アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第百六十四話 師匠からの連絡

 そんなことが起きているとは夢にも思わない松田が、カゲツ支族の里を後にしたのは翌日も日が高くなってからのことであった。
 人狼が幾重にも封印した道は、誰も探すどころか知ることすらできない。
 カゲツ支族へ向かってからの松田の足取りは、空気に溶けたように消えてなくなっていた。
 もとはといえばリュッツォー王国とパリシア王国の連合軍は松田を捕捉し殺すつもりでいた。
 たまたまそこにリアゴッドが現われたのが不測の事態であったといえる。
 そのためすぐに運命の迷宮を中心とした捜索網が敷かれ、蟻のはい出る隙もない検問が実施された。
 まさに国家の総力を挙げた捜索にも関わらず、一向に松田の行方はわからない。
 三日目にして懊悩のあまりラザール一世は病に倒れた。
「手がかりひとつ掴めんのか?」
「もしかしたらすでに我が国にはいないのかもしれませぬ」
「各国の大使の尻を叩け! タケシ・マツダを連れてくれば領地の割譲も報奨金も飲んでやる、とな!」
「は、はあ…………」
 そこまでする必要があるのか、とは言えなかった。
 一週間松田を見つけることができなければ、王都が本当に灰になる可能性は高いからだ。
 現在パリシア王国の魔法士が民間を含めて根こそぎ動員され、王都の魔法防御結界を構築しようとしてるが、それでなんとかなる相手とも思えなかった。
 そもそも大陸中の魔法士を探しても(伝説級探索者を除く)一撃で城壁を破壊するような男はいない。
 負けるとわかっている戦いをするくらいなら、少々の領土の割譲や報奨金など惜しくはないとラザール一世は思っていた。
 かくして決して良好な関係とは言い難いデアフリンガー王国にも早馬による急報がもたらされたのである。




「――――というわけなんだが」
「相変わらず螺子がいくつか外れてますね」
 フェッターケアンに夜にも関わらず呼び出されたハーレプストは、その原因が九分九厘松田にあることに気づいていた。
 というかそれしか心当たりがなかった。
「パリシア王国としてはなりふり構っていられないようだ。領土でも金でも持って行ってくれ。リュッツォー王国との同盟だって破棄しても構わないらしい。よほど恐ろしさが身に染みたと見える」
「そりゃ僕だって伝説級探索者を敵に回したら冷静ではいられませんよ? 今回の場合は自業自得ですが」
 ハーレプスト自身も超一流の人形師であり、五槌の一人である兄がいるからわかるが、天才というものは常識で推し量ろうとするとまず間違いなく量り損なう。
 まして伝説級探索者というのは実質的に比較対象がいない存在だ。
 数さえ揃えれば苦も無く倒せると考えたリュッツォー国王とパリシア国王の脳が煮えている。
「余としてはこのままパリシア王国が滅亡してくれても一向にかまわんのだが……」
「かといって矛先がこのデアフリンガー王国に向くのは困る、と」
 重々しくフェッターケアンは頷いた。
「あの松田と我が国が友誼を結んでいるのは調べればすぐにわかる。もしかしたらパリシア王国側がそれを指摘してくるかもしれん」
 リアゴッドの戦力は一国を優に上回る。
 デアフリンガー王国を預かる為政者として、彼をいたずらに敵とする愚は避けたいのが本音であった。
「やれやれ、因果なもんですね」
 要するにフェッターケアンはこう言いたいのだ。
 こちらに火の粉が降りかかる前に松田にリアゴッドを倒しに行ってほしい、と。
「我が国としても彼にできる限りの協力はする。ことが収まった暁には褒美も惜しむ気はない。だが、今は余は国民の安全を何よりも優先しなくてはならぬ」
 松田は都合よく利用するつもりか、と思うかもしれない。
 せっかく対等の協力関係を築いて信頼を得たと思った矢先にこの有様だ。
 フェッターケアンが決してこの決断を望んでいないことはハーレプストにもわかった。
 だからといってハーレプストは松田の信頼を裏切るつもりはない。
 松田の人間不信と孤独を誰よりも良く知っているのは自分だという自負がある。
「――――言いたいことはわかる。だから彼を説得しろとは言わん。だが、いずれ対決は避けられんと伝えてくれるだけでいい」
「お見通しですか」
「普通の鍛冶師の師弟ならともかく、君たちは超一流の錬金術師だからな」 
 ハーレプストは苦笑する。
 本当に優秀な王なのだ。だが優秀であることは必ずしも寛容であることを意味しない。
 ハーレプストと松田の間で非常用の通信手段があることを、フェッターケアンは察していた。
「――――伝えるだけですよ?」
 現実と信頼と得失を考えたハーレプストは、根負けしたように答えた。
「うむ、恩に着る」
 このまま松田に伝えずにいた場合、最悪捜索中のパリシア王国軍とわけもわからず交戦し、なし崩しにリアゴッドと戦う羽目にもなりかねない。
 逃げるにしろ戦うにしろ、とりあえず情報は必要だ。
 可能ならフェッターケアンには内緒で松田に連絡して、彼に選択肢を増やしてあげたかった。


「――――聞こえるかい?」


 結婚式の際にハーレプストから渡されていた通信機から声がしたのに気づいて松田は歩みを止めた。
「どうしました? 師匠」
「大変なことになっているんだよ。君がそれを知らない可能性が高いと思ってね」
「何かありましたか?」
 のんきな松田の問いにハーレプストは思わず苦笑した。
「結論からいうと、リアゴッドが君を探しています」
「ああ、万物を見通す眼イリスを先に手に入れましたからね」
「よほど腹に据えかねたのか、パリシア王国の王宮に乗りこんで、一週間以内にマツダ君を出さなければ王都を灰にする、と脅迫したそうだよ」
「なんばしよっとね」
 思わず博多弁が出てしまう松田であった。
「そんなわけでパリシア王国は絶賛君を捜索中というわけだ」
「…………何日経ちました?」
「四日だよ」
「あと一日で街道に出ます。なんとか間に合うでしょう」
「マツダ君」
 すぐそばにフェッターケアンがいるにもかかわらずハーレプストは毅然として言った。
「勝てないと思うなら逃げなさい。君に戦う義務なんてないのだから」
 松田が王都へ向かわなければ何の罪もない何万の民が死ぬだろう。
 それでもなお無駄死にするくらいなら逃げろとハーレプストは言った。
 ハーレプストが名誉も危険もかなぐり捨てて松田を庇おうとしてくれていることがうれしかった。
「――――勝てるかどうかはわかりませんが……」
 人を信じるほうに賭けてみてもいいかもしれない。
 あまり分のいい賭けだとは思わないけれど。
「私も実は退けない理由ができてしまいまして」
 逃げていてもステラの問題は解決しない。
 それにリアゴッドが全盛期の力を取り戻してしまったら勝ち目は薄いと松田は考えている。
 いくら松田が規格外のスキルを持っているとはいえ、戦闘に関しては素人のようなものだ。
 イリスを手に入れ、戦力バランスでも優位に立っている今が勝負時であった。
 戦う気がないのなら、あのままカゲツ支族の里にステラを置いてくればよかった。
 松田自身もしばらく匿ってもらうことだって不可能ではなかった。
 それをしなかったのは、松田がこの世界で我がままにあるために必要な通過儀礼であったから。
「勝手な言い分とわかっているが、君の勝利を祈っているよ」
「ありがとうございます。師匠にはいつも勇気をいただいていますよ」
「師匠としては歯がゆい思いばかりしているよ」
 こうなると半ばハーレプストは予想していた。
 むしろ松田を戦わせないようにするためには、デアフリンガー王国を助けるために戦ってくれ、と頼んだほうがよかったかもしれない。
 そうすれば松田も辟易して心置きなく見捨てられる可能性があった。
 それを知りながら、勝てないと思ったら逃げなさい、などと言ってしまった自分がもどかしい。
 腹立たしいのは、自分がそう話すことも、松田が戦うことを選択するのも、フェッターケアンの想定通りであろうという事実であった。
 通信を切ったハーレプストはフェッターケアンに向き直った。
「ご満足ですか?」
「あまり余を買いかぶらないでくれ。いろいろと考えてはみても、思い通りになることなど一割もありはしないのだよ」
 何もかも想定通りの人生などない。
 無数の偶然と、ほんの少しの勇気の方向だけで、人生など何度でもレールを踏み外してしまうのである。 
 それは国王であるフェッターケアンもまた例外ではないのであった。


「…………さて」
 通信機をポケットにしまって、松田は大きくのびをした。
「今度こそはハッピーエンドに挑戦してみようか」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品