アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第百十四話 騎士団の誤算

 ハイドは姿を現したハーレプストの一行を見て首を傾げた。
 報告にあったハーレプストはむさいドワーフであったが、同行者がいるとは聞いていない。
 しかもその面子がバラエティに富みすぎている。
 エルフの優男に、将来傾城の美女になりそうな美少女が二人。そしてこれまた美女ではあるが、明らかに格が違う凄腕そうな女戦士という組み合わせである。ハイドでなくとも首をかしげるというものであろう。
「あのお子様たちはわからんが、女戦士は標的の護衛かもしれんな」
 佇まいだけで、ノーラがかなり手強い相手であることは、本職の騎士である彼らはすぐに察した。
 さすがに彼女の装備する剣が、かなり稀少な魔剣であることまではわからなかったものの、油断すれば手痛い目にあう相手であることは見ただけでわかっていた。
 宝石級の探索者の中でも上位の人間は、騎士団長や将軍に匹敵、あるいは凌駕する。ノーラは実際に将軍クラスと戦ったことはないが、並みの騎士なら片手であしらう自信はある。佇まいだけでその力はわかる人間にはわかるのだ。
「それにしても…………」
 どうして彼らは臨戦態勢なのか。
 マグル公子から暗殺の命令を受けたのはつい先日、先回りして彼らが事情を知るはずもない。
 まさか待ち伏せに気づかれた? この距離で?
「……どうする?」
 ハイドは同僚の騎士に問いかけた。
「待ってても来ないならこちらから行くしかあるまいよ」
 どうして奇襲がばれたのかはわからないが、標的を確実に殺すのが彼らに与えられた任務である。
 気づかれたから逃げるという選択肢はなかった。
「あの女には気をつけろよ」
 ハイドの言葉に僚友の騎士たちは頷いた。こんな穢れ仕事で命を落とすのは、騎士としての名誉に関わることである。
 主君の命令でなければすぐにでも投げ出したい思いを抑えて、ハイドたちは街道の茂みから身を乗り出した。
 まだ彼らの意識の中で、ハーレプストとその一党は狩られるべき獲物であり、自分たちは優秀な猟師であった。


「…………これだけか?」
「ほかに隠れてる匂いはないです。わふ」
「身の程知らずですわね」
 ハイドたちの予想に反して、松田たちの反応はひどく拍子抜けしたように見えた。
 完全武装の騎士団が十二名である。
 その辺のごろつきや山賊とはわけが違う。戦闘のためだけに鍛えられた騎士の戦闘力は、並みの探索者など相手にもならない。
 問題は、いかなる意味においても松田とその仲間たちは並みの探索者ではないということであった。
「諦めて投降しろ。そこのドワーフ以外の命までは取るつもりはない」
「はあ?」
 投降しろという上から目線の言葉に、それ以上に相手の狙いが自分ではなくハーレプストであったということに、松田は思わず間の抜けた返事を返した。
 道理でこの程度の戦力しか送ってこないはずだ。スキャパフロー王国での顛末をわずかでも知っている相手なら、確実にもう二段階は上の戦力を投入してくるはずであった。
「…………何か恨みを買うことでもしましたか? 師匠」
「僕はあまり人と関わりあうことをしてこなかったはずなんだがなあ……」
 もともとハーレプストはドルロイと違って、人と争うくらいなら逃げる性格である。
 彼が唯一譲れなかったのは、愛する者を永遠に留めておきたいという欲求だけだ。
 そのハーレプストが暗殺者を送られるほど恨まれているというのは考えにくいことだった。
「どうしてハーレプスト師匠が狙われるのか聞いても?」
「答えられるわけがなかろう! この愚か者!」
 にべもないハイドの返答に松田は肩をすくめた。最初から素直に答えてもらえるとは考えていなかった。
「叩きのめして口を割らせるほうが早いだろう?」
 すでにノーラはその気になっている。
 ハイドたちが騎士であるということは、上からの命令で動いていることを意味していた。
 つまり、大人しく投降しても消される可能性が高い。まして、たかが十二人の騎士でどうにかできるほど、ノーラの武は安くはなかった。
 あのスキャパフロー王国騎士団を翻弄した王女マリアナと同等の武力を持つノーラにとって、ハイドたちはなんら恐れるべき敵ではなかった。
 それをハイドは当然ながら侮辱と受け取った。
「……殺されたいというのなら、それをわざわざ止める義理はないぞ?」
「いや、無理だろ」
 松田はハイドに無慈悲な宣告を下す。たとえどんな理由があるにせよ、ハーレプストを暗殺しようという男たちを放置しておくという選択肢はありえなかった。
「――召喚サモン、ゴーレム!」


「こ、このエルフ、土魔法を使うのか?」
「いかん! 早く距離をつぶせ!」
 対魔法戦闘の訓練もハイドたちは積んできたが、それでも白兵戦闘ほど得意としているわけではない。
 魔法には距離をつぶすか、弩や弓で対抗するのがセオリーである。
 しかし彼らの目論見が叶うことはなかった。
「な、なんだ? 早い! 早すぎる!」
「おい、なんだよ! なんなんだよこの数は!」
 時間にしてわずか数秒。いや、一秒すらなかったかもしれない。
 気づいたときにはすでに彼らは騎士型ゴーレムの重囲に落ちていた。
 見るからに鎧の材質も魔力も、威圧感さえ自分たちとは全く違う。
 見かけだけ、と思いたいが、彼らの観察眼も本能も、それを完全に否定している。
「こ、こんなの嘘だ……ありえない」
「貴様! 公国軍を敵に回すつもりか?」
 恐怖に駆られた一人の騎士が、ほとんど無意識に虚勢を張ってしまう。
「――――公国? ヴィッテルスバッハ公国か?」
「この馬鹿者!」
「も、申し訳ありません!」
 つい不用意に情報を漏らしてしまった若者に、ハイドの容赦のない鉄拳が飛ぶ。
「いやいや、僕は公国に恨まれるような覚えはないよ?」
 なんのことだかわからない、とばかりにハーレプストは頭を振った。
 スキャパフロー王国にならともかく、ヴィッテルスバッハ公国とはなんの接点もない。
 まさか自分の知らぬ間に、マルグ公子がラクシュミーに言い寄っていたなど、ハーレプストの想像の埒外にあることだった。
「知られた以上生かしては返せん」
「お前は何を言ってるんだ?」
 ハイドたちを包囲する騎士ゴーレムの数、およそ二百。それすら松田の全力にはほど遠い。さらにノーラとステラという白兵戦闘のスペシャリストがおり、ディアナが虎視眈々と殲滅の機会を窺っているのだ。
 どう贔屓目にみても、勝ち目どころか逃げることすらままならないのは明らかだった。
「エルフ風情が騎士団を嘗めるな!」
 叫ぶと同時に間髪入れず、ハイドの手から鋭い何かがハーレプストに向かって飛び出した。
 袖口に仕込まれたばね式で針を撃ち出す暗殺用の武器であった。
『品がありませんわ』
 虚を衝かれた格好となったものの、そこは松田も油断していたわけではない。
 彼らが気づかぬ形で展開していた不可視の盾フォウが、必殺の針を弾いた。
「――何だと?」
 まさか目に見えぬ防壁に弾かれるとは思ってもみなかったハイドは思わずうろたえる。
 公国の宮廷魔術師でも、こんな真似はできないことを彼はよく承知していた。
「……貴様らいったい何者だ?」
「今さらだと思うけど……」
 本当に今さら過ぎる。それでよく騎士が務まるものだというくらいだ。
 まずハーレプストに予想外の集団がついている時点で、その実力を測るなり情報収集するなりするべきであろう。
 往々にして自分たちが格上であると信じているものほどこれを怠る。
 そして実は自分たちが格下だったということを認められずに、信じられないほど愚かな行動にでるのである。
「作戦に失敗は許されない! 騎士の誓いに従い吶喊せよ!」
 ――――ほらな
「殲滅! 殲滅していいですか? お父様!」
「少し黙ってみてなさい、いい子だから」
 松田に優しく頭を撫でられると、たちまちディアナは手のひらを返した。
「はいっ! ディアナはいい子です!」
「ステラも! ステラも!」
「はいはい」
 こちらも同様に頭を撫でてやりながら、松田は鬨の声をあげて迫るハイドたちを睨みつけた。
 上司の命令と世間一般の正義が対立するならば、上司の命令を優先する。それどころか上司の命令こそ正義と本気で信じこんでいる人間は多い。
 ハイドたちもその類の人間なのだろう。
 要するに同情の余地は微塵もないということだ。
「少し実験に付き合ってもらおうか」


 ハイドたちは確かに精鋭だった。
 前方に展開していた騎士ゴーレムをほぼ一撃で撃破して突破口を開いたかに思えた。
 ――――が、思えただけだった。
「な、なんだ?」
「と、取れねえ!」
「くそっ! 離れろ! 離れろよ!」
 せっかく倒したと思ったのもつかの間、剣がゴーレムにくっついて離れない。
 甲冑の成分が瞬間接着剤に変化していて、たちまち騎士たちの剣は無力化された。
「ま、そうなるよな」
 昔時代劇で、日本刀は三人も斬ると脂で切れ味が落ちてしまうといっていた。
 では脂どころではない邪魔なものがついてしまったら?
 鎧と接着してしまった剣など、鈍器として使うのも難しいだろう。労せずして騎士にとって最大の武器である剣が無力化できる。
「よし、次の実験に行ってみよう」
「嘗めるな!」
 血のにじむような訓練と努力によって、ようやく勝ち取った栄えある騎士の地位である。
 その強さは自惚れでなく、デアフリンガー王国に負けぬものであると確信している。
 その自分たちがたった一人のエルフに弄ばれていることが許せなかった。
「どけっ!」
 剣などなくとも、鍛え上げた肉体だけで騎士は常人を軽く凌駕する。重装備の質量と技量に物を言わせた体当たりは頑強なゴーレムを吹き飛ばした――かに見えた。


――――ビヨン
「ぬわああああああああああ!」


 衝撃で後方に弾き飛ばされたゴーレムは、まるで起き上がりこぼしのように――実際そのものなのだが――急速に元の状態に戻ろうとして騎士の顔面に激突した。
 体当たりした衝撃がそのまま自分に返ってきたのである。力を籠めた分だけその衝撃は大きかった。
 あちらこちらで昏倒する騎士が続出した。剣で斬られるならともかく、打撃で脳を揺らされると立ちあがることもままならない。
 醜態以外の何物でもなかった。
「そ、そんな馬鹿な……」
「ああ、やっぱり。この世界にゴムはないのかな?」
 スキャパフローで大砲型ゴーレムを運用したときにも思ったが、魔法が発達したこの世界では爆発そのものが簡単に起こせるので、その爆発を利用して砲弾を飛ばすという発想には至らなかったらしい。
 同様にゴーレムの一部をゴム化するという発想もないらしかった。
「――――聖戦」
 一切の痛み、疲労、恐怖を無効化して潜在能力を限界まで引き出す騎士最大のスキルをハイドは躊躇いなく使用する。
 このスキルを使用すると、ほぼ一日間立つこともままならない倦怠感に襲われるが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
 ある種麻薬で強化されたような不死の兵。騎士にとってそれは決定的な敗北を免れるための最後の手段である。
 彼らの任務に失敗は許されない。たとえ死んでも任務だけは果たす。死にたくはないが、それが騎士としての在り方だった。
「残念でした。液状化」
 松田の一言でゴーレムたちが一斉にスライム状に液状化する。
 ブーストされた運動能力に任せて突進したハイドたちは、唐突にスライム化したゴーレムになんの抵抗もなく突っ込んだ。突っ込んでしまった。
 液状化したゴーレムは衝突の衝撃でハイドたちに雨のように降り注ぐ。
 もちろんただの液体を浴びてもなんら支障はない。しかし完全に避けることもまた不可能に近かった。
「――――からの固定化」
 液体となって手足、さらには鎧の内部まで濡らしていたゴーレムが固体となる。
 それだけで騎士たちの運動機能には深刻な影響が出た。先ほど剣に接着したよりも性質が悪い。
 特に運悪く顔に液体化したゴーレムを浴びてしまった騎士は悲惨である。
 最悪な者は視界を奪われ、それだけで完全に無力化された。
「くそっ! 卑怯だぞ!」
「ちょっと理不尽な敵がいるもんでね。いろいろと対策を考えておきたいのさ」
 最初から松田たちにとってハイドら騎士団は脅威にはなりえない。精々が実験相手であるとしか考えられていなかった。
 あの理不尽なリアゴッドと宝冠コリンの攻撃を凌ぐにはどうすればいいか?
 あの瞬間移動からのヒットアンドアウェイを捉えるには、今のところ空間制圧以外のアイデアはない。
 ガトリング砲のように弾幕で空間を制圧するか、液体を散布して空間を制圧するか。
 これと不可視の盾フォウが連携すれば、前回のような醜態は晒さずに済むだろう。むしろ罠にかけることも可能かもしれない。
 概ね、想像通りの効果に松田は満足して頷いた。
「いったいなんなんだ? どうしてドワーフの鍛冶師ごときにお前のような護衛が!」
 ハイドは一人喚く。
 簡単な任務のはずだった。気は進まないが、失敗するなど想像すらしていなかった。
 切り札たる聖戦すら、何の効果もないなど公国騎士団の歴史始まって以来のことであろう。
 これが夢なら一刻も早く覚めてほしかった。
「認められるか! 我らは名誉ある騎士、護国の盾なのだぞ!」
 このままでは犬死する。下手をすれば身元が割れて国際問題にもなりかねない。
 かといって、もう逃げ出すこともできないことはわかっていた。
 松田のゴーレムの包囲網を突破するほどの戦力は、すでにハイドには残されていないのだ。
 いつの間にか破壊されたゴーレムが補充されている。こちらの戦力は潰滅したのに、あちらは損害ゼロのまま。
 となればできることはただひとつ――――
捧命ヴィクティム
 己の生命と引き換えの特攻。
 彼らはなまじ忠誠心の高い精鋭であったために、任務に失敗し手捕虜となる未来を選べなかった。
 体内の魔力を臨界点まで酷使して、肉体を一個の弾丸と化す禁じ手中の禁じ手。
「死ね! 汚らわしきドワーフよ!」
『残念でした~~』
 もちろん秘宝であるフォウの声が、ハイドに聞こえるはずもなかった。
 ハイドの身体は加速に移ることすら許されず、不可視の盾によって前進を阻まれたのである。
 加速する前では運動エネルギーも微々たるもの。
 己の生命を引き換えにした最後の賭けが、失敗に終わったことを悟ってハイドは絶叫した。
「なぜだあああああああああああああ!」


「人を殺そうとしたんだから、それくらい想定しておけよ」
 松田の凍りつくように冷たいセリフを聴くこともなく、ハイドの身体は四散してこの世界から解き放たれたのである。

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