アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第百二十話  公国混乱

「――――召喚サモンゴーレム!」
 松田の運用限界である七百体のゴーレムが召喚された。
 堅固なミスリルの鎧に覆われ、痛みも疲れも感じない騎士ゴーレムが六百体と、制空権確保のために上空を滞空するガーゴイルゴーレムが百体。
 松田やハーレプストを囲む形で鋒矢の陣形が組まれる。
 その戦力は明らかに公国の貧弱な国境警備隊を凌駕していた。
「おい、あれはどこの軍だ?」
「リュッツォー王国の軍装とは違うが……しかしあちらの方向は間違いなくリュッツォー王国だ」
「ものすごく統制が取れた軍だ……とても我々では相手にならないぞ?」
 警備隊はゴーレムたちを一目見るなり惑乱した。
 彼らは第一線級の精鋭ではなく、所詮は警備用の軍隊である。とてもではないが、国家間戦争の前線を支えることなどできるはずがなかった。
 松田は一個人であって、決して国家などではないのだが、彼らの常識を考えるならば、七百もの軍隊を率いる個人などありえなかった。
 仮に揃えられるとしても、それはある程度の領地を所有する貴族であろう。
「げ、迎撃用意!」
「し、使者を立てなくてよろしいので?」
「完全武装で先ぶれもなく、突然現れた軍隊を相手に、悠長に交渉などできるか!」
 ただでさえ警備隊の戦力は五百にも届かない。
 隣接する駐屯地に待機する兵力を全て合計しても一千強というところか。
 それも戦力の大半は、騎士ではなく徒士の雑兵である。
 とても戦いの主導権を相手に渡せる状況ではない。可能な限り先手を取って敵に出血を強いるべきであった。
 しかしリュッツォー王国との間に、すぐさま戦争になるような緊張はなかったはずだ。
 やはり何かの間違いではないか?
 警備隊の隊長オズワルドは心の底からそう祈った。
 なんの前触れもなく公国の最後が訪れるなど、オズワルドの許容できる話ではなかった。 
 彼にもわかっているのだ。もしリュッツォー王国が本気で公国と戦うつもりなら、どう頑張っても勝ち目などないことを。
 俗に攻者三倍の法則というが、リュッツォー王国とヴィッテルスバッハ公国の戦力差は三倍どころではない。
 数でも勝ち目がないのに、その質でも差を開けられている。
 もともと折り合いの悪いデアフリンガー王国が支援してくれる見込みも薄く、それどころか共同して挟み撃ちに合う可能性のほうが高かった。
 だからこそ公国は、むしろリュッツォー王国よりの政治的立ち位置を貫いてきたというのに、よりにもよってどうしてリュッツォー王国側から侵攻を受けなければならないのだ。
 そんな理不尽なオズワルドの怒りは、さらなる理不尽によって蹂躙された。
「行きます! 氷結フリージング振動バイブレーション!」
 本来なら広域殲滅魔法で、街ごと消滅させたかったディアナであるが、たとえ殲滅魔法でなくとも彼女の攻撃魔法は恐るべきものであった。
 外敵から街を守ってくれるはずのぶ厚い城壁は、急速に冷凍され、もろくなったところに極低周波の振動を受けて崩壊した。
 高さおよそ三メートル、幅およそ二メートル。決して重厚堅固とまではいかないが、国境の防御設備としては十分な強度を備えている。
 それがわずか数秒も保たずに崩壊したことで、警備隊の士気もまた崩壊した。
「化け物だ!」
「こらっ! 逃げるな! 警備隊の務めを忘れたか!」
 次々と持ち場を放棄する部下に、オズワルドはかろうじて自らの使命に踏みとどまった。
「弩班は連続射撃! 残りは住民を逃がせ! 命知らずだけ俺についてこい!」
 不思議と指揮官が勇気を発揮しているかぎり、部下はその勇気にこたえるものだ。 
 だからこそ戦場を知る野戦指揮官は、不必要な危険にその身を晒すことを恐れない。
 もはや崩れ去るのみと思われた国境警備隊は、オズワルドに目を覚まされるようにその義務に復帰した。
 ――――とはいえ戦況はじり貧である。
 崩壊した城壁、数的にも質的にも劣勢な味方、何より大量の足手まといともいえる非戦闘員。
 彼らを守りながら戦うのは、最初から至難の業であった。
「公都から騎士団が出撃するまで、可能な限り敵の数を削る!」
 勝てるなどという幻想を、オズワルドはいささかも抱いていなかった。
 それにしても、あれほどの軍を率いているのはいったい誰なのだ――?


「一の陣、二の陣は左右の弩兵部隊を掃討しろ。三の陣はこのまま待機、逃げる連中には手を出すな」
 松田の命令を、一切の感情を無視して忠実にゴーレムは実行に移す。
 これが人間であればこうはならないであろう。
 物陰に兵士が潜んでいるのではないか? 屋根から弩兵が狙撃してくるのではないか? 
 多かれ少なかれ兵士は予測と恐怖を警戒しながら行動するものだ。
 もちろんそれは正しい。なんの警戒もしない兵士などいくつ命があっても足りないものだし、戦場ではそうした兵士から真っ先に死んでいく。
 しかし松田のゴーレム軍団はその前提が根本から異なる。
「来たぞ! 一斉射撃!」
 見通しの良い街の大通りを見下ろす教会のテラスから、人力では不可能な高張力によって数十本の矢は撃ちだされた。
 その狙いは過たず、先頭のゴーレムの胸甲――人間であれば心臓――を直撃したかに思われた。
 グラリ、と幾体かのゴーレムが糸の切れた人形のように前のめりに倒れて活動を停止する。
 ゴーレムの核を直撃された、あるいは行動限界に達するほどひどく破壊されたのである。
「やった!」
「まだだ! 装填急げ!」
 数で圧倒的に劣る警備隊としては、接近される前にどれだけ倒せるかが勝負であった。
 その目論見は、理不尽にもあっけなく破綻する。
「――召喚サモンゴーレム!」
 せっかく倒したゴーレムが再召喚され戦列に加わってしまう。
 いくら倒しても補充されるだけ。
 松田の魔力あるかぎり、永遠に補充され続ける無限のゴーレム軍団…………。
「まさか……これ全部ゴーレムだっていうのか?」
「ありえない……こんな数のゴーレムをどうやって……」
「こ、こんなの……どうしろっていうんだよ!」
 今度こそ兵士たちの心は折れた。
 もはやいくらオズワルドが叱咤激励しようとも二度と元には戻らない。
 人は自分たちの理解の及ばぬものには立ち向かえないものなのだ。
 本隊のために少しでも敵を減らそうと信じた攻撃が、全くの無駄であったとわかったら、次に考えるのは自らの身の危険であった。
 どうせ無駄になるのに死ぬなんて割が合わない。
 仲間のために役に立てると思うからこそ命を懸けることもできる。
 しかしどうせ頑張っても無駄なら、生きて帰りたいに決まっていた。
「馬鹿者! 指揮官らしい男を狙え! ゴーレムならそれで倒せるはずだ!」
 涼しい顔をしたエルフの優男――とても指揮官らしいとは言えないがゴーレムの制御には莫大な魔力が必要であることを考えれば、あの男以外がゴーレムを操っているとも思えなかった。
 指揮官の言葉に我に返ったおよそ半数ほどの兵士がかろうじて弩を構えるが、その望みもまた儚かった。
『私がいるのに契約者様にそんな攻撃を通すはずがないでしょう?』
「どうして? 何もないところで矢が弾かれてしまう?」
 不可視の盾フォウによる鉄壁の防御。さらに見た目ではわからないが、リアゴッドの転移に備えるように、一部のゴーレムは任意で自爆が可能になっており、奇襲に対する抑止力となっていた。
 弩という兵器はもともと連射には向いていない。
 三度斉射するころにはすでにゴーレムの軍団がすぐそこまで迫っていた。
「もうだめだ。撤退する!」
 辛抱強く弩兵の指揮をとっていた指揮官もここに至っては万策尽きた。
 ほとんどダメージらしいダメージを与えることもできぬままに、警備隊は退却を余儀なくされたのである。
 不幸中の幸いなのは、正体不明のゴーレムの軍団は、街に対する必要以上の攻撃はせず、庶民にほとんど被害が出なかったということだろうか。
 オズワルドの必死の遅滞戦闘も鎧袖一触ではね返した松田たちの報告が公国の宮廷へと届いたのは、その翌日のことであった。


「いい加減なんとかならんのか!」
「申し訳ございませぬ。まさか魔法も通らぬとは……しかしいくらなんでも永遠に効果が持続することはないはず」
「うぬぬ……そろそろ諦めよラクシュミー! いつまでも食事をとらずにいられると思うか! 生理現象だって我慢するにも限度があるであろう! いや、見せたいというのなら喜んで見るが!」
「…………よりにもよってなんてことで脅してくるのです。ドン引きですわ」
 本気でドン引きするラクシュミーである。
 確かに先刻から、尿意を催したらどうしようなどと考えなくもなかったが、何度か試してみたところ、ラクシュミーを守る不可視の防壁は、およそラクシュミーの身体から一メートルほど離れたところを移動している。
 固定されたものでないということは、防壁、あるいは結界の力の物をいわせてトイレまで行くことも不可能ではないだろう。
 もっとも一流の錬金術師は、体内の組成をもある程度操れる。
 ハーレプストが助けにくるまで籠城することは、二・三日程度なら問題はなかった。
「だからといって、さすがに気が詰まりますわね」
 不可視の盾は、透明なだけに視線からラクシュミーを守ってはくれない。
 男たちの群れに包囲され、ぶしつけな視線にさらされているのはさすがのラクシュミーでも大きなストレスだった。
 一頭の早馬が息も絶え絶えに宮廷に到着したのはそのときである。
 この種の伝令は最優先に所属の長、つまり新騎士団長であるオナンへと届けられることになっていた。
 ところがオナンは騎士団長室にはおらず、配下とともにマルグの私室にいたので、使者がオナンとの面会を果たしたのは到着から一時間以上も経過してからのことであった。
「た、大変でございます!」
「何があったというのだ? 公子殿下もお出でだというのに慌ただしい」
 苦虫を噛み潰したような顔でオナンは使者を迎えた。
 ただでさえラクシュミーに指一本触れられずにマルグの怒りは頂点に達しようとしているのだ。
 これ以上失態を重ねるようなことがあれば、せっかくヘルマンから奪い取った騎士団長の座が危うかった。
「敵襲でございます。所属はまだはっきりとはいたしません。規模は騎士を中心とした大隊規模。リュッツォー王国領より忽然と出現いたしました!」
「なにいいいいいいいいいいいいい!」
 あまりの事の重大さに、オナンは危うく失神するところであった。
 もし相手がリュッツォー王国なら、ヴィッテルスバッハ公国など敵ではない。
 滅亡待ったなし。となると騎士団長であるオナンは敗戦の責任を取らされる可能性が高かった。
(いやだいやだいやだいやだいやだ!)
 責任なんて絶対に取りたくない。まして自分の命を差し出すなどもってのほか。
 一瞬にしてオナンはマルグの首を差し出したら、なんとか自分だけは助からないだろうかと計算を巡らしていた。
 こんなことならヘルマンの代わりに騎士団長などになるのではなかった。 
 下手に逃げ出せば味方に殺され、戦って敗れれば責任を取らされる。
 それが上に立つ者の義務なのだが、往々にして出世するときは、失敗した場合のデメリットなど考えていないものだ。
 大相撲の横綱もそうだが、ある程度以上にまで出世した人間の処分は、降格ではなく引退しかない。
 昨日まで権限を振るっていた役員が、平社員として勤務するのは組織運営上マイナス要素が大きすぎるのである。
 若くして出世しすぎてしまったことで、結果的に会社を追われてしまった人間を松田は何人も知っている。
 オナンもまた、偶然に得てしまった不相応な地位が彼を逆に追い詰めようとしていた。
 先日まで幸運に舞い上がっていたのも忘れて、オナンはわが身の不幸を呪った。
「おい、どうした? あの女を早くなんとかしろ!」
「……公子殿下、どうやらそれどころではなくなったようです」
 今まさにマルグを裏切ることを考えていたというのに、それを表面には微塵も出さず、誠実な声音でオナンは絞り出すように言った。
「なんだ? まさか父上が邪魔しようというのではあるまいな?」
 もし公国でマルグより上位の命令者がいるとすれば、それは父である大公以外にはない。
 この期に及んでも、マルグの世界は公国の内部だけで完結しているのである。
「…………リュッツォー王国が攻めこんできた可能性があります」
「馬鹿な! ありえん!」
 マルグが信じたくないのも無理はなかった。
 それは事実上、死刑執行令状と大差ない意味を持つからだ。
 仮にリュッツォー王国が公国を併合するにせよ、属国とするにせよ、大公家の人間を生かしておく理由はない。
 生かしておくとすれば王女だけで、王国の第三王子とでも結婚させて、正当性を確保するだろう。
 あとは王国と公国の血を継ぐ子供に、地位を与えてゆっくりと同化させていけばいい。
 古来から使い古されているが、有効な国の乗っ取り方法である。
「まだリュッツォー王国と確認されたわけではありません。しかし正体不明の軍勢に国境を侵略されていることは事実です」
「――――そういえば所属が確認できていないと言っていたな」
 今頃になってオナンはその事実に気づく。 
 よくよく考えればおかしな話だ。
 他国がリュッツォー王国のふりをして攻めてくるという方法もなくはないが、意味もない。
 公国のような小国は正面から攻めるだけで十分であり、下手にリュツツォー王国の国境を侵すよりはよほどリスクなく勝利することができる。
 だからこそオナンは、リュッツォー王国領に出現した軍を他国の軍勢とは考えもしなかったのだ。
「大至急確認しろ! リュッツォー王国まで足を運んで手土産を渡してきたばかりだぞ? あのクリフェルスト陛下に限って、我が国を奇襲などするはずがない!」
 確かに奇襲攻撃というのは勝率の高い攻撃方法である。
 しかし国家間戦争では開戦奇襲は政治的にマイナスの効果をもたらすことが多い。
 当然のことではあるが、ヴィッテルスバッハ公国が国境を接しているのはリュッツォー王国だけではないのである。
 特に公国が独立したことを苦々しく思っているデアフリンガー王国などは、虎視眈々と公国の奪還を狙っていたはずであった。
 みすみすおいしいところをリュッツォー王国に攫われるのを座視している理由がない。
 であるからこそリュッツォー王国としては、公国側に攻めこまれる責任があるという大義名分を必要としているはずだ。
 たとえ言いがかりにすぎなくとも、必ずなんらかの大義名分は言いつくろう。それがないからこそ、マルグはリュッツォー王国の侵攻を信じられずにいた。
「そういえば――――」
「そういえばなんだ?」
 噛みつくようにオナンは尋ねた。
 本来自分で気づいていなくてはならないことなのだが、そんなことを気にする余裕はオナンにはなかった。
「た、確か騎士とガーゴイル混成の軍隊で、将軍らしい人間も見当たらないおかしな軍隊だったと……」
「騎士はわかるが、ガーゴイルだと?」
 ガーゴイルを使役する魔法士もいなくはないだろうが、通常の正規軍で運用されることはほぼない。
 ましてプライドの高い騎士と行動を共にするなど以ての外である。
「そういえば数も中途半端な七百ほどで……いえ、それでもとても国境警備隊の手には余る数ですが」
「…………たった七百?」
 ようやくマルグとオナンも落ち着いて情報を整理する余裕ができた。
 ヴィッテルスバッハ公国は小国ではあるが、それでもかき集めれば一万に近い軍勢を編成することができる。
 常識的に考えるならば、七百という数は国境における威力偵察か、大規模な山賊の強略に近い。
 本格的な占領を企図するものであれば、すぐに第二波が来襲するであろうし、こないのであれば戦いは一時的なものか、偶発的なものだ。
「とにかく状況を確認せよ! オナン! 即刻兵をまとめ迎撃の準備をするのだ!」
「御意!」
 こうなるともうラクシュミーの拘束どころではなかった。
 さすがのマルグも、自分の命がかかっているときに、悠長にラクシュミーを包囲し続ける気にはなれなかったらしい。
「くそっ! こんなときにこそママに元気づけて欲しかったのに……!」
 いや、渋々諦めただけらしかった。

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