アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第九十一話 五槌来襲

「それにしても…………」
 迷宮を出て宿へと足を向けた松田は、困ったように頭を掻いた。
「本気で見分けがつかん」
「私もです」
「ステラはわかるですよ? わふ」
 ステラだけはけろりとした顔で不思議そうに首をかしげる。
 王都らしい賑わいで、露店が立ち並ぶ目抜き通りを前に、松田たちはドワーフの団体の見分けがつかなくて往生していた。
「どうだいこいつぁ! 我が師ミョルンの傑作だ!」
「そんな重いのをエルフの優男が扱えるか! このサークレットは重宝するぜ!」
 ステラやディアナも含め、容姿も身なりもよい松田たちはたちまち客引きの的となった。
 だが――
「今話してたの誰だっけ?」
 一度に数人から声をかけられると、誰が何を話していたのか認識することができない。
 ドワーフは男性と女性こそ性差が激しいが、個人間の差というと微妙なものであった。
 もちろんドワーフたちには独自の美醜の感覚があるのだが、松田にはその差が一向に理解できないのだった。
 さすがにドルロイとハーレプストはわかるのだが、あれはドワーフの少ないマクンバで同じ時間を過ごしたためだ。
 こういってはなんだが、松田は大阪に出張したとき、金髪の大柄な外国人を指さし、「バースや! バースや」とはしゃぐ大阪人を目撃したことがある。
 体格と金髪、あとは髭があることくらいの類似点だけで元三冠王ランディー・バースに間違えられた方もたまったものではなかっただろう。 
 ちなみに松田の同僚が、NBAのピッペン氏をみて、元近鉄のブライアントと断言したこともあった。
 ブルズファンの松田としては、許しがたい過ちである。
 人種や長年の感覚というものは、意識だけで変えられるものではないということだろうか。
「……ドルロイ師匠とはオーラが違うのはわかるんだけど」
 一流は一流を知るという。
 松田が一流であるかどうかはともかくとして、その道の一流の人間は、顔の造作や体格とは別に、独特の風格オーラを身にまとうものだ。
 ドルロイとハーレプストを比較的早く受け入れることができたのは、彼らがその一流の風格を身につけていたせいでもある。
 リンダについては……いうまでもなかろう。正直宝石級に認定された今でも敵に回したくない女性であった。
「おい、若いの。今ドルロイと言ったか?」
 声は決して大きくはないが、低く唸るような声がよく通るのは、彼がドルロイと同じ風格を身につけているからだろう。
 なるほど、この人ならある程度見分けがつくな、と失礼なことを考えながら声の主に応えた。
「はい、ドルロイ・ワイト殿は私の師匠ですが」
「あの偏屈が弟子にしたエルフというのはお前か…………」
 値踏みするようにじろじろと男は、松田の顔から足のつま先まで視線を向けた。
 思わずディアナが男の無礼さを怒鳴りつけようとするが、軽く手を口元にあてて松田は制した。
 ドワーフは遠慮というものが、少々足りない種族であるらしい、と師匠をみて感じていたからだ。
「私はタケシ・マツダと、申しますがお名前を伺っても?」
「ふん! ドルロイの弟子とも思えん優男だ。しかもわしの名を知らんとは」
「まあ、エルフが貴方を知らないのは無理ないでしょう」
 男の背後から、ハーレプストのように小綺麗な衣装を身に纏ったもう一人の男が身を乗り出した。
 服の趣味はよさそうだが、やっぱり見分けはつかない。
「ああ、すまないね。ドルロイの弟子に興味があって、二人で待ち伏せしていたのさ」
「まさかその弟子が、あっさりとフェイドルの迷宮を解放するとは思わんかったがな」
 態度はえらそうだが、不本意ながらも松田を評価しているらしく、男は少し気まずそうに鼻を擦った。
「私はドワーフ五槌の一人、マニッシュ・ノア。そしてこの人は――」
「同じく五槌の一人、ゲノック・ファーガソンだ。ドルロイとは兄弟子にあたる」
「師伯(師匠の兄弟子)にお目にかかれて光栄です」
「ふん! まだわしは貴様をドルロイの弟子と認めたわけではないわい」
 鼻息も荒くゲノックは松田の言葉を否定した。
「すいません、五槌の弟子というのは本来次期五槌候補者ということなのです。それでゲノックはずっと反対しておりまして」
「それでは皆さんは弟子を取らないのですか?」
 せっかくの最高峰の技術者が弟子を取らなくてはその技術の伝承が途絶える。
 松田の知る一子相伝とされる技術体系は、その後継者の不足によってほとんどが失われていた。
 もちろん受け継ぐことが難しいことは理解しているが、だからといって門戸を閉ざすべきではない。
「全く、ドルロイの奴はそんなことも教えておらんのか! だから奴は五槌には相応しくないというのだ!」
「ゲノック! 言い過ぎですよ!」
「言い過ぎでなどあるものか! 五槌とのあろうものが、スキャパフロー王国を飛び出して、しかもドワーフへ秘伝の承継もしないなど許されることではない!」
 鬱屈した怒りにゲノックの顔色は赤銅色に変化していく。
 巻き込まれるのは不本意だが、よくある話だなと松田は密かに思った。
 閉鎖的な業界では、能力よりも環境、例えばいっしょに苦労してきた、父親が大切に育ててきた、そんな人間が後継者として認識されることが少なくない。
 特に別の業界から転向してきた人間に対する風当たりは人一倍だ。
 松田のいた警備業界は転職者が九割を占める特殊な環境であったが、それでも偏見や差別が多かった。
 ましてエルフがドワーフのショバを荒らしに来たとみられているなら、警戒されないほうがどうかしていた。
(面倒くさいことになったかな……)
 松田はこのフェイドルの迷宮で新たな絢爛たる七つの秘宝を手に入れただけだが、それをいっても相手は納得しないだろうし、そもそも絢爛たる七つの秘宝の秘密を知られるわけにはいかなかった。
「私の無知についてはお詫びいたしますが、私は師匠に与えられた試練を果たすのみ。他意は何もございません」
「ああ、それは疑っていません。私は彼を信頼しています。誤解されやすい男ですが……」
「貴様にあいつの何がわかる!」
「いい加減にしなさいゲノック! 今日はそんなことのためにここへ来たんじゃないでしょう!」
 マニッシュにそう言われ、ゲノックは不満そうではあるものの矛を収めた。
「すいませんね。ドワーフ評議会でも、あのドルロイがエルフの弟子を取ったという話は今でも論争の的でして」
「そんな矢先に渦中の弟子がやってきたというのだ。本当にドルロイの弟子である資格があるかどうか、見極めさせてもらおうか!」
「今日は疲れてるんでお断りしますね」
「んなああっ?」
 勢いあがっていたゲノックは、あっさりと松田に断られて素っ頓狂な声をあげて固まってしまった。
「い、いやしかし……貴方はドルロイの弟子なのですよね? ならば五槌とドワーフ評議会に従うべきだと思いませんか?」
「師匠の命令なら従います。しかし国王陛下の依頼を受けて、命懸けで迷宮から還ってきたところでそんな話をされても……まだ恩試も果たしていないことですし」
「――――ふざけるな!」
 人を食ったような松田の態度に、ようやく硬直から解放されたゲノックは嚇怒する。
「やはりドルロイは五槌になど相応しくない! あんな愚か者は追放してしかるべきなのだ!」
「私はともかく、師匠に対する侮辱は許しませんよ?」
「ふん! 許さんならどうする!」
 ゲノックは腰から吊りさげていたフレイルを一振りすると、どう猛な笑みを浮かべた。
 相手が従わなければ挑発すればよい。結果的に腕を試すことができればそれでよいのだ。
 もっともそれは、五槌の一人であり、かつては軍にも所zくして勇名を馳せたゲノックの自信があってこその話であった。
「ドルロイの弟子とはいえ、彼は国王陛下が招請した探索者であり、迷宮解放の功績者です。やりすぎは許しませんよ?」
「気にするな、どうせすぐ終わる」
 所詮はあのはぐれ五槌ドルロイの弟子、しかもエルフという変わり種である。
 国王も軍や探索者などを頼るなら、我ら五槌を頼ってくれれば、こんなに事態を長引かせずに済んだ。
 松田ができたことが自分にできないはずがない、とゲノックは本気で信じていた。
 その自信の源のひとつは彼の持つフレイルであった。
 秘宝としては伝説級まであと一歩という逸品で、その気になれば半径百メートルほどを更地に変えてしまうこともできる。
 いくら松田が魔法にたけていようと、容易く突破することができるはずであった。
「お父様、この無礼者を殲滅してもいいでしょうか?」
「ドルロイさんを馬鹿にするやつは、リンダさんに代わっておしおきなのです! わふ」
「主様、もしお命じいただければクスコが焼きつくしても構いませんわ」
「お前ら少し自重しろよ!」
 どうしてみんな拳でいうこと聞かせる派なのか。というか殲滅したらあかんでしょ!
「強がるのも相手によるぞ? でもまあ……いけすかないエルフだが、その審美眼だけは評価してやってもよい」
「うるせえ! ドワーフのロリコン好みといっしょにしてんじゃねえよ!」
 どうしても受け入れがたいところを突っ込まれて、松田は不覚にも逆上した。
 ドルロイといい、国王といい、こいつといい、ドワーフはロリコンの巣窟なのか。
 こいつらにディアナやステラを近づけるわけにはいかんな。そうでなくとも恋愛や男の性欲には疎い子たちだ。
「わしはロリコンでない! これだからドワーフの美を解さないエルフは度し難いのだ!」
「おっさんの審美眼のほうがよほど度し難いわ!」
「誰がおっさんかあああああ!」
 五槌というドワーフ鍛冶師のひとつの頂点を極めたゲノックにとって、おっさん呼ばわりされるのは初めての経験であった。
 思わず手加減を忘れてフレイルを振り上げるのを、慌ててマニッシュは止めようとするが――――
「――召喚サモン、ゴーレム!」
 一瞬でゲノックを包囲する八体のゴーレム、しかもその構造レシピはドルロイ直伝のレシピを、松田が遺跡の素材をもとに改良した最新型である。
「む、むうう!」
 ゲノックはこめかみに脂汗を浮かべ、咄嗟にフレイルを一閃する。
 さすがは伝説級に近い秘宝だけあって、最新型のゴーレムが一振りで三体までも倒されるがそこまでだった。
 そのときにはすでに残る五体が剣と槍をゲノックの後頭部や腹部に押し当てている。
 フレイルしか武装のない状態で、八体もの高性能ゴーレムに懐に入り込まれれば魔法の使えないゲノックに逃げる術はなかった。
 もし松田が本気であれば、ゲノックの身体はくし刺しにされて即死していたに違いなかった。
「――そこまでです!」
 マニッシュは穏やかであった表情をかなぐり捨て、鬼気迫る態度で松田とゲノックの間に割り込んだ。
 貴重な五槌をこんな愚かなことで失うわけにはいかなかった。
「ゴ、ゴーレムの八体同時制御だとお?」
 目の前の事実が信じられない、とばかりにゲノックは首を振る。
 彼にとっても、ゴーレムといえば一体制御の使い勝手の悪い魔法という認識だった。
 しかもその性能が突き抜けている。
 数えきれぬ武器や鎧を作り上げてきたゲノックだからこそ、松田が召喚したゴーレムが恐るべき性能を有していることが理解できた。
 ゲノックのフレイルだから倒せたものの、魔力を通していない大量生産の武器では傷一つつけられないかもしれない。
 それが八体となれば、これはもうちょっとした軍事力であった。
「――――ドルロイが貴様を弟子にしたのは、そのゴーレムが理由か?」
「まあ、理由のひとつではありますね」
 緋緋色鉄の秘密については漏らすわけにはいかない。
「相も変わらず、鍛冶師の誇りを忘れ果てたやつよ! 強さを求めた先に何があったのかまだわからぬか!」
 ――――なるほど、と松田は密かに首肯した。
 以前酒場で、酔ったドルロイから優秀な武器を生み出すことに没頭したため、戦争が起きた話を聞かされたことがある。
 このゲノックは兄弟子ということもあり、その当時のドルロイに対して恨みにも似た感情を抱いているのだろう。
「師匠はもはや強さなど求めておりません。好奇心旺盛なのが困りものではありますが」
「聞いた風な口を!」
「落ち着きなさいゲノック! これ以上は貴方といえど容赦しませんよ!」
「むぐ……うう」
 直情径行にあるゲノックに対してマニッシュは腹に一物あるタイプのようだ。
 この手の人間は一見友好的そうにみえても決して油断はできない。
 松田は経験的にそれを熟知していた。
「非礼は詫びよう。しかし我々ドワーフ鍛冶師にとって、君という存在は決して看過できるものではないことも理解してほしい」
「できれば迷宮で死ぬほど戦闘してきた後だということも理解してほしかったですね」
「なんだと!」
 再びゲノックが激高しかけるが、それをマニッシュは力で抑えつけた。
(このおっさんのほうが強いのか……)
「また改めて挨拶させてもらおう。五槌の弟子であることの意味をそのときは教えてあげるよ」
「恩試の邪魔にならない程度にお願いしますよ」
 松田の挑発をマニッシュは意にも解さぬように受け流して笑った。
「いろいろと誤解があるようだが、私は鍛冶師の仲間は兄弟のようなものだと思っているよ」



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