アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第百六話 ガーディアン

 松田が巨大ゴーレムを相手にする一方で、クスコとディアナもまた虫型ゴーレムを相手に戦いを繰り広げていた。
「お父様を傷つけることは許しません!」
『主様の最強の使い魔として無様をさらすわけにはまいりませんわ!』
「ちょっと! 誰が最強の使い魔よ!」
『私のほかにいるはずがないでしょう?』
「私は認めてないわよ!」
 憎まれ口を叩いてはいるが、二人はお互いの力を松田以上によく承知している古いつきあいであった。
 この程度の敵に手も足も出ないようでは今後も松田に寄り添うことは難しい。
 かつてライドッグに仕えていたときを思えば、強敵というのもおこがましい相手である。
『狐火白夜!』
 クスコは全身に眩い白光を纏った。
 これはクスコを守る超高熱の鎧であり、結界でもあった。
 目にもとまらぬ高速での体当たり攻撃。いかに魔法耐性に優れるといえども、分裂した虫型ゴーレムにそれほどの物理耐性はない。
 クスコがその身体能力を生かしつつ、耐性の許容量を超える超高熱でぶつかってくれば消滅は免れなかった。
『主様に褒めていただくのはこの私よ!』
「ふざけんな!」
 自分を力任せの殲滅馬鹿と思ってもらっては困る。
 我こそは造物主の右腕にして、この世界の終末を告げるとすら呼ばれた終末の杖ディアスヴィクティナ。
 松田の娘として人のように生きる今の暮らしには満足している。が、だからといってプライドを失くしたというわけではない。
 まして、かつてライバルであった使い魔に立場を奪われてなるものか。
「範囲魔法だけが私の魔法であるなどと思わないでちょうだいっ!」
 圧倒的に強力な火力で、敵を残さず殲滅するのが一番好きなのは確かだが、別に他の魔法が使えないわけではないのだ。
 それどころかいくらでも知っている。魔法の知識に関しては、ライドッグに次ぐと謳われたディアナである。
 範囲魔法が通じなかったからといって、無力化されるなどありえない。
フリージングてつくボルテックス
 ディアナの眼前でダイヤモンドダストがぐるぐると渦を形成し、急速に空気が冷えて床を霜が埋め尽くしていく。
 渦の回転が目にも止まらぬものになると、絶対零度の極小のらせん状の礫が一斉に飛び出した。
 魔法だけではなく、螺旋という物理衝撃を兼ね備えた一撃は、分裂した虫型ゴーレムを次々と木っ端みじんに打ち砕いた。
 稲妻のように飛び回るクスコと競うようにして、ディアナは膨大な数に及んだ虫型ゴーレムを堤防が水に侵食されていくように飲み込んでいった。
 たちまちのうちに虫型ゴーレムの半ば近くが失われ、慌てた虫型ゴーレムは数という利がクスコとディアナには通用しないことを悟った。
 通常の探索者であれば、強固な対魔法力を付与された雲霞のごとき虫型ゴーレムに攻撃されたならば逃げ出すことすら難しいであろう。
 単体攻撃ではいずれ数に押し切られる。
 そうした常識がクスコとディアナには一切通用しない。
 慌てて合体して防御力を補った虫型ゴーレムであるが、その大きさは先ほどの半分程度にまで縮んでいた。
「哀れなものですね」
 おそらくは密度はすでに半分を割り込んでいるであろう。
 はたして防御力も見かけほどあるかどうか。
 何よりディアナはちまちまとした魔法よりは、一撃必殺の魔法を得意とする。
 虫型ゴーレムがひとつに固まったところで、状況はむしろ悪化しているのだ。
大地アース束縛バインド
 石造りであったはずの床が、泥沼と化して虫型ゴーレムの歩行を阻む。
 さらにべっとりと粘着質の泥が、まるで接着剤のように虫型ゴーレムの羽を拘束した。
 これでは飛ぶことも歩くこともままならない。
「――――行きます!」
 禁呪はつかえなくとも、ディアナの好きな爆縮型の上級魔法を使える喜びに無意識に口元が緩む。
 しかしそんなディアナの喜びは、仲間にしてライバルのクスコによって悲鳴へと変わった。
『妖炎蓮華』
 紅蓮の華を全身に咲き誇らせるようにして、クスコが天井から流星のように落下してきたのである。
 格段に密度を強めた紅蓮の華は、虫型ゴーレムの硬い外殻を貫いて床を数十メートルにわたって陥没させた。
「私の獲物! 私の見せ場!」
『昔から獲物は早い者勝ちと決まっていましてよ?』
「――――死ね。獄炎ヘルファイアケイジ
 クスコごと虫型ゴーレムを炎熱の牢獄に閉じ込めようとしたディアナだが、それを甘んじて待つクスコではなかった。
 ひらりとクスコが結界の檻から逃げ出すと、哀れな虫型ゴーレムは断末魔の悲鳴をあげて炭化するまで超高熱に蒸し焼きにされるのだった。
「ちっ!」
『止めは任せたんだからいいじゃない!』
「そうやって貴女はいつもいつも! 私のいいところを横取りして!」
 火力では上を行くディアナだが、速度と汎用性ではクスコには敵わない。
 必然的にせっかくいいところを見せようと意気込むディアナの獲物を横取りされてしまうのは、かつてライドッグに仕えていたころからのお約束であった。
『主様~~♪ 私の活躍見てくださいました?』
「お父様! 私の華麗な止めの一撃のほうがすごかったですよね? ね?」


 ビチャリ、と水音を立てて不定形の触手が、今までステラのいた空間を薙いで壁にぶつかり弾けた。
「やりづらいです。わふ」
 不定形のため、ステラの強烈な拳を食らってもその部分が吹き飛ぶだけでダメージを与えられない。
 こんな相手とステラが戦うのは初めての経験である。
 先ほどから何度も蹴りや拳を当ててはいるが、全く利いた様子がなかった。
 ステラの突進スキルである巨狼フェンリルファングは、貫徹力こそ無類の威力を誇るが、こうした液体に近い不定形ゴーレムには効果が薄いのだ。
「わふっ?」
 決め手を欠いて手ごたえのない打撃を続けるステラの瞳に、松田のゴーレムが巨大な神像のようなゴーレムを崩れ落ちさせるのが目に映った。
 今まで見たことのない砲台型のゴーレム。
 もともとゴーレムに特化した魔法士である松田の白兵能力は低い。
 そうした松田を守る剣こそ自分だと思っていた。
 こんな敵を相手に手こずっていては松田を守れない。
 自分が手の届かないがゆえに、松田が傷つき斃れるのは絶対に嫌だ。
 ステラの命はとうに松田のためにある。それを松田の意思が拒絶するとしても松田のためにある。
 ステラが松田を群れの主人として認識したときから、それは松田のにも変えることのできないステラの決意であった。
「――だから、お前なんかぶっ飛ばすです。わふ」
 不定形ゴーレムは相性が悪いだけで、それほど強力な相手ではない。
 触手や自分の身体を弾丸代わりに飛ばしてくる程度で、その粘液にはなんらかの酸が含まれているようだがそれだけだ。
 まあ、直接触れるには少々躊躇われるが。
 ――――まだ人狼の隠れ里にいたころ、父が村の結界に触れた魔物を退治したことがある。
 毒のために変異してしまった水竜だった。
 その竜は自在に身体を水へと変化させることで、一切の物理攻撃を無効化する怪物だった。
「…………すまんな。俺にはお前を解毒して正気に戻してやることはできん」
 ステラの父こそは族長をも凌ぐ村一番の戦士である。人狼の村で最強ということは、伝説級、すなわち一国に匹敵する戦力の持ち主ということなのだが、ステラはそこまではわからない。
 しかし父親がとてつもなく強い、ステラの自慢の父であることはわかっていた。
 もし母を失うようなことがなければ、今頃は新たな族長として村を導いていたはずである。
 ふとステラはそこで小さな違和感を抱く。
 ――――いったい母はどんな人だったろうか?
 美しい人であったと思う。原因のわからぬ病に倒れ、父の帰りを待たずして儚くなった。
 その後の父の嘆きと凋落ぶりは今も鮮明に思い出すことができる。
 それなのに母の面影の欠片も思い出せないことにステラは戸惑いを隠せなかった。
「わふっ!」
 刹那、触手がステラの頬をかすめ、ジュッと酸が髪を焦がす嫌な臭いが漂った。
 戦闘中に余計な思索にふけってしまったことに、ステラは己を恥じた。
(考えるのはあとでもできるです。わふ)
 考え始めると無性に気になるが、今は目の前の敵を倒すことだとステラは気持ちを切り替える。
 きっと今なら――――
 まだ幼かったあの日、父の水竜討伐に隠れてついて行ったあの日見た技が使えるはず。
 もう自分は成人前の子供じゃない。
 ご主人様を得て成人も済んだ一個の戦士。
「――月酔」
 人狼は生まれながらに月の魔力に大きく影響を受ける。
 特に満月の日は、魔力の器の大きい人狼は月の魔力の影響受けて酩酊したような症状が出ることがあった。
 それは酔えば酔うほどに月の魔力を無尽蔵に引き出すことのできる生まれ持った才能だけに許された特権でもある。
「ういぃ……ひっく、です。わふ」
 ステラの足がふらりふらりと千鳥足に乱れる。どこから見ても子供が背伸びして酒を飲んで酔っ払ったようにしか見えない。
 だが、全身から発する魔力の量はけた違いに跳ね上がっていた。
 触手はその放射される魔力だけで、溶けるようにかき消されていく。
 もはやそれは、対等の闘争のステージにはいなかった。
 ただただ蹂躙する者と蹂躙される者の絶対的な格差がそこにあった。
「ご主人様に一番褒めてもらって、ナデナデしてもらうのは私です。わふぅ……ひっく」
 時として理不尽な格差は滑稽ですらある。
 ステラはありあまる魔力と才能を無造作に使用しているにすぎない。
 そこに修練や緻密な制御などなく、赤子のように思いに任せた幼稚な暴力があるだけ。
 しかし不定形ゴーレムは、まるでそれが子供のおもちゃの宿命のように暴力に抗うことができなかった。
 攻撃は全て弾かれる。再生もステラの魔力の放射範囲では一切できずみるみるゴーレムの身体は縮小していった。
 恐るべきはこのありあまる魔力を完全に制御した状態を「月盃」といい、ステラの父がかつて水竜を相手に使用したのはそちらであった。
 この魔力を完全に制御したステラがどこまで強いものか、今はまだ想像もできない。
「というわけで、お前は死ぬです。わふ」
 不定形のゴーレムにもし感情があるとすれば、それは圧倒的な強者に対する絶望であったろう。
 抵抗することもままならず、みるみるゴーレムの身体は溶かされ、最後は核をステラに踏みつぶされてゴーレムは斃れた。

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