アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第百二十五話 公国崩壊

 ここで時間は少し遡る。
 小国とはいえ、仮にも一国の都。
 公都の外周は巨大な堀と城壁が築かれている。
 しかしそこに駐留する兵数は普段の半数以下に減っていた。
 ひと際高い城楼の上で見張りをしていた兵士は、低い地鳴りのような振動音を耳にした。
「…………なんだ?」
 目を凝らし、薄暗くなり始めた西の空の向こうに視線を向けた兵士は次の瞬間絶叫していた。
「うわあああああああああああああ!」
 物いわぬゴーレムの軍団、三百体の騎士ゴーレム、二百体のガーゴイルゴーレム、そして巨大な正体不明のゴーレムが一体。
 あの化け物を撃退するはずだった騎士団の姿はどこにも見えなかった。
 ――まさか敗北したのか? 公国の総力をあげた四千の精鋭たちが。
「ゴーレム軍団接近! 大至急騎士団長に連絡を!」


「ヘルマンの馬鹿め! 失敗したのか!」
 ゴーレム軍団の接近を知らされたオナンは震えあがった。
 まさかあの戦力を送って負けるとは思いもしなかったのである。
 オナンにはヘルマンほどの武力もなければ指揮力もない。さらに今の公国には四千もの兵力が残っていない。
 かろうじて高い城壁と堀の防御力に拠って敵を撃退することができるかもしれない。
 もはやそれだけがよりどころであった。
「な、なんとしても敵を寄せつけるな! 大公殿下と公子殿下を守り参らせよ!」
 口ではもっともなことを言いつつ、オナンは素早く逃げる算段に思いを巡らせていた。
 間違っても公国のために自分の命を捨てるつもりなどなかった。「おのれヘルマンめ! この俺がせっかく騎士団長まで昇りつめたのを無にする気か!」
 ようやく手にした騎士団長の座。
 死ぬ気はないが、手放すのも惜しい。
 なんとか相手を撃退できないものか、とオナンは最後の望みを捨てられなかった。
 念のために平兵士の軍装を用意し、形勢が悪くなればすぐに逃げる準備を整えながらも、怖いもの見たさかオナンは城壁の向こうのゴーレム軍団を見下ろした。
「あれは…………なんだ?」
 巨大な鏃のように見えなくもないが、破城槌の一種なのだろうか? あの変な波を打った線にはなんの意味があるのか。
 オナンが見つめる前で、巨大な鏃のような何かがゆっくりと動き出す。
「……回った?」
「敵、ゴーレム、前進します!」
「弩兵集中射撃! あのゴーレムを寄せつけるな!」
 嫌な予感がする。
 あんなのろのろした速度で特別製の城門が破れるはずはないのだが。
 全長およそ五メートル、全高およそ二メートル。
 この世界ではついぞ見ることのできないその異形の形を、松田はとてもよく知っていた。
「…………面白い構造だ。今までこの発想がなかったのが不思議なほどだが」
 ハーレプストは興奮して顔を紅潮させながら、巨大なゴーレムを凝視した。
 そのゴーレムに松田は満足気に何度も頷く。
「やっぱりドリルは男のロマンですよ!」
 この世界は螺子の概念はあるのに、これまでドリルは製造されていなかったらしい。
 まあお手軽に魔法で代用できていたからだろう。
 いかに対魔法処理を施した城門であっても、単純に物理的なドリルの蹂躙を防ぐことはできない。
 でかい図体だけに、雨のように弩の矢が降り注ぐが、操作する人員もいないドリルには痛くもかゆくもなかった。
 ドリル自体が損壊しかねない魔法攻撃には、フォウが鉄壁の防御を施している。
『無駄無駄無駄です! もう二度と私の盾を突破することなど不可能としりなさい!』
 どうやらフォウとしては、ヘルマンに二度までも盾を破壊されたことがいたくプライドを傷つけたらしかった。
『私だってその気になればあんな男のスキル程度で……っ!』
 かつて絢爛たる七つの秘宝として全盛期のころのフォウは、竜のブレスを軽々と防ぎ、それどころか竜を空中で透明な檻に閉じ込めて、じわじわと檻を小さくして抹殺するのを得意とした、実はディアナに次ぐ殲滅キャラだったらしい。
 なるほど、道理でディアナお姉さまなわけだ。
『あんなチンケな人間に盾ぶち割られたなんて、生涯の汚点ですうううう!』
「まあまあ、次からはそうはいかないから」
『ああっ! ディアナお姉さま優しい……素敵!』
「それにもうさっきまでとは違うでしょう?」
『はいっ! まだまだ物足りないですけど、もうあんな雑魚に不覚はとりません!』
 もっともヘルマンは決して弱い男ではなかった。
 ノーラがかなり手強いと判断した立派な戦士ではあったが、やはり竜や高位の不死族ノスフェラトウを相手に戦ってきた絢爛たる七つの秘宝としては、物足りない相手なのだ。
「不幸中の幸いかレベルアップしたことだし――――」
 四千もの大軍勢を相手にしたせいか、あるいは間近に死と隣り合わせの経験をしたせいか、再びレベルアップした松田である。


松田毅 性別男 年齢十八歳 レベル8
 種族 エルフ
 称号 ゴーレムマスター
 属性 土
 スキル ゴーレムマスター表(ゴーレムを操る消費魔力が百分の一) 秘宝支配(あらゆるアーティファクトを使用可能) 並列思考レベル8(八百体のゴーレムを同時制御することができる) ゴーレムマスター裏(土魔法の習得速度三倍の代わりに土魔法以外の魔法が使用できなくなる) 錬金術レベル1(素材なしに魔力から錬金した物質を維持する消費魔力十分の一 位階中級まで)錬金術レベル2(レシピ理解、レシピさえあればなんでも再現できる。ただし性能はワンランク落ちる。位階中級まで)
錬金術レベル3(錬金再現、一度見た錬金を理解し再現することができる)
錬金術レベル4(使い魔創造 触媒によって使い魔を創造することができる。使い魔の強さは触媒と魔力に依存する) 錬金術レベル5(使い魔掌握 触媒とした使い魔の記憶と人格を保存する)
秘宝支配レベル2(絆のできた秘宝に対する最上位優先権、他人の干渉の排除)
錬金術レベル6(ゴーレムに魔法を使用させることができる。ただし土魔法に限る) ←NEW!
隠しスキル 秘宝成長(秘宝の潜在的な特性を成長させる。ただしこの能力は本人の無意識によって発動し、制御できない)
封印解放 レベル制限のかけられていた秘宝の封印を解除する。ただしその解除は松田のレベルに依存する ←NEW!


 ようやくディアナとフォウにかけられていたレベル制限が解放された。
 これにより全盛期の半ば近くまで力を取り戻すことができたらしい。
 フォウが意気揚々と、城からの攻撃を防いでいるのはそのせいだ。
「だめだ! 何か目に見えないもので弾かれてる!」
「あの化け物、もう城門に接触するぞ!」
「いくらなんでも、あんなに遅い速度でどうにかなる城門じゃ……」
 見事なフラグであった。
 ミスリルと鋼の合金に、幾重にも対魔法処理を施した堅牢な城門が、不気味な振動音とともに回転するドリルによって、無惨にも食い破られていく。


 ――――メリメリメリメリメリ


「甘い甘い! ダイヤとドルロイ師匠直伝の魔法鋼で鍛えたビットがそんなもので防げるか!」
「もうだめだあああああああああああ!」
 強固な城門がみるみるドリルに穴を穿たれていくのを、冷静に見ていられる兵士は少なかった。
 オナンはあまりに想像とかけ離れたその光景に、腰を抜かしたといってよい。
「あわわわわわわわ」
 慌てて逃げようとするのだが、腰が抜けているので匍匐前進するような格好となった。
「おい! 逃げるな! 誰か、俺を運べ!」
 恥も外聞も捨ててオナンは叫ぶが、いつでも逃げられるよう人目につかぬところにいたことが災いした。
 誰もオナンに気づかない。
 それどころか一部の人間は指示を仰ごうと、オナンの姿を探してさえいた。
 結果、ただでさえパニックになっているのに、最高指揮官が行方不明となったわけである。
 これで士気が崩壊しない方がどうかしている。
 まるで無人の野を行くかのごとく、松田たちは公都へと侵入を果たした。
「お、おいていかないで…………」
 バキバキ、と嫌な損壊音がオナンの近くで響いた。
 ドリルの振動と直接的な破壊が、城壁に深刻な影響を与えようとしていた。
「く、崩れる……ははは、早く逃げないと!」
 オナンがいるのは狭い階段を登った先にある見晴らしのよい隠し狭間である。
 外からは目につきにくいが、中から外への見晴らしはよいという迎撃用の空間であり、本来は狙撃などに用いることになっている。
 当然のことながら個人用なので基本的に人が立ち入らない。
 視界確保のため、比較的高い場所に位置するその隠し狭間に倒壊の危機が迫っていた。
「いやだ! こんなところで! 誰にも知られずに死ぬのはいやだ!」
 がくがくと足が震える。
 逃げなくてはいけないのに、腰のほうは全く反応することなく立ち上がることもできなくて、オナンは芋虫キャタピラーのように転がりながら逃げた。
 ミシ、ミシ、と壁が軋む音ともに、いくつかの柱が負荷に耐えられず倒壊を始めた。
 連鎖的に城壁が崩壊を始め、オナンが地上にたどり着くよりも早く、終末がやってきた。
「いやだあああああああああああ!」
 ふっと床が消えたような感触がって、無数の石と鉄と木材の破片とともにオナンの身体は落下した。
 折悪しく、前進を続けていたドリルの無限軌道キャタピラーによって、オナンの身体は瓦礫ごと圧縮されて地上の浸みとなったのである。


 これほどの異常事態にマルグが気がつかなかったのは、ラクシュミーのいるマルグの私室が完璧な防音処置が施されていたからにつきる。
 人には言えない秘密の性癖を満たすために、マルグの部屋は誰にも邪魔されぬための様々な措置が備わっていた。
 すでに数少ない兵士は大公を連れて脱出しており、騎士団長のオナンは人知れず大地の浸みと化した。
 わずかにマルグの護衛だけは部屋の外で待機していたが、ステラとクスコの目にも止まらぬ速度に反応することはできなかった。
 ハーレプストと松田が侵入したらしいことは理解しても、さすがにもう誰も自分以外誰もいなくなってしまったとは、マルグも夢にも思わなかった。
「な、なにをしておる! 曲者をつまみ出せ!」
「もう誰もいないよ」
「ここをどこだと思っている! ヴィッテルスバッハ公国の宮廷であるぞ!」
「むしろ今まで何も気づいてないことにびっくりだよ」
 護衛の人間たちはマルグに避難を促そうとしなかったのだろうか?
 おそらくは絶対に声をかけるな、とか命令していて、それを破ると厳罰に処されるようなことが今までにあったのだろうな。
 それで何か起きると、どうして報せない!と責任を押しつけられる。弱者の哀しいところだ。


「ハーレプスト様!」
「ああ、ラクシュミー! 大丈夫だったかい? ついらいことはされなかった?」
「安心してください! ハーレプスト様のために、ラクシュミーは固く貞操を守っておりました!」
「お、おう…………」
「そこで引かないでください! せっかくプロポーズしてくださったのです。もうラクシュミーのすべてはハーレプスト様のものなのですよ?」
 ハーレプストに見せつけるように豊かな胸を押しつけて、ラクシュミーは瞳を潤ませた。
 すでに二人の目には松田もマルグも入っていない。
 長い時間をかけてようやくわだかまりを解いて結ばれた恋人同士に、周りを見る余裕などなかったということか。
 もちろんそんなラブシーンを見せつけられたマルグが黙っていられるはずがなかった。
「ええ~~いっ! 離れろ! それは私のママだ!」
「私は貴方のママじゃないと言ったでしょう?」
「大抵のママは最初はそういうのだ!」
 それは単に権力に物を言わせて黙らせただけなのだが、マルグは当たり前のように受け取っていた。
「――――ここに僕がいるのはマツダ君が連れてきてくれたからだが……最小限ラクシュミーの婚約者としての義務を果たそう。僕の女をママ呼ばわりするな! このマザコンめ!」
 ドワーフの持つ太く固い拳は、金属のハンマーをも凌駕するという。
 怒りに握りしめられたハーレプストの拳は、まさか自分が殴られるなどとは夢にも思っていないマルグの左目のあたりを直撃した。
 空中を何回転もして吹き飛んだマルグは、テーブルや床に頭を打ち付けながらようやく壁にぶつかって停止する。
 ピクピクと痙攣しているところをみれば、かろうじて死んではいないようだ。
 まあ、下手をすると眼窩は骨折しているだろうし、左目は失明してしまうかもしれないが。
「まあ! 素敵ですわ! ハーレプスト様」
「僕も少しは君を守る力になれただろうか?」
「私にとっては、ハーレプスト様こそが颯爽と助けに現れた王子様ですわ!」
 恋する乙女の埒もないところである。
 感激に胸を弾ませ、ラクシュミーはハーレプストの首に手を回し、深く深く唇を押しつけた。
「やりましたです! わふ」
「情熱的です…………」
「武士の情けだ。バカップルとは言わないでおいてやるか……」
 松田に人前でキスするメンタリティーはないが、こうしてハーレプストとラクシュミーが幸せそうなのは喜ばしいことだ。
 それに独り身の松田が何をいっても、幸せな恋人には負け犬の遠吠えにすぎない。
「ハーレプスト師匠、ラクシュミーさん。感動の再会のところ申し訳ないですが、早くここから離れますよ?」
「もう! ここは少し気をきかせるところですよ? マツダ様」
「いいじゃないか、ラクシュミー。これから僕たちには時間はたっぷりあるのだから」
「うふふ……そうでしたわね」
「はいはい、ごちそうさま」




 ――――こうしてヴィッテルスバッハ公国を一方的に蹂躙したゴーレム軍団の襲撃は終わりを告げた。
 公都がザルツワイト侯ハンスによって解放され、半死半生のマルグが救出されたのはそれから二日後のことである。
 未知の軍団によって公都を一時とはいえ、喪失したという事実。
 そして軍事力が半減に近い損害をうけたという現実は、各国の野心を煽らずにはおかなかった。
 すでにきな臭さを増しつつある大陸情勢に、ヴィッテルスバッハ公国の混乱は一石を投じることとなったのである。
 その後意識を取り戻したマルグは、一連の騒動の責任を押しつけられる形で、身分はく奪のうえ地下牢に幽閉されることとなった。


「私を助けてくれないなんて、あんな奴ママじゃない! 私は騙されたんだああああ!」

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