魅力に溢れた美丈夫で少しカタブツと言われるような男に弱い。


しかしルーシアに釣り合う年齢の男に、ウーデットのような渋い分別を要求するのはどだい無理というものだった。


あらかたの男はあっさりとシェリーの魅力に篭絡され、シェリーの魅力が通じない財産目当ての男は裏工作をしてご退場いただいた。


ハースバルドの次代を担うべき男はシェリーの眼鏡にかなう立派な男性でなければならないのだ。


 



 



残念ながら真人様もハースバルド家次期当主としては不合格ですわ………でも私の恋人としては合格にしてもいいかしら♪


 



 



獲物を狙っているつもりで実は自分から檻の中に飛び込んでいる哀れな獣がぐふふ…とくぐもった笑い声をあげていた。


 






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