アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第百五十九話 死を望む狂騎士

 背後に立つ幽鬼のような騎士。
 人の気配がしない。
 接近に気づかなかったのは、この騎士の技量もあるだろうが、一切人の気配がしなかったからだ。
 隠すのを止めたのか、今では相対しているだけで冷や汗が噴き出るような重圧感がある。
 暗いフルフェイスのヘルメットの奥に、紫色の瞳だけが爛々と輝いていた。
「――――狂騎士バリストンと人はいう」
「狂騎士バリストンだって?」
 顔を青ざめさせてノーラが叫んだ。
「知ってるのか?」
「不死の鎧を装備した伝説級探索者さ。もう何十年も誰も見たことがないって話だが……」
「不死の鎧ではない。不死の呪いだ」
 吐き捨てるようにバリストンは嗤う。
「マツダといったか? どうだこの鎧は。この鎧もまた絢爛たる七つ秘宝と同じくかのライドッグが作りし秘宝ぞ」
「ライドッグが?」
 確認のためディアナに視線を送ると、ディアナが頷く。
「そういえば体細胞の再生による不老不死の実験をしておられたときに、そんな話をされていたことが」
「そうだ! この鎧あるかぎり身を焼いても、剣で刺しても、断崖から飛び降りてトマトのように潰れても、すぐに再生されてしまうのだ。マツダよ。お主に問う。この鎧、お主に制御すること能うか?」
 松田は渋面を作って首を振った。
「残念ながら私の力では、他者が所有している秘宝の所有権を奪うことまではできません」
「所有? もはや人であって人でなくなったこの私でも所有者なのか。捨てることも叶わぬ不自由な身ではあるが、な」
 くつくつとバリストンは肩を揺らして狂ったように大声で嗤った。
「ではこの鎧の呪いをなんとする?」
 松田はバリストンが不死に至った詳しい事情はわからない。
 わからないながらもバリストンの纏う鎧が、強制的に身体を修復する機能を有していることはわかった。
 その機能がもたらすであろう結果も。
「脱がす――ことは無理そうですね。壊すことも不可能なのでしょう。スキルを封印することが可能かどうか……」
「そんなことを求めているのではない!」
 しばし思考に沈む松田の独り言をバリストンは絶叫で遮った。
「どうやったら私は死ねる? いつになったら死ねるのだ? お主がこの秘宝をどうにもできないというのなら!」
 藁にもすがる思いでやってきた。
 絢爛たる七つの秘宝を従えるという新たな伝説級探索者、彼らならばこの鎧の呪いも解いてくれるのではないか、と。
 もうバリストンの心は限界を迎えていた。
 人の心というものは永遠という時間に耐えられるようにはできていない。
 ライドッグの思惑はどうあれ、バリストンが生きてきた人間の人生には長すぎる時間がとっくに答えを出していた。
(こんな鎧に頼るのではなかった――!)
 もちろん不死の鎧がなければ、バリストンが復讐を遂げることはできなかっただろう。
 しかしバリストンが手を下さずとも、いずれにしろあの国に未来はなかった。
 バリストンが望まぬ生を生きている間にも、どれだけの国が滅び消えていったことか。
 国ごと亡ぼすのではなく、敵の国王と王子を暗殺するくらいなら、バリストンの技量をもってすれば鎧の力を借りなくとも不可能ではなかった。
「責任を持ってお主が私を殺すのだ! できないのなら、私がお前たちを殺す!」
 今にして思えば、無念とはいえ死んでいった家族や仲間たちは幸運だった。
 死のうとしても死ねない時間の牢獄に捕らわれることに比べれば。
 鎧の呪いを解いてくれないのなら、絢爛たる七つの秘宝の禁忌の力を持って殺してくれ。
 来る日も来る日も死ぬことだけを考えてきた。
 もう待てない。
 バリストンは最後の希望に縋るように剣を抜いた。
 松田が自分を殺してくれる可能性を信じて。


 松田にとってはとんだとばっちりもいいところである。
 バリストンが死ねなくなったことと、松田は一切関係がないのだから。
 とはいえ、バリストンが戦う気になっている以上、降りかかる火の粉は払わねばならない。
「くそっ! 割に合わねえ」
 理不尽な戦いを強制されて松田は神を呪う。
 もっとも呪われた神は逆に喜んだろうが。
「お父様! 来ます!」
 不世出の騎士と呼ばれたバリストンが、大剣を肩に背負うようにして突貫してきた。
密集陣ファランクス!」
 盾騎士を中心に密集隊形をとらせ、バリストンを抑えさせるが、さすがは伝説級の力は圧倒的であった。
「この程度の力で何ができる!」
 ドラゴンの突進すら耐えることのできる盾騎士の密集陣が一瞬で蹴散らされた。
「くっ! 障壁多重展開!」
 かろうじてフォウの盾がバリストンの突撃を食い止める。
 そのわずかな時間を利用して、松田は新たなゴーレムを召喚した。
 防御力を強化した重装歩兵と強弩ベリスタ、そして円卓騎士ナイトオブラウンズ
 あえて巨大なサイクロプスやロックジャイアントを召喚しないのは、バリストンの速さに対応できる反応性を優先したからだ。
 敵が馬鹿正直にゴーレムと戦ってくれるならともかく、松田という頭を潰しに来た場合、大型ゴーレムでは都合が悪い。
 敵との間にある空間を埋め、集団として敵の消耗を強いるのが、松田のゴーレム軍団の真骨頂である。
 伝説級探索者バリストンの腕をもってしても、防御に徹したゴーレムを突破して松田まで迫るのは容易なことではなかった。
「こんなものか! お主もこの程度の男なのか!」
 失望も露わにバリストンは大剣を無造作に振り下ろした。
迫撃モーター
 互いに肩を寄せ合い重心を低くして連携していた重装歩兵が吹き飛ぶ一撃だった。
「なんつう威力だ!」
 しかしその一撃は松田まで届いたわけではない。 
 弓騎士の射撃をものともせずバリストンは突き進んでくるが、その前に円卓騎士ナイトオブラウンズが立ち塞がる。
 攻守が高次元でまとまった円卓騎士を一撃で蹴散らすことは、バリストンにもできなかったようである。 
 そのすきに松田は再び重装歩兵に大盾をもたせて召喚した。
「マツダ、私が完全魔法無効マジックキャンセルを使えば――――」 
 ノーラの言葉を松田は首を振って否定した。
「魔法なら可能性はある。しかしスキルであった場合、完全魔法無効は効かないよ」
 魔法であればわずかなりとも魔力を消費するはずだ。
 であれば魔力が尽きればバリストンも死ぬことができたはず。
 それができなかったということは、鎧の修復力は魔法ではなくスキルの結果だと考えるべきだった。
「……せっかくいいところを見せられると思ったのに……」
「えっ? 何か言った?」
「なんでもない!」
 戦況は千日手のように思われた。
 松田の数の暴力をバリストンは突破することができない。
 しかし松田もまたバリストンを殺しきることができなかった。
「…………期待したが、やはり虚しかったか」
 失望も露わにバリストンは一旦距離を取る。
 バリストンの体力は無限だ。
 不眠不休でどれほど重傷を負っても、ひたすら戦い続けることができる。
 千日手に陥るなど敗北となんら変わるところがない。
 それがわかっていない、と松田たちの悠長な会話からバリストンは感じ取ったのだった。
 だがそれは、バリストンの完全な勘違いであった。
『狐火、白光』
 クスコが八つの狐火を生み出したかと思うと、そのひとつひとつがまるで太陽のように輝く。
 熱量そのものはバリストンに効き目はないが、視界は完全に奪われてしまう。
「死ねないという恐怖と孤独、私にはわかります」
 松田に救われるまで千年の孤独のなかにディアナはいた。
 しかも動かすべき肉体も持たず、語るべき他人もいなかった。
 作られた秘宝であるがゆえに狂うこともできなかった。
 それでも誰か解放してほしいと魂の底から渇望していた。
「――――だから、終わらせます。星を砕くもの(スターブレイカー)!」
 ディアナが閉じこめられていたあの迷宮で、決別のために使った禁呪のひとつ。
 何よりこの禁呪は、他のいかなる属性にも属さないディアナだけが持つ属性の魔法なのだ。
 はたして、バリストンの突進が止まり、耐え難い圧力に押しつぶされるように前のめりにばたりと倒れた。
「こ、これは…………」
 再生能力だけが鎧の効果ではない。
 物理防御力、魔法防御力も高いレベルで整備され、それをバリストン自身の規格外の身体能力が補強している。
 ただし鎧を身に着けた時点に状態が固定され、成長することも老化することもできないのがデメリットだった。
 鎧を纏う以前から王国の守護神と称されたバリストンとはいえ、たった一人で王国を壊滅させることができたのは、そうした鎧の補正があったからこそだ。
 しかしその補正をもってしても抗うことのできない力に、バリストンは初めて出会った。
「見事……だがそれだけでは意味がないぞ?」
 人の力という意味ではディアナが初めてかもしれない。
 だがバリストンは火山の火口や、深い水底という人知を超えた力というものを経験している。
 そのいずれもが、ついにバリストンを絶命させてはくれなかったのである。
「呆れたわね。星を砕くものの重圧をもってしても再生力を捻じ曲げられないなんて……」
 鎧が持つ再生能力は防ぐことはできない。
 しかし星を砕くものの超重力ならば、再生する方向すら捻じ曲げてしまえるはず、というのがディアナの思惑だった。
 そしてうまく方向を捻じ曲げることができれば、鎧とバリストンを切り離すことも可能かと思われたのだが。
「――やっぱり一部でも鎧を破壊しないとだめか」
 鎧を破壊することができれば、その修復の方向を操作して本体と鎧を分離できる。
 本体を失ってしまえば、鎧はただ再生の機能を持つただの秘宝にすぎない。
「私の出番なのです! わふ」
 得意気に胸を張るステラに、ディアナは軽く眉を顰めた。
「どうするつもりなの?」
「我が人狼族は月の加護を受ける者。月は古より夜の世界と死を司る者なのです。わふ」
 その月から得た加護を最大限に引き出す技が月盃つくばい
 いまだ未熟なステラが操れるのはその前段階である月酔つくよいであるが、その力はかつてフェイドルの迷宮で不定形ゴーレムの再生を許さなかった。
 そのもっとも恐るべきは月の魔力による干渉で、他者の魔法をも打ち消してしまうこと。
 もとより月に愛された人狼族は、生と死にもっとも身近な種族と呼ばれていた。
「くっ! ステラのくせに……」
「うぃぃ、ひっく! ご主人様見ててください!」
 月の魔力が不死の鎧を侵食していく。
(ああ、これは――――)
 ほとんど無意識の感覚で、ステラは不死の鎧が月の、否、人狼のスキルがなんらかの形で応用されていることを悟った。
 どこか懐かしいような、哀しいような、親に守られている胎児のような感覚。
(どうして私はそんなことを知ってるです?)
 ステラの父は何も教えてはくれなかった。母親の記憶はいまだに何一つ思い出せない。
 にもかかわらずこうして人狼の力を少なからず理解している自分が、ステラにはよくわからなかった。
 再生の速度が遅くなったことにバリストンは驚愕した。
 こんなことは鎧を身にまとって以来、一度もなかったことだからだ。
「面白い! 小娘め、いったい何をした?」
 もしかしたら今度こそ本当に死ねるかもしれない。
 歓喜に肩を震わせてバリストンは唇を歪ませた。
 兜のせいで松田たちからは見えないが、もし素顔を曝していれば、バリストンが涙を流していたことがわかっただろう。
 死ぬことができない永遠という孤独は、それほどにバリストンの心をむしばんでいたのである。
「さあ! まだ私の命にまで届いてはいないぞ? それとも、主人を殺されるまで力を出し惜しむか?」
「勝手に俺を殺す前提で話さないでくれ!」
 バリストンの明確な殺気を松田は感じ取ったが、それで怯むほど松田は初心ではない。
 リアゴッドを筆頭に強敵との命がけの戦いを生き抜いてきた松田の精神は、もう現代社会の社畜であったころとは異なっていた。
 人の死に、自らの危険に、何より他者より自分の意思を優先するという、社畜であったころには考えられなかったことに慣れ始めていた。
 バリストンという当代一級の伝説級探索者を前にしても、松田は全く臆するところはなかった。
 淡々とゴーレムを操り、数の暴力をふるってバリストンの侵攻を抑え続けている。
 ――――とはいえ、松田を殺すという宣言をステラがどう受け取るかということはまた別の問題であった。
「ご主人様はステラが守るのです! わふ」
「そもそも私がお父様には指一本触れさせないわ!」
 確かに、バリストンはディアナの星を砕くものによってつぶれたカエルのように大地に這っている。
 とても松田を殺せるような状態ではなかった。
「このまま私を殺すことができなければ、たとえ時間がどれだけ先になっても結果は変わらん。お前たちも、お前たちの主も、一人残さず私より先に死ぬことになるのだ」
 事実、ディアナの魔力は松田から供給を受けつつもすでに半分近くまで減っている。
 バリストンの拘束が解けてしまえば、遅かれ早かれ松田のゴーレム軍団も突破されてしまうだろう。
 それでも今のディアナには余裕がある。
「それはどうかしら? ご自慢の再生も思うようにいっていないようだけれど?」
「ふん」
 悔しがるどころかうれしそうにバリストンは嗤った。
 確かにあの呪いのような鎧の再生能力が落ちているのだ。
 ステラの月酔の、月の魔力の侵食によるものであるのは明らかだった。
「……ふむ、人狼か。人狼にこんな力があるのなら、もっと早くに試すべきだった」
 バリストンがこの不死の呪いを受けたときには、すでに人狼は大陸中から姿を消していた。
 特殊な魔力――月の魔力がこんな効果があるとはバリストンにとっても思ってもみないことだったのである。
「だがまだ足りぬ」
 ディアナの魔法で全身の骨は砕け、いつもならすぐに止まる出血は一向に止まる気配はない。
 それでもなお、バリストンの息の根にまでは届かなかった。
「うぃい……しぶといやつです。わふ」
 頬を赤くしたステラは、口調とは裏腹に焦っていた。
 もともとステラは本能で戦闘するタイプである。
 その本能が告げていた。
 このままでは鎧の核にまでは届かないと。
(だめ、このままじゃ……)
 普通の人間なら即死している重傷でも、バリストンにとってはおそらく数分で回復してしまう程度の怪我にすぎない。
 ディアナの拘束もそれほど長い時間は保たないだろう。
 そうなれば――――
(ご主人様が殺される!)
 それだけは認めることはできない。たとえ自分の命が無くなろうとも松田だけは。
(私は今度こそ守らなくてはならないのだから!)
 どうしてそう思うのかはわからなかった。
 深く考えずに、ステラはふと浮かんできた思いをすぐに忘れた。
 彼女にとって今大切なのは、目の前の敵を倒すことであるからだ。
 ――――カチリ
 今まで動いていなかった歯車が動き出して、回路が繋がったような感覚をステラは自覚する。
(これは…………)
 おそらくは月酔の上位互換、月盃。
 意識は冷めていながら、魔力は月酔の数倍以上に跳ね上がる。
「素晴らしい! 素晴らしいぞ!」
 拮抗していた月の魔力の侵食が再び加速した。
 再生の速度が追い付かなくなると、久しく感じていなかった激痛がバリストンを襲う。
「ふははは! そうか! まだ私にも痛みを感じることができたのか!」
 超速再生の副次的な作用なのか、バリストンの痛覚は停止していた。
 その痛覚停止がステラからの侵食を受けて、ようやく蘇ったのである。
 痛いということがこれほどうれしいことだとバリストンは初めて知った。
 無駄だと思えること、苦痛だと思えること。
 しかしそれは失ってみれば、実はかけがえのないものであるとわかる。
 人は孤独のなかでは、比較のないところでは生きる価値を見出せない。
 狂気に身をゆだねていたバリストンは、ようやく人間らしさを取り戻した気がした。
 とはいえそんなことはステラの知るところではない。
 むしろ狂ったように嗤い続けるバリストンは一層危険な存在に見えた。
「絶対に……ご主人様は私だけのものなんだから!」
「あんですって?」
 聞き捨てならないステラのセリフにディアナは眉を吊り上げた。
 期せずしてノーラも顔を般若のように歪めている。
「わふ?」
 自分が何を言ったのかわかっていないようで、ステラは軽く首を傾げた。
「自覚がないのか……わざとやってるのか……どうにも読めない娘だね」
「わざとに決まってます! 全部計算づくでいつもいつも私をちびっ子と馬鹿にして……!」
「それは計算づくというより事実だろう」
「お父様! 早く新しい身体を作ってください!」
「ふははは! 愉快な奴らよ」
 もし人間が永遠というものに耐えられるとすれば、それは何気ないこんな日常なのかもしれない。
 いずれにせよ人間という種に永遠は早すぎる。
 目の前が徐々に暗くなっていくのをバリストンは感じた。
 その時が迫っている。
「…………感謝するぞ……お前たちがこれからライドッグの生まれかわりと戦うならひとつ面白いことを教えてやろう」
 意識が遠くなる。
 これまで死のうとして幾度も経験したことだが、今度ばかりは違った。
 再生によって無理やり意識を持ち上げようとする圧力のようなものを感じない。
「――――ライドッグを殺した呪いは人狼の秘儀にある。その記録は……なんといったか、カゲツ支族に残されていると伝え聞くぞ」
「なんですって?」
 ディアナも松田も目を剥いた。
 あれほどライドッグを助けようとしたエレノラや覆面ステラが呪ったとも思われない。
 いや、あるいは――――
 松田が具体的な想像をめぐらすよりも早く、バリストンを繋ぎとめていた再生力は限界に達しようとしていた。
「ライドッグの神器を使うことのできるエルフよ。ひとつ頼まれてはくれぬか?」
「――――私にできることなら」
「この鎧、もし叶うことなら、もう二度と誰の手にも渡らないよう封印してほしい。もう永遠に捕らわれるのは私一人で十分だ」
「永遠を求める人は多いようですよ?」
「そんなことをいうのは経験をしたことがないゆえよ。人の心は自分が思うほど強くはない」
 バリストンは復讐を終えて満たされてしまった。
 あのライドッグは、不老不死を得て魔法の研鑽を積み、魔法の力によって理想郷を築こうと試みた。
 しかしいかに時間が無限にあっても、いつかは上限に行きついてしまう。
 これ以上どれほど魔法の研鑽を積んでも無駄と知ったとき、ライドッグは、リアゴッドは何を思うのだろう。
 有限な世界では望むものが多すぎ、そして無限な世界では望むそのものがいつしか無価値となる。
 その無価値となった色のない世界を、バリストンは百年以上も流離ってきたのだった。
 だが、その旅ももうすぐ終わる。
「この秘宝が私の手におえるのなら」
「それでいい……それで充分だ」
 バリストンは瞳を閉じた。
 今までどうしても憎悪の燃料にしかならなかった妻と息子の姿が瞼の裏に浮かんだ。
 今日だけは嘆いても恨んでもいない。あのころのままに笑顔のままだった。
「ああ、今から……帰るよ」
 その言葉を最後に、不死の伝説級探索者、バリストンはその二つ名を返上した。
「どうか安らかに……うん?」
 眩い光に松田は目を細める。久しぶりのレベルアップだ。


松田毅 性別男 年齢十八歳 レベル9
 種族 エルフ
 称号 ゴーレムマスター
 属性 土
 スキル ゴーレムマスター表(ゴーレムを操る消費魔力が百分の一) 秘宝支配(あらゆるアーティファクトを使用可能) 並列思考レベル9(九百体のゴーレムを同時制御することができる) ゴーレムマスター裏(土魔法の習得速度三倍の代わりに土魔法以外の魔法が使用できなくなる) 錬金術レベル1(素材なしに魔力から錬金した物質を維持する消費魔力十分の一 位階中級まで)錬金術レベル2(レシピ理解、レシピさえあればなんでも再現できる。ただし性能はワンランク落ちる。位階中級まで)
錬金術レベル3(錬金再現、一度見た錬金を理解し再現することができる)
錬金術レベル4(使い魔創造 触媒によって使い魔を創造することができる。使い魔の強さは触媒と魔力に依存する) 錬金術レベル5(使い魔掌握 触媒とした使い魔の記憶と人格を保存する)
秘宝支配レベル2(絆のできた秘宝に対する最上位優先権、他人の干渉の排除)
錬金術レベル6(ゴーレムに魔法を使用させることができる。ただし土魔法に限る) 
隠しスキル 秘宝成長(秘宝の潜在的な特性を成長させる。ただしこの能力は本人の無意識によって発動し、制御できない)
封印解放 レベル制限のかけられていた秘宝の封印を解除する。ただしその解除は松田のレベルに依存する 
秘宝支配レベル3 秘宝のスキルを改変、またはオンオフできる。←NEW!


「こりゃまた……」
 都合のいいスキルがきたものだ。
 これならバリストンの遺言も守ることができる。
 松田からスキルの内容について説明を受けたディアナはふるふると小さな頭を振った。
「それはしばらくお父様が身に着けるべきだと思います」
「……私も賛成だね。ここで捨てるには惜しすぎるよ」
 不死の鎧の唯一の欠点である死ねないという呪い。
 それを松田の任意で解除できるのなら、松田はいつでも不死にもただの人間にもなることができる。
 そして松田が鎧のスキルをオフにしてしまえば、のちのち不死の鎧の呪いを受ける人間もいなくなるだろう。
「敵に宝冠コリンがいることを考えると、手放す手はないやね」
 ノーラもディアナの意見に賛成のようである。
 瞬間移動からのヒットエンドアウェイは、守るほうからすれば悪夢だ。
『タケちゃん?』
『どうした?』
 イリスが少し困ったような声で松田に告げた。
造物主ライドッグ様の存在を感知した。これはどういうこと?』
「イリス、貴女まさか……造物主様の居場所がわかるの?」
『私の万物を見通す眼はある程度高度な魔法防御の壁の向こうまでは見通せない。でも……』
『万が一の場合、造物主様の危機を救うための保険として、造物主様だけはどこにいても居場所がわかるようになっている』
 なるほど、ライドッグが常に絢爛たる七つの秘宝といっしょにいられるとは限らない。
 人である以上、偶然や失敗によって一時的に不覚を取る可能性もあるだろう。
 イリスはそうした場合の予備装置であったわけだ。
『まだこの迷宮だとはっきりわかったわけではないみたい。コリンといろいろなところに飛んではいるけど、少しづつ近づいている』
「そりゃいかん」
 正直今すぐリアゴッドと正面から対決する気は松田にはなかった。
「すぐにここを出るとしようか」
『私の身体を早く作るのも忘れないで』
『お前もいい性格してるな』
『当然』

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