アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第百四十五話 地上の異変

 地上へと戻るや否や、ノーラは洞窟の奥に安置されているマリーカのもとへと駆け出して行った。
 姉妹の再会に水を差すつもりはない。
 松田はノーラと別れ、クロードが座る窓口へと足を向けると、そこには見慣れぬ壮年の男がいた。
「ノーラはいないのかな?」
 松田の傍にノーラがいないことに気づいたクロードは、気まずそうに薄笑いを浮かべた。
「今頃は妹と再会していると思いますね」
 その言葉に驚いたようにクロードは目を瞬かせた。
 ありえない。迷宮が解放されたのはつい先日のことなのだ。
「まさか……このパズルの迷宮を攻略したというんじゃないだろうね?」
「その通りですが?」
 そこでクロードの隣にいた壮年の男が、いやらしい笑みを浮かべて身を乗り出してきた。
「それで? 攻略したからにはさぞ素晴らしい秘宝が手に入ったのだろうね? 魔石も」
「――――あなたは?」
「今日からここに正式に探索者ギルドを立ち上げるためのコンサルタントのようなものだ。リトルミルという」
「ではリトルミルさん。このギルドはまともに換金作業さえ行えない有様です。これまで溜まっていた換金費用をお支払いいただけますか?」
「それはできない」
 悪びれもせずリトルミルは断言した。
「今日からこのギルドはワーゲンブルグ王国が管理することになったのでね。当然報酬の支払いはこちらの規定に従ってもらう」
「と、いうと?」
「今は戦時だ。探索者といえど戦費供出には協力してもらう。何、戦争が終わればちゃんと正規の料金を払ってやるさ」
 仕事が欲しかったらサービスしろ。
 予算がこれしかないから、値引きしろ。
 仕事もらってるんだから少しは気を利かせるのが社会人ってもんだろう?
 大口の取引先にされたパワハラの数々を思い出して、松田は無言で眉を顰める。
「あまり余計なことは考えないほうがいい。この街はすでにワーゲンブルグ王国軍に完全に占領されているのだからね」
 さっさと迷宮での素材を出したまえ、と言われて松田は首を振った。
「占領しているから言うことをきけ、と言われても素直には従えませんね」
「なんだとっ! 貴様!」
 リトルミルには答えずに、松田は残念そうな目でクロードを見る。
「デアフリンガー王国から応援が来なかったのはこういうわけですか」
「……許してもらおうとは思わんよ。あの連中に復讐するためなら、君たちに迷惑がかかってもいいと考えたことは確かだ」
「ワーゲンブルグ王国が負けたら追われますよ?」
「こんな何の力もない爺を?」
「それこそ貴方が復讐したかった連中が血眼になって見せしめにするでしょう」
 そこまで松田に言われてようやくクロードは自分の危うさを自覚したらしかった。
 もしワーゲンブルグ王国が負けるようなら、報酬の大金を使ってどこかの田舎に引きこもろうと思っていたのである。
 しかし探索者ギルドが賞金を出して捜索させるとするならば、たとえ他国に逃げても安住とは言えない。
 早まったか、とクロードは考えの浅さを悟った。
「探索者風情が! 痛い目を見たあとでなければわからぬか!」
「最近は大企業が中小企業をいじめようとすると、倍返しされるのが流行りらしいですよ?」
「わけのわからんことを言うな! 従えないというのなら、実力でいうことを聞かせることになるぞ!」
 ギルドの倉庫にはこれまで松田たちが持ち帰った素材が大量に保管されていたため、百人以上の部隊が派遣されていた。
 彼らを呼びつけようとしたそのとき――
「マツダ! マリーカだよ! 可愛いだろう?」
「マツダお兄ちゃん? 助けてくれてありがとう。マリーカです」
 にぱっ、と無邪気に笑ってマリーカは松田に頭を下げた。
 ちょっとノーラとの距離によそよそしさを感じるのは、やはり自分が気がつかない間に十年以上が経過してしまったことを完全には受け入れられずにいるのだろう。
 それにしても確かに可愛い。
 この子も成長するとノーラのようにすれてやさぐれてしまうのだろうか。
「今何か言ったかい?」
「いいえ、何も」
 松田にあっさりと無視された格好になったリトルミルは、我慢の限界を超えていた。
 自分のほうが立場が上だと思っている人間は、その立場を無視されることに耐えられない。
「その目障りなガキともどもひっ捕らえろ! みぐるみ剥いで牢にぶちこんでおけ!」
 リトルミルはワーゲンブルグ王国の官僚である。
 つまり国家権力を行使することに慣れている。
 国家の前に個人の反抗などむなしい。言うことを聞かす術はいくらでもあるのだ。
 だから想像もできなかった。
 突出した個人が国家に反抗するどころか勝利することすらあるのだと。
「てめえ、今何て言いやがった?」
 マリーカに危害を加えると宣言されたノーラが、怒りも露わに剣を抜こうとするのを珍しく松田が止めた。
「まさか言うことを聞くつもりじゃないだろうね?」
 ようやく再会できた最愛の妹である。
 誰が相手だろうと、たとえ国家だろうと逆らうことに躊躇いはない。
「――いや、少々俺もストレスが溜まってるんでね。自重を止めようと思うんだ」
「おい、誰か! この馬鹿どもを――――」
召喚サモンゴーレム!」
 最後まで言い終わる間もなく、リトリミルは驚愕に言葉を失った。
 その数およそ八百。松田が召喚できる限界数である。
「ば、馬鹿な! ゴーレムが……こんな数!」
「逃げろ! こんなの勝ち目があるか!」
 素材を運び出そうとしていた部隊が、我勝ちに逃げ出すのを見てリトルミルは叫ぶ。
「逃げるな! 私を置いていくな! 貴様らっあとで処罰してくれるぞ!」
「――――誰が誰を処罰するって?」
「ふえ?」
 リトルミルは冷たい松田の声で現実に引き戻された。
 部屋を埋め尽くす騎士ゴーレムの集団。
 明らかに特殊な材質を使用された騎士ゴーレムは一騎でワーゲンブルグ王国騎士の何倍もの実力を持つだろう。
 いや、はたして何倍で足りるものか? 話には聞いたことがあるが、こうして動くゴーレムを見たのはリトルミルも初めてのことである。
「こんなことをしてただで済むと思っているのか? このパズルの街には二万の兵力が駐留しているのだぞ?」
 そう、いかにゴーレムが強力といえど所詮は八百。二万の軍勢には対抗できない。
「そっちこそいいのかい?」
「何をだ?」
「これからデアフリンガー王国との戦いを控えているのに、兵力を消耗してしまうことが、さ」
 松田に言われて、リトルミルは全身の血が逆流する思いであった。
 はたして八百のゴーレムを壊滅させるためにどれほどの犠牲が出る?
 二千か、三千か、それとも五千か。
 そんな疲れ切ったところにデアフリンガー王国が攻め寄せてくれば悪夢だ。
 自分が知らずに虎の尾を踏んでしまったことにリトルミルは気づいた。
「ま、待て。待ってくれ。我が国は君と敵対しようというわけではなく……」
 つくづく今日という日はワーゲンブルグ王国にとって災厄の日だった。
 災厄が発生しているのはここだけではなかったのである。




「――――私の邪魔をするな!」


 スキャパフロー王国にもデアフリンガー王国にもスルーされたシェリーが、奇跡的に何の妨害もなく松田のいるパズルの街へとやってきたのだ。

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