アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第九十八話 攻略開始

「さて、ようやく落ち着いて迷宮の攻略ができるな」
 王宮に呼び出されたり、王女と戦わされたり、という怒涛の日の翌日。
 松田はステラとディアナと連れ立って、迷宮管理所へと向かっていた。
 早めの朝食を終え、迷宮が空いているうちに攻略を進める気満々である。
 これ以上厄介が増えないうちに、一刻も早くもうひとつの絢爛たる七つの秘宝が欲しい。
「楽しみです! わふ」
「いったいこの迷宮に眠っているのは誰なのかしら?」
「残念ですが私も番人を命じられただけで、どこに誰が封印されているかは存じ上げませんので……」
 クスコは申し訳なさそうに頭を下げると、悲し気にコン、と鳴いた。
「いつまでお父様の首に巻きついているのかしら?」
「いい加減ご主人様から離れるです! わふ」
「あらあら、主様は満更でもないようですけれど」
 自信満々にクスコに返されて、ディアナとステラの鋭い視線が松田に突き刺さる。
「すまん、もふもふの癒しには勝てんのだ」
 松田も野生の狐を見かけたことがあるが、クスコの毛並みは松田の知る狐とは雲泥の差があった。
 ふわりと柔らかく、さらさらとした手触りは絶品で、光を反射する白い毛がまるで天鵞絨のようである。
 しかも獣臭さは微塵もなく、それどころかどこか白檀の香りを彷彿とさせる芳香があった。
 癒しを求める元社畜がこれに抵抗することができようか。いや、できはしない(反語)
「ひどいです! ステラの尻尾だって負けてないです! わふ」
 危うく人狼に変身しそうになったので、慌てて松田はステラを止めた。
「ううっ……次の身体に乗り換えるときは獣耳も候補にしておくべきでしょうか……」
「いやいや、ないからね? そんな目立つ格好は」
 それぞれの悩みに沈む二人をしり目に、クスコは楽しそうにコン、と鳴くのであった。




さすがに朝一番の迷宮管理所は空いていた。
「おはようございます! マツダ様、今日から攻略再開ですか?」
「おはようございます。ミネルバさん」
 受付に座ったミネルバは松田に気づいて輝くような笑みを浮かべた。
 どこか打算をめぐらせた暗いものを感じてしまったのは松田の心のなせるわざか、それとも真実であろうか。
 少なくともミネルバに松田に対する感謝があるのは本当だが、迷宮管理所の幹部としては、探索者の少なくなったフェイドルの迷宮の攻略を期待したいという思いもある。
 ――――だが、それ以上に今日のミネルバは松田が来てくれるのを一日千秋の思いで待つ理由があった。
「あんたかい? マツダってのは……」
「そうですが……どちらさまですか?」
 金髪碧眼の美女、と呼んでもよい容姿であろう。
 身長はおよそ百七十センチ、均整のとれたよいスタイルをしている。若干のお肌の衰えは隠せないが。
「今、何か考えたか?」
「滅相もありません!」
 女の勘恐るべし。松田はそこに深淵の闇を見たような気がして背筋を冷や汗に濡らした。
 魔法力とか戦闘力とか、そんなものとはかけ離れた物理法則を超えた、絶対に勝てない何かがそこにいた。
 そういえば社の部下の女性に聞いたことがある。
「ダイエットとかバストアップとか、化粧の工夫とかいろいろと気を遣うことはあります。でも、一番重要で女性間の優劣ポイントになるのはスキンケアとアイメイク! これに尽きます!」
「お、おう…………」
 きっと世の女性はお肌年齢には敏感なのだろう。それは男性には全く想像もつかないほどに。
 そして松田はそれ以上考えるのを止めた。
「このダリアの獅子ノーラを知らないとは、私もまだまだだねえ」
「ノーラさんとおっしゃるのですか。松田と申します。お見知りおきを」
「ふ~~~~ん」
 明らかに値踏みするような目で、ノーラは松田を頭のてっぺんから足のつま先まで眺めまわす。
 なかなか悪くない。というよりかなりノーラの好みであった。
 探索者という実力主義の稼業では、松田のように物腰の穏やかで細見の男は少ない。
 さらにエルフのような美形となれば、ほぼ皆無というところだ。
 これが色街の男ならそれなりにいるが、宝石級の実力がある男となるとノーラの知る限りでは松田しかいなかった。
(これは……ちょいと考える余地があるかもねえ)
 先日ゲノックから、松田の暗殺を頼まれたノーラである。
 松田を殺してその秘宝を奪うというのもひとつの選択肢ではあるが、松田を自分のものにしてしまえば、手に入れる必要もなくなる。
「お父様をぶしつけな目で見ないでください!」
「――お父様?」
 明らかに種族の違うディアナを見て、思わずノーラは絶句した。
(こぶつき? バツイチなのか? 人畜無害そうな顔をしてやるわね)
「ご主人様、もう放っておいて早くいくです。わふ」
(さらにロリ?)
 この時点でノーラは松田に対する興味を失いかけた。
 女性の男性に対する評価として、ロリというのはあまりに大きすぎる欠点であった。
 もし松田がその内心の声を聞いたら泣いて抗議しただろうが。
(――――やはり殺していただくものをいただくとしよう。それにしてももったいない。せっかくの美形が……しかも宝石級なんて、もう二度と出会えないかもしれないのに……!)
 もうすぐ前に三十路を控え、真剣に伴侶というものを考え始めた微妙なお年頃なノーラであった。
 もしこのままであれば、ノーラは惜しいとは思いつつも松田を標的としていただろう。
 ところがである。
「ふん、戻ってきていたか、この脳筋女め」
「あんた……なんで王女がこんなところにいるのよ!」
 忘れもしない王女マリアナが、悠然と胸を反らしてノーラを嘲笑っていた。
 ノーラとマリアナの因縁は二年ほど前、まだノーラが金級の探索者であったころ、恋人に一方的に勝負を申し込まれて再起不能にされたことに始まる。
 若手有望株の剣士であった恋人は、もともとノーラにも及ばなかったことを気にしていたところにマリアナに駄目押しをされて探索者を止め、今は故郷で牛を飼っているという。
 激怒したノーラはマリアナと一戦交えたが、そのときは全くの五分と五分であった。
 以来、いつかは決着をつけなければならない相手として、ノーラは腕を磨き続けてきたのである。
「ふん! 今さら帰ってきたところで、もう白狐はいないぞ?」
「わかってるわよ! だからなんでここにいるのか聞いてんでしょう!」
 その瞬間、マリアナの視線がチラッと松田へ向いたのをノーラは見逃さなかった。
(こ、こいつまさか――――)
「探索者どもが不甲斐ないゆえ、この私が自ら迷宮を攻略してやろうと思ってな!」
 そんなノーラとマリアナを後目に、松田達は淡々と手続きを済ませ迷宮の入り口に向かおうとしていた。
「おいおい待て待て! 先日は不覚を取ったが、先にこの迷宮を攻略するのはこの私マリアナだ! 肝に銘じておくがよい!」
「もう、姫様ったら素直じゃないんだか…………」
「お前は黙ってろおおおおおおお!」
 口を挟もうとしたナージャは振り向きざまのマリアナの裏拳でお星さまとなった。
 ノーラをもってしても反応できたかどうか怪しい早業だった。
「お父様に負けたのを忘れたのですか?」
「出直してくるです。わふ」
「…………お互い全力を尽くしましょう。私も負けるつもりはありませんが」
「ふん! 先日は卑怯にも三対一だったではないか。三対三なら負けはせぬ!」
 そのために護衛のナージャのほかに腕利きを雇ったのだからな!
 ――と考えて、マリアナはようやくナージャの姿がないことに気づいた。
「おい! どこにいったナージャ! 新しい仲間はどこだ?」
「…………ひどすぎて言葉もないわ」
「さすがにこれは引くです。わふ」
 ドン引きのディアナとステラほど松田はショックを受けていない。
 自分が何をしたか覚えていない上司など、元社畜にとっては日常茶飯事。気分によっては言葉の最初と最後で内容が百八十度変わっていたりする。
「だ、誰か助けて…………」
「来たばかりで悪いが、もう帰りたくなってきたぞ……」
 管理所の入り口から十メートルほど吹き飛ばされていたナージャに一人の女性が手を差し出した。
 シェリーである。
 王女のパーティー要員として、管理所長から命令に近い要請を受け、いやいやながらやってきてみればこれであった。
 まさかこの王女を護衛しなくてはならないとは、先が思いやられる。
「あ、ありがとうございます」
 マリアナにどつかれるのは慣れているのか、ナージャの立ち直りも速かった。
「申し遅れました。こちらが今日から攻略に同行してくださる金級探索者のシェリーさんです」
「管理所長より殿下に協力させていただくよう仰せつかっています。よしなに」
「――――そうか。ナージャよりは役に立ちそうだな」
「そう思ってるなら早く私を解放してくださいよ!」
「無理だ。というか嫌だ」
「ひどいですううううううううううう!」
 やはりナージャが解放されるためにはマリアナの結婚が必要だ。
 ナージャはその思いを新たにしたのであった。
「あら? シェリーさん?」
「シェリーさんです。わふ」
「ああ、立場は違うが、今日から私も迷宮攻略に参加する。お互いに頑張ろう」
 シェリーの言葉に嘘はない。しかし松田の視線をシェリーは見ることができなかった。
 松田に失望されたくない。疑いの目で見られたくない。
 しかし事実、シェリーがマリアナの護衛として命じられたのは、松田に利用価値を見出したハインツの意によるものだ。
 今のシェリーにハインツに逆らうだけの力はなかった。
 百パーセント善意で松田に協力することができない後ろめたさが、シェリーに松田と視線を合わせることを許さなかった。
「あらあらあら~~~~♪」
 ひどく楽しそうなノーラが口を挟んできたのはそのときである。
「もしかしてマリアナったら春? 春が来ちゃったの?」
「んなああああっ?」
 真っ赤になってマリアナはあんぐりと口を開けて絶句する。
 その態度が何より雄弁にマリアナの松田に対する思いを物語っていた。
「ふ~~ん、そういうことなんだあ。わざわざ迷宮まで来ちゃうほどなんだあ」
「な、なんのことだ? 私は知らん! ナージャ! 早く迷宮に入るぞ! 急げ!」
「はは、はい!」
 またぞろ怒りの八つ当たりを食らっては敵わない。
 慌ててナージャはミネルバに手続きを頼む。
「しかもあの男に負けちゃったのねえ……なるほど、最低限の基準は満たしたと」
「だから私は知らんと言っておるだろうがあああああ!」
 知られてはならない(誰の目にもバレバレであるとしても)思いをノーラに暴かれそうになったマリアナは、激情のままに剣を振りぬいた。
 もちろん刃ではなく剣の平で、であるが並みの人間ならそれでも即死は免れない。
 しかしノーラはあらゆる意味で並みの人間ではなかった。
 あっさりと魔剣の鞘でマリアナの剣を受け止める。
「ふふふふふ」
「あはははは」
 膂力はわずかにマリアナの方が上だが技量ではノーラが上回っていた。
 どうやらマリアナが弱くなったというわけではなさそうだ。
 そのマリアナが完敗した、というのなら松田の実力はノーラの予想を超えているということになる。
 実力もさることながら、マリアナが装備する国宝級の鎧や盾は、宮廷魔法士の魔法にすら耐える魔法抵抗力があるはずであった。
 そのマリアナが手もなくひねられたとすると、ノーラの裏技をもってしても怪しい可能性がある。
(…………これは面白くなってきたかもね)
 ノーラの中で再び松田に対する認識が変わろうとしている。
 何も急ぐことはない。
 松田を殺すかどうかは、彼がこのフェイドルの迷宮を攻略するまで考える時間があるのだから。
 そんなことより今は――
「それでどこに惚れちゃったわけ? 実は割と面食いだったり?」
「わわ、私は恥をかかされた復讐をしようとしているだけだ! 断じて男女の……浮ついた感情などない!」
「察してちゃんな三十路女って害悪だと思うんです」
「たとえ私が結婚しても、お前を結婚などさせないからそう思え!」
「嘘です! 冗談です! 今度こそ姫様を結婚させてみせますから勘弁して!」
「違う! 私はあいつと結婚しようだなんて思ってない!」
 これにはさすがのノーラも苦笑いであった。
 売れ残るにはそれなりの理由があるということか。自分も計画的に伴侶を捕まえる努力をしようと誓うノーラであった。



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