アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第百十話  不可視の盾フォウ

 ガーディアンを倒し、封印の解放権を得た松田が、巨大な石造りの門に手をかざすと、青い幾何学模様の魔法術式が起動する。
「ここでまた転移してこられたら目も当てられないな」
「外部からの侵入を弾く結界を作動させています。コリンの転移は結界の中にまでは作用できません」
「ま、それができたら最初から封印の間に転移してるよな」
 それだけが朗報だ。
 そのかわりほとんど距離も無制限とか、反則もいいところである。リアゴッドに転移を使ってゲリラ戦をやられたら、どんな国家も対応しきれず負けるだろう。
 事実コパーゲン王国の騎士団は、その手で完膚なきまでに叩きのめされたのだ。
「サイシュウトウハヲカクニン。フウインヲカイジョスル」
 とうとうここまでやってきた。
 ハーレプストに教えられ、地雷女に異次元へ飛ばされそうになり、過去から蘇った英雄に殺されかけたが、なんとか目的を果たすことができた。
 考えてみれば薄氷を踏むような道のりであった。
 特にリアゴッドとの戦いは、ほとんど単なる運だ。
 ノーラとマリアナの到着があとほんの少し遅ければ、ノーラが完全魔法無効のスキルを持っていなければ、松田のレベルアップが遅ければ、全員の命があそこで終わっていたのである。
 ――強くならなければならない。
 以前よりもその認識を松田は強いものにした。
 ゆっくりと封印の扉が開いていく。
「…………すごい」
 ノーラは扉の先の宝物に思わず目を見張った。
 大小さまざまな秘宝の数々は、その全てが宝石級以上、なかには伝説級に手が届くものもある。
『そこにいたのね』 
『あら、懐かしい顔ね。まだ生きていたのクスコ?』
 宝物庫のもっとも奥まった場所に、小さな何の変哲もないラウンドシールドが置かれていた。
「久しぶりねフォウ」
『私にツルペタ幼女の知り合いはいないはずだけど?』
「あんたもコリンも言ってくれるわね!」
 どうして人間の姿をしているのか、とかいくらでもいいようはあるだろう。
 なぜそこまでみんな幼女に反応するのか。
『信じられないかもしれないけど、その子はディアナよ』 
『ディアナお姉さま? ああ、そんなチンチクリンな姿になってしまって……』
「喧嘩売ってんのかあああああああ!」
 ディアナと無機物であるはずのラウンドシールドが語り合う光景を見たノーラとマリアナは目を丸くして固まった。
 それは彼女たちの知る限り、この世界に封印されたとある秘宝でしかありえなかったからだ。
「まさか……絢爛たる七つの秘宝……」
「この目で見ることができようとは……」
 なるほど、ドワーフ評議会の連中が松田を放っておけなかった理由はこれか。
「ノーラさんも好きな秘宝をひとつ選んでもらって構いませんよ?」
「ほ、本当かい? そりゃありがたいけどねえ」
「……あのスキル、私用の切り札だったでしょう?」
「なんのことかわからないね」
 飄々としていながら恐ろしい男だ。
 ノーラは松田に対する印象を再度改めた。
 その実力に関しても、呆れるほど規格外であったが、あの戦いのなかでノーラが対魔法士戦闘のスペシャリストであることの意味を正確に洞察していた、というのは普通ありえることではない。
「ま、くれるというならありがたくもらっておくさ」
 もうすでにノーラに松田と敵対する意思はなかった。
 むしろノーラが攻略したいと願うある迷宮において、松田の助力が絶対に必要なのだから。
 それにこれほど将来性のある男を、一時の利益のために失ってしまうのは惜しすぎる。
 ノーラが頼りがいがあると思える男は貴重なのだ。
『…………貴方が新しい契約者様ですか?』
「松田毅という。これからよろしく頼む」
『契約するのは構いませんが、私にもお姉さまのように愛らしい身体を用意してください』
「貴女ツルペタとか言ってたじゃないの!」
『お姉さまより年上の身体は断固拒否いたします!』
 信じられないことだが、秘宝の間でもしかしたらディアナは頼れる姉であったのかもしれない。
「私だって、好きでこんな身体になったんじゃないわあああああああああ!」
 本当だろうか?




 松田が迷宮の攻略に成功したという報告は、迷宮管理所から直ちに王宮へと届けられた。
 だがその情報は正確に国王へとは伝わらなかった。
 宮廷には長年スペンサー伯が培ってきた独自の人脈があり、軍部と利益を共有する貴族たちも多い。
 ましてスペンサー家はスキャパフロー王国譜代の名門であり、その協力者に不自由はしなかった。
「…………危ういところであったのう」
「伝説級の秘宝も複数発見されたと聞くぞ」
「ノーラめ。裏切りおって……」
 スペンサー伯と五槌マニッシュとゲノックは口々に勝手なことを吐き散らす。
 ドワーフ王以来の迷宮攻略、それを他国のエルフが成し遂げたということは、彼らにとって悪夢に等しいできごとであり、到底認められることではなかった。
 しかも王女マリアナもその攻略に協力し負傷したという報告もある。
 ともに力を合わせて迷宮を攻略した二人が結ばれるというのは、王宮としても宣伝のしがいのある対象だろう。
 そうしてなし崩しに松田を王国に取り込んでしまう未来が三人には見える。
 公平に見てスキャパフロー王国の国益には適うはずの良縁なのだが、伝統を庇護する立場の三人が受け入れられるものではなかった。
「それにしても危なかった。もう少しでハーレプストが間に合わぬところであったわい」
 ハーレプストがマニッシュから手紙をもらい、スキャパフロー王国に到着したのは今日である。
 それほど松田の攻略が予想外に速かったのだ。
「死んでくれていれば面倒もなかったものを」
「いやいや、生きていたからこそ手に入る貴重な秘宝もあるというものだぞ」
 ノーラに松田の暗殺を依頼したゲノックとしては、迷宮で死んでもらった方が面倒がなかったと考えている。
 確かに迷宮の秘宝は貴重だが、ドワーフ鍛冶たるもの、迷宮より自分の秘宝がどれだけの性能が出せるかが大事であった。
 そうした意味では研究畑のマニッシュと現場主義のゲノックではスタイルが違うと言える。
「王女は隔離できたのでしょうね?」
 さすがにマリアナ王女の前で松田を罠に嵌めるのは問題があった。
「問題ない。騎士団の生贄担当が勝負を挑んでいるはずだ」
 あの王女は挑戦されれば決して逃げない性格だからな。
「――――と、いうわけだ。君の役目はわかっているね? ハーレプスト」
「何をわかれというのですかな? 鍛冶師弟の伝統制度に対する裏切りですか?」
「伝統を守るためには、非常手段も必要ということだよ。何、この件が終われば君の人形は返還しよう」
 不機嫌そうにハーレプストはマニッシュを睨みつける。
 人のいない間に工房から最高傑作の人形を盗み出しておいて、何が伝統を守るだ。この盗人め!
「――――松田様が参りました」
 執事の男が恭しく頭を下げて入室したのはそのときであった。


 マニッシュが考えた策は、概ねこうである。
 ドワーフの真弟子は、師匠から恩試を与えられ、それを達成することで一人前と認められる。
 逆にいえば恩試の達成を認めるかどうかの権限が師匠にあり、また再度恩試を課すことも可能であった。
 つまりフェイドルの迷宮攻略を達成と認めず、その成果である秘宝を取り上げる。
 そのうえで新たな恩試を与え国外に松田を追いだすというものだ。
 断れば破門の格好の材料となる。
 破門された弟子がスキャパフロー王国の鍛冶師となることはできない。
 実質的に松田が一人前の鍛冶師としてドルロイの後継者となることもできなくなる。
 当然五槌に就任するなどもってもほか。
 破門されるような弟子であれば、その指導矯正として五槌であるマニッシュやゲノックが松田に制裁を加えてもおかしくない。
 松田がドルロイだけでなくハーレプストの弟子でもあるからこそ成り立つ策であった。


「ハーレプスト師匠、いただきました恩試、無事終了いたしました」
「エルフ風情が、挨拶する人間をまちがっておらぬか?」
「国王陛下にお目通りする前に、貴方に挨拶するのはおかしいでしょう? スペンサー伯殿」
 国王への攻略報告を行うはずが、王の間ではなく軍務卿の私室へと連れてこられた理由を、松田は朧気に洞察していた。
 そこにハーレプストがいたことで、それは確信へと変わった。
 自分たちの策をあっさりと揶揄されて、スペンサー伯は憤然としてハーレプストに怒鳴った。
「おい、ハーレプスト! さっさとこの小僧に引導を渡してやれ!」
「…………厄介事に巻き込んですいません」
「気にしないでくれ。本来師匠が弟子の障害になることなどあってはならないのだが……」
「師匠がこんなことを望んでしていないことはわかっています。全く、自分の利益しか考えられない身の程知らずはどの世界にいってもなくなりませんね」
 松田が自分たちをあてこすっているのはすぐにわかった。
 この手の悪党たちは自分たちの自尊心だけは大きいのが常であった。
「ハーレプスト! お前の人形がどうなってもいいのか!」
 マニッシュが人間大の箱を開けると、そこにはラクシュミーと寸分たがわぬ見事な人形の姿が露わとなる。
「――――師匠……」
「やめろ! 憐れむような目で僕を見るな!」
 生温かい目で見るな、というほうが無理であろう。
 まるで血が通っているような鮮やかな肌。そして愛おしそうに笑いかける人形の表情は、何よりも雄弁にハーレプストの愛情が誰に向けられているのかと語っていた。
 正しく世界最高峰の人形師、ハーレプスト・ワイトの面目躍如の出色の出来であった。
 とはいえ、携帯の待ち受けに片思いの女性を使っているのを覗き見られたような恥ずかしさは隠せない。
 告白よりも恥ずかしいものを見た気がして、松田は居心地悪そうに目を逸らした。
「さあ! 松田に秘宝を置いて新たな恩試へ向かうように言え!」
「――――断る」
「な、な、な、いいのか? この人形は二度と生み出せるかわからぬ最高傑作だと聞いているぞ!」 
 ドワーフの鍛冶師にとって、最高傑作とはときとして命よりも大切なものだ。 
 だからこそマニッシュはこの人形を強奪してきたのだから。
「その人形がどうして最高傑作なのか、理由を理解しないから君はドルロイを超えられないんだよマニッシュ」
「な、なんだとおおおお!」
 マニッシュは嚇怒した。策士をきどってはいるが、この男は実はゲノック以上にドルロイに対する対抗意識が強いことをハーレプストはわかっていた。
「惚気ですか? 師匠」
「松田君、男には言葉にしない優しさというのもあるのだよ?」
 それでもどこかすっきりとした顔で、ハーレプストはこめかみを指で掻く。
「僕が永遠にこだわるのは、それを失うことが恐ろしいほど愛しているということの裏返しだ。わかってはいたが認めるのに時間がかかった」
「ということは戻ったらプロポーズ?」
「あちらの養子に入ることになるだろう。もうこの国に戻ることもあるまい」
 ラクシュミーとの生活のために故国を捨てる覚悟をハーレプストは固めていた。
 いかに五槌や軍務卿が画策しようと、他国の名家を実力で排除することは難しい。
 ドワーフとしての名誉は捨てることになるが、そんなものが惜しいとはハーレプストは思わなかった。
「松田君、君の闇は僕よりも深い。それでも心の裏側と向き合うことを諦めてはいけないよ?」
「ありがとうございます。お言葉忘れません」
 正直なところ、ハーレプストの顔をみた瞬間、半ば以上脅されて仕方がないとはいえハーレプストが裏切ると考えていた。
 その自分が今は恥ずかしい。
 もっともこれが人形ではなく、ラクシュミー本人であればハーレプストの行動は変わっていただろう。
 それでも今日、ハーレプストが裏切らなかったことがうれしかった。
 何より今の松田には、深刻な悩みがある。懊悩といっていい。
 リアゴッドと同じように記憶をもって転生した人間は、前世と同一人物か否か。
 新しい人生を我がままに生きると決意した松田は、はたして前世と決別し新たな人生を生きていると言えるのかという悩みである。
 その回答のヒントが、ハーレプストの決断にあるような気がした。
「ふざけるな! 脅すだけと我らを侮るか!」
 スペンサー伯の号令一下、軍の精鋭たちが松田達を取り囲む。
 咄嗟にディアナとステラが臨戦態勢を取るが、松田は落ち着いて手で二人を制した。
「――――頼むよフォウ」
『契約者の望みのままに』
 想定していた恐怖の反応を示さぬ松田とハーレプストに、マニッシュの忍耐は限界を迎えた。
「始めに貴様の人形から壊してくれる!」
「さあ、それはどうでしょう?」
「んなっ?」
 ラクシュミーの人形に振り下ろされた槌は、見えない壁に阻まれて弾かれた。
 驚いて今度は大きく振りかぶるが――――
「いだあああっ!」
 振り下ろそうとした瞬間、肘が見えない壁に思い切りぶつかってマニッシュは悶絶する。
「おい、どうした――――ふぐおっ!」
 訝し気にマニッシュに駆け寄ろうとしたゲノックも、脛を見えない壁にぶつけて仰向けにひっくりかえる。
 弁慶の泣き所は鍛えても肉がつかないので、無防備にぶつけるとプロレスラーでも立っているのは難しい。
 集まった軍の精鋭も同様であった。
 ある者は顔を、ある者は膝を、動こうとした瞬間に何らかの障害にぶつかり身動きが取れずにいる。
 不可視の盾の本当に恐ろしいところは、単に防御力があるだけでなく、相手を阻害する攻撃手段として使えてしまうところであった。
「な、なんとかしろ! マルビナス将軍!」
「さすがにこの状況では……まず剣を抜かせてもらえないですし」
 剣の柄を覆うようにして不可視の盾が展開しているので、剣を抜かせてももらえない。
 力技でなんとかすることもできるが、そうなるとあの二人の娘も黙っていないだろう。
 何よりゴーレムを主力とする松田が、ゴーレムを一体も召喚していないのだ。
 下手な抵抗は犠牲を増やすだけであった。
 あるいは、そこまで計算して松田は不可視の盾による示威を選択したのかもしれないが。
 唯一単体戦力で松田に匹敵する将軍が、戦わせてももらえないのでは勝負ありである。
 もはやスキャパフロー王国が総力を挙げても、松田率いるゴーレムの軍集団と絢爛たる七つの秘宝の前には勝利はおぼつかない。
 圧倒的な個としての力の差を、スペンサー伯もマニッシュもゲノックも認めぬわけにはいかなかった。
 彼らも自らの破滅と引き換えにしてまで、松田を亡き者にしたいわけではないのだ。
 というかそれ以前に、歩くことも手を伸ばすことすらままならない。
 その気になれば松田はいつでも自分たちを殺すことができる。
 彼らが強気なのはあくまでも力の弱い者に対してであって、生殺与奪を手にした相手に逆らうなど思いもよらぬことであった。
 そんな無様な彼らを横目に嗤うと、ハーレプストは松田の肩に手を置いて重々しく宣言した。


「――――ここに我が弟子タケシ・マツダの恩試の達成を認める。汝さらに精進を怠ることなかれ」
「必ずや師の名を辱めぬ鍛冶師となることをお誓いいたします」






「もういいのかい?」
 王宮の外にはノーラが旅の準備を終えて待っていた。
「ええ、これ以上は厄介なことになると思いますし」
 国王と改めて面会すれば、あらゆる手段で引き留められるのは確実である。
 いまや実力でそれを突破する力を手に入れたとはいえ、わざわざ国家と衝突する必要はない。
「マリアナから出国許可証を預かってるよ。追手がかからないうちに出るに限るね」
「そういうことなら急ぎましょうか」
 大人しくマリアナが協力してくれたらしいことに、少し松田は驚いた。
 あの傍若無人な王女が無理難題を言い出す可能性は大きいと思っていたからだ。
 松田があずかり知らぬことではあるが、本気であればあるほど傍若無人には振舞えないということがある。
 マリアナはスキャパフロー王国王女という地位を捨ててまで、松田についていく決意を持てなかった。
 だからといって権力で松田を無理やり縛りつけようとしないのは、彼女がそれなりに嫌われたくないと考えた結果であろう。
 シェリーは何も言わずにただの探索者へ戻った。
 彼女の実力では松田の足手まといになる。あれほど努力したつもりでも、松田との差は縮まるどころか開いていた。
 残酷な才能の差が、人間関係を変えてしまうのはよくあることだ。
 ノーラにもかつては同じ村から共に戦ってきた仲間がいた。
 探索者を続ける以上、力の開いた者同士が同じパーティーにいることはできない。
 しかしそれと恋を諦めるのは別の問題だとノーラは思う。
 家柄や地位が、あるいは才能や実力が恋人として釣り合わないという考えは逃げだ。
 惚れたなら戦え。手段を選ばずに戦うならば、抜け道のひとつやふたつはあるものだ。
 もっとも、そんなアドバイスを恋敵に送るほどノーラは人格者ではない。
 むしろ恋敵の脱落は望むところであった。
 どの世界であっても、婚活は情け無用の生存競争なのだから。


「目的地はどこになるのかな?」
「私の故郷――湖に沈んだ古代の遺跡、パズルだ」




 その後、松田の持つ秘宝が絢爛たる七つの秘宝と判明したり、五百体以上のゴーレムを操るゴーレムマスターであることがわかったり、その松田を国外に流出させたとして軍務卿が失脚したりといろいろあったが、それはまた別の話である。

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