世界を渡る少年
第七話
 
両替商の主人は真人のような若者が王国金貨をもってきたことに驚いた表情を浮かべていたが、メイド服姿のシェリーを見て、どこかの貴族のお坊ちゃんとあたりをつけたらしい。
 
「良いお買い物を……今日の東街市は庶民のものとはいえなかなか掘り出し物が多いと存じますので……」
 
愛想笑いを浮かべながらお膝元の市をお薦めするあたりはさすがは商売人というところだろうか。
 
「ありがとう、ご主人」
 
にこやかに礼を述べる真人を見て再び主人は首をひねった。
通常貴族という人種はこれほど素直に礼を述べたりしないからだ。
はて…………?
 
両替商というものは王国でもっとも多様な人々と接する商売だ。
他国の通貨ではこのオルパシアでは買い物ができない以上、旅人も商売人も平民も貴族も必ず両替商のもとを訪れる。
なかには王国の治安組織から人物鑑定を任されている者すらいるという。
その自分が、目の前の少年をまったくどう認識してよいか判断がつかない。
 
葛藤する主人に苦笑を向けながらシェリーは真人の手をとった。
 
「それではまずはお召し物から参りましょうか………」
 
 
 
東街市は盛況な様子であった。
露店が見渡す限りに軒を連ね、またもとからあった商店街の店も溢れかえる人々を呼び込むのにおおわらわになっている。
 
「こちらで私の叔母が古着屋をやっておりますの」
 
シェリーは案内したのは商店街のなかでもいささかこじんまりとしてさっぱりとした店構えの古着屋だった。
 
「おばさま、いらっしゃるかしら?」
 
「おや、シェリーじゃないかね。今日はどうしたい?」
 
店の奥でお茶を一服していた老女がこの店の主人であるらしい。
人好きのしそうな柔らかい笑みを浮かべてシェリーを抱きしめる。抱きしめた拍子にシェリーの後ろに隠れていた真人を見つけると今度はシェリーの背中を容赦なくバンバンと叩きだした。
 
「おおっ!シェリーずいぶんと上玉をつかまえたねえ……でかしたよ!」
 
「真人様は当家のお客人ですわ!」
 
首筋まで真っ赤に染めながらシェリーは慌てて否定する……内心はまんざらでもないのはご愛嬌だ。
 
「異国の方ですのでこちらの衣装をお持ちにならないの。仕立てのいいところをいくつかお願いできないかしら?」
 
「まかせておきな!今のままでもえらい別嬪だが、あんたが惚れ直しそうなのをバッチリ選んでやるよ!」
 
「おばさま!!////」
 
シェリーのお客人発言はまったく相手にされていないようだった……。
 
 
 
…
………
……………
 
「まあ、似合うだろうとは思ってたんだけどね………」
 
身に着けていた狩衣を脱いで、黒い皮のズボンと貴族らしいデザインのゆったりした白いシャツに着替えた真人の艶姿に女主人も呆れた視線を向けていた。
正直にいって綺麗すぎる。
狩衣と足袋を身に着けていた真人は、まだ奇異な印象が目立っていたが、こうしてオルパシア貴族風の衣装を身に纏えばその威風は王族か大貴族の貴公子にしか見えない。
胸の前で両手を組んで、まるで宗教画でも見るように陶酔しきった表情を浮かべる姪を見ると叔母としてはなかなか複雑な心境だった。
 
………厄介な奴に惚れちまったみたいだねえ………
 
 
 
 
露店での買い物はシェリーの独壇場だった。
目利きから値段の交渉、はては品物の運送の手配までその手際は流れるように淀みない。
今は南方からやってきた大柄な商人を相手にカーテンの値段をめぐって喧々諤々の争いを繰り広げている。
シェリーの手腕にはいくら感謝しても感謝しきれないところだ。
真人が自分で同じ買い物をしようものなら、材料を揃えるだけであと数日はかかり、値段も最低で数倍はかかっただろう。
 
何か自分にお礼できることはないだろうか………そんなことを考えていた真人の目を引くものがあった。
 
 
見た目にはなんの変哲もない花の蕾をあしらった銀細工である。
だが、真人の目にはそれが尋常のものでないことが一目でわかる。
まず、発せられる気が違う。
この細工を造り上げた職工の情熱と執念がまるで炎のような気を噴き上げていた。
そして何より………
魔力の流れが感じられる。
 
「ご主人、これはおいくらかな?」
 
「おや、お坊ちゃまさすがに目が高い!これは300年ほど昔に活躍した芸術家ジェラール・ヴィンセントの晩年の作品だよ。まあ、鑑定書があるわけじゃないから金貨3枚にまけておくがね。お買い得だよ?」
 
「真人様いけません!ジェラール・ヴィンセントは名工の名も高く今でも貴族の間で人気の作家ですが……そのせいで贋作が多いことでも知られてるんです。こんな露店で売られるような代物じゃありません!」
 
カーテン購入の交渉を終えたらしいシェリーが会話に割ってはいってきた。
世間知らずの真人には鑑定眼などないだろう。早くからお屋敷にあがって名家ハースバルド家の美術品に触れてきたシェリーには密かに目利きの自信があった。
その自分のみるところ、真人が買おうとしている銀細工はごく平凡な民芸品にすぎない。
 
 「ほほう……坊ちゃまこの彼女にプレゼントかい?それじゃサービスでこの黒檀の手鏡をつけるが、どうだい?」
 
「真人様!私プレゼントなんて………!」
 
………いや、正直真人にプレゼントをもらえるなら本当は身体が震えるほどうれしい。しかし、真人が騙されるのには我慢がならない。
 
「私はそのジェラールさんがどんな人なのか知りませんが……この飾りはシェリーさんにきっと似合いますから…どうか受け取って下さい」
 
真人から金貨を受け取ると、商人はしてやったりという笑みを浮かべてそそくさと銀細工の髪飾りと手鏡を真人に押し付ける。
その無造作な扱いひとつ見ても商人が銀細工をジェラールの作品だなどと夢にも思っていないのは明らかだ。
 
シェリーはくやしかった。
同時に真人に対しても腹が立ってくる。
それは自分の目利きが否定されたようでもあり……真人がジェラールというブランドに目がくらんだことへの反発でもあった。
文句のひとつも言いたくなって開きかけた唇は……真人の人差し指によって優しく封じられた。
 
「見ててくださいシェリーさん………」
 
シェリーの前に差し出された黒檀の手鏡に蕾の髪飾りをつけた自分の顔が映し出されている。
やはり平凡な見栄えでしかなかった。これではシェリーが持つ銀貨一枚のアクセサリーにも及ばない。
 
「いきますよ………」
 
真人の魔力が髪飾りの隅々まで行き渡ったとき、それは起こった。
 
 
魔力を通された銀の一筋一筋がまるで形状記憶合金のように動き出す。
蕾から花びらがゆっくりと咲き零れていき、シェリーの髪には艶やかな二輪の釣鐘草が咲き誇っていた。
シェリーの茶色がかった金髪に陽光を浴びた髪飾りの白銀の輝きが驚くほどによく映えていた。
 
「ああ……やっぱり似合ってる………綺麗だよ、シェリーさん」
 
 
驚きと感動と歓喜が入り混じってもう何も言葉にならない。
シェリーにできたのは涙が零れ落ちるのを見せないように、真人の胸に顔を強く押し当てることだけだった。
 
 
「失われし春…………!」
 
 
ことの一部始終を見ていた商人がかすれた声で呟く。
ジェラール・ヴィンセントが晩年、四季を代表する花々の細工を造り上げたなかで、春を代表する花のいくつかが今も行方知れずとなっていた。
戦火のなかで永遠に失われたと思われていたこの春の花たちを、収集家は失われし春とよんで逸失を惜しんだ……。
 
もっとも真人にとってそんな話に価値はない。
ただ、シェリーの髪を彩る白銀の輝きが、まるであるべき場所に還ったような歓喜の気をあげている。
それだけで十分だった。
 
両替商の主人は真人のような若者が王国金貨をもってきたことに驚いた表情を浮かべていたが、メイド服姿のシェリーを見て、どこかの貴族のお坊ちゃんとあたりをつけたらしい。
 
「良いお買い物を……今日の東街市は庶民のものとはいえなかなか掘り出し物が多いと存じますので……」
 
愛想笑いを浮かべながらお膝元の市をお薦めするあたりはさすがは商売人というところだろうか。
 
「ありがとう、ご主人」
 
にこやかに礼を述べる真人を見て再び主人は首をひねった。
通常貴族という人種はこれほど素直に礼を述べたりしないからだ。
はて…………?
 
両替商というものは王国でもっとも多様な人々と接する商売だ。
他国の通貨ではこのオルパシアでは買い物ができない以上、旅人も商売人も平民も貴族も必ず両替商のもとを訪れる。
なかには王国の治安組織から人物鑑定を任されている者すらいるという。
その自分が、目の前の少年をまったくどう認識してよいか判断がつかない。
 
葛藤する主人に苦笑を向けながらシェリーは真人の手をとった。
 
「それではまずはお召し物から参りましょうか………」
 
 
 
東街市は盛況な様子であった。
露店が見渡す限りに軒を連ね、またもとからあった商店街の店も溢れかえる人々を呼び込むのにおおわらわになっている。
 
「こちらで私の叔母が古着屋をやっておりますの」
 
シェリーは案内したのは商店街のなかでもいささかこじんまりとしてさっぱりとした店構えの古着屋だった。
 
「おばさま、いらっしゃるかしら?」
 
「おや、シェリーじゃないかね。今日はどうしたい?」
 
店の奥でお茶を一服していた老女がこの店の主人であるらしい。
人好きのしそうな柔らかい笑みを浮かべてシェリーを抱きしめる。抱きしめた拍子にシェリーの後ろに隠れていた真人を見つけると今度はシェリーの背中を容赦なくバンバンと叩きだした。
 
「おおっ!シェリーずいぶんと上玉をつかまえたねえ……でかしたよ!」
 
「真人様は当家のお客人ですわ!」
 
首筋まで真っ赤に染めながらシェリーは慌てて否定する……内心はまんざらでもないのはご愛嬌だ。
 
「異国の方ですのでこちらの衣装をお持ちにならないの。仕立てのいいところをいくつかお願いできないかしら?」
 
「まかせておきな!今のままでもえらい別嬪だが、あんたが惚れ直しそうなのをバッチリ選んでやるよ!」
 
「おばさま!!////」
 
シェリーのお客人発言はまったく相手にされていないようだった……。
 
 
 
…
………
……………
 
「まあ、似合うだろうとは思ってたんだけどね………」
 
身に着けていた狩衣を脱いで、黒い皮のズボンと貴族らしいデザインのゆったりした白いシャツに着替えた真人の艶姿に女主人も呆れた視線を向けていた。
正直にいって綺麗すぎる。
狩衣と足袋を身に着けていた真人は、まだ奇異な印象が目立っていたが、こうしてオルパシア貴族風の衣装を身に纏えばその威風は王族か大貴族の貴公子にしか見えない。
胸の前で両手を組んで、まるで宗教画でも見るように陶酔しきった表情を浮かべる姪を見ると叔母としてはなかなか複雑な心境だった。
 
………厄介な奴に惚れちまったみたいだねえ………
 
 
 
 
露店での買い物はシェリーの独壇場だった。
目利きから値段の交渉、はては品物の運送の手配までその手際は流れるように淀みない。
今は南方からやってきた大柄な商人を相手にカーテンの値段をめぐって喧々諤々の争いを繰り広げている。
シェリーの手腕にはいくら感謝しても感謝しきれないところだ。
真人が自分で同じ買い物をしようものなら、材料を揃えるだけであと数日はかかり、値段も最低で数倍はかかっただろう。
 
何か自分にお礼できることはないだろうか………そんなことを考えていた真人の目を引くものがあった。
 
 
見た目にはなんの変哲もない花の蕾をあしらった銀細工である。
だが、真人の目にはそれが尋常のものでないことが一目でわかる。
まず、発せられる気が違う。
この細工を造り上げた職工の情熱と執念がまるで炎のような気を噴き上げていた。
そして何より………
魔力の流れが感じられる。
 
「ご主人、これはおいくらかな?」
 
「おや、お坊ちゃまさすがに目が高い!これは300年ほど昔に活躍した芸術家ジェラール・ヴィンセントの晩年の作品だよ。まあ、鑑定書があるわけじゃないから金貨3枚にまけておくがね。お買い得だよ?」
 
「真人様いけません!ジェラール・ヴィンセントは名工の名も高く今でも貴族の間で人気の作家ですが……そのせいで贋作が多いことでも知られてるんです。こんな露店で売られるような代物じゃありません!」
 
カーテン購入の交渉を終えたらしいシェリーが会話に割ってはいってきた。
世間知らずの真人には鑑定眼などないだろう。早くからお屋敷にあがって名家ハースバルド家の美術品に触れてきたシェリーには密かに目利きの自信があった。
その自分のみるところ、真人が買おうとしている銀細工はごく平凡な民芸品にすぎない。
 
 「ほほう……坊ちゃまこの彼女にプレゼントかい?それじゃサービスでこの黒檀の手鏡をつけるが、どうだい?」
 
「真人様!私プレゼントなんて………!」
 
………いや、正直真人にプレゼントをもらえるなら本当は身体が震えるほどうれしい。しかし、真人が騙されるのには我慢がならない。
 
「私はそのジェラールさんがどんな人なのか知りませんが……この飾りはシェリーさんにきっと似合いますから…どうか受け取って下さい」
 
真人から金貨を受け取ると、商人はしてやったりという笑みを浮かべてそそくさと銀細工の髪飾りと手鏡を真人に押し付ける。
その無造作な扱いひとつ見ても商人が銀細工をジェラールの作品だなどと夢にも思っていないのは明らかだ。
 
シェリーはくやしかった。
同時に真人に対しても腹が立ってくる。
それは自分の目利きが否定されたようでもあり……真人がジェラールというブランドに目がくらんだことへの反発でもあった。
文句のひとつも言いたくなって開きかけた唇は……真人の人差し指によって優しく封じられた。
 
「見ててくださいシェリーさん………」
 
シェリーの前に差し出された黒檀の手鏡に蕾の髪飾りをつけた自分の顔が映し出されている。
やはり平凡な見栄えでしかなかった。これではシェリーが持つ銀貨一枚のアクセサリーにも及ばない。
 
「いきますよ………」
 
真人の魔力が髪飾りの隅々まで行き渡ったとき、それは起こった。
 
 
魔力を通された銀の一筋一筋がまるで形状記憶合金のように動き出す。
蕾から花びらがゆっくりと咲き零れていき、シェリーの髪には艶やかな二輪の釣鐘草が咲き誇っていた。
シェリーの茶色がかった金髪に陽光を浴びた髪飾りの白銀の輝きが驚くほどによく映えていた。
 
「ああ……やっぱり似合ってる………綺麗だよ、シェリーさん」
 
 
驚きと感動と歓喜が入り混じってもう何も言葉にならない。
シェリーにできたのは涙が零れ落ちるのを見せないように、真人の胸に顔を強く押し当てることだけだった。
 
 
「失われし春…………!」
 
 
ことの一部始終を見ていた商人がかすれた声で呟く。
ジェラール・ヴィンセントが晩年、四季を代表する花々の細工を造り上げたなかで、春を代表する花のいくつかが今も行方知れずとなっていた。
戦火のなかで永遠に失われたと思われていたこの春の花たちを、収集家は失われし春とよんで逸失を惜しんだ……。
 
もっとも真人にとってそんな話に価値はない。
ただ、シェリーの髪を彩る白銀の輝きが、まるであるべき場所に還ったような歓喜の気をあげている。
それだけで十分だった。
 
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